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女冒険者サナ
淪落※
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暖炉に焚べられた薪はとうに炭に変わり果て、ボロボロと粉々に崩れた。
革張りのソファーが身動ぎのたびに擦れあって高い音を立て、私たちの荒い息遣いが静寂を押し退ける。
向かい合うように繋がった結合部から収まりきれなかった粘液が体を伝ってソファーや床を汚している。
部屋に満ちる気配はどれも淫蕩なものばかり。
それらのなかでも一際理性を揺さぶって崩しにかかってくるのはカインだった。
「なあ、サナ。奥に当たると気持ちいいな」
「ひっ、くっ」
「かわいい」
「ううっ……」
恥ずかしさに頭が煮えたって、自覚できるほど顔が熱くなる。
その様子をカインは心底嬉しそうに微笑むのだ。
さながら、恥じらう恋人に愛しさを募らせるような顔で。
見たことない表情を浮かべる彼を見て、今更ながらにカインは男性だったと気づいた。
人並みの生きる上で必要な欲求はあるということは知っていたが、なんとなく自分とは違うと思っていた。
必要だから行為に及ぶ。
そこに感情が介在する余地などないと勝手に決め付けていた。
人と一線を引いて接する彼が、まさかこんなことをするなんて思いもしなかった。
「考え事とは随分余裕そうだなあ?」
行為の最中であっても私の様子に目敏く気づいたカイン。
繋いだ手を強引に引き寄せられた。
唇を熱い舌が突いてにゅるりと割って入る。
「ん、んむっ……んっ、んうぅ……」
自分とは違う、分厚くて熱い舌が口腔をじっくりと舐める。
歯列をなぞり、舌を絡めて上顎を擽るように擦る。
上顎が弱いと分かると、そこを執拗に舐り始めた。
彼の舌に触れるたびに体が反応して、目に見えてカインの口角が上がる。
酸欠で意識が落ちる寸前に解放された。
「こんなにしてるのに、まだキスに慣れてないんだな。おっと、危ない」
カインの腕が倒れかけた私の体を支えながら抱きしめた。
片手が解放されたというのに、だらりと投げ出した手はカインの服を掴んでしがみつくだけ。
気まぐれに突き上げるたびにあられもない声が溢れ出て、何もかも快楽に塗りつぶされる。
そもそも彼とは何度も体を重ねているのだ、どう足掻こうと所詮は彼の掌の上。
とっくに限界まで追い詰められていた。
「もっ、だめっ」
「俺も、一緒にイこうなっ」
「あっ、あぁあ~~~っ!」
どちゅっ、と最奥をえぐるように突き上げられて視界が爆ぜる。
もう何度目になるのかも分からない絶頂。
ビクビク体を震わせながら全身に力が入り、恋人繋ぎになったカインの手を握る。
びゅく、びゅくと胎内に熱が広がって、同じく限界を迎えたカインも手を握り返す。
出し切った後も馴染ませるようにゆるゆると動くから、絶頂で飛びかけた意識を引きずり戻される。
「ははっ、一緒にイけたな。ん、かわい」
ぽんぽんと頭を撫でられた。
たったそれだけで体だけでなく心まで脱力してしまいそうになる。
なけなしの理性で堪えているが、そろそろぽっきりと折れてしまいそうだ。
「俺の、俺だけのサナ。かわいい、好き、好き」
カインの方はとっくに理性を手放しているようで、熱に浮かされたようにしきりに甘い言葉を浴びせてくる。
特に今のような小休止のタイミングで殊更熱烈に耳元で囁く。
それも縋るような震えた声で名前を呼んでくるものだから、なんだか強情な私が悪いのではないかという気持ちさえ湧いてくる。
「も、カインさん、それ、やめて……」
彼は揶揄っているだけだ。
真に受ける方が馬鹿だ、と自分に白々しい暗示を掛ける。
こうでもしないと自分を保てなくなるほど精神的にも追い詰められていた。
「なんで……? 俺のこと嫌いか?」
嘘でも頷くべきところを、真正面からゆらゆらと薄氷のように揺れる彼の瞳に見つめられて言葉に詰まる。
「嫌いというわけでは、なくて」
口をついて出たのは完全な墓穴だった。
しどろもどろになった私の言葉を彼は辛抱強く耳を傾ける。
「カインさんにはもっと相応しい人が……」
完全に制御を失った口はぽろぽろと自分の逃げ場と退路を断ち始めていた。
後半にいくにつれて声は自分でも分かるほど尻すぼみになる。
俯いてカインの視線から逃げても、耳鳴りがしそうなほどの沈黙と僅かに抱きしめる力に『やってしまった』という後悔が込み上げる。
「それだけか? 他にはないか?」
カインが念を押すように顔を覗き込む。
隠したくても片手は繋がれ、もう片方の手で隠しても顔の全部は覆えない。
俯いてカインの視線から逃げ、懸命に取り繕うに相応しい言葉を探す。
「……勘違い、しちゃうから……」
頑張って思考を巡らせたが、カインを突き放すような言葉を思いついても口にはできなかった。
嘘でも冗談でもないということは目を見れば分かるし、こういう風に揶揄う性格でもないとこれまでの付き合いで知っている。
結局、自白とも取れる言葉しか出てこなかった。
「そうか」
重苦しい静寂を破ったのはカインの返答だった。
繋いでいた手がスルリと離れ、私の顎を掬い上げられた。
必然的に視線がカインと交差して、居た堪れない気持ちになる。
早鐘を打った心臓は痛みと苦しさを感じて、『いっそ殺して欲しい』と思う。
「サナ、好きだ」
「う……」
「お前がいい」
「あの、聞いてました?」
私の問いかけに対してカインは目を細めて微笑んだ。
想定していた表情よりも柔らかいものだったので毒気やらなんやら抜けて、残ったのは気恥ずかしさだけ。
「お前がいい、お前じゃなきゃ嫌だ」
「……カイン、さん」
「傍にいてくれれば、それでいい」
噛み付くように唇が重なって私の返答は封じられた。
舌を入れるわけでもなく、あっさりと唇を離す。
先ほどまでの穏やかな雰囲気は消え失せ、ギラギラと充血した蒼い瞳が私を射抜く。
「俺のことが嫌いでも、どんなに離れたいって喚いても、絶対に許さないからな」
「あの……? ひぐっ!? や、まってえ゛っ、あ゛!?」
気がつけば指が食い込むほど、いや爪が皮膚に刺さるほど強く腰を掴まれていた。
勢いよく突き上げられて先端が子宮口を押し上げて、急に襲ってきた圧迫感に肺の中にあった空気を全て吐き出し、一瞬で思考が真っ白に塗りつぶされて停止した。
気絶してもお構いなしに突き上げられて起こされ、抜けそうになる程腰を引いてからまた根本まで突き上げる。
「俺みたいなっ、奴にっ、好かれたのがっ、運の尽きっ、なんだよ!」
「う゛あ゛っ、あ゛あっ!」
カインの動きに合わせて獣のような嬌声が口から溢れる。
これまでのじくじくとした粘着質な動き方と違って、ガツガツと貪るような激しい動き方は無理矢理快感を引きずり出す。
壊れた人形のように悲鳴をあげ、カインの首に手を回してしがみつく。
「だからっ、諦めろっ、なあ? 楽になれって! 全部、ぜんぶ、ゼンブっ、俺にっ、委ねろ!」
「あ゛あ゛ッ、ひぐっ、まって、あ゛、これだめっ! だめなのっ!」
視界が段々と毒々しい色に満ち始めてきた。
上手く呼吸が出来なくて、涙やら涎でぐちゃぐちゃのままカインに縋り付く。
「これ゛っ、あ゛ッ、おかしくっ、なる゛ッ、から゛あ゛あ゛ッ!」
「ああ! それっ、いいな! おかしくなっちまえばっ、何処にも行けなくなるよなあっ!?」
なにやら恐ろしいことを言っているような気がするが直ぐに思考の隅に追いやられた。
突かれる度に結合部から透明な液体が噴き出し、全身が強張って痙攣する。
より一層強く締め付けるせいでさらに感覚が鋭敏になり、視界がぱちぱちと爆ぜる。
「おかしくなれっ、なっちまえ!」
「あ゛ッ、う゛あ゛ッ゛!」
自分のなかで張り詰めていた心の糸が千切れたような気がした。
「カインさんっ!」
カインの首にしがみついていた手で後頭部を掴み、渾身の力で引き寄せて自分から唇を重ねる。
がちりと歯がぶつかって、唇に鋭い痛みが走るがそれすら気にならない。
目を見開くカインに構わず、強引に舌をねじ込んで絡める。
唇の端から生暖かい液体が溢れて顎を伝う。
「お、おい、血が、んぐっ!?」
舌に伝わる感触が気持ち良くて、髪の毛を掴んで逃げようとするカインを捕まえて口内を貪欲に舐る。
彼の手が腰を離れて肩を掴んだが、弱い力だったので引き剥がし、手を繋いで指を絡める。
躊躇いがちに彼が握り返す感触が伝わってきて、えも言われぬ充足感に包まれた。
「カインさん……カインさんっ!」
もっとキスをしていたいのに、どうしても息が続かなくて仕方なしに唇に吸い付きながら彼の名を呼ぶ。
彼の分厚い舌が顎を滴る液体を舐め取り、薄く開いていた唇の間に入る。
「んむっ、サナ。俺、もうっ……!」
「んう、カインさんっ! カイン、カインッ!」
どちゅん、と一番奥を突き上げられて視界が爆ぜる。
飛びかけた意識はぐりぐりと奥を捏ねる動きで引き戻された。
胎内に熱がじんわり広がるのを感じながら荒い息のまま彼の肩に頭を預ける。
服の裾から覗いた彼の首筋が目について、がぶりと噛み付く。
低い声を漏らしながらもカインは引き剥がすことはせず、宥めるように頭をポンポンと撫でる。
「擽ってぇ……流石に少し、休憩するか」
「はぁーっ、はぁーっ……そぉですねぇ……」
動けるだけの体力もなく、気力を振り絞って返事をするが間延びした声しか出なかった。
引き抜かれた拍子にごぽりと粘液が溢れて互いの服だけでなく、ソファーを汚した。
◇◆◇◆
湯気に包まれた浴室は声がよく響く。
ちゃぷちゃぷとお湯が張られた浴槽のなか、カインの足の間に座りながら頬を膨らませてむくれていた。
手早く魔法で汚れを片付けて動けない私を抱えてきたのは紛れもなくカインで、あれだけ動いて体力を使ったというのに疲れ一つ見せない。
日頃の食事量を鑑みれば納得のスタミナである。
「これからどーするつもりなんですか、カインさん」
「地吹雪が止み次第、買い物に行って必要なものを買うだろ。教会で婚約を済ませたあとは結納しないとな。結婚式はジューンブライドの六月がいいか」
「いや、予定ではなくて……まあ、いっか」
ぶくぶくと水中で息を吐き出しながら抗議の意味を込めて問い詰めれば、彼は間髪入れずに指を折ってこれからの予定を羅列した。
予定を聞きたかったわけではなかったのだが、とても嬉しそうに買い物のリストを作り始めていたのでなんだかいじけているのも馬鹿らしくなってきた。
それでも歩けなくなるまで責めた彼のことを許した訳ではないので、両手で空洞を作る。
空洞に水を入れ、狙いをつけて背後のカインに勢いよくお湯を発射!
「お前の分の服ーーわぶっ!?」
油断しきっていたカインは避けることもできず、思いっきり顔面にお湯がかかった。
ほくそ笑んでしまうほど手応えを感じ、ほんの少し鬱憤が晴れた。
背後にいるカインは暫く無言を貫き、片手で水滴が滴る顔を拭う。
「…………やったな」
彼の手が下りてお腹をガッチリとホールドした。
彼の濡れた髪からポタリと滴が肩に落ちる。
「調子に乗ってやり過ぎたかと思っていたんだが、どうやらまだ元気があるようだな」
頸に柔らかいものが這い、かぷりと噛み付かれる。
お湯に浸かっているというのにぞわりと鳥肌が立つ。
「夜、覚悟しておけよ」
「ひえっ」
ほんのちょっとやり返したつもりだが、彼は宣戦布告と受け取ったらしい。
これ以上は本当に明日どころか明後日まで動けなくなってしまう。
「いやぁ、ちょっとやめておきましょうよ、ね?」
「なんでだ? ……何か予定でも?」
「予定はないんですけど、そんなに長居するのも……ねえ?」
「折角結ばれたのだから遠慮は無用だ。それに、これから二人で住むというのにどこに行くつもりだ?」
振り返ってカインの顔を見たが、彼はいつものように平然とした顔で会話を続ける。
「まだ積雪があるというのに外に出る必要はないだろう。雪が溶けるまでは家にいた方がいい」
「カインさん、本気なんですか? 本気で私と婚姻する気なんですか?」
「ああ、そうだ。なんだ、何か問題でもあるのか? ……男、とか?」
「いえ、私よりもカインさんですよ」
カインはそれこそ街を歩く人と変わらないように見えるが、貴族の血脈でもある。
その証としての魔力持ちなのだから、婚姻や住居に制約が掛けられているはずだ。
そのことを指摘すると、彼は勝ち誇った笑みを浮かべた。
「とっくに根回し済みだ」
「……一時の気の迷い、じゃないんですね」
「そういう訳で諦めてくれ。なに、悪いようにはしない」
逡巡の後、深いため息をついた。
「そのため息はどういーーぶあっ!?」
再度水鉄砲でカインの顔を狙い撃つとまたも彼に命中した。
彼に似合わぬ間抜けな悲鳴が聞こえて思わずクスリと笑ってしまう。
「今更、『あれは冗談だった』なんて言われても絶対に許しませんからね。精々覚悟を決めておいてください」
身寄りもなく安定した職を持つ訳でもない私に断るだけの明確な理由はない。
それに、これは向こうから持ちかけてきた“契約”だ。
後からどんなに泣いて喚いて無かったことにしようとしても、絶対に履行させる。
「……またやったな」
「あっ!? ま、まあいいじゃないですか。水入らずって関係になる訳ですし……ね?」
「そうだな、水入らずな関係ならこれ以上風呂に浸かるより愛し合うべきだなあ?」
「その理屈はおかしいです! あっ、変なとこ触らないでください!」
さわさわと太腿を撫で始めた手に危機感を覚えても自力で立ち上がれない体ではなす術もなく。
結局、危うく逆上せるまで体を弄られ続けた後、夜もしっかり抱かれたのは言うまでもなかった。
革張りのソファーが身動ぎのたびに擦れあって高い音を立て、私たちの荒い息遣いが静寂を押し退ける。
向かい合うように繋がった結合部から収まりきれなかった粘液が体を伝ってソファーや床を汚している。
部屋に満ちる気配はどれも淫蕩なものばかり。
それらのなかでも一際理性を揺さぶって崩しにかかってくるのはカインだった。
「なあ、サナ。奥に当たると気持ちいいな」
「ひっ、くっ」
「かわいい」
「ううっ……」
恥ずかしさに頭が煮えたって、自覚できるほど顔が熱くなる。
その様子をカインは心底嬉しそうに微笑むのだ。
さながら、恥じらう恋人に愛しさを募らせるような顔で。
見たことない表情を浮かべる彼を見て、今更ながらにカインは男性だったと気づいた。
人並みの生きる上で必要な欲求はあるということは知っていたが、なんとなく自分とは違うと思っていた。
必要だから行為に及ぶ。
そこに感情が介在する余地などないと勝手に決め付けていた。
人と一線を引いて接する彼が、まさかこんなことをするなんて思いもしなかった。
「考え事とは随分余裕そうだなあ?」
行為の最中であっても私の様子に目敏く気づいたカイン。
繋いだ手を強引に引き寄せられた。
唇を熱い舌が突いてにゅるりと割って入る。
「ん、んむっ……んっ、んうぅ……」
自分とは違う、分厚くて熱い舌が口腔をじっくりと舐める。
歯列をなぞり、舌を絡めて上顎を擽るように擦る。
上顎が弱いと分かると、そこを執拗に舐り始めた。
彼の舌に触れるたびに体が反応して、目に見えてカインの口角が上がる。
酸欠で意識が落ちる寸前に解放された。
「こんなにしてるのに、まだキスに慣れてないんだな。おっと、危ない」
カインの腕が倒れかけた私の体を支えながら抱きしめた。
片手が解放されたというのに、だらりと投げ出した手はカインの服を掴んでしがみつくだけ。
気まぐれに突き上げるたびにあられもない声が溢れ出て、何もかも快楽に塗りつぶされる。
そもそも彼とは何度も体を重ねているのだ、どう足掻こうと所詮は彼の掌の上。
とっくに限界まで追い詰められていた。
「もっ、だめっ」
「俺も、一緒にイこうなっ」
「あっ、あぁあ~~~っ!」
どちゅっ、と最奥をえぐるように突き上げられて視界が爆ぜる。
もう何度目になるのかも分からない絶頂。
ビクビク体を震わせながら全身に力が入り、恋人繋ぎになったカインの手を握る。
びゅく、びゅくと胎内に熱が広がって、同じく限界を迎えたカインも手を握り返す。
出し切った後も馴染ませるようにゆるゆると動くから、絶頂で飛びかけた意識を引きずり戻される。
「ははっ、一緒にイけたな。ん、かわい」
ぽんぽんと頭を撫でられた。
たったそれだけで体だけでなく心まで脱力してしまいそうになる。
なけなしの理性で堪えているが、そろそろぽっきりと折れてしまいそうだ。
「俺の、俺だけのサナ。かわいい、好き、好き」
カインの方はとっくに理性を手放しているようで、熱に浮かされたようにしきりに甘い言葉を浴びせてくる。
特に今のような小休止のタイミングで殊更熱烈に耳元で囁く。
それも縋るような震えた声で名前を呼んでくるものだから、なんだか強情な私が悪いのではないかという気持ちさえ湧いてくる。
「も、カインさん、それ、やめて……」
彼は揶揄っているだけだ。
真に受ける方が馬鹿だ、と自分に白々しい暗示を掛ける。
こうでもしないと自分を保てなくなるほど精神的にも追い詰められていた。
「なんで……? 俺のこと嫌いか?」
嘘でも頷くべきところを、真正面からゆらゆらと薄氷のように揺れる彼の瞳に見つめられて言葉に詰まる。
「嫌いというわけでは、なくて」
口をついて出たのは完全な墓穴だった。
しどろもどろになった私の言葉を彼は辛抱強く耳を傾ける。
「カインさんにはもっと相応しい人が……」
完全に制御を失った口はぽろぽろと自分の逃げ場と退路を断ち始めていた。
後半にいくにつれて声は自分でも分かるほど尻すぼみになる。
俯いてカインの視線から逃げても、耳鳴りがしそうなほどの沈黙と僅かに抱きしめる力に『やってしまった』という後悔が込み上げる。
「それだけか? 他にはないか?」
カインが念を押すように顔を覗き込む。
隠したくても片手は繋がれ、もう片方の手で隠しても顔の全部は覆えない。
俯いてカインの視線から逃げ、懸命に取り繕うに相応しい言葉を探す。
「……勘違い、しちゃうから……」
頑張って思考を巡らせたが、カインを突き放すような言葉を思いついても口にはできなかった。
嘘でも冗談でもないということは目を見れば分かるし、こういう風に揶揄う性格でもないとこれまでの付き合いで知っている。
結局、自白とも取れる言葉しか出てこなかった。
「そうか」
重苦しい静寂を破ったのはカインの返答だった。
繋いでいた手がスルリと離れ、私の顎を掬い上げられた。
必然的に視線がカインと交差して、居た堪れない気持ちになる。
早鐘を打った心臓は痛みと苦しさを感じて、『いっそ殺して欲しい』と思う。
「サナ、好きだ」
「う……」
「お前がいい」
「あの、聞いてました?」
私の問いかけに対してカインは目を細めて微笑んだ。
想定していた表情よりも柔らかいものだったので毒気やらなんやら抜けて、残ったのは気恥ずかしさだけ。
「お前がいい、お前じゃなきゃ嫌だ」
「……カイン、さん」
「傍にいてくれれば、それでいい」
噛み付くように唇が重なって私の返答は封じられた。
舌を入れるわけでもなく、あっさりと唇を離す。
先ほどまでの穏やかな雰囲気は消え失せ、ギラギラと充血した蒼い瞳が私を射抜く。
「俺のことが嫌いでも、どんなに離れたいって喚いても、絶対に許さないからな」
「あの……? ひぐっ!? や、まってえ゛っ、あ゛!?」
気がつけば指が食い込むほど、いや爪が皮膚に刺さるほど強く腰を掴まれていた。
勢いよく突き上げられて先端が子宮口を押し上げて、急に襲ってきた圧迫感に肺の中にあった空気を全て吐き出し、一瞬で思考が真っ白に塗りつぶされて停止した。
気絶してもお構いなしに突き上げられて起こされ、抜けそうになる程腰を引いてからまた根本まで突き上げる。
「俺みたいなっ、奴にっ、好かれたのがっ、運の尽きっ、なんだよ!」
「う゛あ゛っ、あ゛あっ!」
カインの動きに合わせて獣のような嬌声が口から溢れる。
これまでのじくじくとした粘着質な動き方と違って、ガツガツと貪るような激しい動き方は無理矢理快感を引きずり出す。
壊れた人形のように悲鳴をあげ、カインの首に手を回してしがみつく。
「だからっ、諦めろっ、なあ? 楽になれって! 全部、ぜんぶ、ゼンブっ、俺にっ、委ねろ!」
「あ゛あ゛ッ、ひぐっ、まって、あ゛、これだめっ! だめなのっ!」
視界が段々と毒々しい色に満ち始めてきた。
上手く呼吸が出来なくて、涙やら涎でぐちゃぐちゃのままカインに縋り付く。
「これ゛っ、あ゛ッ、おかしくっ、なる゛ッ、から゛あ゛あ゛ッ!」
「ああ! それっ、いいな! おかしくなっちまえばっ、何処にも行けなくなるよなあっ!?」
なにやら恐ろしいことを言っているような気がするが直ぐに思考の隅に追いやられた。
突かれる度に結合部から透明な液体が噴き出し、全身が強張って痙攣する。
より一層強く締め付けるせいでさらに感覚が鋭敏になり、視界がぱちぱちと爆ぜる。
「おかしくなれっ、なっちまえ!」
「あ゛ッ、う゛あ゛ッ゛!」
自分のなかで張り詰めていた心の糸が千切れたような気がした。
「カインさんっ!」
カインの首にしがみついていた手で後頭部を掴み、渾身の力で引き寄せて自分から唇を重ねる。
がちりと歯がぶつかって、唇に鋭い痛みが走るがそれすら気にならない。
目を見開くカインに構わず、強引に舌をねじ込んで絡める。
唇の端から生暖かい液体が溢れて顎を伝う。
「お、おい、血が、んぐっ!?」
舌に伝わる感触が気持ち良くて、髪の毛を掴んで逃げようとするカインを捕まえて口内を貪欲に舐る。
彼の手が腰を離れて肩を掴んだが、弱い力だったので引き剥がし、手を繋いで指を絡める。
躊躇いがちに彼が握り返す感触が伝わってきて、えも言われぬ充足感に包まれた。
「カインさん……カインさんっ!」
もっとキスをしていたいのに、どうしても息が続かなくて仕方なしに唇に吸い付きながら彼の名を呼ぶ。
彼の分厚い舌が顎を滴る液体を舐め取り、薄く開いていた唇の間に入る。
「んむっ、サナ。俺、もうっ……!」
「んう、カインさんっ! カイン、カインッ!」
どちゅん、と一番奥を突き上げられて視界が爆ぜる。
飛びかけた意識はぐりぐりと奥を捏ねる動きで引き戻された。
胎内に熱がじんわり広がるのを感じながら荒い息のまま彼の肩に頭を預ける。
服の裾から覗いた彼の首筋が目について、がぶりと噛み付く。
低い声を漏らしながらもカインは引き剥がすことはせず、宥めるように頭をポンポンと撫でる。
「擽ってぇ……流石に少し、休憩するか」
「はぁーっ、はぁーっ……そぉですねぇ……」
動けるだけの体力もなく、気力を振り絞って返事をするが間延びした声しか出なかった。
引き抜かれた拍子にごぽりと粘液が溢れて互いの服だけでなく、ソファーを汚した。
◇◆◇◆
湯気に包まれた浴室は声がよく響く。
ちゃぷちゃぷとお湯が張られた浴槽のなか、カインの足の間に座りながら頬を膨らませてむくれていた。
手早く魔法で汚れを片付けて動けない私を抱えてきたのは紛れもなくカインで、あれだけ動いて体力を使ったというのに疲れ一つ見せない。
日頃の食事量を鑑みれば納得のスタミナである。
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「地吹雪が止み次第、買い物に行って必要なものを買うだろ。教会で婚約を済ませたあとは結納しないとな。結婚式はジューンブライドの六月がいいか」
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ぶくぶくと水中で息を吐き出しながら抗議の意味を込めて問い詰めれば、彼は間髪入れずに指を折ってこれからの予定を羅列した。
予定を聞きたかったわけではなかったのだが、とても嬉しそうに買い物のリストを作り始めていたのでなんだかいじけているのも馬鹿らしくなってきた。
それでも歩けなくなるまで責めた彼のことを許した訳ではないので、両手で空洞を作る。
空洞に水を入れ、狙いをつけて背後のカインに勢いよくお湯を発射!
「お前の分の服ーーわぶっ!?」
油断しきっていたカインは避けることもできず、思いっきり顔面にお湯がかかった。
ほくそ笑んでしまうほど手応えを感じ、ほんの少し鬱憤が晴れた。
背後にいるカインは暫く無言を貫き、片手で水滴が滴る顔を拭う。
「…………やったな」
彼の手が下りてお腹をガッチリとホールドした。
彼の濡れた髪からポタリと滴が肩に落ちる。
「調子に乗ってやり過ぎたかと思っていたんだが、どうやらまだ元気があるようだな」
頸に柔らかいものが這い、かぷりと噛み付かれる。
お湯に浸かっているというのにぞわりと鳥肌が立つ。
「夜、覚悟しておけよ」
「ひえっ」
ほんのちょっとやり返したつもりだが、彼は宣戦布告と受け取ったらしい。
これ以上は本当に明日どころか明後日まで動けなくなってしまう。
「いやぁ、ちょっとやめておきましょうよ、ね?」
「なんでだ? ……何か予定でも?」
「予定はないんですけど、そんなに長居するのも……ねえ?」
「折角結ばれたのだから遠慮は無用だ。それに、これから二人で住むというのにどこに行くつもりだ?」
振り返ってカインの顔を見たが、彼はいつものように平然とした顔で会話を続ける。
「まだ積雪があるというのに外に出る必要はないだろう。雪が溶けるまでは家にいた方がいい」
「カインさん、本気なんですか? 本気で私と婚姻する気なんですか?」
「ああ、そうだ。なんだ、何か問題でもあるのか? ……男、とか?」
「いえ、私よりもカインさんですよ」
カインはそれこそ街を歩く人と変わらないように見えるが、貴族の血脈でもある。
その証としての魔力持ちなのだから、婚姻や住居に制約が掛けられているはずだ。
そのことを指摘すると、彼は勝ち誇った笑みを浮かべた。
「とっくに根回し済みだ」
「……一時の気の迷い、じゃないんですね」
「そういう訳で諦めてくれ。なに、悪いようにはしない」
逡巡の後、深いため息をついた。
「そのため息はどういーーぶあっ!?」
再度水鉄砲でカインの顔を狙い撃つとまたも彼に命中した。
彼に似合わぬ間抜けな悲鳴が聞こえて思わずクスリと笑ってしまう。
「今更、『あれは冗談だった』なんて言われても絶対に許しませんからね。精々覚悟を決めておいてください」
身寄りもなく安定した職を持つ訳でもない私に断るだけの明確な理由はない。
それに、これは向こうから持ちかけてきた“契約”だ。
後からどんなに泣いて喚いて無かったことにしようとしても、絶対に履行させる。
「……またやったな」
「あっ!? ま、まあいいじゃないですか。水入らずって関係になる訳ですし……ね?」
「そうだな、水入らずな関係ならこれ以上風呂に浸かるより愛し合うべきだなあ?」
「その理屈はおかしいです! あっ、変なとこ触らないでください!」
さわさわと太腿を撫で始めた手に危機感を覚えても自力で立ち上がれない体ではなす術もなく。
結局、危うく逆上せるまで体を弄られ続けた後、夜もしっかり抱かれたのは言うまでもなかった。
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