11 / 42
第一章
11 Ωは落胆する
しおりを挟む
豪奢な応接間に移動し、程よい硬さの天鵞絨張りのソファに腰かける。ランドールとレジナルドは酒精の強い琥珀色の酒、ナサニエルとユリウスには甘い果実水が用意された。
これまでの経緯を求められて説明をすると、ランドールは憐憫の眼差しでユリウスを見た。
「ナサニエルから大まかなことは聞いてはいたけれども……辛い目に遭ったね。レジナルドが偶然通りかかって本当に良かった」
「はい。助けてもらわなかったら、どうなっていたか……ありがとうございます」
「運命的なものを感じるね」
「…………」
明るいナサニエルの言葉に、しかめっ面で無言のレジナルド。しかしそれにめげず、ナサニエルは笑顔で続けた。
「それでね? ユーリはオメガの保護施設へ行くつもりだったわけだけれど、せっかく縁があったのだもの、レジナルド、君の番にしたらいいんじゃないかい? ね、ユーリもその方がいいよね?」
「あ、っと……」
レジナルドのしかめっ面は、更に険しくなっているが、
「も、もし、レジナルド様が良ければ」
「お前と番う気はない」
「あ、はい、すみません」
途中でキッパリと拒絶され、ユリウスは頭を下げた。
「ちょっとレジナルド! そんな言い方はないでしょう!」
「俺の番の話だ、お前がどうこう言うことじゃないだろう」
「それはそうかもしれないけれど」
「ああっ、申し訳ございません!」
二人の恩人が自分のせいで言い争いを始めてしまい、ユリウスは慌てて謝罪の言葉を述べた。
「レジナルド様にはご迷惑をおかけして、そのうえ番にだなんて図々しいことを言ってすみません。元々施設に行くつもりで王都に来たんですから、すぐに! 明日にでも行きます、お世話になりました!」
「なに言ってるの! 駄目だよ、まだ完全に治ったわけじゃないんだから! ちょっと! レジナルドが酷い事言うから!」
「はっ? 俺は別に施設に行けとは言っていないだろ!」
「言ってるのと同じだよ! 番う気はない、だなんて!」
「番うかどうかなんて、そんなに簡単に決められるものじゃないだろうが!」
「ああああっ! あのっ! 本当に大丈夫なんでっ!」
言い争う二人に、オロオロするユリウス。
「迷惑かけてすみません! 私が悪いんです!」
「ユーリは悪くないよ! とにかくちゃんと体調が良くなるまではここにいて欲しい」
「いやもう本当に、すっかり元気ですナサニエル様。忙しいのに面倒見てくれてありがとうございました」
「でも……」
ナサニエルが納得できないように唇に手をあてて難しい顔をしていると、
「……ナサニエルは、ユリウスが気に入ったようだね」
それまで三人の様子を黙って見ていたランドールが口を開いた。
「同じオメガとして心配だろう。いつもの仕事に加え、彼の世話をするのは大変だと思うが、それでも彼と話すのは楽しそうな様子だった。そうだろう? ナサニエル」
「はい、ランドール様」
「そしてレジナルド。別に施設に行けとは言ってない、番うかどうかは簡単に決められるものじゃない、と言ったな?」
「はい」
「つまり、ユリウスと番うかどうか、時間をかけて検討したい、ということだな?」
「っ……まあ……」
「うん、それじゃあ決まりだ」
綺麗な笑顔で、ランドールはパチンと手を叩いた。
「ユリウス、君はしばらくの間この屋敷に留まりなさい。正式に客人として迎えよう」
「え、ですが」
「元々そのつもりだったのだよ。もしかしたら君は、レジナルドの子を身籠っているかもしれないのだから」
「え……ええっ!?」
思わず大きな声を上げ、ユリウスは腹部に両手をあてた。
「え、子……赤ん坊……」
「まあ、可能性は低い。しかし、無いとは言えない。そうだろう? レジナルド」
「……はい、兄上」
「では、少なくとも次のヒートが来るまではここにいてもらわなければ。ナサニエルからオメガについて色々と教えてもらうといい。それとレジナルド、その間はできるだけ屋敷に戻り、ユリウスと交流をもつように」
そう指示したところで扉を叩く音がし、入ってきた男性に耳打ちをされたランドールが小さくため息を吐いた。
「急ぎの用だ、失礼するよ」
立ち上がりランドールを見送ってから三人はソファに座り直し、
「……じゃあ、そういう事でいいね? ふたりとも」
晴れやかな表情で確認するナサニエルに、レジナルドは渋々というように低い声で「ああ」と、その様子を見たユリウスは戸惑いながら「はい」と答えた。
「じゃあ今日はもういいな?」
「待ってレジナルド。ユリウスとふたりで少し話しなよ。じゃあね、ユーリ。また明日ね」
「え、まっ、ナサニエル様っ?」
慌てるユリウスに小さく手を振りナサニエルは部屋を出て行ってしまい、レジナルドとふたりきりになってしまう。
「あ……え……あ~……」
「…………」
眉間にシワを寄せ不機嫌そうなレジナルドに、なんと話しかけたらよいのか。
「えーと……なんか、すみません、こんなことになってしまって……」
「…………」
「子が出来てないってわかったら、すぐに施設に行きますので」
「さっき言っただろう、施設に行けとは言っていない」
「でも……」
「兄上の指示に従う。それでいいだろう」
「あっ、待って下さい!」
部屋を出ようと立ち上がったところを引き止めてしまい、レジナルドに冷ややかな目で見下ろされたユリウスは一瞬言葉に詰まったが、
「えっと、さっきはありがとうございました!」
そう言って勢いよく頭を下げた。
「さっき? なんのことだ?」
「肉! 切ってもらえたから食べられました。すごく美味しかった!」
「ああ……ナサニエルから、テーブルマナーも習っておけ」
ぶっきらぼうにそう言って、レジナルドは部屋を出て行った。
これまでの経緯を求められて説明をすると、ランドールは憐憫の眼差しでユリウスを見た。
「ナサニエルから大まかなことは聞いてはいたけれども……辛い目に遭ったね。レジナルドが偶然通りかかって本当に良かった」
「はい。助けてもらわなかったら、どうなっていたか……ありがとうございます」
「運命的なものを感じるね」
「…………」
明るいナサニエルの言葉に、しかめっ面で無言のレジナルド。しかしそれにめげず、ナサニエルは笑顔で続けた。
「それでね? ユーリはオメガの保護施設へ行くつもりだったわけだけれど、せっかく縁があったのだもの、レジナルド、君の番にしたらいいんじゃないかい? ね、ユーリもその方がいいよね?」
「あ、っと……」
レジナルドのしかめっ面は、更に険しくなっているが、
「も、もし、レジナルド様が良ければ」
「お前と番う気はない」
「あ、はい、すみません」
途中でキッパリと拒絶され、ユリウスは頭を下げた。
「ちょっとレジナルド! そんな言い方はないでしょう!」
「俺の番の話だ、お前がどうこう言うことじゃないだろう」
「それはそうかもしれないけれど」
「ああっ、申し訳ございません!」
二人の恩人が自分のせいで言い争いを始めてしまい、ユリウスは慌てて謝罪の言葉を述べた。
「レジナルド様にはご迷惑をおかけして、そのうえ番にだなんて図々しいことを言ってすみません。元々施設に行くつもりで王都に来たんですから、すぐに! 明日にでも行きます、お世話になりました!」
「なに言ってるの! 駄目だよ、まだ完全に治ったわけじゃないんだから! ちょっと! レジナルドが酷い事言うから!」
「はっ? 俺は別に施設に行けとは言っていないだろ!」
「言ってるのと同じだよ! 番う気はない、だなんて!」
「番うかどうかなんて、そんなに簡単に決められるものじゃないだろうが!」
「ああああっ! あのっ! 本当に大丈夫なんでっ!」
言い争う二人に、オロオロするユリウス。
「迷惑かけてすみません! 私が悪いんです!」
「ユーリは悪くないよ! とにかくちゃんと体調が良くなるまではここにいて欲しい」
「いやもう本当に、すっかり元気ですナサニエル様。忙しいのに面倒見てくれてありがとうございました」
「でも……」
ナサニエルが納得できないように唇に手をあてて難しい顔をしていると、
「……ナサニエルは、ユリウスが気に入ったようだね」
それまで三人の様子を黙って見ていたランドールが口を開いた。
「同じオメガとして心配だろう。いつもの仕事に加え、彼の世話をするのは大変だと思うが、それでも彼と話すのは楽しそうな様子だった。そうだろう? ナサニエル」
「はい、ランドール様」
「そしてレジナルド。別に施設に行けとは言ってない、番うかどうかは簡単に決められるものじゃない、と言ったな?」
「はい」
「つまり、ユリウスと番うかどうか、時間をかけて検討したい、ということだな?」
「っ……まあ……」
「うん、それじゃあ決まりだ」
綺麗な笑顔で、ランドールはパチンと手を叩いた。
「ユリウス、君はしばらくの間この屋敷に留まりなさい。正式に客人として迎えよう」
「え、ですが」
「元々そのつもりだったのだよ。もしかしたら君は、レジナルドの子を身籠っているかもしれないのだから」
「え……ええっ!?」
思わず大きな声を上げ、ユリウスは腹部に両手をあてた。
「え、子……赤ん坊……」
「まあ、可能性は低い。しかし、無いとは言えない。そうだろう? レジナルド」
「……はい、兄上」
「では、少なくとも次のヒートが来るまではここにいてもらわなければ。ナサニエルからオメガについて色々と教えてもらうといい。それとレジナルド、その間はできるだけ屋敷に戻り、ユリウスと交流をもつように」
そう指示したところで扉を叩く音がし、入ってきた男性に耳打ちをされたランドールが小さくため息を吐いた。
「急ぎの用だ、失礼するよ」
立ち上がりランドールを見送ってから三人はソファに座り直し、
「……じゃあ、そういう事でいいね? ふたりとも」
晴れやかな表情で確認するナサニエルに、レジナルドは渋々というように低い声で「ああ」と、その様子を見たユリウスは戸惑いながら「はい」と答えた。
「じゃあ今日はもういいな?」
「待ってレジナルド。ユリウスとふたりで少し話しなよ。じゃあね、ユーリ。また明日ね」
「え、まっ、ナサニエル様っ?」
慌てるユリウスに小さく手を振りナサニエルは部屋を出て行ってしまい、レジナルドとふたりきりになってしまう。
「あ……え……あ~……」
「…………」
眉間にシワを寄せ不機嫌そうなレジナルドに、なんと話しかけたらよいのか。
「えーと……なんか、すみません、こんなことになってしまって……」
「…………」
「子が出来てないってわかったら、すぐに施設に行きますので」
「さっき言っただろう、施設に行けとは言っていない」
「でも……」
「兄上の指示に従う。それでいいだろう」
「あっ、待って下さい!」
部屋を出ようと立ち上がったところを引き止めてしまい、レジナルドに冷ややかな目で見下ろされたユリウスは一瞬言葉に詰まったが、
「えっと、さっきはありがとうございました!」
そう言って勢いよく頭を下げた。
「さっき? なんのことだ?」
「肉! 切ってもらえたから食べられました。すごく美味しかった!」
「ああ……ナサニエルから、テーブルマナーも習っておけ」
ぶっきらぼうにそう言って、レジナルドは部屋を出て行った。
2
あなたにおすすめの小説
死に戻り毒妃の、二度目の仮婚 【オメガバース】
飛鳥えん
BL
国王を惑わし国庫を浪費した毒妃として処刑された日から、現世の14歳に戻ってきたシュメルヒ。
4年後、王族にしか生まれないオメガで<毒持ち>のシュメルヒは、父王の命令で、8歳の妹ナーシャ王女の許嫁のもとへ、成長するまでの中継ぎの仮妃として輿入れする。それは前世の運命をなぞるものだった。
許嫁のヨアンは14歳。後に暗君として幽閉される。
二度目の人生を送り始めたシュメルヒは、妹のため、祖国のため、そして処刑を免れるため、ヨアンを支えることにしたが、彼の<悪い気の病>には不審な点があり……。
一方シュメルヒ自身も、<毒持ち>であるがゆえか、これまで発情(ヒート)を経験したことがない不完全な王族のオメガであるという負い目を抱えていた。
<未来の妹の夫>にふさわしく成長して欲しいシュメルヒと、人間離れした美貌と澄ました表情に反して、寂しがり屋で世間知らず、やや情緒未発達な仮妃を愛するようになっていく年下皇帝のすれ違いラブストーリー。(最初の頃の攻は受を嫌っていて態度が悪いのでご注意くださいませ)
~8/22更新 前編終了~
【完結済】どんな姿でも、あなたを愛している。
キノア9g
BL
かつて世界を救った英雄は、なぜその輝きを失ったのか。そして、ただ一人、彼を探し続けた王子の、ひたむきな愛が、その閉ざされた心に光を灯す。
声は届かず、触れることもできない。意識だけが深い闇に囚われ、絶望に沈む英雄の前に現れたのは、かつて彼が命を救った幼い王子だった。成長した王子は、すべてを捨て、十五年もの歳月をかけて英雄を探し続けていたのだ。
「あなたを死なせないことしか、できなかった……非力な私を……許してください……」
ひたすらに寄り添い続ける王子の深い愛情が、英雄の心を少しずつ、しかし確かに温めていく。それは、常識では測れない、静かで確かな繋がりだった。
失われた時間、そして失われた光。これは、英雄が再びこの世界で、愛する人と共に未来を紡ぐ物語。
全8話
アケミツヨウの幸福な生涯
リラックス@ピロー
BL
ごく普通の会社員として日々を過ごしていた主人公、ヨウはその日も普通に残業で会社に残っていた。
ーーーそれが運命の分かれ道になるとも知らずに。
仕事を終え帰り際トイレに寄ると、唐突に便器から水が溢れ出した。勢い良く迫り来る水に飲み込まれた先で目を覚ますと、黒いローブの怪しげな集団に囲まれていた。 彼らは自分を"神子"だと言い、神の奇跡を起こす為とある儀式を行うようにと言ってきた。
神子を守護する神殿騎士×異世界から召喚された神子
この手に抱くぬくもりは
R
BL
幼い頃から孤独を強いられてきたルシアン。
子どもたちの笑顔、温かな手、そして寄り添う背中――
彼にとって、初めての居場所だった。
過去の痛みを抱えながらも、彼は幸せを願い、小さな一歩を踏み出していく。
愛しい番に愛されたいオメガなボクの奮闘記
天田れおぽん
BL
ボク、アイリス・ロックハートは愛しい番であるオズワルドと出会った。
だけどオズワルドには初恋の人がいる。
でもボクは負けない。
ボクは愛しいオズワルドの唯一になるため、番のオメガであることに甘えることなく頑張るんだっ!
※「可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない」のオズワルド君の番の物語です。
六年目の恋、もう一度手をつなぐ
高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。
順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。
「もう、おればっかりが好きなんやろか?」
馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。
そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。
嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き……
「そっちがその気なら、もういい!」
堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……?
倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡
俺がモテない理由
秋元智也
BL
平凡な大学生活を送っていた桜井陸。
彼には仲のいい幼馴染の友人がいた。
友人の名は森田誠治という。
周りからもチヤホヤされるほどに顔も良く性格もいい。
困っている人がいると放かってはおけない世話焼きな
性格なのだった。
そんな二人が、いきなり異世界へと来た理由。
それは魔王を倒して欲しいという身勝手な王様の願い
だった。
気づいたら異世界に落とされ、帰りかたもわからない
という。
勇者となった友人、森田誠治と一緒に旅を続けやっと
終わりを迎えたのだった。
そして長い旅の末、魔王を倒した勇者一行。
途中で仲間になった聖女のレイネ。
戦士のモンド・リオールと共に、ゆっくりとした生活
を続けていたのだった。
そこへ、皇帝からの打診があった。
勇者と皇女の結婚の話だった。
どこに行ってもモテまくる友人に呆れるように陸は離
れようとしたのだったが……。
黒獅子の愛でる花
なこ
BL
レノアール伯爵家次男のサフィアは、伯爵家の中でもとりわけ浮いた存在だ。
中性的で神秘的なその美しさには、誰しもが息を呑んだ。
深い碧眼はどこか憂いを帯びており、見る者を惑わすと言う。
サフィアは密かに、幼馴染の侯爵家三男リヒトと将来を誓い合っていた。
しかし、その誓いを信じて疑うこともなかったサフィアとは裏腹に、リヒトは公爵家へ婿入りしてしまう。
毎日のように愛を囁き続けてきたリヒトの裏切り行為に、サフィアは困惑する。
そんなある日、複雑な想いを抱えて過ごすサフィアの元に、幼い王太子の世話係を打診する知らせが届く。
王太子は、黒獅子と呼ばれ、前国王を王座から引きずり降ろした現王と、その幼馴染である王妃との一人息子だ。
王妃は現在、病で療養中だという。
幼い王太子と、黒獅子の王、王妃の住まう王城で、サフィアはこれまで知ることのなかった様々な感情と直面する。
サフィアと黒獅子の王ライは、二人を取り巻く愛憎の渦に巻き込まれながらも、密かにゆっくりと心を通わせていくが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる