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69 領主

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「このおばさん誰」
「なんでオークに引っ付いてるの」
「妾はオーク殿の妻じゃ」
「え!?あんたなんか知らないよ」
「おまえ誰だ」

 ミューとテオが怖い顔でアメジスタを睨んでいる。

「妾は女王じゃ」
「このおばさん、頭が少し温いんじゃないの」
「さっきまでこんなおばさん居なかったぞ。オークどこから拾って来たんだよ」

 アメジスタは料理、洗濯、家事は勿論、着替えも自分で出来るのかどうかすら怪しい。
 完璧なお荷物を持ち帰ってしまった気分だ。

「アメジスタは本物の女王だ。僕が過去から戻る時に一緒に付いてきたんだ」
「過去?何オークまで馬鹿な事言ってるのよ」
「そうだよ、ずっと此処に居たじゃないか」
「師匠、このおばさん排除しましょうか」

ーーーーー
コスモ

 テオ達が神官長と何か揉めている。
 神官長が美人のおばさんを背後に庇って、テオ達と言い争っている。

「姉ちゃん、何揉めてるんだろ」
「放っておきな、それよりあんたは自分の心配をしな。ちゃんとお宝拾って来たんだろうね」
「大丈夫だよ姉ちゃん、ほら、見て、コスモと二人でこんなにいっぱい集めたんだよ」
「・・・・何だいこれは、ガラクタばかりじゃないか。セチアはまだ仕込んで無いから仕方がないとして、コスモ!あんた今まで私が教えた事、ちゃんと聞いてたのかい。そもそもあんたは日頃から注意力が散漫なんだよ。飼い犬の方がまだ覚えが増しだよ。本当にあんたは、・・・・・」

 また姉ちゃんの拳混じりの説教が始まってしまった。
 神官長から引き上げの合図が無かったら、明日の朝まで続いていたかもしれない。
 
 宿舎に着いてから姉ちゃんに十発程グーで殴られたが、それでも夕飯は食わせて貰えた。

「どうしたんすか、コスモさん。だいぶ姐さんに怒られてた見たいすけど」

 ラックの彼氏のトートスだ、セチアと意気消沈しながら夕飯を食っていたら、ラックと二人で並んで俺達の前の席に座った。

「俺達が持って帰って来たお宝が気に食わなかったらしいんだ。値打ち物だと思うんだけどな、なあ、セチア」
「うん」
「見せて貰ってもいいすか」
「ああ、これなんだ」

 持ち帰ったお宝の中から、自信のある品物を数点取り出してテーブルの上に並べてみた。
 トートスが手に取って唸っている。

「どうだ?」
「ええ、コスモさん良いセンスしてるす」
「そうだろ、この石版なんかドラゴンの彫り物がバーンと身構えてて恰好良いだろ。それとこの花瓶、花模様がドーンと真ん中に描かれていて何か派手で綺麗だろう」
「へへ、その花瓶私が見付けたの」
「ええ、日用的な品物としては恰好良いすよね、大昔の品物すが今でも店先に並べれば売れると思いますよ」
「そうだろ」
「私もそう思う」
「ですが姐さんの言われているお宝とはちょっと、自分が思うに、ほんのちょっとだけ違うんじゃないかと思うっす」
「どこが」
「これが店先に並んでて、金貨十枚で売ってたら欲しいっすか」
「・・・そんなに高かったら買わねーよ」
「うん、私も」
「でしょ、姐さんの言われているお宝って、店先に並べて売る品物じゃなくて、特殊な人が欲しがって、高く買ってくれそうな品物だと自分は思うっす」
「たとえば」
「えーと、ラック、あれ出してくれ」
「はい、トートス」

 くそー、ラックの奴、嬉しそうな顔をしやがって。

「はい、これなんかがそんな品物っす」
「石の板に字が並んでるだけじゃねーか」
「これ姐さんの見立てだと、最低でも金貨三十六枚っす」
「げー!なんでそんなに高いんだよ」
「最後の行に刻まれてる記号が魔封じの呪文で、これ古代の呪文書らしいんす。調べて禁呪だったら、金貨五百枚は固いって姐さん言ってました」

 セチアと二人で固まってしまった。

「コスモ、今日も廊下だね」
「ああ」

ーーーーー
 男共に化粧を覚えさせる作戦は大成功だった。
 数日で男共も水中での息が可能になった。
 一応僕はギルドからの依頼を完了することができたのだが、思わぬ後遺症も出てしまった。
 男達が新たな心の扉を開けてしまい、新たなアベックが続々と誕生してしまったのだ。

ーーーーー
 コスモ

「クロカ、頼むからその恰好は止めてくれよ」
「失礼よコスモ、この姿が本来の私なの。デイジ似合うでしょ」
「・・・あはははは」
「私は特に構わないわよ、結構似合ってるし、ねーラック」
「うん、トートスも本人の自由だし、他人が強制するものじゃ無いって言ってた」
「おい、シクラはどうなんだよ」
「俺は構わないよ。俺も同じような恰好してたし、気持ちは十分判る」
「くそー、こんな時に姉ちゃんはどうしたんだよ」
「彼氏に彼氏が出来ちゃったらしくて、寝込んでるよ」

ーーーーー
 無事依頼が終了し、僕の仕事も一時的に無くなった。
 後任の神官長の手配も済んでいるので、僕は放浪を止めて国から貰った男爵領に引っ込むことにした。
 これには理由がちゃんとある。

 「妾はオーク殿のお子を孕んでおる」

 全員にアメジスタを紹介した時に、爆弾を投げ込まれてしまったのだ。
 思えば一年以上毎晩やりまくっていたのだ。
 アメジスタが避妊の魔法を切って孕もうと思えば、物凄く簡単なことだった。
 当初は僕をあの時代に引き留める為だったのだが、思っていたよりも僕が早く帰ると言い出したので、僕に付いて来てしまったらしい。
 ともあれ、僕にも責任がある、アメジスタが安心して出産できる環境を整えるために、自領に戻って領地経営をすることにしたのだ。

 だが領地と言っても曰く付きの物件で、この百五十年間、領主も領民も居らず、館も町や村もすっかり荒れ果てているそうなのだ。
 こうなったのも、昔この地方の領主を務めていたガザノフという人物が原因だった。
 この地方は隣国の軍事国家と国境を接しており、昔から度々この国に攻め込まれている前線地域だった。
 ここの領主に任命されたカザノフという人物は、敵の大規模な攻勢と兵糧攻めにも屈せず、館に籠って敵の侵攻を何度も食い止めて、この国の危機を救った勇猛な人物だったそうだ。
 だが、老齢になってから、穏やかに引退か昇天すれば国の英雄として語り継がれた人物だったのだが、惚けて来ると土地を護る事が執念に変り、死後地縛霊となって敵味方関係無く領地に侵入する者を攻撃する迷惑な存在になってしまったのだ。
 まあ、普通の人なら辞退する領地だろう。
 だが悪霊なら僕の専門分野だし、なにせ面積が無茶苦茶広かった。
 ほとんどが手付かずの森林地帯なのだが、お湯の沸いている箇所も何カ所かあり、領民が住んでいないので、管理する必要もなかった。
 だから僕は喜んでこの領地を貰い受けのだ。

 本物の貴族のお嬢様であるミントとカシスに、館の経営に必要な人員を確認しておく。
 
「館の警護に庭師、馬番、メイド、執事、祐筆、コックでしょ、農園があるんだったら農夫も何人か雇わないとね」
「国境の兵隊も配備しなきゃ、それに乳母と教師と小姓も必要よね。山の手入れが必要なら樵も雇った方が良いわね。オーク全然お金使わないから、軍資金はたっぷり有るわよ。でもね、領地はカザノリアでしょ、雇われてくれる人がいるかなー」
「何でだ」
「カザノリアって魂を食う鬼がいるって信じられてるの。悪い子はカザノリアの鬼に食べて貰うよって、親が脅かす家が多いらしいわよ」
「たぶん皆潜在意識に焼き付いてると思うわ。私だってオークさんと一緒じゃなきゃ行きたくないもの」
「普通の人は逆よ、オークがカザノリアに来いって言ったら、たぶん魂を食われると思うわね」
「失礼な奴だな」

ーーーーー
聖神殿主任神官 ミント

 悪い事をしてないのに、カザノリアへ行くことになりました。
 でもオークさんが一緒なら心配はいらないでしょう。
 あの秘密の部屋も出発前に封印しました。
 テオさんは、カンナさんが立ち直るまであの兄弟達とここへ留まるそうです。
 ミューさんは、このまま私達と一緒に過ごすことになりました。

「ねえミント、カザノリアに定住するんだったら、私達も避妊しなく良いんじゃないかな。私達もう年だし」
「そうよね、私も赤ちゃん欲しいな」
「じゃっ、決りね。正式な婚姻届と離職願いを神殿に送っておくわ」

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 カシスが言っていたとおり、人手が集まりそうもない。
 なので、奴隷商人に手配を頼むことにした。
 奴隷を館で働かせて、奴隷を兵士として酷使する。
 うー、無茶苦茶悪者の領主みたいに聞こえる。
 勇者が来て討伐されそうだ。

「へへ、旦那、魂の旨そうな奴を手配しますから」
 
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