レグノリア戦記

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 グルサレル軍は、レグノリア大陸のほぼ全土へ同時展開する大規模作戦を敢行していた。

 だが、カルーサ国に侵攻したグルサレル軍は初戦で躓き、レグノリア大陸から撤退を余儀なくされてしまう。
 しかも王位第六継承権を持つ総督と、第十継承権を持つ三つ子の三炎の魔術師を同時に失うという痛手を被ってしまった。

 完全に作戦の裏をかかれた敵の予想外の逆襲は、勿論軍作戦本部に驚きを与えた。
 だがそれ以上に敵の指揮官が行った、地獄王の代理人の様な脅迫とテリーサ契約の履行を求める一連の手順は、作戦本部に重い衝撃を与えた。
 事前調査から得たレグノリア大陸の知識レベルとの乖離が甚だしかったのだ。
 事前にリストアップしたカルーサ国の領主を含めた百数十人にも及ぶ主要人物の中にも、そのような知識を持った者はいない。
 中央大陸の知識を持った人物が作戦を練って待ち構えていたと仮定すると、王族四人の死の責任は作戦本部の事前調査不足、人災ということになって来る。
 貴族院会議に提出されて副司令官からの報告書には、この様なニアンスがちりばめられていた。

 カルーサ国に侵攻した部隊はグルサレル国の主力の大部隊である。
 カルーサ国の占領のみではなく、東西に長いレグノリア大陸の補給基地作りも求められていた。
 大型船で本国からカルーサ国へ補給物資を送り込み、足の速い高速船で海岸を東から西に流れる海流に乗せて、他国に展開している部隊に物資を送り込む、そんな戦略の青写真が描かれていたのだ。

 カルーサ国の再調査が貴族院会議から求められたが、既に他国への部隊侵攻は進んでおり、その様な余裕は無かったので、作戦本部は急遽代替え案を作成した。
 民間船を徴用し、西部地方と中部地方から新たに選定された補給港を使い、本国から直接北大陸の各部隊に補給物資を送り込む、こんな作戦案が貴族院会議に示された。

 港の使用河岸が減らされる西部地方と中部地方の商船組合が猛烈に反対し、カルーサ国に子弟の亡骸を放置された貴族達に目を付けて煽った。
 総督と三炎の遺体の損傷が激しかった為、石に厚く埋まった上級将校の遺体の一部は回収を断念したのだ。

 王族の亡骸の回収を優先させた軍の姿勢を非難させた。
 貴族院会議で行われた、息子の亡骸を地獄王の代理人の元に放置されたという老男爵夫人の嘆きの訴えは、貴族達の心を打ち、有力公爵達も含め、グルサレル国貴族院会議は全会一致で国王への非難決議を採択した。
 提出されていた新たな作戦案も否決され、レグノリア大陸へ向かう船舶の運行が出来なくなった。
 そして、レグノリア大陸に展開している部隊への補給が途絶えてしまう。

 レグノリア大陸に展開していたグルサレル軍の各部隊は、圧勝を続けて各国王都に迫りつつあったが、カジュラ十二世は泣く泣く撤退命令を出さなければならなくなった。
 四十二戦四十一勝一敗の圧倒的に優勢な状況の元、グルサレル国の北大陸植民地化計画は断念された。
 そしてレグノリア大陸に平和が訪れ、テオは地獄の代理人の名でグルサレル国の歴史に刻まれた。

ーーーーー

 館に戻ってから数日、ライラはテオの側を離れず一日泣き続けた。
 父親を殺され、ライラが兄達と一緒に敵へ向かおうと馬に乗ろうとした瞬間、背後からグレノが引き摺り降ろし、味方の雑兵の中に投げ入れたのだ。
 ライラの目に映った最後のグレノは、悲しそうな顔をしてライラに手を振り敵に向かって行ったと言う。
 グレノの脇で一緒に死にたかったとライラは泣いた。

 テオも父親や兄、特にグレノの死は悲しかったが、薄情と思いつつもライラを慰めている暇は無かった。
 老家令が残した過去の書付を頼りに、自分が弔いの儀式を差配しなければならなくなったのだ。
 最初の二日は無我夢中だったが、三日目には多少落ち着いた。
 テオは落ち着いてみると、自分が当主になっていたことに改めて気が付き、プレッシャーは感じたが、全て自分がその場で判断出来、判断を保留する必要が無いことに気が付いた。
 指示が早くなり、戸惑っていた使用人達にも落ち着きが戻る。
 七日目の弔いの終い日には違和感無くテオが指示を出し、使用人達がそれに従っていた。

 ライラは四日目に自分の部屋に戻り、その後は昼間だけテオの脇に寄り添っていた。

 弔いの儀式も終わり、朝の息が白くなり始める頃になると、テオはサラサース家の当主として新たな一歩を踏み出した。
 前々から考えていた、戦死した村人の家族への支援を検討することにしたのだ。
 レグノリア大陸では前例が無い事なのだが、農村の状況を肌の感覚として熟知しているテオは、生活苦による農耕地の放棄で起こる村の衰退が、領内全体の経済活動に数十年以上影を落とすと考えており、これを防ぐためにも支援が必要だと考えていた。
 両替商からの借金を抱えていた状況下では、父親の賛同を得られなかったが、長期的に見ればむしろ利が得られるとテオは考えていたのだ。

 それに大きな要素がもう一つ、サラサース家の財政状況が好転していたのだ。
 多少の資金の足しになればと思い、テオが戦場から回収した敵の武器や防具が物凄い高値で売れたのだ。
 仲介を頼んだ商人からテオが聞いた報告では、他国に展開していたグルサレル軍が撤退する前の時期だったという事情もあり、血の雨が降りそうな奪い合いになったとの事だった。
 両替商への借金を完済した後も、まだ商人からの支払いが続き、蜘蛛の巣が張っていた家の金箱に金貨が積み上がった。

 その金貨の山を見て、本の購入は勿論だが、テオ個人としても今まで我慢して来た事が自由に出来ると思い、テオは密かにほくそ笑んで空想の翼を広げていた。

 そんなある日、

”コン、コン”

「テオ、入るよ」
「はい姉さん、どうぞ」

 母親のテレサが、昔祖母が使っていた部屋へ荷物を移動したので、テオは父親が使っていた夫婦の寝間や居間、執務室などの広いスペースを一人で占有している。

「テオ、今日は相談があるの」
「何、姉さん、座って」

 応接セットに姉を座らせ向かい合う。
 ライラは長い金髪を頭の後ろで纏め、喪を表す黒一色の長いワンピースを纏っている。

「テオ、悔しいけど私はあなたに命を救われたわ。今までお礼を言い忘れていたけど、改めてお礼を言うわ、ありがとう。あなたは私の命の恩人よ」
「姉さん、気にすることは無いよ。姉弟なんだからさ」
「いいえ、私はテオに命の恩義ができたわ」
「命の恩義何て大袈裟だよ姉さん。拾って運んだだけだよ」
「拾って運ばれたこそ、私の命が救われたのよ。コホン、テオ、貴方はサラサース家の当主になりました」

 姿勢を正したライラを見て、テオは嫌な予感を覚えた。

「うん、解ってるよ」
「当主になった以上、あなたの命の重みは今までと違います。あなたの命を狙った刺客が送り込まれて来る可能性が無いとも言い切れません。でも貴方には、残念ながらその刺客を撃退出来る程の技量はありません」
「うん、それも解ってるよ」
「解っていればよろしい。喜びなさい、命の恩義の礼として私がテオの護衛をしてあげます」
「・・・・・えっ!?だって姉さん、クロッサム男爵家との結婚式が来月だったよね、そんな暇無いんじゃないの」
「馬鹿(”ガツン”「痛て」)、喪が明けぬのに結婚式を執り行う馬鹿が何処にいるのよ。先方を待たせても不誠実だから、婚約解消の手紙を今日出したわ」

 テオは動揺した、ライラを他家へ嫁がせれば、サラサース家に邪魔者は居なくなり、名実共に当主として自由に振舞えると思い指折り数えていたのだ。

「えっ!そっ、そうだ、そんな重要な事は母さんに相談しないと、一人で決めちゃ不味いよ」
「母様もその方が良いって。昔からテオには尻の軽い助平な所が有るから、誰かの監視が必要と言うのも同意見よ。外回りの仕事には、これから私が必ず同道するわ」
「あはははは、大丈夫だよ姉さん、品行方正な僕に限ってそんな心配はいらないよ。護衛だって、屈強な冒険者をギルドに頼んであるから心配しないで」
「テオ、あんた私が護衛をやるのは嫌なの」

 ライラが黙って腕を組んでテオの目をじっと覗き込む、視線を逸らせたテオが次第に挙動不審となって来る。
 十分に間を置いてから、ライラがやっと口を開いた。

「テオ、あなたは昔からやましい事があると挙動不審になるのよね。もっと男らしく泰然と構えられないのかな」

 ライラが服の袖口から折り畳んだ手紙を取り出してテーブルに広げる。

「これギルドへの護衛の依頼書よね。性別女、小柄でスリム、胸はAからB、外見が十二歳程度に見えれば年令は不問、実年齢が一致すればなお良し。希望冒険者ランクはC以上、夜の手当は別途支給」
「ひっ!」
「当ギルドにはこのような条件に適う冒険者は居りませんだってさ。今朝冒険者ギルドから届いたのよね。テオ!あんたが幼女趣味なのは構わないけどさ、サラサース家として変な噂が立つのは困るのよね」
「ごめんなさい、姉さん」
「縄とか、首輪とか、蝋燭とか用意してるんじゃないでしょうね」
「そっ、そんな物用意する訳ないよ」
「ふーん、テオ、精神が腐敗すると心に悪しき魂が宿るって聞いたことない?運動して汗掻くのが良いんだってさ。テオ、練武場でさわやかな汗を掻いて、間違った気持ちと精神を正しましょうか。さあ、いらっしゃい、煩悩が逃げ出すくらい鍛えてあげるわ。ついでにどっちが上かじっくり教えてあげるわ」

 咄嗟にテオは窓から逃げ出そうとした、だが動きも力も勝るライラに簡単に取り押さえられてしまった。
 幼い頃から姉の性格は良く解っていた、説得と言訳は無駄と解っているので、テオは大人しく引き摺られて行った。

 テオの意に反し、ライラがテオの護衛役を務めることになった。
 そして護衛の為に必要と言って、ライラは私物をすべてテオが占有していた当主の居住スペースに運び込んできた。
 空だった洋服箪笥に服が埋まり、部屋の飾りがライラの好みの物と入れ替わる。

 隣のベットで大の字になって大口を開けて眠るライラを眺めながら、テオは深い溜息を吐いた。
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