No.8-ナンバーエイト-

偽モスコ先生

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旅立ち

魔法が使えない男

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 視界は真っ暗。でも、闇の中、という感じじゃない。
 意識ははっきりとしていて、夢の中だけど夢だとわかっている、いわゆる明晰夢のような、そんな感覚。
 
 ……そろそろ朝かな?起きないと……

(目覚めよ……)

 あ、うん。そうします。おはようございます。

(目覚めよ……)

 わかってるって……急かすなよ。ていうか、誰?お前。

(力が欲しいか?)

 え?いや、全然……。

(力が欲しいか?)

 別に困ってないし……。あ、宗教勧誘か何かの方ですか?意識にまで語り掛けてくるの、やめてもらっていいすか。

(力……欲しいよね?)

 よね?って何だよ欲しくねーよしつけーな。

(何だよもおおおぉぉぉ!もういい、後から力が欲しくなっても絶っっっ対にあげないもんね!!)

 何だこいつ……。



 次の瞬間、意識が解放され、瞼を隔てた向こう側が明るくなる。
 目を開けると、陽光が突き刺さるように入り込んできて、自分が目覚めたことがわかった。
 
 何だったんだ、今の……。

 見慣れた天井。
 身体を起こして周囲を見渡すと、そこはいつもと相変わらずの自室だった。
  生活感しかない。壁際に今俺が寝ているベッド、逆の壁際には机と本棚、その間にローテーブルがあり、その上には無数の本が積まれている。床には絨毯がしいてあるが、とにかく物が散乱していて、部屋主のずぼらさが浮き彫りになっていた。すいません俺です。

 ベッドから降りて服を脱ぎ、シャワーを浴びる。
 身体を拭いて身支度を整えて、姿見の前に立つ。
 そこには、白いワイシャツの上から黒い上下のスーツを着て、やや茶色い髪を逆立て、ハリネズミみたいになっている俺の姿があった。昔友達から、ハリネズミをモチーフにした、地球のアクションゲームの主人公キャラみたいだと言われたことがある。
 それから持ち物を確認し、鞘に収まっている愛用の剣を腰に下げて部屋を出た。
 
 マンション自室の鍵をかけて振り返ると、朝日がまぶしい。
 寝起きの頭に、今日も一日頑張ってこいやと、語りかけてくれる気がする。
 朝日に励まされながら階段を降りると、見慣れた街並みがぐんぐんと近づく。
 マンションから少し歩くと、大通りに出る。そこでバスに乗り込んだ。
 他の乗客の邪魔にならないように、なるべく剣を立てて、自分の側に寄せる。
 見慣れた珍奇な風景を窓から眺めながら、俺は今日の現場へと向かった。

 マダラシティ。
 コンクリート製の現代的な高層ビルと、中世ヨーロッパ風の木造建築に、自然の入り混じるいびつな都市。
 この都市がこんな姿をしているのには理由がある。

 地球で、その海域を通った船舶や航空機が、乗り物ごと、あるいはその乗務員だけが行方不明になってしまう怪奇現象が起きていたのは、有名な話だ。昔は「行方不明 海域」とかで検索したらバミューダトライアングルだとか、ドラゴントライアングルだとかがすぐに出てきてたんだと思う。

 でも、一度行方不明になった中から、生きて帰ってくるやつが現れた。その人物によると、彼らは神々の住まう地、すなわち天界から戻ってきたのだという。
 
 なんじゃらほい、と思った人々は有志で調査団を結成し、その海域へ出向く。するとそこには空間の歪があり、それをくぐると本当に天界にたどりつくことができたそうだ。
 
 その歪は『天界の門ヘヴンズゲート』と名付けられ、以後、人類の内の一%ほどが天界へ移り住むこととなる。何故一%しかいなかったのか?それは一言で言えば地球に比べて不便だからだ。
 
 神々は、人類に『天界の門ヘヴンズゲート』周囲半径50kmより外側での、無機物や現代科学技術等の持ち込みを禁止した。神々は、如何に人類が地球を汚染し、破壊しているかを知っているからだ。むしろ人類が天界に住むことを許可し、それだけの領域で自由に開発をさせてくれたことに、感謝するべきだと思う。

 そんなわけで、天界に移り住んだ地球人というのは、ファンタジーやVRMMOもののアニメや漫画の影響で、架空の世界に憧れを持つ、若い日本人やアメリカ人がほとんどだった。
 
 もちろん、門から半径50kmの外側にも住んでる人間はいる。
 そういった人々がこの街に移り住んで来ると、慣れないコンクリートの建物よりも、木や石でできた建物を好むため、コンクリートジャングルの中に突如として木でできた建物が現れたりする。

 というのが、このいびつな都市の成り立ちだ。
 ……学生時代にテストで良く出てたところだからな、合ってるかな……。
 
 頭の中で歴史のおさらいをしていると、バスから見える景色にはもう一つ、地球とは決定的に違うものがあった。
 
 ビルの上を、風魔法を使えるやつが飛び交えば、路上にはタバコを咥えて火魔法で着火してるやつもいるし、ビルの影に隠れた一角では、土魔法を使った土木建築工事が行われている。そして、今俺が乗っているこのバスは、全ての動力を、雷魔法で蓄電されたバッテリーを使って賄われていた。

 そう、神々が居住するこの世界では、当然のように魔法が使えるのだ。
 さっき地球からこの世界に移り住んできたやつの大半が、ファンタジーに憧れを持つ、日本人やアメリカ人だったと説明したけど、つまりはそういうこと。みんな剣と魔法のファンタジーライフが送りたくてこっちに来るんだってさ。生まれたときからここに住んでる俺には、よくわからない話。

 乗り換えを経て、バスが現場近くに着いたので降りる。現場に行く前にコンビニで飲み物でも買っていこう。

「ラッシャーセー」

 入店と共に、全自動店員ロボが挨拶をしてくれる。
 いや、機械にやらせるんなら普通に「いらっしゃいませ」にしろよ、といつも思ってしまう。そんなところで人間っぽくしようとすんなよ。朝飯をまだ食べてないので、パンとコーヒーを持ってレジに行く。

「イラッシャイマセ、アタタメマスカ?」
「ちょっとだけお願いします」
「220円デゴザイマス」

 財布に入れてある電子マネーのカードをスキャンした。

「アリガトウゴザイマス。アタタメ、ショウショウオマチクダサイ」

 …………。
 全自動ロボになっても、この微妙に気まずい時間は健在だ。ていうか長えな。

「オマタセシマシタ」

 あっ、あっつ。あっつい!ちょっとって言っただろうが!

「ッシタァー」

 灼熱の塊と化したパンを外で少し冷ましてから食べる。そしてそれをコーヒーで流し込む。うまい。この為に生きている。パンのうまさで生を実感していると、声をかけられた。

「お、ラスナじゃん。もう来てたんだ」
「ビット。今日はお前も呼ばれてんのか、まあ兵士の連中は実戦経験が少ないからな……」

 クセがあり、ウェーブがかった髪は、オレンジっぽい茶色。
 高くも低くもない身長に、少しだけ細い体は、顔にかけている眼鏡と相まって、優しそうなもやしっこという印象を与える。

 こいつは冒険者仲間のビット、学生時代に知り合った、俺の数少ない友達と言っていい存在だ。……だよな?
 
 俺、ラスナ=アレスターは冒険者という仕事をして暮らしている。
 冒険者と言っても、冒険はしない。他に呼びようがないから、漫画やアニメにならってそう呼ばれている。
 仕事内容は多岐に渡るが、主なものはマダラシティの壁から外側、つまり神々からテクノロジーの持ち込みを禁止されたエリアに現れる、危険動物の駆除や、街道を行き交う商人の護衛などだ。何でも屋さんだとか雑用だとか言った方が早いかもしれない。そう軽視できない程度には俺たちの仕事は、この世界では重要なんだけど。

「仕事とは言え、スノウ様のライブが間近で観れるなんて超楽しみだよ!」
「そうか、まあちゃんと仕事はしろよ」
「わかってるって。お前はいいよな、何かある度にスノウ様に会えるんだから」
「俺のは仕事って言えるほどのもんでもないけどな」
「今日も頑張れよ。兵士の連中になんか負けんなよ!じゃ、俺はもう行くから、また後でな」
「おう」

 俺への激励を残して、ビットは今日の現場となる、マダラスーパーアリーナの方へと消えていった。さて、俺も行きますかね……。

 仕事そのものはスーパーアリーナで行われるのだが、まずは今日の俺の仕事相手を迎えに行かねばならない。

 アリーナと隣接するホテルに入る。するとロビーで兵士に声をかけられた。
 まあ、いつもポケットに両手を突っ込んで歩いてるからガラが悪いし、剣も背負ってるし当然だろう。

「失礼、身分を確認できるものはお持ちですか?」

 ここでお餅を持ってればナイスだったんだが……。持ってないので、大人しく身分証を差し出した。

「特別身分証明書……あっ、ラスナ殿でしたか、これは失礼を致しました」
「いえいえ」

 どうやら新人らしい。敵意も何も感じなかった。

「もしよければスノウ様の部屋までご案内しますが」
「いえ大丈夫です」

 そう言って目的のルーム番号を教えてもらった後、新人君に別れを告げる。
 エレベーターに乗って十階で降りる。すると、エレベーター前のスペースには兵士たちがたくさんいた。
 慣れ親しんだ、敵意を持った視線を受けながら、俺は1009号室を目指す……と、

「おい」

 俺を呼んだらしい不躾な声。振り返ると、中年の男が鞘をつけたままの剣をこちらに向けている。
 魔法の気配。
 俺はその男に向けて前進しながら、身体を横に向けて飛ぶ。
 男が構える鞘の先に魔法陣が出現すると同時に、俺の顔の下を何かが掠めていった。
 着地してなおも前進しながら、俺は腰の剣を鞘から引き抜いた。
 再び、魔法の気配。
 俺は剣を構えながら、しゃがんで滑り込むように前進すると、今度は俺の頭上を何かが通過する。男は鞘から剣を抜いた。
 男の前に到着すると同時に、しゃがんだ体勢から剣を切り上げる。
 金属と金属の衝突音。鍔迫り合いになる。

「いきなり何すんだオッサン!」
「相変わらず魔法は使えんようだな、ラスナ」

 俺は剣を押してから引き、バックステップをして体勢を立て直した。
 何やら始まったぞと言わんばかりに、兵士たちが集まってくる。

「やめなさい」

 何やら儚い、透き通るような可憐な声。
 振り向くと、そこには一人の女の子が立っていた。
 黒髪のショートボブ。小さな顔に大きな瞳が、あどけない雰囲気を出している。
 白いワンピースと、頭には花飾りをつけていて、綺麗というよりは可愛いという印象を与えていた。
 スノウ=ヴァレンティア王女殿下。このヴァレンティア王国の第一王女であり、今日、俺はこの女の子を護衛する仕事を任されている。

 兵士たちは慌てて敬礼をした。いつの間にやら中年の男も剣を鞘に納め、敬礼のポーズを取っていた。俺もそれを見て剣を収める。

「物騒な物音がしたから来てみれば……あなたたちは相変わらずね」
「お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありません」
「もう、本当なら処罰しなきゃいけないことなんだから……ほどほどにしてくださいね、ソドム兵士長」
「はっ」
「ラスナ殿、行きましょう」

 そう言うと、スノウは踵を返して部屋に戻っていった。

「ふん」

 さっきまで俺とやり合っていたソドムや周りの兵士たちも、俺に一瞥をくれてから持ち場に戻っていく。
 
 俺は、こいつらにあまり良く思われていない。
 その最大の理由は、俺が魔法を使えないことにあった。
 この世界で魔法が使えない人間などいない。地球で生まれ育った人間でも、こちらに来た瞬間に魔法が使えるようになる。
 それなのに、俺は生まれたときから魔法が使えなかった。
 小さい頃はそれが原因でいじめられたりもしたけど、悔しかったし、何より王宮で兵士の仕事をしていた親父も、息子が魔法が使えないとあって、一部の人間から憐れむような目で見られていたと聞いて、俺はとにかく剣を使った戦闘の技術を磨いた。
 ネットで剣術の動画などを見て勉強し、最初は親同伴で危険動物を狩って練習していたが、次第に一人でも狩りにいくことを許してくれるようになる。
 
 そうやって、小さい頃はそれで俺をバカにしてきたクラスメイトたちを撃退できる程度には強くなったし、今ではそれで生計を立てられるほどに、危険動物なら大抵のやつは倒せる。とはいっても、所詮魔法が使えない人間ではそれまでだ。対人戦闘では、魔法をきちんと使えるやつ相手にはどうやったって不利。
 もちろん、下手なやつには勝てるが、要人を狙うような犯罪者や暗殺者相手では護衛役としては不足もいいところだ。

 俺は、大人しくスノウの待つ部屋へと向かった。
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