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Ⅰ 武術大会

4 試合開始・・・何故か観客の皆さんは僕の裸を御所望のようだ

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ペペロ・・・魔術師の卵、十三歳、男だが少女に見える。
トートス・・・ペペロの師匠、二百三歳の高齢なので惚けが入っている。
キリカ・・・武術大会に参加している女性武術家、美人。
モモ・・・武術大会に参加している女性武術家、男に見える。

1メノト=100セチ=1メートル=100センチ
1日=24鐘
1鐘=60琴
1琴=60鈴

ーーーーー

係員が血に汚れた砂を入れ替えている間に選手の紹介があった。
天井や通路に設置されている音声伝達の魔道具からクリアな声が聞こえて来た。
相互干渉感知式を組み込んだ高等刻印技術が使われているようだ。

西口から現れた相手の選手は、スキンヘッドの腕も足も首も太いトロールの様な大きな人だった。
普段の生活の中でも絶対会いたくない様な凶悪な顔をしていた。
準備体操も僕を見ながら両手を身体の前で振って、腰を前後に振る変な動きをしていた。

僕の名前も紹介された、だけど性別の所でアナウンスの人は一瞬詰まって、女性として紹介されてしまった。
この恰好だから、間違えたんだろう。
流派と特技で笑いが起こっていた。

得物は小さな木槌を選んだ。
これが一番近くに置いてあったのだ。
観客席では賭けが行われているようで、賭けの投票が終わるまで暫く待たされた。
なんか観客が急に増えた気がする。

私設の賭け屋の声が聞こえるのだが、“全裸”とか“パンツ”とか“乳見せ”とか“舐め廻し”とか変な言葉を叫んでいた。
応じてる客が結構多い。
なんの賭けなんだろう。

賭けを締め切った合図があって、試合場の中に入ることを促された。
試合場の中央、審判を挟んだ二メノトほどの距離でスキンヘッドと対峙した。
近くで見ると増々怖いし、増々大きく見えた。
膝が震えるし、おしっこが漏れそうだし、気が遠くなりそうだった。

地獄から彷徨い出た鬼のような、恐ろしげな笑みを浮かべた身の丈が優に二メトノを越える巨漢が僕を嬉しそうに見下ろしている。
肩幅は僕の三倍くらい、腕と首は僕の胴回りよりも太いだろう。
分厚い毛むくじゃらの胸板が試合着から覗いている。
良く陽に焼けた傷だらけのスキンヘッド、町中でばったり出会ったら失禁してしまいそうな凶悪な顔、それに十八歳未満の青少年が見てはいけない様な、お花畑に常駐している様な焦点を結ばない危ない目付きをしている。

『剥―げっ、剥―げっ、剥―げっ、剥―げっ』
『まっぱ、まっぱ、まっぱ、まっぱ』

何故か観客の皆さんは僕の裸を御所望のようだ。
事情が有って女性用の試合着を着ているが、僕は男だ。
僕のちんこを見ても嬉しく無いと思うのだが。

でも相手は僕の試合着を剥ぐ気満々だ。
なんか指の体操をしている。
速攻で逃げ出す積もりだったがなんか許して貰えそうに無い。
たぶんパンツも剥ぎ取る気なんだろうな、こんな大勢の観客の前で僕の粗末なちんこを晒したくない。
うー、心細くてしっこが漏れそうだ。

「始め」

きゃー、試合が始まってしまった、なんか少しちびってしまった。
審判が一歩下がった。
僕が逃げ出すよりも早く、スキンヘッドは身体に似合わない敏捷性を発揮して両手を広げて襲い掛かって来た。

洗面器みたいに大きい男の掌が迫って来る、あの擂粉木みたいな指で掴まれたら僕の首なんか簡単に捥げてしまうだろう、僕は死ぬんだと思った。
人間死ぬ前に今までの人生が走馬灯の様に脳裏に走り抜けると言う、僕の脳裏にも十三年間の短い人生の思い出が物凄い勢いで走り抜けた。
うん、楽しい思い出が姉さん達との人形遊びなんて男として少し悲しい。
そして最後にこの理不尽な状態に到る悲しい思い出に辿り着いた。
あー、最後はせめて美味しい物をお腹一杯食べる楽しい思い出で人生の幕を降ろしたかった。

一縷の望み、先生の“良い考え”とはこうだった。
相手は僕を見て必ず油断する。
だからその隙を衝く為に、一瞬だけ筋肉の収縮速度を爆発的に増強させる刻印を身体に施し、非力な僕でも相手の油断に付け込んで勝てるようにする。
初戦に通用するだけの奇襲作戦なのだが、万が一僕が勝てれば賭けで大金が得られる筈なのだ。

刻印を筋肉に染み込ませる方法は先生のオリジナルなので絶対にばれない。
しかも半年位は効力が続く優れものなのだそうだ。
だが欠点が多い。
使用後は筋肉痛で歩くのがやっと、無理すると筋を断裂してしまうそうなのだ。
しかも継続時間が極端に短かく、瞬時に相手を仕留めなければならない。
奇襲に失敗すれば身動き出来ない状態で袋叩きになる一発勝負的な物なのだ。

そして朝の出がけに先生からさらに重要なことを言われた。

「昨日言わなかったがな、最大の欠点は脳が追随できるかどうかなんじゃ。こればっかりは個人差が大き過ぎてなんとも言えん。時間認識の改変能力と呼ばれてる物での、死にそうな目に遭うと危機回避のために時が止まって見えるのがそれだそうじゃ。わしにはこの能力が無い、じゃからわしにはこの魔法は使いこなせんし、発動方法を教える事も出来ん。じゃから、お前が独自に練習して覚えるしか方法が無い。だから間違っても初日の試合だけは引き当てるなよ」
 
そして籤運の悪い僕は見事に初日の試合を引き当てて、発動方法も解らないままぶっつけ本番で試合に臨んでいる。

スキンヘッドの口から涎が飛んできた、うへー汚い、必死で避けようとした瞬間、空気がズンと振動した。
そして突然世界が変わった。
目前のスキンヘッドの口から涎が球に変って飛び散っているのが見える。
スキンヘッドは僕に手を伸ばしたまま固まっている。

ん?世界が止まっている。
なのに避けようとした僕の身体だけは動いている。
良く判らないが先生の刻印が偶然発動したようだ。

目の前で止まっているスキンヘッドの横に回り込んで、必死に木槌を三発後頭部に叩き込む。
そして物凄い奔流が押し寄せて来た感覚があり、時間が元に戻った。

スキンヘッドが僕の立っていた場所に前のめりに倒れ込んだ。
そして僕は四発目を叩き込もうとした木槌を下に卸す。
僕は目の前で白目を剥いて倒れているスキンヘッドを茫然と見下ろしていた。
審判が腕を上げて僕の勝利を宣言してから担架を呼んだ。
一瞬静まり返った闘技場に大歓声が起こり、そして僕は全身の筋肉痛に襲われた。

担架で運び出される敗者、足を引き摺って立ち去る勝者、これは前の試合と同様だったが観客の歓声と拍手がなかなか鳴りやまなかった。
勝者口から退場し、係員の肩を借りて勝者申告所に審判から受け取った勝ち札を提出して自分の名前を申告する。
肩を貸してくれた係員の人が嬉しそうに手を振って帰って行く。
顔を赤らめていたから完全に僕は女性と勘違いされているんだろう。
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