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1章
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しおりを挟む「昔から仲は良かったけれど、最近は二人の雰囲気が変わったって噂になっているのよ。この様子をみると噂は本当みたいね。」
相変わらず微笑み続ける王妃に対してカタリーナは羞恥心も合間って視線を伏せた状態でいる。
「あー、本当にこんなに可愛いカタリーナと離れたく無い。・・・そうだ、今日はこのまま王宮に泊まっていったら?時間も遅いしさ。それで朝食を一緒に食べてから帰ればいいよ。」
確かに遅い時間ではあるが、夕食を一緒にすると言った時点でこれぐらいの時間になるのは予想ができていた。それを考えると特段遅い時間とは思えない。だが、ここで王妃からも賛同されれば帰りにくい雰囲気になるのはわかりきっている。今までも事あるごとに「時間を気にしない女性同士のおしゃべりは楽しいわよ。」などと理由もなく王宮へ止めようとしてきた王妃だであるため、エヴァトリスに賛同することは目に見えている。カタリーナは慌てて口を開こうとするが、一歩遅かった。
「そんなことしたら時間に関係なくファビウス公爵が乗り込んでくるわよ。」
だが、それは思いもよらないカタリーナへの援護射撃だった。エヴァトリスは意外そうな顔をしながら言葉を続ける。
「母上もカタリーナが泊まることを喜んでくれると思っていたのですが・・・。」
「もちろんカタリーナちゃんとのお泊りは嬉しいわよ。でも、夕食を一緒にする時点での予想範囲内の時間だからあまりわがままを言わない方がいいかと思って。執務の手伝いって名目で、特例として婚姻の1年前から王宮に住んでもらう約束をようやく取ることができたんだから、しばらくはおとなしくしておいた方がいいわ。宰相はまだ諦めてないわよ。辺境の復興の残務の兼ね合いで人がいないのも、カタリーナちゃんが優秀なのも事実だから仕方なしに認めてはいるけど、何かと理由をつけて泊りだけは回避する方法を探っているから」
エヴァトリスは苦虫を噛み潰したような顔をした後にゆっくりと息を吐き目をつむる。
「仕方ないね。馬車まで送るよ。」
エヴァトリスは気持ちを切り替えたのか、いつもの笑みを浮かべてエスコートのために手を差し出した。
カタリーナに関わる話であったにも関わらず、一言も喋ることがなく話が終わる。王妃の『執務の手伝いの名目』『特例として婚姻の一年前』など気になるワードが気になるが何が藪蛇となるかわからない。今日は散々なほど藪を突きまくったがために余計な疲労を蓄えてしまったカタリーナとしてはとりあえずは自宅に戻りたい。カタリーナは釈然としない気持ちとなったがせっかく帰れることになったのだから、余計なことは言わず退室すべきだろう。まずは部屋を出ることを優先させるべく、王妃に挨拶を済ませ、広間を後にするのだった。
馬車へ向かう間、カタリーナは先ほど王妃が言っていたことについて問う。
「先ほど王妃様が気になることを話していたのですが。『名目』とか『特例での王宮滞在とか』どういう事なのでしょうか」
「それほど気にしなくても大丈夫だよ。大罪期間についてはまだ話してなかったからびっくりしちゃったかな?」
何も悪いことはしていないような言い草にカタリーナは毒気を抜かれる。話の流れからして、カタリーナの父の了承も得られているのだろう。この件に関してエステルが何か言っても変わらないことは明らかだった。
「もう決定事項の様ですが、私が関わる部分でもあったので事前に教えていただければと思っただけです。」
少し感情的になり恨みがましい言葉になっていたことにすぐに気づきエステルカタリーナはハッとして謝罪の言葉を続ける。
「すみません・・・。」
「いいよ、私も少し無理に話を進めてしまったところもあるから。でも、早くカタリーナと一緒に過ごしたかったから、申し訳ないんだけど今は嬉しくて仕方ないんだ。」
カタリーナの言葉に少しだけ眉を顰めながらも、嬉しそうに口元は弧を描いている。嬉しさを隠せない様な表情をしているエヴァトリスを見ているとカタリーナはそれ以上は何も口にすることはできなくなる。
カタリーナは恥ずかしさもあり、視線をわずかに下げたままエヴァトリスのエスコートを受け馬車に向かう。恥ずかしさがあるが、胸の中には温かみが広がり嫌な気持ちはない。この感情は最近カタリーナにとって馴染み深くなってきたものだ。こんなつもりじゃなかった、自分の役割を理解して、カタリーナは自身の心までコントロールしようとしていた。だが、動き出したカタリーナの心はもう引き返せないところまで来ていた。ここまで来てしまったのだから、諦めて負けを認めるしかないのかもしれない。
カタリーナは自身の気持ちを見つめると少しだけ心の中が軽くなった気がした。諦めに似たことを思いながらも、わずかにカタリーナの口元には笑みが浮かんだ。
無言の中エヴァトリスとカタリーナのは歩みを進めるが気まずい空気はない。これも多くの時間を一緒に過ごしてきたからだろう。あっという間に馬車付き場に到着し別れを告げる。
「途中から嬉しそうな顔してたけれど、何か良い事あった?」
突然のエヴァトリスの質問にカタリーナは顔を赤くする。視線を下げていたため気づく事が出来なかったがどうやら見られていたらしい。
「最近のカタリーナは恥ずかしくなるとすぐに視線を下げちゃうからね。そんなところも可愛くてずっと見ていたくなるんだ。」
「な・・・、何でもありません。あの、今日は色々とありがとうございました。」
恥ずかしさから、あわてて返事をするとエヴァトリスの返事を待たずに自ら馬車に乗り込む。エスコートを受けることもなく自ら、それも慌てて馬車への階段を登ったがためにバランスを崩し体が傾く。カタリーナは衝撃に備え目をつむるが訪れたのは抱きしめられた感触だった。相手が誰かなど考えるまでもなく、慣れた柑橘系の爽やかな香りに包まれる。
「申し訳ありません。」
厚くしっかりとした胸板をカタリーナは両手で押し、少しでも離れようとするが抱きしめられる力の方が強く離れることはできない。
「あの・・・」
カタリーナはおずおずと視線を上げ離してもらえるよう声をかけようとすると、しっかりと視線あった。目があった途端に緩められた優しげな目元から視線を外すことはできない。そのままエヴァトリスの顔が近づいてくるのを感じ、カタリーナは自身の瞳をゆっくりと閉じた。すると、程なく唇に柔らかい感触があったかと思うとそのまますぐに離れていった。
「これからは、私のことをエヴァと呼んでくれないか?」
抱きしめられた状態で耳元でエヴァトリスの声が響く。
「エヴァ・・・様?」
呆然と言葉を繰り返すカタリーナにエヴァトリスは微笑む。
「様もいらないけど、今はそれでもいいよ。リーナ愛してる」
いつの頃だったか、以前もエヴァトリスに愛称で呼び合う事を提案された事があった。その時は特に何も感じることなく断った。それ以降エヴァトリスが愛称について話すことはなくなった。以前は何も感じなかった愛称が、今はとてもうれしく感じられる。
「リーナ・・・リーナ、リーナ。」
エヴァトリスは確かめる様にもカタリーナの名前を呼ぶ。繰り返されるその愛称に胸が熱くなる。カタリーナ気がつくとお返しの様に
「エヴァ、さま・・・」
と呟いていた。
もう一度、唇に柔らかい感触があったと思ったら、体の拘束が解かれていく。その中でも手だけはしっかりと握られ今度は馬車に乗るところまでエスコートされた。
「ありがとう・・・ございます。」
カタリーナ口づけを受け入れた恥ずかしさから視線を上げることができないが、そんなことを気にする様子もなくエヴァトリスの表情は穏やかである。
「気をつけてね」
優しげな声にも顔を上げることのできないカタリーナは顔を赤くしたまま小さく頷いた。それを見届けたエヴァトリスは御者に声をかけ、ゆっくりと馬車は動き出すのだった。
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