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70 カザノリア1

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 カシスから聞いた魂を喰らう鬼伝説は、僕の想像以上に強固に根深く信じられているようだった。
 
 奴隷商に頼んであった奴隷の半数が手配出来たので、一緒に馬車で連れて行くことにした。
 引き渡しの際、最初に僕が主人であると奴隷商から告げられた時に動作がフリーズし、行先がカザノリアと告げられた途端、男であればがっくりと地面に膝を突き、女であれば地面に臥して泣き崩れるのだ。
 
 男は褌一丁、女は胸帯一枚と褌姿で引き渡される。
 用意した服を配っても動こうとしない。
 魂は食わないと言い聞かせても信じようとしない。
 そのままでは、風邪をひかせてしまいそうだった。

「着替えろ、着替えないとこの場で魂を喰らうぞ」

 効果満点だった、全員が大急ぎで着替え始めた。

 馬車に乗せる時も、一苦労だった。
 奴隷達は顔面蒼白で足をガクガクと震わせ、馬車のステップに足を掛けられないのだ。
 まるでこれから屠殺場に連れて行かれるような雰囲気だ。
 集まった野次馬は魔避けを手に持ってお祈りを始めるし、奴隷の縁者なのだろか、地に臥して号泣を始める者の現れるしで、門前の広場は大騒ぎになった。

 このままでは埒が明かないので、首根っこを掴んで馬車の中へ放り込む。
 狭い馬車の中へ、奴隷を無理矢理人を押し込めている極悪人に見えた様で、これまた町の警備隊が呼ばれる大騒ぎになった。
 警備兵達は僕のことを良く知っていたので、馬車の中を見せて納得して貰ったのだが、群衆は最後まで馬車を遠巻きにして大騒ぎしていた。

ーーーーー
ナトチウス国 戦略室長 ケゲス

 定例の戦略会議が無事終わり、執務室のソファーでクム茶を飲んで寛いでいた。
 
「ケゲス様、御報告がございます」

 足元の影から声が聞こえて来た。
 間諜として雇っている闇の一族の繋ぎからの報告だ。

「なんだ」
「クルシュ皇国のココロの町に魂喰鬼が現れ、カザノリアへ向かったそうです」
「無責任な噂話の類ではないのか」
「ココロに忍んでいる者からの報告でございます。群衆が見守る中、鬼が白昼堂々と泣き叫ぶ奴隷二百人を無理矢理馬車に詰め込んで、カザノリアへ出発したそうです」
「うーむ、狭い馬車に二百人も詰め込んだか、酷い事をする。なぜ魂喰鬼だと判断した」
「外見が鬼に似ていることもございますが、その者が”魂を喰らう”と奴隷に明言しているのを聞き取っております」
「鬼ならば、何故守備兵が捕えなかった」
「兵は鬼に対して、丁重に接していたそうです」
「なるほど、鬼と皇国との間で何らかの取引があって、守備隊には事前に連絡が入っていたのだろう。長年、カザノフの怨霊がかの地を不毛の地としていたが、皇国もなんらかの行動を起こす気になったのだろう。カザノリアに再び皇国の軍事拠点が築かれれば、我が国への大きな脅威となりうる。カゼカノの守備隊へ、国境の守備を厚くし、軍事拠点構築の動きが少しでもあれば、攻め入って破壊するようにと伝えろ」
「はっ、了解です」

ーーーーー
ナトチウス国 戦略室長 ケゲス

 魂喰鬼の報告があってから一週間、今日の定例戦略会議で報告したのだが、将軍達に笑い飛ばされてしまった。
 劣勢の南部戦線の補強が必要との発議があり、私の反対にも関わらず、カゼカノの守備隊の減員が了承されてしまった。
 もやもやした気持を落ち着ける為、執務室のソファーでクム茶を飲んでいた。

「ケゲス様、御報告がございます」
「なんだ、魂喰鬼に新たな動きがあったか」
「魂喰鬼自体に新たな動きは御座いませんが、カゼカノの町の住民の間で、魂喰鬼が町へやって来るとの噂が広がっています」
「何」
「町を逃げ出す住民も出始めており、特に鉱夫達は闇に対する迷信を信ずる者が多く、逃亡が激しいそうです」
「カゼカノは銀鉱石採掘の重要な拠点だ、採掘量が落ちれば、国全体の経済にも大きな影響が出兼ねん。王に直談判して、カゼカノの守備隊減員案を撤回させ、兵を増強して住民を落ち着かせよう。くそー、皇国の狙いはこれだったか」
「カザノフの怨霊と鬼が潰し合う可能性もございます」
「うむ、確かにカザノフは我が軍が手出し出来なかった強力な悪霊だからな。どちらが勝ったとしても、相当なダメージを受ける筈だ。カザノリアを奪い取るチャンスかもしれん。監視を怠るな」
「はっ」

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 カザノリアに入った途端、馬車が怨霊の大群に囲まれたとの連絡を受けた。
 ミントとカシスとアメジストが結界を張ってくれているので問題ないのだが、鬱陶しいので祓っておくことにした。

 カザノフの部下達は全員地縛霊となっていて、装備していた鎧の中に囚われて歩く鎧状態になっている。
 中心に一際強い魂が存在しており、これがカザノフの魂なのだろう。

 結界の外に出た途端、一斉に襲い掛かって来ると思っていたのだが、鎧達はピタッと動きを止めて微動だにしない。
 いくら待っても、全然動きが無いので、脅かしてみることにした。

「わ!」

”ガシャン、ガラガラ、ガシャガシャガシャ”

 鎧が一斉に崩れ落ち、中から無数の白く光った魂が抜けだして、空に向かって一斉に昇って行った。
 僕はその美しく神々しい光景に、しばらく見惚れていた。

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オーク男爵の妻ミント

 えっへん、そう神殿の神官は離職したので、今の身分はオークさんの妻です。
 
「さすがお師匠さま」

 ミューさんが感動してます。
 外の光景は馬車の中に映し出されていました。
 はらはらしながら見ていたのですが、オークさんが一言発しただけで、地縛霊達が昇天して行きました。
 無数の白い清らかな光が空へ昇って行く光景は、美しくて厳かで涙が止まりませんでした。

「ファーレ、この間ステータス計ったら、オーク、聖神官になっていたんだっけ」
「うん、胡散臭い聖神官だと思ってたけど、一丁前だね」

 美しい光の中に立つオークさんは聖人のようです。

「鬼じゃなくて聖人様だそうだぞ」
「ありがたや、ありがたや」

 奴隷達が跪いて祈り始めました。
 誤解が解けたようです、良かった良かった。

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元カザノリア領主 カザノフの魂

 悪い夢から覚めた様な気分だった。
 敵を殺す事のみに心が囚われていた。
 
 馬車から緑色に輝く祖神の光りを纏った男が現れた時には、驚きと恐怖で身体が動かなくなった。

”わっ!”

 その声に驚いて、部下達は大地から解放されて鎧から抜け出し、私は無我夢中で剣の中へ逃げ込んだ。
 天へ昇って行く部下の魂を見て、彼らを大地に縛り付けていた後悔と今解き放たれたことに対する安堵の気持ちが交互に湧いて来た。
 私も彼らの後を追おうとした。

 あれ?剣の中から出られない。
 
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