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走り出した車内で、駈は無言のまま窓の外を眺めていた。
車は郊外から市街地へと入り、そびえるビル群には煌々と青白い明かりが灯っている。一方、駅前周辺はこの寒さの中でも人でごった返していて、過剰なほどのイルミネーションがクリスマス間近の浮かれた空気を彩っていた。
「……」
ちらりと視線を向け、英の横顔を見る。
その顔はいつもの英のようでいて、やはりどこかが違っていた。
山潟に言わせれば、二人は『言葉が足りない』らしいが――それは半分は当たっていて半分はちょっと違う、と駈は思っていた。
学生の頃もそうだったが……言葉が足りないのは主に英の方で、駈はむしろ、余計な一言で二人の仲を険悪にすることが多かった気がする。
(成長してないな、俺……)
はぁ、とため息を吐きたくなって、駈はそれをぐっと飲み込んだ。
(うわ、すごい渋滞)
ずらりと並ぶ赤いテールランプに、駈は目を丸くする。
街の中心部を突っ切るこのルートは、今までも英の車に乗るときには何度か使ったものだったが、その時はこんな渋滞に巻き込まれたことはなかったはずだ。
(あっ、そっか……いつもは深夜か早朝だもんな、ここを通るのは)
そう合点した駈だったが、ふとその時の――というより、その前後の記憶が蘇ってきてしまい、暗闇の中でひとり頬を赤らめた。
信号が変わるたび、車は数台ずつ前へと押し出されていく。
ほとんど動かない車内での沈黙は思った以上に耐えがたく、駈は少しずつしか解消されないこの長い列にイライラを募らせていた。
だから、ようやくこの時間を脱することができると思ったところで、前の車がもたついたときには思わず悪態をついてしまいそうになった。
目の前の横断歩道に、どっと人が流れ込んでくる。
この時間であればなおさら凍えるほど寒いはずなのに、誰かと並んで歩く人たちの顔は驚くほど明るく、温かそうな笑顔に溢れていた。
だが、そんな彼らの目がこちらへと向けられるたび、駈の心臓はどくんと脈打つ。
でも……ここで過剰な反応をすれば、また英に嫌な思いをさせることになる。駈は顔を伏せながら、シートの上に投げ出していた手を握りしめた。
……というか、冷静に考えれば、暗い車内は向こうからそれほどはっきりと見えるわけではないのだし、そもそも、隣に乗っているのがこんなさもない男なのだから、気にする方がよほど過剰なんじゃないか……
そう一人ぐるぐると考えていた駈だったが。
「……っ!」
その身体が突然、びくんと跳ねる。
駈は思わず、英へと振り向いた。
きつく握ったままだった右手のその上に、英の大きな手が重ねられていた。
「大丈夫、この場所なら見えないから」
英は正面を向いたまま、被せたその手にさらに力を込める。
英の言う通り、確かにこの位置ならちょうど死角になり、道行く人々の目は映らないだろう。それでも、駈の心臓はばくばくと激しく高鳴った。
駈も正面へと顔を戻す。そして、英の手に包まれた拳をさらに強く握りしめた。
それは、時間にしたら一分にも満たないくらいだったと思う。
気付けば目の前を往復していた人の波は消えていて、まもなく信号が青になる。
ゆっくりと車が動き出し、それと同時に、英の手が離れてゆく。
「あっ……」
消えてしまった熱に、思わずそんな声が漏れてしまう。
英が一瞬だけ、駈へと振り向いた。
「そんな顔しないで」
「あ、ご、ごめん……」
駈はいてもたってもいられず、赤くなった顔を伏せた。
(何してんだろ、俺……)
人目に触れる行為をあんなに嫌がっておきながら、今度はあからさまに惜しむような仕草をするなんて……と、駈は自分の一貫性の無さに頭を抱えたくなった。
走行音だけの響く車内で、英は相変わらず無表情のまま前だけを見ている。
「英……あのさ」
太腿の上へと戻していた右手を凝視しながら、駈はとうとうその口を開いた。
「さっき、俺がお前に言ったことだけど、その……」
「……違うんだ」
「えっ」
本題に行きつく前に遮られ、駈はぽかんと英を見る。
英は一つ深呼吸をすると、セットされたままだった髪をガシガシと解した。
「さっきも、それに今も……別に俺、駈に対してどうこう思ってなんかないよ」
「いや、でも……」
納得しない様子の駈に、英は「嘘じゃないって」と苦笑しながら、「まぁ、ムカついてたのは本当だけど」と続けた。
「……」
やっぱり、という顔をする駈へ、英はすぐに首を振る。
「もちろんそれだって、駈に、じゃない。……俺自身に、ムカついてたんだ」
「……?」
不思議そうに英を見つめる駈へ、彼はごまかすように小さく笑った。
再びの渋滞ははるか先まで続いていて、車は完全に停止する。
英はハンドルに上体を預けると、駈へと視線を向けた。
「今日、駈が車に乗り込んできたときさ……俺、実はすごいテンション上がってたの、気付いてた?」
試すようなその目に、駈は正直に首を横に振る。
英は気を悪くするでもなく、むしろ楽しげにふふっと笑うと、突然、駈の方へと覆い被さってきた。
「わっ、英、なに……っ」
反射的に目を瞑ってしまったが……予期していた温もりは、その唇には訪れなかった。
その代わり――
「これだよ、これ」」
英が掴んだのは……駈の左手だった。
「これ、付けてくれてるのを見たらさ……俺、なんかもう……たまらなくなっちゃって」
するりと絡められる英の長い指。
それが、駈の薬指にしっかりと嵌められている指輪をそろりと撫でた。
車は郊外から市街地へと入り、そびえるビル群には煌々と青白い明かりが灯っている。一方、駅前周辺はこの寒さの中でも人でごった返していて、過剰なほどのイルミネーションがクリスマス間近の浮かれた空気を彩っていた。
「……」
ちらりと視線を向け、英の横顔を見る。
その顔はいつもの英のようでいて、やはりどこかが違っていた。
山潟に言わせれば、二人は『言葉が足りない』らしいが――それは半分は当たっていて半分はちょっと違う、と駈は思っていた。
学生の頃もそうだったが……言葉が足りないのは主に英の方で、駈はむしろ、余計な一言で二人の仲を険悪にすることが多かった気がする。
(成長してないな、俺……)
はぁ、とため息を吐きたくなって、駈はそれをぐっと飲み込んだ。
(うわ、すごい渋滞)
ずらりと並ぶ赤いテールランプに、駈は目を丸くする。
街の中心部を突っ切るこのルートは、今までも英の車に乗るときには何度か使ったものだったが、その時はこんな渋滞に巻き込まれたことはなかったはずだ。
(あっ、そっか……いつもは深夜か早朝だもんな、ここを通るのは)
そう合点した駈だったが、ふとその時の――というより、その前後の記憶が蘇ってきてしまい、暗闇の中でひとり頬を赤らめた。
信号が変わるたび、車は数台ずつ前へと押し出されていく。
ほとんど動かない車内での沈黙は思った以上に耐えがたく、駈は少しずつしか解消されないこの長い列にイライラを募らせていた。
だから、ようやくこの時間を脱することができると思ったところで、前の車がもたついたときには思わず悪態をついてしまいそうになった。
目の前の横断歩道に、どっと人が流れ込んでくる。
この時間であればなおさら凍えるほど寒いはずなのに、誰かと並んで歩く人たちの顔は驚くほど明るく、温かそうな笑顔に溢れていた。
だが、そんな彼らの目がこちらへと向けられるたび、駈の心臓はどくんと脈打つ。
でも……ここで過剰な反応をすれば、また英に嫌な思いをさせることになる。駈は顔を伏せながら、シートの上に投げ出していた手を握りしめた。
……というか、冷静に考えれば、暗い車内は向こうからそれほどはっきりと見えるわけではないのだし、そもそも、隣に乗っているのがこんなさもない男なのだから、気にする方がよほど過剰なんじゃないか……
そう一人ぐるぐると考えていた駈だったが。
「……っ!」
その身体が突然、びくんと跳ねる。
駈は思わず、英へと振り向いた。
きつく握ったままだった右手のその上に、英の大きな手が重ねられていた。
「大丈夫、この場所なら見えないから」
英は正面を向いたまま、被せたその手にさらに力を込める。
英の言う通り、確かにこの位置ならちょうど死角になり、道行く人々の目は映らないだろう。それでも、駈の心臓はばくばくと激しく高鳴った。
駈も正面へと顔を戻す。そして、英の手に包まれた拳をさらに強く握りしめた。
それは、時間にしたら一分にも満たないくらいだったと思う。
気付けば目の前を往復していた人の波は消えていて、まもなく信号が青になる。
ゆっくりと車が動き出し、それと同時に、英の手が離れてゆく。
「あっ……」
消えてしまった熱に、思わずそんな声が漏れてしまう。
英が一瞬だけ、駈へと振り向いた。
「そんな顔しないで」
「あ、ご、ごめん……」
駈はいてもたってもいられず、赤くなった顔を伏せた。
(何してんだろ、俺……)
人目に触れる行為をあんなに嫌がっておきながら、今度はあからさまに惜しむような仕草をするなんて……と、駈は自分の一貫性の無さに頭を抱えたくなった。
走行音だけの響く車内で、英は相変わらず無表情のまま前だけを見ている。
「英……あのさ」
太腿の上へと戻していた右手を凝視しながら、駈はとうとうその口を開いた。
「さっき、俺がお前に言ったことだけど、その……」
「……違うんだ」
「えっ」
本題に行きつく前に遮られ、駈はぽかんと英を見る。
英は一つ深呼吸をすると、セットされたままだった髪をガシガシと解した。
「さっきも、それに今も……別に俺、駈に対してどうこう思ってなんかないよ」
「いや、でも……」
納得しない様子の駈に、英は「嘘じゃないって」と苦笑しながら、「まぁ、ムカついてたのは本当だけど」と続けた。
「……」
やっぱり、という顔をする駈へ、英はすぐに首を振る。
「もちろんそれだって、駈に、じゃない。……俺自身に、ムカついてたんだ」
「……?」
不思議そうに英を見つめる駈へ、彼はごまかすように小さく笑った。
再びの渋滞ははるか先まで続いていて、車は完全に停止する。
英はハンドルに上体を預けると、駈へと視線を向けた。
「今日、駈が車に乗り込んできたときさ……俺、実はすごいテンション上がってたの、気付いてた?」
試すようなその目に、駈は正直に首を横に振る。
英は気を悪くするでもなく、むしろ楽しげにふふっと笑うと、突然、駈の方へと覆い被さってきた。
「わっ、英、なに……っ」
反射的に目を瞑ってしまったが……予期していた温もりは、その唇には訪れなかった。
その代わり――
「これだよ、これ」」
英が掴んだのは……駈の左手だった。
「これ、付けてくれてるのを見たらさ……俺、なんかもう……たまらなくなっちゃって」
するりと絡められる英の長い指。
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