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60 社会人教育?

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ガッシュ

俺にとって入学式は初めての経験だった。
道場に入門した時は、特別な区切りも無くそのまま直ぐに雑巾掛けをやらされただけだったので、まあ、周囲が冒険者ギルドで見慣れている連中であることを除けば、何か新鮮だった。

挨拶で礼拝堂の祭壇に立った神官長を見た時の印象は強烈だった。
俺も一端の武闘家としてそれなりの自身は有ったのだが、茸ちゃんが言っていた以上で、勝負しても勝てるイメージが全然湧かなかった。
そう、なんだかドラゴンと素手で戦えそうな雰囲気なのだ。
武闘家として対峙することを想像しただけで、情けない事に膝に震えが来るのだ。

そんな俺に比べて、戦闘狂のミューは大興奮で目を輝かせていた。
完全な戦闘モードに入っており、直ぐにでも壇上に駆け上がって神官長に襲い掛かるんじゃないかとヒヤヒヤ物だった。

案の定、式典が終わって神官長が祭壇から降りて来た途端、ミューが曲刀を抜いて神官長に跳び掛かってしまった。
ヤバイと思って腰を浮かし掛けたのだが、何故そうなったか良く判らなかったが、次の瞬間、ミューは曲刀を取り上げられて神官長の脇に抱えられていた。
唖然としていたら、そのまま礼拝堂から出て行ってしまった。

「ガッシュ、今の見えたか」
「いや、リュウ、俺には全然何も見えなかった」
「あれは本当に人か」
「いや、見た目通りの鬼かも知れないぞ」
「ミューの奴、食われなければいいがな」

本気で心配したのだが杞憂だった、暫くしたらミューが嬉しそうな顔をして戻って来た。

「あははは、本当に強いよ彼奴。全力で切り掛かった積りなんだけど、指先であしらわれちゃった。危なくお持ち帰りされるとこだったよ」
「良く無事だったな。普通半殺しにされても文句を言えないぞ」
「彼奴茸ちゃんの旦那なんだって、全然怒ってないよ。今度あたし達に稽古をつけてくれるってさ」
「・・・・・あたし達?」
「うん、嬉しいでしょ」

相当動揺していたのだと思う、気が付いたら割り振られた宿所に来ていた。

「ねえ、ガッシュ大丈夫」
「ああ、大丈夫だサクラ。大丈夫だから部屋に戻っていいぞ」
「もう、さっきから何聞いてるのよ。だからペアで一部屋割り振られてて、ベットが一つしか無いの。だからあの願書、婚姻届と思って頂戴」
「えっ?えー!」

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リュウ

「モミジ、本当に俺でいいのか」
「うん」

 神官長との稽古のことで頭が一杯になっていたら、モミジと同室になっていた。
 ここで数か月、俺達は一緒に過ごすことになる、しかも一つのベットで。

「やっぱりサクラと部屋を替わるか」
「勝手に部屋を変えたら追い出すって言ってたわよ。私じゃ嫌?」
「そっ、そっ、そんな事ある訳ないだろ」
「うん、ありがとう」

モミジが頬を染めてモジモジしている。
取り敢えず、腕立て千本で気持ちを落ち着ける事にした。

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カンナ
 
一つのベットじゃ多少狭いが私は嬉しい。
クロカの相手も良い子だし、互いに真剣なので問題ない。
シクラの相手もクロカと同様全然問題はない、真剣に将来の事を考えている。
デイジの相手は私と同じ年で信頼の置ける奴だった。
デルフィは・・・・相手は物凄く良い子なのだが、デルフィに真剣味が全然無い。
これは少し拳を使って、根性にじっくりと言い聞かせなければならない。
私の見繕って来たラックの相手は、ラックと同い年の、まだ毛も生えていない子供なので問題はないだろう。
問題は、今目の前ではしゃぎ回っているセチアと目が泳いでいるコスモだ。

「コスモ、判っているだろうけど妹に手を出すんじゃないよ」
「わっ、わっ、わっ、わっ、判ってるよ姉ちゃん。あっ、あっ、あっ、あっ、当たり前だろ」

あー、心配で胃が痛くなりそうだ、コスモの理性は穴の開いた巾着袋と良い勝負だ。

「セチアも判ってるんだろうね、あんた達、もう子供じゃないんだよ」
「大丈夫よ姉ちゃん、子供はコスモがちゃんと稼げる様になってから作るし」
「・・・・・セチア、だから兄妹は結婚しちゃ駄目なの」
「うん、私達の村ではね」
「・・・・私達の村だけじゃなくて、何処でも駄目なの」
「うん、判ってるわよ姉ちゃん、心配しないで。そんな決まり何処にも無いけど大丈夫よ。心配しないで、私達もう子供じゃ無いんだし」
「・・・・・コスモ、あんた床に寝な」
「あー、酷い、コスモ風邪引いちゃう。それなら姉ちゃんもエッチ禁止」
「私達は真剣に結婚を考えているんだからあんた達と違うの」
「私達だって真剣に考えてるもん」
「・・・・・コスモ、あんた廊下で寝なさい」

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取り敢えず現役冒険者の応募者全員を受け入れることにした。
受け入れ人数に比べて宿舎の部屋数が大幅に不足していたのだが、どうせ夫婦同様の連中なので二人一部屋で我慢して貰うことにした。
たぶん座学で爆睡する連中が続出するだろうが、まあ僕もそれはあまり期待していないので流すことにする。

入学式でじゃれ付いて来た女の子が居た。
そのままお持ち帰りして寝室でお相手しようと思ったのだが、ミューアの友達だったので止められてしまった。
格闘の稽古を頼まれたので、ミューアが世話になったお礼も兼ねて了承し、実地訓練が始まるとたぶん余裕が無くなるので、座学の時期の間に相手をする約束をした。
ガッシュ、リュウと言う男性二人とミュー、サクラ、モミジと言う女の子の三人がやって来た。

ガッシュとリュウがミューアより少し強いくらいで、ミューの実力が二人を大きく引き離していた。
稽古時間はミューが動けなくなるまでで、毎回気絶するまで嬉々とした表情を浮かべてミューは挑んで来た。
テオが世話になった兄弟も直に稽古に加わり、姉のカンナから、何故かコスモと言う少年を翌朝まで身動き出来なくなるくらい徹底的に鍛える様に頼まれた。

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コスモ

地獄の様な日々が続いた。
座学の講義の間はひたすら体力の温存に努め、講義後から始まる地獄の稽古に備えた。
稽古は壮絶だった、体力には自信があったのに、何度も気絶し、その度無理矢理叩き起こされた。
うっすらとセチアが食事を口に入れてくれている記憶や身体を洗ってくれている記憶が断片的あるのだが、大抵は稽古後の記憶が無く、気が付くと姉ちゃんに叩き起こされてベットの中で目を覚ました。
セチアは俺にしがみ付いて脇に寝ているのだが、姉ちゃんも諦めてくれたようだ。
この状態で、床や廊下に転がされたら、たぶん病気になっていたと思う。
約二月、テオと稽古して三回に二回勝てるようになった時、やっと座学の講義が終わって実地訓練になった。
これでやっと地獄から解放される、嬉しくて涙が止まらなかった。

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底無し池は混雑して使えないので、水没している遺跡を適当に見繕って連中を放り込んでみた。
女性は予想通り子供達より化粧慣れしているので直ぐに潜れる様になったのだが、ペアを組ませた男共が、互いへの遠慮が無くなっているせいか、女性に頼りっきりになって全然進歩しない。
そう、その互いの関係に慣れ切って、男共に頑張ろうという初々しいモチベーションが不足しているのだ。
仕方が無いので引き離して訓練してみたが、諦めて無抵抗に溺れる連中が続出して手間が掛かるだけだった。

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コスモ

地獄には続きがあった。
青い炎の纏い方を教わった後、荷車で水没している遺跡に連れて行かれて、この寒い中、褌一丁で放り込まれた。
炎を使って泳ぐ方法を教わるまではまだ良かったのだが、潜れと言われて潜ったら水中から出して貰えなくなったのだ。
当然溺れる、気が付いたらクロカ、シクラ、デルフィと一緒にお花畑の中に立っており、目の前に一昨年死んだ祖母ちゃんと四年前に死んだ爺ちゃんが並んで待っていた。
デルフィが女の子の事で祖母ちゃんからしばらく説教を喰らった後、俺達は追い返された。

気が付くとセチアが口移しで空気を送ってくれていた。
俺が意識を取り戻したことを確認して、神官長が俺からセチアを引き剥した。
セチアが泣きながら必死になって俺に抱き付こうとしている。
その顔を見ていたら、情けなくて胸が潰れそうだった。
その後三回爺ちゃんと祖母ちゃんに会って、俺はやっと息が出来る様になった。
最後に会った時、思い切ってセチアとの事を聞いて見た。

「爺ちゃん、祖母ちゃん。俺セチアと夫婦になってもいいかな」
「ああ構わんよ」
「幸せにね」

俺は早めに地獄から生還できたが、クロカとシクラとデルフィ、姉ちゃんの彼氏は手間取っており、結局その日の内に息が出来る様にならなかった。

その日の夕食時、俺は思い切って爺ちゃんと祖母ちゃんの事を姉ちゃんに話してみた。

「姉ちゃん、爺ちゃんと祖母ちゃんはセチアと夫婦になっても良いって言ってた」

”ガツン、ビシン、ビシン”

「何あんたまで馬鹿な事言い始めるのよ。私疲れてるんだから止めて頂戴」

疲れた顔の姉ちゃんに物凄い怖い顔で睨まれてしまった。
そして本当に廊下で寝る羽目になってしまった。

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三日目に突入しても、まだ息の出来ない男共が大勢いた。
本人達の女性への依頼心が増々強くなり、ペアの女性の方に疲労の色が濃くなって来た。
たぶん精神的に自分を責めてしまっているのだろう。
要は男がだらしないだけなのだが、状況は益々悪くなって来る。
仕方が無いので、作戦を変えてみることにした。

「ミント、カシス、ミューア、ファーレ、ピー。男共に化粧の仕方教えてくれないか」
「ええ、良いわよ」
「ふーん、面白そうね」
「仕方ないわね」
「構わないけど手配が間に合うかしら」
「服も用意します?」
「ねえ、オーク。何で僕だけ除け者なの」
「仕方ないだろ、テオは何時もすっぴんなんだから」
「ぶー」
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