レグノリア戦記

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1 テオ・レルル・サラサース

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 テオ・レルル・サラサース。

 テオはカルーサ国東部のカイソ地方を支配するサラサース家の五男五女の末子として生まれた。
 小柄で線が細く、初めてサラサース家を訪れた客人が必ず少女と間違える、そんな少年だった。
 カルーサ国と言うよりも、レグノリア大陸の文化自体が力を正義として信奉し、武人を尊んでいた。
 このため、頑強さに欠けた息子は致命的な不適格者として判断され、他家への養子は勿論、婚姻すら認められない飼い殺し扱いが普通だった。

 テオが十二の誕生日を迎えた時に、父親はテオを武将として鍛え上げることを諦めて、得意な商の才能と文の才能を生かし、将来兄の家令として仕えられる様に家の経営の雑務を覚えさせる事にした。
 争い事と剣術の稽古が大嫌いだったテオは、それが自分の天から与えられた宿命として嬉々と受け入れ、父親から与えられた仕事に精を出す毎日を送っていた。

 商人との商談や支払期日の確認、出納簿の作成、年貢の取立て、穀物の育成指導、水路や道の修繕、館の修繕、盗賊の捕縛、魔獣や魔虫の駆除、山の手入れ、村の争い事の仲裁。
 一昨年、テオを二年間懇切丁寧に指導してくれていた老家令が亡くなってからは、一人で全ての仕事を引き受けてこなしていた。
 館に領主の息子としての自分の部屋は与えられていたが、部屋に居ると、直ぐ上の姉のライラがテオを鍛えようと無理矢理練武場へ引き摺って行くので、専ら、忙しく館の外を飛び回っている生活を送る様にしていた。

 季節の風を感じながら乗合馬車に乗って村々を転々とし、馬車の中や宿の空いた時間に本を読む、その時間がテオの一番幸せな時間だった。
 本は勿論高級品だったが、懇意になった毎年中央大陸から渡って来る商人が、テオの為に安価な中古本を仕入れて来て安く売ってくれた。
 購入費は父親がテオに与えた旅費と飲食費を流用した。
 男の嗜みとして、宿での酒代や酌婦を買う費用として父親が少し余分に小遣いを渡してくれていたのだ。

 勿論十五歳の健全な青少年であるテオは、偶には煩悩に負けて酌婦との楽しい夜を過ごしたが、異国の、異大陸の、異文化の様々な知識をテオの元に運んで来る本の方がより魅力的で、極力倹約に努めて本の購入費を捻出した。
 テオは想像の翼を広げ、より多くの時間を決して叶う事のない異国の夢を見ながら、ランプ灯を頼りに一人だけの夜の幸せな時間を過ごしていた。

 そんなある日、テオとテオの姉であるライラが、一緒に父親の執務室に呼ばて戦場への随行を命じられた。
 ライラは小隊指揮者として、テオは戦語部が役目だった。
 これが初陣に当るライラは燥ぎ回っていたが、テオは戦語部としてでも、父親が自分を戦場に随行する意図を計りかねていた。
 テオの視線を感じて、父親は一枚の簡潔で短い文章の書簡をテオに示した。
 黒狼の革に貼られた高級紙にこう書かれていた。

”グルサレル軍の討伐を命ず。レグノリア国王テッサ八世”

「まあ父様、国王様直々の御命令なんて、凄い名誉な事ですわ」
「お前の兄達も同じ事を言っておった」
「当たり前です」
「テオはどう思う」

 テオは本で得た知識でグルサレル国が中央大陸の国と知っていた。
 父親もテオの知識が豊かな事を知っており、テオの目の中を覗き込んでいた。
 中央大陸は文明レベルがレグノリア大陸に比べて数段高く、豊かな国が多い。
 取分け治金術のレベル差が大きい。
 テオは正直に文明的に大きなレベル差が存在することを父親に説明し、一領主として対峙できる相手では無く、国として軍を組織して対抗する相手であることを宣べた。

「やはりな」

 父親は腕組みして暫く考え込んでいた。

「父様、勝敗の最終的な帰結は精神力で決まると言われています。多少相手の文明が高くても、その分軟弱な連中に違いありませんわ。私達の勇猛さを骨身に浸みこませて蹴散らしてやりましょう」
「うむ、そうだな、逆らう訳にも行くまい。出発は明日早朝だ、準備しておけ」
『はい』

ーーーーー

「よお、二人して何の話だった」
「グレノお兄様」
「グレノ兄さん」

 二人の直ぐ上の兄のグレノが父親の執務室の外で待っていた。
 脳筋の上の兄達と違い智も武も備えた兄で、テオも尊敬しており、ライラに至っては、婚約話を蹴って真剣にグレノの伴侶になろうとすら考えていた。

「お兄様、私は初陣を命じられました。やっと戦場でご一緒できます」
「僕は戦語部を命じられましたが、でも相手は」
「しー!二人とも準備が終わったら俺の部屋に来い」
「はい、お兄様。テオは忙しかったら来なくていいわよ」
「はい兄さん、絶対に行きます」

”コンコン”

「テオか、入れよ」

 テオがグレノの部屋を訪れると、ライラは既に部屋に来ており、二人で床に座って酒盛りをしていた。
 ライラはグレノの脇にべったりと座っており、テオの顔を見たグレノの顔に安堵の表情が僅かに浮かんだ。

「テオ、来なくて良いって言ったのに」
「そう言うなライラ、テオここに座れ」

 グレノがテオをライラとの間に座らせた。

「酒は飲めるんだろ、テオ。ほれ飲め」
「はい、兄さん」
「親父にはグレサレルの事は話たのか」
「はい、でも父さんは解っていたようですよ」
「そーか、親父は死に方を考えてお前達も連れて行くことにしたのかな」
「お兄様、一騎打ち持ち込めば、父さまは誰にも負けません。それにお兄様達も簡単に敵に遅れを取る様な事はありません」
「テオはどう思う」
「本を読む限り、中央大陸の戦は完全な殺し合いです。作法に基づく力比べのセレモニーではありません」
「ははは、テオは上手い事を言う。力比べのセレモニーか」
「テオ、お前は戦を愚弄するのか。父様や兄様が命掛けなのはお前も知っているだろ。何も知らない子供の癖に生意気言うな」
「ははは、テオ、兄さん達に話してもライラと同じ返事が返って来るだろうな。ライラ、剣術の試合で後ろから切り掛かったらどう思う」
「そんな卑怯な振る舞いは有り得ません」
「村人同士の殺し合いだったら」
「下賤の者同士の殺し合いに卑怯と説くこと自体が無意味ですわ」
「ライラはどちらの方が真剣に戦っていると思う」
「・・・・・、比べる事自体が無意味ですわ」
「俺は村人の殺し合いの方が真剣だと思う。数人で取り囲んで背後から刺すのも有りだし、闇夜に襲うのも有りだ。戦いとは本来如何にこちらが傷を負わないで相手を効率的に殺すかを考える事なんだよ。戦いで傷を負わない部分のウェートが大きくなったのがレグノリアの今の戦い方なのだろうな。一騎打ちなんて正にその典型さ」
「捕虜にした敵の王族の女子供を生きたまま盾に貼りつけて、利用した話も中央大陸での戦い本にありました」
「えっ!そんなの悪魔の所業です。戦いとは言えません」
「いやライラ、むしろそれが本来の殺し合いの正しい形、戦いなんだよ」
「お兄様まで、テオの様な、子供のような事は言わないで下さい」
「ライラ、テオはもう大人だぞ。村の宿に泊まって村娘とやりまくってるって話だぞ」
「えっ!本当ですかテオ、なんて不潔な事を」
「姉さん、痛い、痛いよ」
「はははは、二人とも今日は酒を楽しめ」

ーーーーー

 十年前、隣国のペガスリオ国とグルサレル国の間で二百年間続いていた戦争に終止符が打たれた。
 三炎と呼ばれる強力な三つ子の魔術師がグルサレル国の王族に生まれ、両国の力関係が大きく崩れたのだ。
 元来平和主義者であった現王カジュラ十二世は、積極攻勢に出る代わりに周辺国を巻き込んだ五国間協同平和交渉を展開して、グルサレル国にやや有利な条件で平和協定を締結させた。

 久々の平和の訪れに国民全体が喜んだが、戦争による消耗を前提に構築されていた経済体制に軋みが生じ始めると、国民や貴族、王族にですら現王の国の運営能力に疑問を呈する者が出始めた。

 過剰生産による物余りで、物価の下落が始まったのだ。
 多くの国民が職を失い、物価の上昇を前提として両替商から借金を重ねていた貴族や王族に、借金を返せず行き詰る者が続出し始めたのだ。
 両替商は金を貸すことを渋り始めて悪循環が生じ、貴族や王族を増々追い詰め始めた。

 困った王は王立学問所の学者会議に解決方法を諮問した。
 そして返って来た答えは、貴族や王族の借金の増加を上回る資産の増加を即し、悪循環を断ち切る事。
 精神的な部分が占める要素を加味すると、短期間で目に見える成果が必要との提言だった。

 そして北大陸植民地化計画が立案され、貴族院会議が満場一致で了承した。
 戦争準備が始まると物価が久々に上昇を始め、人々に仕事が与えられた。
 国民は喜んだ、隣国との戦争と違い、我身に危害が及ぶ事が百パーセント無いのだ。
 そして全てが順調に進み、大規模侵攻計画が敢行され、全てが順調に進むかと思われていた。
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