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第一章
5 Ωは考える
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「おれ! 一人で王都に行くよ!」
オメガだとわかって三日後、ユリウスは夕食の席で両親にそう宣言した。
「何言ってる、そんなの駄目だ」
「そうよ、ダメダメ。スープのおかわりする?」
「あ、うん」
「パンももっと食べろ。痩せたぞ」
「え、そう? そんなことないと思うけど……じゃなくて! おれ、ちゃんと考えたんだよ。おれだけ王都に行けばいい話じゃん? 施設に入るんだからさ」
「だーめーだ。一人で旅をするなんて危険だ」
「そうよ~。あなた、隣の村までしか行ったことないでしょう?」
「父さんと母さんだってそうだろう?」
「俺はダンブリンまで行ったことがある。ここと王都の中間あたりの大きな街だが、馬車で十日以上かかったぞ」
「じゃあ、王都までは二十日くらいかかる?」
「余裕をもって一カ月と思ったほうがいいだろう。そんな長旅、何があるかわからない。だから駄目だ」
そう言われたが、ここで「はい」と引くわけにはいかないのだ。
「だって 薬屋がなくなったら、みんな困るじゃん。もう何代も薬屋やってきて、おれだって跡を継ぐと思って頑張って手伝ってたから、村の皆に申し訳ないし」
「確かに、村の皆には迷惑と不便をかけることになる。だがな、何度も言っているが優先するのは家族だ。家族が安心して暮らせてこそ、仕事もできるってもんだろう」
「そうそう。はい、どうぞ。まだあるからいっぱい食べなさいね」
「ありがと母さん。いや、でもさぁ、やっぱり」
「お前はまだ、ヒートを一回経験しただけだ。薬で抑えられて今こうやって平気でいるからそう思えるかもしれないが、俺はルイスのを何度も見たから、大丈夫だなんて言えない」
「あ……ん~~~」
納得できず、しかし反論もできず、ユリウスは具だくさんスープを黙々と食べるしかなかった。
発情期の抑制薬は、国に認められた物しか使ってはいけない事になっている。
「だがすごく高いんだ。一錠が大銀貨一枚くらいで、基本一日一錠だが、効きが悪いときには二錠飲んだりする。つまり、一回のヒートでひと月分の生活費くらいかかってしまう」
「こわっ」
思わず声が出てしまう。
「そんなん無理じゃん!」
「ああ、だから正規品なんて使わない。取り寄せるにも時間がかかるしな。俺達田舎の薬師たちには、秘密の調合方がこっそり共有されているんだ。まあ、オメガと会う機会がなかったから親父も調合したことがなかったそうなんだが、友達がオメガとわかり、先代から受け継いでいた調合本を調べて作って、その後色々と研究して効果を上げたのがお前に飲ませたあの薬だ」
「なるほど」
「森にある薬草で作れる。いつ、誰がヒートになるかわからないからと、使わなくても定期的に調合して保管してたんだ。自分の息子に使うとは思ってなかったけどな」
「ハハッ、だよね~」
苦笑し、それでも、村人の為にと備えてきた父を尊敬する。
「……やっぱりさあ、父さんと母さんにはここに残ってほしい」
突然の 発情期からひと月ほど経ち、何度も話し合ってきた。そして毎回「一緒でなければ駄目だ」と言われてきたが、
「おれ、もうすぐ十八歳で成年になるじゃん。一人前の大人として認められる年齢だよ?」
「成年を迎えたからといって、みんながみんな独立するわけじゃないわよ」
「いや、そうだけど……逆にもっと若いうちから奉公に出たりする子もいるじゃない。だから……いつまでも、父さんと母さんに頼りっきりじゃ駄目だと思うんだ。それにさ、施設に入るんだから一緒に暮らすわけじゃないんだし」
「そうかもしれないが、心配なんだ」
「だから、ちゃんと準備するよ。何回かヒートを経験して、自分で抑制薬を作れるようにして。ヒートは三カ月に一度くらいなら、終わってすぐに出発すればヒートにならずに王都まで行けるでしょう?」
「しかしなぁ……」
「行商に来る人に頼んで馬車に乗っけてもらえばいいんじゃない? 出稼ぎに行く人はそうしてるじゃん」
「ん~~~」
「匂いに強く反応するのは、アルファだけでしょ? ヒート前、いい匂いするって何人かに言われたけど、危ない感じじゃなかったし」
「だがなぁ……」
「施設で番希望のアルファとも会わせてもらえるなら、おれ、選り好みしないで番になろうと思うんだ」
「はあっ? 駄目だそんなの! 結婚は好きな人としないと!」
「いや、でもさ、まずはアルファじゃなきゃダメなわけだし……」
どうでもいいと思っているわけではない。けれど、最善を考えたら番を見つけるのが一番いいのだ。
「真剣に考えた。好きとか愛しているよりも、酷いヒートを止めるのが最優先だよ。番ができればヒートも止まって、普通に生活できるようになるんだよね?」
「たぶん……俺は番がいるオメガとは会った事がないから正直わからないんだ。同業者から聞いた話では、落ち着くらしいが」
「じゃあやっぱり番になるのが大切だ! おれ、頑張って番みつける! そんで普通に生活するんだ。そうしたらここに帰ってくることもできると思うし。だから安心して待っててよ、ここでさ」
「う~ん」
「でもねぇ……」
困ったように顔を見合わせる父と母だったが、
「今すぐは決められないわ。様子を見ながら相談していきましょう」
母にそう言われユリウスはうなずいたが、
(……でもやっぱり、おれは 番いたい。女の子とは、付き合ってみたかったけど……)
そうするしかないのだと、大きくため息を吐くユリウスだった。
オメガだとわかって三日後、ユリウスは夕食の席で両親にそう宣言した。
「何言ってる、そんなの駄目だ」
「そうよ、ダメダメ。スープのおかわりする?」
「あ、うん」
「パンももっと食べろ。痩せたぞ」
「え、そう? そんなことないと思うけど……じゃなくて! おれ、ちゃんと考えたんだよ。おれだけ王都に行けばいい話じゃん? 施設に入るんだからさ」
「だーめーだ。一人で旅をするなんて危険だ」
「そうよ~。あなた、隣の村までしか行ったことないでしょう?」
「父さんと母さんだってそうだろう?」
「俺はダンブリンまで行ったことがある。ここと王都の中間あたりの大きな街だが、馬車で十日以上かかったぞ」
「じゃあ、王都までは二十日くらいかかる?」
「余裕をもって一カ月と思ったほうがいいだろう。そんな長旅、何があるかわからない。だから駄目だ」
そう言われたが、ここで「はい」と引くわけにはいかないのだ。
「だって 薬屋がなくなったら、みんな困るじゃん。もう何代も薬屋やってきて、おれだって跡を継ぐと思って頑張って手伝ってたから、村の皆に申し訳ないし」
「確かに、村の皆には迷惑と不便をかけることになる。だがな、何度も言っているが優先するのは家族だ。家族が安心して暮らせてこそ、仕事もできるってもんだろう」
「そうそう。はい、どうぞ。まだあるからいっぱい食べなさいね」
「ありがと母さん。いや、でもさぁ、やっぱり」
「お前はまだ、ヒートを一回経験しただけだ。薬で抑えられて今こうやって平気でいるからそう思えるかもしれないが、俺はルイスのを何度も見たから、大丈夫だなんて言えない」
「あ……ん~~~」
納得できず、しかし反論もできず、ユリウスは具だくさんスープを黙々と食べるしかなかった。
発情期の抑制薬は、国に認められた物しか使ってはいけない事になっている。
「だがすごく高いんだ。一錠が大銀貨一枚くらいで、基本一日一錠だが、効きが悪いときには二錠飲んだりする。つまり、一回のヒートでひと月分の生活費くらいかかってしまう」
「こわっ」
思わず声が出てしまう。
「そんなん無理じゃん!」
「ああ、だから正規品なんて使わない。取り寄せるにも時間がかかるしな。俺達田舎の薬師たちには、秘密の調合方がこっそり共有されているんだ。まあ、オメガと会う機会がなかったから親父も調合したことがなかったそうなんだが、友達がオメガとわかり、先代から受け継いでいた調合本を調べて作って、その後色々と研究して効果を上げたのがお前に飲ませたあの薬だ」
「なるほど」
「森にある薬草で作れる。いつ、誰がヒートになるかわからないからと、使わなくても定期的に調合して保管してたんだ。自分の息子に使うとは思ってなかったけどな」
「ハハッ、だよね~」
苦笑し、それでも、村人の為にと備えてきた父を尊敬する。
「……やっぱりさあ、父さんと母さんにはここに残ってほしい」
突然の 発情期からひと月ほど経ち、何度も話し合ってきた。そして毎回「一緒でなければ駄目だ」と言われてきたが、
「おれ、もうすぐ十八歳で成年になるじゃん。一人前の大人として認められる年齢だよ?」
「成年を迎えたからといって、みんながみんな独立するわけじゃないわよ」
「いや、そうだけど……逆にもっと若いうちから奉公に出たりする子もいるじゃない。だから……いつまでも、父さんと母さんに頼りっきりじゃ駄目だと思うんだ。それにさ、施設に入るんだから一緒に暮らすわけじゃないんだし」
「そうかもしれないが、心配なんだ」
「だから、ちゃんと準備するよ。何回かヒートを経験して、自分で抑制薬を作れるようにして。ヒートは三カ月に一度くらいなら、終わってすぐに出発すればヒートにならずに王都まで行けるでしょう?」
「しかしなぁ……」
「行商に来る人に頼んで馬車に乗っけてもらえばいいんじゃない? 出稼ぎに行く人はそうしてるじゃん」
「ん~~~」
「匂いに強く反応するのは、アルファだけでしょ? ヒート前、いい匂いするって何人かに言われたけど、危ない感じじゃなかったし」
「だがなぁ……」
「施設で番希望のアルファとも会わせてもらえるなら、おれ、選り好みしないで番になろうと思うんだ」
「はあっ? 駄目だそんなの! 結婚は好きな人としないと!」
「いや、でもさ、まずはアルファじゃなきゃダメなわけだし……」
どうでもいいと思っているわけではない。けれど、最善を考えたら番を見つけるのが一番いいのだ。
「真剣に考えた。好きとか愛しているよりも、酷いヒートを止めるのが最優先だよ。番ができればヒートも止まって、普通に生活できるようになるんだよね?」
「たぶん……俺は番がいるオメガとは会った事がないから正直わからないんだ。同業者から聞いた話では、落ち着くらしいが」
「じゃあやっぱり番になるのが大切だ! おれ、頑張って番みつける! そんで普通に生活するんだ。そうしたらここに帰ってくることもできると思うし。だから安心して待っててよ、ここでさ」
「う~ん」
「でもねぇ……」
困ったように顔を見合わせる父と母だったが、
「今すぐは決められないわ。様子を見ながら相談していきましょう」
母にそう言われユリウスはうなずいたが、
(……でもやっぱり、おれは 番いたい。女の子とは、付き合ってみたかったけど……)
そうするしかないのだと、大きくため息を吐くユリウスだった。
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