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Ⅰ 武術大会

2 籤・・・腐敗の恐れがございますので火葬後の移送で宜しいでしょうか

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ペペロ・・・魔術師の卵、十三歳、男だが少女に見える。
トートス・・・ペペロの師匠、二百三歳の高齢なので惚けが入っている。

1メノト=100セチ=1メートル=100センチ
1日=24鐘
1鐘=60琴
1琴=60鈴

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メリルローテ武術大会、三年に一回催される武神大祭の神前奉納試合として始まったこの大会は、六百年近い時を経て、大祭以上に人を集めるこの国最大の催し物となっていた。

武神マルケスはメテルローテ国の守護神である。
このため王宮が後ろ盾となって盛り上げて来たのは勿論、王族自身が武術家から身を起した一族であるため、率先して参加することがこの国伝統になっていた。
過去には、この大会に参加した王位を争う王子同士、王弟と王子とが国民の目前で殴り合う事もあった。
王位狙う有力貴族が王子と殴り合う事もあった。
メテルローテの姫を巡って隣国の王子達が参入したことあった。
そしてその全てが神殿前での殴り合いで事が決した。

隣国の王子達が参入した時には、それぞれ自国の王子を応援する国民が王都に押し寄せ、街中でのそれぞれの国民同士の殴り合いが後を絶たなかった伝えられている。
そして結局、メテルローテ国の王子が全ての王子を殴り倒し、妹との婚姻を宣言して駆け落ちしたとの笑えない逸話が残っている。

対立する貴族同士の殴り合い、対立する将軍の同士殴り合い、他国の将軍の殴り込みもある。
歴史を左右しかねない殴り合いを目前で観戦できるこの大会は、国民が熱狂するのも当然と言えば当然であった。

また武神マルケスは賭博の神様でもある。
大会期間中は官営、民営の賭博が堂々と大手を振って営まれ、国家予算の数倍の利益を運営母体である国と神殿が手にすると言われている。

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翌日の朝、僕は屠殺場に向かう家畜になった気分で重い足を引きずって闘技場に向かった。
闘技場は王都のど真ん中にあり、石造りの立派な建物が一杯並んだ地区を抜けた先だった。
僕が店先に立っただけで殴られそうな立派なレストランやホテルが軒を連ね、身形の良いお金持ち達が中で寛いでいた。

武術大会への参加者なのだろうか、凶悪な顔付の筋肉のお化け達が続々と通りを進むに連れて路地から集まって来た。
みな気合い十分で窓越しに眺めているお金持ち達を威嚇している。
なんか人種が、いやいや、生き物としての存在が違う気もする。
押し流される様に、僕も一生懸命小走りで流れに乗った。
周囲の人の一歩分が僕の三歩分に相当するような気がする。

突然周囲に建物が無くなり、広場の様な場所に出た。
人がばらけ始め、目の前が見えるようになる。
視線を上げると物凄く大きい円筒型の背の高い建物群が弧状に建っていた。
高さは少なくとも二十階建て以上は有りそうだ。

呆けて開いていた口を一旦閉じて一番近い建物に向かう。
建物の前には列が出来ており、先頭で何か配っていた。
僕もその列に並ぶ、周りは凶暴な顔をした胸板の厚い大男ばかりで怖かった。
列はスムーズに前へ進み、先頭で十三番と書かれた番号札を渡された。

「それがあなたの闘技場番号です。その番号の闘技場で受領札を提出して本登録を行って下さい」

十三番闘技場へ行けば良いのは今の説明で十分に理解した。
だが、そもそも地理不案内でここがどこなのかが解らない。
係員は次の人に説明を始めてるし、割り込んだら殴られそうだし、僕は必死で案内板を捜した。
あーん、心細くて泣きそうだ。

幸い案内板は直ぐに見つかった、嬉しくてまた泣きそうになった。
いかん、情緒不安定になっている。

案内板には十七個の円が描かれていた。
真ん中に大きな主戦闘技場と書かれた円が有って、その周りを番号の振られた十六の予選闘技場と書かれた円が囲んでいた。
第十番予選闘技場の円の脇に現在位置と書かれた赤い小さな点が示されていた。
うん、三つ隣の建物に行けば良いだけだ。

一生懸命歩いているのだが、見えている隣の建物になかなか近づかない。
脇の闘技場の柱や窓は変化しているのだから前に進んでいることは解っている。
なんかオリオールの森の世界樹に行った時と感覚が似ている。
あの時も目の前に見える樹になかなか辿り着けなかった。
想像よりもこの建物は大きい様だ。
結局第十三予選闘技場に辿り着くまでに半鐘以上も掛ってしまった。

第十三予選闘技場の登録受付に並び、係員に受領札と闘技場番号札を渡した。
係員は分厚い帳面を開いて受領札の情報を確認していた。

「昨日の申し込みなので情報がまだ届いていないですね。取敢えず試合日時を決めますのでこの壺から札を一枚引いて下さい」
「はい」

素焼きの壺に手を入れて札を一枚引く。
先生に初日の試合の札だけは引くなと言われている、だが僕は昔から籤運が物凄く悪い、恐る恐る札を係員に渡す。

「えっ!今日の第四試合ですか、試合開始まで二鐘無いですから急ぎましょう。それでは遺体処理手続きをさせて頂きます。あなたのお名前と遺体引受人の住所とお名前を教えて下さい」
「ひっ、ぼ、僕の名前はペペロです。遺体引受人はテントス村のピピスです」
「テントス村ですと御遺体の移送に大凡一月程掛ります。腐敗の恐れがございますので火葬後の移送で宜しいでしょうか」

何か恐ろしいことを淡々と慣れた口調で当たり前の様に聞かれた。
僕の頭に死への恐怖が横切り、声が出なかったので首を縦に振って頷いた。

「それでは、ここにピピス様宛にペペロ様の骨である旨の説明を書いて下さい」

ペンと便箋を渡された。
何か僕は物凄く不吉な事をサラッと言われた様な気がする。

“お父様お元気でしょうか、突然の事で驚かれたと思います。この手紙届いたのなら僕はすでにこの世の人では無くなっていると思います。短い人生でしたが・・・・・・・”

なんか涙が滲んで来た。
書き終った遺書である父宛の手紙を係員に渡した。

「はい、ありがとうございます。それでは係員が更衣室にご案内いたします。下着も含めて全てこちらでご用意させて頂いている試合用の物に着替えて頂きます。手荷物と一緒にこの袋にいれて全て更衣室の窓口に提出して下さい。その後は係員が試合場にご案内します。ではご検討をお祈りしています」

僕は袋を受け取り、立ち上がって更衣室に向かった。
そしてその係員が後ろの女性に指示している声が耳に入ってしまった。

「今の子供の手紙だ。二十七番炉の使用願書と一緒に綴じておいてくれ。試合は二鐘後だから牧師の手配と一緒に至急で頼む」

なんか確定事項のような口ぶりなので、僕の余命は本当に後二鐘なのだと思えて来た。
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