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58 一年生の教育訓練1

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二年生全員を養成校から送り出し、神殿での仕事が無くなってしまった。
国からゲートを塞いだ報酬として男爵の爵位と領地を貰ったので、領地へでも行って暫く過ごそうかと思ったのだが、代理の上級神官の手配がまだ出来ないとのことで、ギルド長から泣いて止められてしまった。

一日ミントとあの部屋で過ごしても良かったのだが、ミントの身体が持ちそうもないので止めて置いた。
あの骨の魚の化け物のおかげで僕もレベルアップしたのだが、なんか更に若返って元気になったような気がして仕方がない。
調査団は帝都に引き上げたので、手空きになったファーレを神殿に呼び寄せて、四人に毎晩みっちりと相手をして貰っているのだが、それでもまだ力が有り余っている。
仕方が無いので、一年生の指導も手伝うことにした。

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ココロ神殿神官養成校 一年B組 ガレフ

夕食後、指導教官から明日より実技指導が神官長に変わるとの連絡があった。
俺達は全員急いで部屋に戻り、支度を始めた。
勿論ここを逃げ出す支度だ、二年が何度も死線を彷徨った話は何度も聞かされている。
でも俺達は認識が甘かった、部屋の荷物何か捨てて、さっさとずらかるべきだったのだ。

「全員廊下に並べ、これから夜間訓練を実施する。逃げたら酷いぞ」

まだ荷物を半分もバックに詰め終わらない内に、突然廊下に神官長の声が響き渡ったのだ。
咄嗟に窓を開いて足を半分踏み出したのだが、逃げ出したらどんな酷い事が待っているか二年生から聞いていたので、必死に踏み止まった。
何が起こるか不安で、半分パニック状態だったが取り敢えず廊下に出て並んだ。

「ガレフ、何で茶碗持って来たんだよ」
「ゴント、お前だって何で箒抱えてるんだよ」

神殿の前庭まで行進させられ、そこに荷車が待っていた。

「男女でペアになって荷車に乗り込め」

贅沢は言ってられないので、一番気心の知れた幼馴染のメルレを抱え上げて荷車に乗り込む。

「あにすんだよ、ガレフ」
「仕方がねーだろ、命が掛かってるんだからよ。おめーが一番しぶとそうなんだよ」
「なんだと、この野郎。あたいだってもっと色男の方がいいんだよ」
「こら、暴れんな、周りが迷惑するだろうがよ。大人しく諦めろ」

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ココロ神殿神官養成校 一年B組 メルレ

ガレフの大馬鹿野郎に抑え付けられたまま、半鈴ほど荷車に揺られ、連れて行かれた場所は水神の祠だった。
下町の住宅街の近くにあり、祠の前には一年中水が湧き出ている底無しの池がある。
子供の頃は良くガレフと一緒に泳ぎに来た。

昼間は参拝客が来る観光名所なのだが、真夜中なので人気がまるでなく、見慣れている筈の池も、なんか不気味に見える。
教官が回って来て、褌と胸帯を渡された。
着替えろということなのだろうけど、こっ恥ずかしくて戸惑っていると、ガレフが先に着替えて、自分の服を両手で突き出して、あたいを覆って隠してくれた。
ガレフの腕の中で着替える恰好になったが、まあガレフなら見られても今更だ。
また教官が回って来て、手と足と頬に刻印を描き始めたので、たぶん先輩から聞いていたとおりの潜りの練習が始まるのだろう。

「呪文を唱えたら池に飛び込め、炎で上手く顔を覆えば水中でも呼吸はできる。さあ練習だ、ペアと離れるなよ」

先輩は、白粉を塗る様な感覚で青い炎を薄く広げろと言っていた。

「ゲリト、メルト、ノリト。ゲリト、メルト、ノリト。ゲリト、メルト、ノリト」

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ココロ神殿神官養成校 一年B組 ガレフ

炎で顔を覆っても、水がドバドバ口や鼻に飛び込んで来る。
苦しくて水面に出ようとすると、神官長に足を引っ張られて、水中に引き戻されてしまう。
子供の頃、親から底無し池には魔物が住んでいるから泳ぐなと良く怒られた。
混沌とした意識の中、親の言い付けが本当だったと思った。

突然身体が楽になり、目の前に綺麗なお花畑が現れた。
無意識にお花畑へ足を踏み入れようとしたら、背後で俺の褌を引っ張る奴が居る。
怒って振り払おうと振り向いたら、去年死んだ祖母ちゃんだった。
首を振りながら俺をお花畑から遠ざけた。

意識が戻り、気が付いたら俺はメルレと唇を合せていた。
メルレの口から空気が流れ込んで来る。
俺は必死でメルレに抱き付いた、メルレが天使のように思えた。
メルレの胸が俺の胸に当っている、その胸に俺はそっと手を伸ばした。

「あにすんだよ、そんな元気が有るんなら、とっとと練習しな」

メルレが唇を離して俺を突き放した。
口や鼻に水が流れ込んで来る、苦しい、メルレの顔が鬼の様に見えた。
そして祖母ちゃんがまた褌を引っ張ってくれた。

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ココロ神殿神官養成校 一年B組 メルレ

六回程白目を剥いて、やっとガレフも息が出来る様になった。
本当に昔からこいつは、あたいが居ないと何も出来な奴だ、仕方が無いから面倒見てやろう。

全員が潜れる様になった後、神官長の指示でもっと深い場所へと潜った。
子供の頃から、この池の底を見たいと思っていた、少し心がわくわくする。

池は段々狭くなり、そして突然広い場所に出た。
神官長が光石を周囲に広げて光らせると、足元には石の造りの町が広がっており、目の無い魚が一杯泳ぎ回っていた。

「よーし、探索して来い。ただし建物の中には化け物が住み付いているから気を付けろよ」

手足の炎を操ると自由に泳ぐ事ができる、なんか魚になった気分だ。
光石を一個拝借して、クラスの連中と廃墟の中を探索してみることにした。

「変な気分だな、こんなに町が残ってるのに人が居ないなんて」
「魚が出入りしてる窓と魚が入って行かない窓が有るわね」
「あれ武器屋の看板じゃないか」
「入ってみようか」

光石で中を慎重に照らしてみたら、中で巨大蟹が身構えていた。

「裏口から入って、背後から攻撃できないかな。中にお宝が一杯有りそうだぜ」

店の裏は鍛冶場になっていた。
町が滅びた時に逃げ遅れたのか、白骨の死体が数体中に倒れていた。
その鍛冶場に一歩足を踏み入れようとした時だった、倒れていた白骨が一斉に起き上った。

「ぎゃー、逃げろ」

白骨は泳いで追いかけた来た、あたい達は神官長を捜して逃げ惑った。
他の連中も同じような事をやらかしたようで、あたい達と同じ様に白骨から逃げ惑っている。
何をやらかしたか判らないけど、数百体を引き連れて必死に逃げている連中もいる。
あっ!こっちに向かって走って来た。

「こらー、こっちに来るんじゃねー」
「うるせー、てめえらも道連れだ」

神官長は町の中央広場に水の無い空間を作って教官達とお茶を飲んでいた。
あたい達は必死でその空間に逃げ込む、白骨は神官長が怖い様で、その空間には近付いて来なかった。
全員が逃げ込んだ後、周囲は千体以上の白骨に囲まれていた。
教官達は怯えていたが、神官長は落ち着いたものだった。

「教材が向こうから来てくれた。それじゃこれからスケルトンの祓い方の訓練を行う。基本的にゾンビもスケルトンも祓い方は一緒だ。脳天を殴って動きを止めて、けつを蹴り上げて魂を追い出す。ポイントはけつの蹴り方だ。背骨から脳天の芯を撃ち抜く感じだ。それじゃ手本を示す」

何か祓い方が全然違う、魔法陣を描いて、その中にゾンビやスケルトンを追い込んで封じてから、詠唱で魂を浄化させるって習ったんだけど、折角覚えた詠唱も魔法陣も出てこない。
神官長が白骨の群れに向かって走って行った。
大丈夫かと心配したんだけど、逆に蜘蛛の子を散らすように白骨が逃げ出している、白骨はよっぽど神官長が怖いらしい。
神官長が転んで逃げ遅れた奴の足を掴んで引き摺って来た、白骨が嫌がって暴れている。
無理矢理立たせて、拳に炎を纏って脳天を殴ると白骨が硬直した。
腰骨を蹴り上げたら、白骨の口がパカンと開き、白い煙の様な塊が吐き出され、塊は上に向かって飛んで行った。
白骨は崩れて灰になった、神官長はその灰の中から何かを拾い上げている。

「これで地上に囚われていた魂が一つ安らかな眠りを得て輪廻の輪の中に戻って行った。それじゃ各ペアにつき一体スケルトン配るから、祓いの練習をしてみろ。それと魔石が混じってるから、灰になったら拾っておけ」

そして神官長は、逃げ惑う白骨を捕まえに行った。
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