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50 地下遺跡7

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ファーレ

旅生活が長いと、荷物の整理が得意になります。
馬車生活で多少荷物が増えましたが、必要な物を背負える程度に纏める事なんて、造作ありません。
調査団が拠点にしている建物へ指示通り荷物を背負って出向くと、今晩泊まる部屋を指示されました。
二人一部屋で、神官六人の三部屋が並んでいました。
私とベラさんが同室で、他の二部屋の前には荷物を抱えた召使達が並んでおり、心配そうに部屋の中を覗き込んでいました。
中をチラリと覗き込んだら、執事達が小さな背負子と山の様な荷物を見比べて、腕を組んで唸っていました。

「おう、遅かったな。他の連中はもう会場へ飯を食いに行ったぜ」

むむむむむ、部屋の中にベラさんの荷物がありません。

「ベラさん、荷物は」
「ああ、これだ」

ベットの下から手提げ袋を取出しました。

「それだけですか?」
「武器か?武器なら裏ポケットに入れてあるぜ」

ベラさんが神官服の前をはだけて見せてくれました。
ハンティングナイフやら投げナイフやら鉤爪の付いた紐やらが内ポケットに並んでいます。

「この鉤爪が便利でよ、大概の塀なら越えられるんだぜ」

むむむむむ、ベラさんの本業は泥棒さんでしょうか。

「あっ、勘違いするなよ。あたいは盗賊じゃないぞ。あっ、疑ってるな、あたいはこれでも貴族のお嬢様なんだぞ」
「はい、はい、はい。私も貴族だから信じますよ。それでバックの中には何が入ってるんです」
「パンツ二枚と手拭いとコップだ」
「えっ、他には」
「ん?他に何が必要なんだよ」
「着替えは?」
「寝る前に洗濯すりゃ良いじゃないか」

うー、上手がいました。

荷物の整理なんて必要が無いので、ベラさんと一緒に結団式の会場へ出向きます。
多少出遅れたようで、大体の席が埋まっています。
でも何故か、豪華な料理が並んでいるのに空いているテーブルがありました。
他の神官達もそこに集まっていたので、その席に向かいました。

「おい、お前達、ここは貴族のテーブルだ。直ぐに立ち去れ」

指定席でもないようなので、ベラさんと二人で料理にパクついていたら、ケアレスが嬉しそうに因縁を付けに来ました。

「おー、ケアレスさんよー。そんな事何処にも書いてないぜ」
「馬鹿か、料理とテーブルの配置を見ればそんなこと常識だろ」
「すみませんケアレスさん、私田舎者なので常識が無いんです。もっと詳しく説明して下さい。ベラさんこれ美味しいよ」
「どれどれ、あっ本当に上手いなこれ。ケアレス、酒飲むか」
「年下の君がなんで撲を呼び捨てにするんだ。それに僕の話を聞いているのか」
「はい聞いてますよ。だから早く説明して下さい。あっ、このスープも美味しい、これ遺跡茸かしら」
「この肉も旨いぜ、山牛かな」
「清流蜥蜴だと思いますよ、一回食べたこと有ります」
「おい、お前達、立ち去れと言ってるんだ」
「だから理由をお聞きしてるんです」
「だから常識だと」
「その常識の説明をお聞きしてるんです。あっ、この葉っぱに挟んで食べると美味しいですよ」
「どれどれ、うーん、美味しい」
「常識は常識だから常識なんだ、この野郎」
「あっ、切れた。私これでも強いんですよ、魔犬程度だった一発で蹴り殺せるくらいに」
「あたいも喧嘩なら自信が有るぜ、何時でも買うぜ」
「うっ、あっ給仕係、こいつ等にここが貴族席だって説明してくれ」

ケアレスが通り掛かった給仕係を呼び停めました。

「はい、お嬢様方、ここはこの方の仰るとおり、貴族席となっております」
「あはははは、僕の言った通りここは貴族席だっただろ。早く立ち去れ」

ケアレスが鬼の首を取った様に燥いでいます。

「ベラさん、この貝と海老美味しいよ。海から運んで来たのかな」
「いや、この近くにベラス湖って塩湖があってそこで獲れるんだ」
「貴様等、警備兵!こいつ等をここから」
「おいケアレス止めろよ、こいつはこれでも子爵の娘だ。ベラ、あまりケアレスを挑発するなよ」
「あっごめん、ショウちゃん」
「ベラさん、この方は」
「グリフォーレス男爵家の長男坊で、あたいの家のお隣さん」
「今晩は、御嬢さん。ショウトス・ル・グリフォーレスと申します」
「ファーレ・レ・オークです。宜しく」

ケアレスが大口を開けてポカンとしています。

「ファーレ、ショウちゃんは真面目そうに見えるけど、結構スケベなんだぜ。うちの風呂覗きに来て、姉ちゃんに良く殴られてた」
「こらベラ、人聞きの悪い事言うな。子供の頃の話だろ」

ベラさんとショウさんは仲が良いようです。
グリフォーレス家は学森族の村の領主様で、優れた学者を多く輩出する名家だと死んだ父母から聞いています。
その領主様の息子の脇に平気で立っている自分が不思議に思えます。
オークと出会っていなければ、こんな機会は一生無かったでしょう。

「ショウちゃん、全部で何人位ここに居るの」
「うーん、学術員が十名で事務官が五名だろ。神官と魔術師と治癒師と地図師が各六名で護衛が五十名、調理人が五名でポーターが百名、雑務係が六名だからちょうど二百名だな」
「うげー、大所帯だな。ショウちゃん、戦争が出来るんじゃねーの」
「はははは、半分が食糧と水と幕営の運搬人だから戦争は無理だろうな」
「こんな大所帯でぞろぞろと遺跡の中うろつくのか」
「まさか、ベースキャンプを決めたら六班に分かれて手分けして調査をするんだよ」

学術員は手弁当だとしても、事務官から地図師までが一日銀貨二十枚、護衛が銀貨十枚で残りは銀貨五枚とすると一日の給料は千六百三十五枚、食糧費が一日銀貨四百枚としても一日で金貨二十枚が消えて行く計算です。

「資金はどうやって集めるんですか」
「国からの補助金じゃ全然足りないからね、貴族や大富豪から資金を集めるんだよ。見返りは名誉と出土した遺物かな。高価な遺物目当てに少人数で潜る冒険者や研究者も多いけど、少人数での地図の無い遺跡探索じゃ、結局、安全の糊代を大きく見積もらなければならないから余分な持ち出しが多くなるんだ。宝物蔵を発見したとかの成功例が流布されるけど、そんな物は確率的に微々たる物なんだ。現実的には金持ちに依存した道楽なのさ、遺跡探索は」

父さんと母さんが貧乏だった理由が、物凄く納得できます。
でも父さんも母さんも楽しそうで目が輝いていました。

「あっ、先生方がいらっしゃった」

そして結団式が始まりました。
貴族席が設けられている理由も何となく想像が付きます。
特権階級におもねないと遺跡調査が出来ないのでしょう。
富の流れが偏らないと、富を生まない事業はロマンだけでは成立しないのかもしれません。
馬鹿ケアレスも必要悪なのでしょうか。

「おい、ケアレス、もっと飲めよ」
「ファーレちゃん、目が座ってるよ」
「なにー、こら!お前は私の酒が呑めないのか。こうしてやる」
「ゲフォッ、ゲフォッ、ゲフォッ、ゲフォッ、ゲフォッ。ショウ、助けてくれ」
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