冒険者の受難

清水薬子

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女冒険者サナ

冬籠り二日目※

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 二日目の朝。
 ぐっすり眠ったおかげですっかり元気になった私は今日も今日とてカインからシャツを借りて過ごしていた。
 下着がないというのはどうにも落ち着かない。
 一着しか持っていない服を着て帰れなくなるという悲劇を未然に防ぐ為とはいえ、こればかりは慣れてはいけない気がする。

 朝食の準備したり食器を洗ったりして一息ついた頃、ソファーに座ったカインが立ち上がって寝室の扉に手を掛けた。

「好きに寛いでいてくれ」

 そう言い残し、寝室の扉を後ろ手に閉めた。
 カインの言葉に甘えて本棚から『唯一神教の歴史』という本を開く。
 意外にもその本の内容は分かりやすく書き記されているのですらすらと読み進めることができた。

 唯一神教はその昔、神の文を受け取ったと主張する青年が起源だという。
 人ほどの大きさの石板に7つの【人のあるべき姿】を定める規則が記されており、その文言を根拠に法律や道徳が整備されたという。
 唯一神教でなくとも何度か聞いたことがある、七つの大罪というフレーズや人が生まれながらに持つ原罪という言葉が実例を交えて詳しく解説されていた。

 スライムは暴食、淫魔は色欲、ドラゴンは強欲、といったように魔物の挿絵に擬えて書いてあるので、自分の持つ魔物の知識と照らし合わせて読みやすささえ感じる。
 唯一神教について解説していた序文を読み終えたその時、寝室の方から大きな物音が聞こえてきた。

「何か落としたのかな?」

 叫び声は特に聞こえなかったが、転倒したのかもしれないと思って寝室に近づく。

 バキン、ゴキン、バキバキッ!

 寝室から聞こえてきたのは何か硬いものが割れるような音。
 それも断続的に響くので、何かあったのかといてもたってもいられなくなって扉をノックする。

「カインさん、どうかしたんですか?……開けますよ?」

 返事もなかったので扉を開けて素早く部屋のなかを確認する。
 カインの他に人影はないので、強盗といった類が立てた物音ではないらしい。
 ひとまず危険はないことに胸を撫で下ろし、次に部屋に違和感を覚えた。

「あの、カインさん。何をしていたんですか?」
「ああ、すまない。煩かったか。ちょっとベッドを組み直していただけだ」

 カインの背中で見えなかったが、大小様々な木材が宙に浮いていた。
 それぞれ木材が組み合わさり、あっという間にベッドの木枠になった。

「……ベッドを組み直す理由を伺っても?」
「マットレスを替えるついでに少し大きくしようと思ったからだな」

 みるみるうちにベッドは完成し、マットレスやら枕を整えていく。
 様々な理論や努力によって精密な操作を可能にしていると頭で分かっていても、魔法が使えるとこうも便利なのかと思ってしまう。
 私がベッドに不満を思ったとしてもその日のうちにできることなんて高が知れているというのに、カインは魔法で思いのままにカスタマイズできてしまうのだ。
 つくづく世の中は不公平だと実感する。

「特に問題はなさそう、か?」

 完成したベッドに腰掛けて出来を確かめるカイン。
 ぽんぽんと新しくなったマットレスを叩いて私を招くので、私も隣に座って耐久を確かめる。
 ベッドの木枠は軋むだけで特に壊れる予兆は見当たらない。
 たった半日足らずでベッドの改造を完了させたことに内心驚いていると最近嗅ぎ慣れてしまった香りに包まれる。

「これなら気にせず二人で眠れるな」

 すりすりと頬擦りをしながら満足そうな声音で呟くカイン。
 彼の呟きを真に受けるなら、今夜も共に寝るつもりのようで、そのためにわざわざベッドを改造したことになる。
 抱きしめられているということに気づいて困惑しているなかで、平常時ならば聞き流せていたはずの小さな呟きも間近で聞こえてしまってじわじわと顔に熱が集まる。

「そういえばそろそろ昼食の時間だな。準備してこよう」

 額に柔らかいものが押し当てられてパッと解放される。
 そのまま彼は昼食を準備しに寝室を出て行った。
 反応するタイミングを逃してしまい、茫然とその背中を見送るしかなかった。



◇◆◇◆



「夕食は何か希望はあるか? といっても家にあるものでしか作れないんだが……」
「特に好き嫌いはないのでお構いなく。カインさんの食べたいものはありますか?」
「それなら魚があるからアクアパッツァで良いか」

 昼食はカインの好物だというミートボールスパゲッティだった。
 無心で食器についたソースを洗剤で落とし、水で綺麗にしてから水切りの上に並べる。
 暖炉で室内は暖かいとはいえ、やはり水仕事は指先が冷える。
 水滴が落ち切ったところでしっかりと水気を拭き取って食器棚にしまうと他にやることがなくなってしまった。

 窓の外は相変わらずの地吹雪だが、昨日より勢いが弱まりつつある。
 この調子なら明日には外を出歩けるようになるだろう。

 何かをしていないと先ほどのことを思い出して顔が赤面してしまいそうなので、暇つぶしがてら読みかけだった本を開く。
 記憶を頼りに最後に読んでいたページを捲った。

 唯一神教はその他の地域に根付く精霊信仰を当初は否定していたが、信者の数が増え日数が経過するにつれて態度は軟化したようだ。
 それからは内部で大規模な派閥に分かれて血で血を洗う宗教戦争が起きたらしい。
 結局勝敗はつかず、増加する魔物への対処と宣教が最優先ということで一応の決着をつけたがまだ対立関係は解消されていないということだった。

 本格的な歴史の話になり始めてきて段々と難しい用語や地域、長ったらしい貴族の名前が頻出してきて読み進めるのが難しくなる。
 しかも、筆者の造語と思われる言葉が出てきたりするのでもはやお手上げ状態だった。
 隣で淡々と読書を進めるカインに聞くわけにもいかず、かといって辞書片手に読書するほど唯一神教について知りたいわけでもない。
 理解することを諦めてただただ目で文字の羅列を追う。

 勿論そんな状態で読んだところで楽しめるものでもなく、いっそ眠ってしまった方が楽に暇つぶしができるぞとでも言わんばかりに睡魔が囁いてくる。
 流石にこの時間帯に昼寝シエスタをかますのは隣で読書に勤しむカインに気を遣わせてしまうし、夜眠れなくなってしまう。
 ただでさえ運動不足だというのに、寝不足になる要因を増やすわけにもいかないので頑張って眠気を堪える。

「眠いのか? 横になるなら膝を貸すぞ」
「いえ、大丈夫です」
「そうか……」

 知らず知らずのうちに欠伸をしていたようで、カインが膝枕を申し出てくれたが丁重に辞退する。
 膝枕されて眠るなど、ただでさえ意識しているというのに落ち着くはずもない。
 頭を振って眠気を追い出し、目が滑る文章に意識を戻す。
 本の内容も二重否定を乱用しはじめてきたのでいよいよ文字を追いかけることすら難しくなってきた。
 ぬくぬくな環境と食後によって段々と瞼の制御が効かなくなる。

「無理せずに眠った方がいいんじゃないか?」
「んええ……大丈夫です。今、眠っちゃうと夜眠れなくなるので……ふあー……」
「それもそうだな」

 目を擦るが、それだけで眠気が消えるわけでもない。
 眠気覚ましに水でも飲むべきかとぽやぽやする頭で考える。
 しかしぬくぬくのブランケットを押し除けてまで眠気を覚ます必要があるのかと自問自答が始まり、葛藤を繰り広げていると隣でもぞもぞとカインが動く気配がした。

「その調子だとまた寝るぞ」

 いつの間にかカインが後ろに回り込んでいた。
 抱き込むようにお腹には手がガッチリと回され、後頭部に彼の胸板が当たる。
 ボソボソと耳元で囁かれ、次いで耳に息を吹きかけられて反射的に肩が跳ねる。
 ピークに達していた眠気は驚くほどあっという間に吹き飛んだ。

「ぴゃっ! な、なにしてるんですか!」
「眠気覚ましを手伝っているだけだ、それよりもその本は『唯一神教の歴史』か」

 持ち主であるカインは本の中身をチラリと見ただけでタイトルが分かるらしい。
 奥付が10年前であるこの本は、これまで繰り返し何度も読まれたのだろう。
 その証拠にページは日に焼け、端が柔らかくなっていた。

「序文は分かりやすかったんですけど、そのあとがかなり難しくて」
「だろうな。神学校に通っていた時の教本だ」
「っ、なる、ほど……」

 学術的な本だというなら尚更基礎教養程度しか学のない私に読めるはずもない。
 どうやらカインはとっくに読み終えたようで、テーブルの上には栞と本が別々に置かれていた。
 彼から少し距離を取ろうと思ってもお腹にガッチリと回された腕や私の体を挟んでいる足が障害になる。

「この筆者の本を読むにはコツがある。一節ごとの三つ目の文から……」
「ぁ、っ、ぅ、~~~っ……ふぅっ……」

 穏やかな声音でカインが何か囁いているが、お腹を撫で回している手の所為で全く頭に入ってこない。
 服の上からくびれを確かめるようになぞっていた大きな掌はいつの間にか服の裾から入り込んで地肌を指先で擽ってくる。
 それだけに飽き足らず、へその溝に指まで入れてきた。

「……と、このように読むと分かりやすい。奇数文に事実を書いて、偶数分に意見を書くという規則性を逆手に取れば労力は最小で済む」
「……っ」

 臍に指を浅く出し入れされる度にお腹へダイレクトに圧迫感やら乾いた皮膚の感触が伝わる。
 カインを窘める機会はとうに逃していて、今ではほんの少しでも気を緩めると声が出てしまいそうになるほど追い詰められていた。

「一度に説明してしまったが、理解できたか?」

 質問に答える以前に、質問の内容を咀嚼できるほど思考に余裕はない。
 片方の手は臍を弄び、もう片方は反対の胸に伸びる。
 臍に指が入る度、ぞくりと腹の奥が熱を持って疼き出す。

「聞いているのか?」
「ひゃあ!」

 きゅっと胸の先端を摘んで耳に息を吹きかけられる。
 それだけで体は過敏に反応して、声が漏れてしまった。
 背後からクツクツと喉の奥で笑うのが聞こえてサッと顔に血が昇る。

「ページが捲れているぞ。前のページ、まだ読み終えていないだろう?」

 カインが白々しく本の続きを読むように促してきた。
 その間にも服の上からでも分かるほど大きな彼の掌が蠢く。

「気持ち良くて集中できないのか?」
「ち、違っ、違います!」
「……へえ」

 つい強がってしまった所為で後に引けなくなってしまった。
 その様子をカインは面白がったようで、わざと耳元で囁くように喋り始めた。

「気持ち良くないなら触っていてもいいよな?」

 このまま触ることを許し続けていたら間違いなく“流される”。
 口を開けると情けない声しか出る予感しかないので、首を振って拒否を示した。

「じゃあ、気持ちいいって認めるんだな?」

 かといって彼の言い分をそのまま飲み込んでしまうのも確実に良くないと直感が働く。
 どうしたものかと上手い逃げ方を模索している間も無情に時は過ぎて、いよいよ意識が体の方に集中し始めてしまう。
 無意識のうちに太腿を摺り合わせそうになったので、慌てて足に力を入れて踏ん張る。

「なあ、どっちなんだ?」

 その上耳元で囁かれる度に思考が砕けてなにも考えられなくなってしまう。
 懸命にこれ以上声が漏れないようにぎゅっと下唇を噛み締める。

 無言を保ったままでいると、耳にカインの分厚い舌が這う。
 臍を弄っていた手がスルリと足の間に入り込んだ。
 下着を身につけていないことを思い出しても後の祭り。
 咄嗟に足を閉じようとしても彼の足が絡みつき、諌めるかのように胸の先端を指の腹で転がす。
 たったそれだけで拒もうという意思がぞりぞりと削れていく。

「本が落ちそうだぞ、ちゃんと持たないと読めないだろう?」

 揶揄うように耳元で本を持つように指示しながら、彼の指が割れ目をゆっくりと往復する。
 ぐちゅりという水音が果たして耳を舐る舌から出たのか、それともはしたなく濡れた自分の体からなのか。
 それすらも分からなくなって、思わず目を瞑る。
 本を手放してカインの手首を掴むが、碌に力も入らないので意味がなかった。

「本が落ちたぞ、サナ」
「きゃふっ!? ぅあっ、んんっ……も、もうやめ……んぶっ! ぷはっ、んう!」

 静止するための言葉は唇を重ねられて封じられた。
 反対の手で私の顎を掴み、位置を固定しながら間に指を差し込んで舌を引き摺り出す。
 じゅるると音を立てて舌を吸われている最中も彼の指が陰核の周りをくるくると撫でていて、あっというまに追い詰められる。

「イきそうか? お前、ここ好きだもんなあ。ほら、好きなだけ気持ち良くなれ」
「~~~~っ!!」

 滑りを帯びた指の腹で陰核を何度も弾かれて全身が強張る。
 意思に反して与えられる快楽に体はすっかり馴染んでしまって、あっさりと限界を迎えた。
 脱力した体を背後にいたカインに支えられる。
 クルリと体の向きを変えられて、彼の太腿に体重をかけるような形で座らされた。

「何のつもりですか」

 滲む視界のなかで微笑むカインを睨みつける。
 やはり涙目になっていて、おまけに力が入らないせいで彼にもたれかからないと倒れ込んでしまう状況では凄む以前の問題だった。

「さあな、どういうつもりだと思う?」

 やけに上機嫌な彼は蒼い目を細めながら私の太腿を撫で、膣口から溢れる粘液を指で掬い上げる。
 わざと見せつけるように糸を引くほど粘度の高い液体を遊ばせ、存分に私の羞恥心を煽ってから中指の先を体の中に沈める。
 浅く出し入れを繰り返すその動きにじわじわと焦りが生まれる。
 一度達したことで頭が冷静になったが、それでもカインの思惑に見当もつかない。

「わ、分かんない……んっ」

 薬指も追加され、腹側の弱い部分を集中的に責め始める。
 それだけで遠ざったばかりの快感と疼きが蘇ってきて、思考がたちまちのうちに無意味なものへと成り果てる。

「ヒント、欲しいか?」
「ヒント……?」
「外から来たお前は知らないだろうが、冬籠りは司祭にとって大事な意味を持つ」

 いつぞや見かけたカインの魔法の蔦が落としたはずの本を視線より少し高い位置に運ぶ。
 なぜこのタイミングで本なのか、カインの意図が全く読めない。

「226ページだ。冬籠りの起源について書いてある」

 蔦がページを捲る間にも指は絶え間なくザラザラとしたところを擦られて滲む視界のなかで散らばりかけた思考をかき集めながら文字を追う。

「冬籠り……」

 冬籠りの起源はそれほど難しいものではない。

 司祭とその想い人が婚姻を許されず、思い詰めた二人は神の許で結ばれようと地吹雪のなかで心中を試みた。
 その二人を哀れんだ神が奇跡を起こして二人はめでたく結ばれた。
 それ以来、地吹雪の間に結ばれた司祭と想い人は神の祝福を受け、何人も二人の仲を割くことはできないという。
 吟遊詩人が歌いそうな、なんともありきたりな恋愛系の逸話だ。

「これがどうかしたんですか」

 本の内容に目を通している間に指は引き抜かれていた。
 そのおかげでかき乱されずになんとか読み終えることができたが、相変わらずカインの言いたいことが見えずにいる。
 確かに今は冬籠りと呼ばれる地吹雪の最中という奇しくも同じ状況にあるが、それがどうしたというのだろうか。
 答えの出ない問いを考えるのは好きじゃないので、とりあえず他人の、ましてや泊めてもらっている人の膝に体重を乗せ続けるのも失礼だと思い、降りようとした矢先に肩を掴まれた。

「なあ、この『結ばれる』というのはどんな状態を指すと思う?」

 すっとぼけるような声音だが、肩を掴む手は指が食い込むほど強い。
 射抜くような蒼い視線は舌舐めずりしながら獲物を追い詰めようとする捕食者を連想させる。
 至近距離にある整った彼の顔立ちは、これまで見てきたどの笑顔よりも喜色に彩られていた。

 そもそも一昨日家に来るよう誘ったのは紛れもなく彼自身。
 今更になってカインの目的が分かりかけてきたが、それでも信じられない。

「ま、待ってよ。今からでも遅くはないですから考え直しましょう、ね?」

 狼狽えている間にカインは自分の服を緩めていた。
 服の裾から取り出されたのは昂って主張するもの。
 一切迷うことなく足の間に充てがった。
 これまで薄暗くて良く見えなかったソレが、照明のある昼間の室内ということもあってはっきりと見える。
 彼が本気だと認識した途端、一気に顔から血の気がひいてバクバクと心臓が早鐘を打つ。

 カインほどの司祭ならそれこそ引く手数多のはずだ。
 それこそ実家から結婚相手を斡旋してもらうことだってできたはず。
 それがなんで私なんだ?
 見目麗しいわけでも、容姿端麗でもない。
 冗談にしてはあまりにもたちが悪いのに、目の前の彼は真剣そのもの。

「はははっ、今更気付いたか。その様子だと本当に知らなかったみたいだな。だからといって引き返すつもりもないが」

 私の言葉を一笑に付すと両手で腰を掴む。
 カインの発言に同調するかの如く蔦が私の足に絡みついて拘束した。

「なあ、サナ。お前から挿れるのと俺から挿れるの、どっちがいい?」

 穏やかな態度ではあるものの、既に私が断るという選択肢が含まれていなかった。
 そもそも、不意打ちとなし崩しの結果こうなってしまったわけで、私がどれだけ穏便に断ったとしても続ける未来しか見えない。
 “流される”以前の問題にどうするべきかも考え付かず、混乱しきった頭で救いを求めて周囲を見回す。
 当然だが、蔦が切れるような刃物が近くにあるわけもない。

「まあ、どちらでも問題ないか。挿れるぞ」
「まっ、まって、ほんとに……ひ、あ、ああああ~~~~っ!」

 冷や汗すらかき始めた私に軽くキスをすると一気に突き上げた。
 念入りに解された肉を掻き分け、先端が最奥に触れて押し上げる。
 何度も体を重ねたこともあって、カインが数回腰を揺らしただけで根本まで飲み込んでしまった。
 力も入らず、拘束までされた体はカインを受け入れる他なく、襲ってきた下腹部への圧迫感と熱に浅く呼吸する。
 ぎゅうぎゅうと締め付けてしまうせいで形までも鮮明に分かってしまいそうだった。

「お前のナカはいつも熱くて狭いな。それに、甘くていい匂いで、気を抜くと理性が飛びそうになる」

 カインの言葉すら今の私には理解できなくて、ただひたすら喘ぐように呼吸する。
 僅かに動くだけで、脳は圧迫感や摩擦を快楽に変換して思考がぱちぱちと爆ぜ始めて、余計息苦しくなって、という悪循環にハマり始めていた。
 更に追い討ちをかけるように首、それも気道がある部分に歯を立てられた。
 少しずつずらしながら吸いつかれ、その度に肩が跳ねる。

「ひゃ、やだっ、もっ、噛むの、だめっ……」
「こんなに反応しておいてダメじゃないだろ」
「うう……」

 熱を持った皮膚の上を舌が労わるようにちろちろと這う。
 じくじくとした疼きは酷さを増して理性を苛む。

「は、もうイきそうなのか。すっかり奥で感じるようになったなあ」

 腰を揺らされると尚更先端が奥に当たってぞわぞわと鳥肌が立つ。
 蔦と手を器用に使って私の体を持ち上げて、落として、また持ち上げて。
 唯一自由な手はカインの服を掴む以外に何もできず、されるがまま。
 視界が瞬くペースが早くなって、限界が近いことをぼんやりと悟った。

「あっ、あああ゛あ゛っ!!」

 一際強く肩にがぶりと噛み付かれて快感が弾けた。
 真っ白に塗りつぶされた視界と遠ざかった物音にバランスを失って、咄嗟にカインにしがみつく。

「っ、あくっ……!」

 背中に回されていた手に力が入り、より強く抱きしめられた。
 カインの吐息は微かに震え、噛み殺しきれなかった呻き声を鼓膜が拾う。
 その僅かな刺激にも体は反応してビクビクと締め付ける。
 注がれた液体を一滴残らず絞り取ろうとするかのようだった。

「はぁっ……はぁっ……」

 荒い息のままカインが甘えるように頬擦りをした。
 柔らかな金の髪が皮膚に触れて擽ったい。
 やがて満足したのか小さなリップ音を立てて頰にキスして抱きしめる力を緩めた。
 拘束が外れていたことにも気づいたが、余韻に浸った体で動こうという気力が湧かなくて、カインの肩に頭を預ける。

 体の奥に広がった熱は収まる気配も見せず、ゾクゾクとした疼きはなおも思考を蝕む。
 このままの姿勢を維持するわけにもいかないので、力の入らない体に鞭を打つ。

 顔を上げた私の視界に入ったのは茶色の小さな小瓶を呷ったカインの喉仏が上下に動くところだった。
 その小瓶は明らかに飲料水を携帯するにはサイズ不足である。
 視線が絡み合うとカインはすっかり赤くなった目元を柔らかく細め、小瓶のラベルに刻印された文字が私にも見えるように回した。

「精、力、剤……?」

 その名称を掠れた声で薬剤の名前を読み上げる。
 呆然とした思いで投げ捨てられた小瓶が弧を描いてゴミ箱へ吸い込まれる様を見つめた。

 精力剤、というものはベラドンナからなんとなく話を聞いたことがある。
 なんでも性交渉にて男性が摂取する薬の類で、それを飲めば否が応でも性的に興奮するらしい。
 問題は、なんで彼はこのタイミングで精力剤を飲んだのかということである。

 落ち着きかけていたはずの呼吸は浅くなって意識を失いかけるが、悲しいことに私はそれほど柔な精神ではなかったようだ。

「正解。折角『結ばれた』のに一度きりというのも味気ないだろう?」
「へ……? いや、ちょっと待って……」

 カインは自由になった手で私の頰から首を撫で、両手を覆って指を絡めた。
 その大きな掌の感触にぞわりと嫌な予感が走るが、時すでに遅し。
 仮初の自由すら奪われて、今まで出来ていたはずの呼吸すら今ではこんなにも難しい。

昼間だから、夕食まで時間はたっぷりある」

 カインの慈愛に満ちた微笑みですら、獲物を毒牙にかける捕食者の勝ち誇ったものにしか見えなくて。

「なにも考えられなくなるまで全力で愛し尽くしてやるからな」

ーー逃げられない。

 本能が私にそう囁いてきて、引き攣った悲鳴はついぞ喉の奥から飛び出ることは叶わなかった。
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