夢見るオメガは番いたい

ミモザ

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第一章

25 αは看病する

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 握りしめた手を顔に持ってゆき、深呼吸するユリウス。
 そのまま様子を見ていたが、ケホケホと咳込んだので「水を飲むか」と尋ねると、コクリとうなずいた。

「頭を少し高くしたいな、枕を入れるぞ。それとも少し起きてみるか?」
「……起きる……体、痛い」

 寝すぎて体が痛いという事だろう。
 寝台には使っていない枕が四つもあるのでそれを重ねて、楽に寄りかかれるよう整える。

「よし、起こすぞ」

 熱で火照った背中の下に手を入れ上半身を起こしてやると、膝の後ろにも手を入れて抱き上げ、枕に寄りかからせた。

「水だ。飲めるか?」
「うん……」

 グラスを口元に持っていき、少しずつ傾け飲ませてやる。

「もっとか? もういいか?」

 その問いに唇が離れたのでグラスを置き、少し体の角度を緩くしてやろうともう一度背中と膝裏に手を入れると、ユリウスが体の向きを変え、レジナルドの胸に額を押し当ててきた。

「どうした、辛いのか?」
「ん……」

 グリグリと額を押しつけながら頭を左右に振っているので、大丈夫なのだろう。
 両肩を掴むとそのまま胸の中に体を預けてきたので、少し戸惑いながらも抱きしめたが、

「……少し待て、離れろ」
「ん――っ!」
「ほんの少しだけだ。その体勢、辛いだろう? すぐに抱いてやるから」

 腰をひねってくっついているユリウスを枕にもたれさせ、上着とベルトを外して寝台に上がると、枕を背に入れ隣に座った。

「よし、いいぞ。ほら」
「ん……」

 前に投げ出した腿に跨り、ユリウスはレジナルドに抱きつき、首元に顔を埋めた。

「どうしたんだ? ……心細くなったか」
「ん……」

 甘い香りを漂わせ、熱に浮かされてぐったりとした体で抱きつくユリウスを猫のようだと思いながら、背中を撫でてやる。

「苦しくなったら言うんだぞ」
「ん……レジナルド様、いい匂い……こうしてると、苦しくなくなってくるような気がする……」
「そうか」
「……ごめんなさい、おれ、風呂入ってない」
「お前からは、甘い、良い匂いしかしない」
「ほんと? 良かった……」

 撫でている背中から、ゆっくり大きく呼吸をしているのを感じ、少しホッとする。そして同時に、たいして忙しくもないのに、気まずさから避けてしまった事に罪悪感を感じる。

「……悪かったな、一人にして」
「んん、こんなに薬が合わないとは、思わなくて……予定外……」
「それならば尚更、早く知らせればいいものを」
「だって……そしたら面倒だって思うでしょ? こんな、ヒートの度に呼び出されちゃ、番になんてなったら大変だって」
「あのなぁ……オメガと番になったなら、そんなのは当たり前のことなんだ。面倒だの大変だのと思うわけがないから気にするな」
「……でも……レジナルド様、今でさえおれのこと、面倒だと思ってるでしょ?」

 そう言って、ユリウスはメソメソと泣き出してしまった。

「ごめんなさぃ……ヒートなんか起こして、迷惑かけて……」
「そんなの気にするなと言っているだろう」
「でも、おれのヒートのせいで……ナサニエル様が『番に』って言ってくれたのはありがたかったけど、でも、実際に番にするのはレジナルド様だから……おれのこと嫌いなら、そう言って?」
「嫌いだなんて一言も言ってないだろう」
「だから……我慢してるのかなって……レジナルド様は優しいから、おれが可哀想で言えないんだろうなって」
「優しいなんて言われたことないぞ、俺は」
「……優しい……肉切ってくれたし……チョーカー買ってくれたし……」
「…………」

 それくらいのことで優しいと言われるのは、なんだか居心地が悪いような気もするが、

「……抑制剤」
「……?」
「抑制剤はいつ飲むものなんだ? 一日何回?」
「夜一回。足りない時は朝も飲んでもいいそうだけど」

「そうか。それじゃあ、今日の夜はもう飲むな」
「でも、ヒートがまだ終わってないかもしれないし」
「俺がいるから大丈夫だ」
「え?」

 ひっついていた体が離れた。涙で潤み、目尻が赤くなった目で見つめられる。

「レジナルド様?」
「俺が、ずっとそばにいてやるから」

 そう言うと、驚いた表情がぐにゃりと歪み、ユリウスは小さな声を漏らして泣き出した。

「辛いのに、よく我慢したな。もう大丈夫だから」
「うっ……うぇぇぇ」
「俺がいれば、ヒート状態になっても安心だろう」
「うん、うんっ」

 再びレジナルドにキュッとしがみつき……、

「おい、ユリウス? ……寝たか」

 しばらくして、穏やかな寝息を立て始めたユリウスを寝台に横たえ、自分はそっと降り、横に椅子を持って来て座った。

(薬が切れたら、抱いてやろう。そして、状況によってはうなじを噛む。急だが、ユリウスは最初からそれを望んでいたし、番になれば抑制剤なんていらなくなるだろう)

 そっと頬を撫でるとモゾモゾ動き、両手で掴んで顔を押し付けてくるユリウスの行動に、思わず笑みがこぼれる。

(いい匂いでもするかのような……そうか、実際にいい匂いがするんだ。俺も、こいつの匂いに惹かれるし)

 その後、ユリウスはスヤスヤと眠り続けた。いつ目が覚めるかわからないので、急いで食事をしたり入浴を済ませては部屋に戻るレジナルドの心配をよそに、ずっとずっと眠り続けた。
 そして翌朝。

「わっ! レジナルド様っ! お戻りだったんですか!?」
「…………」

 目を覚ましたユリウスの第一声に、レジナルドの眉間にシワが寄る。

「えっ、もしかしてついていてくださったんですか? 仕事のほうはもういいんですか?」
「……昨日帰った。仕事は一段落ついたし、今日明日休みだからゆっくりできる。…………ユリウス、お前、昨日のこと、覚えているか?」
「昨日の? え、っと……あ~、え~と……」
「覚えていないのだな?」
「いえ! 覚えています! 夢だと思ってたので、ちょっと驚いただけです。……えーと……何か失礼なことしてませんよね……?」

 その探るような質問に『フ―――』と大きく長く息を吐くレジナルドを、ユリウスはビクビクしながら見た。

「え? やっぱり何か、失礼な事を?」
「…………いや」
「ええっ!? 今の反応って、何かしちゃってますよね!? うわっ、すみません! なんですか? 何やらかしました?」

 慌てるユリウス。しかしレジナルドに、昨日何があったかを説明する気力はなかった。

「覚えていないのならいい。それより体調はどうだ? ヒートは?」
「え? あ! 大丈夫です! 具合も悪くないし、スッキリしてるし。ヒート終わったみたいです!」
「……それならいい。ナサニエルが心配していたから、話してくる」
「えっ? えっ? あのっ!」

 あたふたしているユリウスを残し、さっさと部屋を出たレジナルドは、

「本当に! ヒート中のオメガは信用できん!」

 と憤るのだった。



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