時の宝珠

切粉立方体

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6 鵺

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 二人が籠から毛皮を出して、丁重に作業台に並べる。
 それを灯を二本増やして主人が丁寧に確認する。

「ほう、貂と栗鼠か。サクナラ草で鞣してあるね。良く知っていたな」
 
 店主は大きな声で店の奥に声を掛ける。

「マリー、来てみろ」

 店の奥から二十歳過ぎ位の若い女性が出てくる。

「なに、父さん」
「サクラナ草での鞣しだ。良く見ておけ」
「へー、こんな子供達がね。え、これ銀貂じゃない。こっちは黒貂、え、これ白杉栗鼠じゃない」
 
 食い入る様に見入って感触を確かめている。

「この2年山奥に入る人間がいなくて相場が上がってる。銀貂が19枚、黒貂が24枚、茶貂が40枚、白杉栗鼠が10枚、茶栗鼠が10枚で良いかね」

 二人同時に首を縦に振る。
 二人とも貂と栗鼠までしか判らず、種類までは知らなかった。

「銀貂と黒貂が中銀貨1枚、茶貂が銀貨3枚、白杉栗鼠が中銀貨2枚、茶栗鼠が銀貨1枚で良いかね」

 うれしい誤算である。
 銀貨数十枚で売れれば良いと考えていた二人は同時に力強く首を縦に振る。

「全部で、金貨6枚と中銀貨6枚だね。ほかにも有るかい」

 娘はまだ嬉しそうに毛皮を撫でまわしている。

「あの、武器の買取りをお願いしたいのですが」
「ああ、石や骨の武器はだめだよ。金属武器ならば引き取るよ」
「はい」

 籠から穂先と鏃を出して、毛皮の脇に並べる。

「鏃には風の刻印、槍には炎の刻印があります」

 主人が、火に近づけて確認してから、娘に見せる。
 娘は息を飲んで鏃と穂先を細かく確認する。

「この刻印の形なら第二中隊が使ってた物で間違いないわ」
「坊ちゃん方、これをどこで手に入れたか教えてくれないか。いや、咎めてるんじゃないよ。知りたいだけなんだ」

 二人が一瞬身構えるのを見て、主人は慌てて言い直した。

「この町の西の沢を5日位登った所で見つけました。岩に潰された大猿の骨の下に有ったので拾ってきました」

 娘が口に手を当てて、父親を見つめる。
 父親は腕を組んで暫く考え込んでいた。

「これから、付いて来て欲しい所が有るのだが。良いかね」
「あの、まだ宿も探していないのですが」
「ああ、それならば紹介してあげるよ」
「それならば、大丈夫です」
「ありがとう。マリーこれを包んでくれ。母さん、ちょっと駐屯所に行ってくる」

 主人が店の奥に大声で告げると作業用の前垂れを脱いで、ジャケットを羽織る。
 包みを右手、ランタンを左手に下げると足早に二人を伴って店を出る。
 着いた先は大通りに面する立派な彫刻を施した石造りの建物。守衛に声を掛け、玄関ホールから右に伸びる廊下を進み、正面の分厚いドアを開ける。
 机の上を片付けていた秘書官らしき男が、怪訝そうに顔を上げ、武器屋の主人と狩猟民の子供を見つめる。

「サルムさん、申し訳ありませんが、執務時間は過ぎておりますが」
「緊急だ、鵺の生死情報だ」

 男が血相を変え、部屋の奥のドアを叩き中に消える。
 直ぐにドアが開き、最前とは異なり笑みを浮かべて招き入れられた。
 奥の部屋に入ると頑丈な木机や装飾の無い革張りのソファー、武骨な書棚には、皮の背表紙に綴った書類が綺麗に並んでいる。
 存在感のある軍服を着た40代後半の白髪混じりの男が振り向き、ソファーを勧める。

「では、話を聞かせて貰う」

 サルムがテーブルに鏃と穂先を並べ、カムが鏃と穂先を見付けた経緯を説明する。
 男はカムの流暢なローマン語に一瞬眉を顰めるが、黙って聞く。

「ええ、閣下、これは2年前の討伐隊の使った武器に違いありません。特にこの槍の穂先は魔獣討伐用に作られた特殊武器です」

 閣下と呼ばれた男が穂先を持ち上げ魔力を込めると、穂先に炎が立ち上る。

「あ、猿人の牙と爪も有ります。返しの付いた形が面白かったので採って来てあります」

 カムが牙と爪を武器の横に並べて見せる。
 牙と爪を丹念に調べてから、男は後ろに控えていた秘書官に命令する。

「サムラ中隊長を呼び出せ。明朝に確認隊を派遣する。規模は50人、往復で8日、発見したら狼煙で伝令する。平行して都への早便も準備、以上だ」

 秘書官が慌てて部屋を出て行く。

「それじゃ正確な場所を教えてくれ。自分の名前はキーロ、ここの派遣隊の総隊長だ」

 キーロが書棚から紙筒を取り出し、脇の広い作戦卓の上に広げる。

「これは地図と言って町の周りの山や川を描いたものだ。ここがこの町だ」

 キーロが指差す先を見ると町の略図にホグと書かれている。
 地図の名がタナス国東部地図、上辺右端から左端にトウラ山脈、そしてその下にタサ大森林。
 タサ大森林から分岐する数本の青線が描かれており、分岐毎に薄く赤炭で塗りつぶしてある。
 野営地と思われる黒点が青線沿いに落としてあり、町近くの青線が合流する地点に赤い点が落としてある。
 あの大きな野営地を示したものと思われる。

 キーロは説明を止めて、二人の子供を観察する。
 狩猟民は地図を知らない。
 ローマン語を話す狩猟民の子も、町育ち以外には居ない。
 子供達の視線を追って行くと、地図上の字を追い、道を追い、方位を見る。
 キーロの中で違和感が生じる。
 理由は不明だが、何者かが自分を陥れる為に狩猟民に扮した子供を送り込んで来た可能性を考える。
 最近貴族達のキーロの追い落としが最近露骨になっている。
 目的は誤報による信用の失落または隊への待ち伏せ。
 その割にはローマン語を話し、地図が解る狩猟民の子では稚拙過ぎる。
 説明を止めて鎌をかけて見る。

「その猿人の骨はどの辺にあったのだ」

 少年の指が躊躇なく動く。
 資金が尽きて帰ることも想定していたので正しく記憶している。
 指差す先は赤く塗られた捜索済地域。

「そこは既に調べておる」

 あえて、強く非難するような口調を装う。

「え、ああ、大岩の下の奥でしたから見落とされたのでしょう」

 動じる様子が無く、説明も揺るがない。

「すみません、紙と筆貸して貰えます」

 要求に応じて紙と筆を渡すと、魔法の様に少年の手によって沢の拡大図が描かれて行く。

「この岩の下です。上からの図ですと丁度こんな感じです。岩の下に入らなければ発見できない場所ですから見落とされたのでしょう」

 外見以外、狩猟民の子を装う様子が微塵も無い。
 溜息を付き諦めて直接問う。

「すまんが、君らは何者なのだ」
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