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7 クルベの民
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中身は齢二百年の婆と爺である、子供として振る舞っても不自然さは払拭しきれず、絶対に襤褸が出ると二人は想定していた。
その時の為に、二人の出路の設定を準備して置いた。
「はい、ぼくらはクルべの草探しです。キャラバンが山の中で狼の群れに襲われて壊滅しました。残った食糧と狩で食いつないで、沢を下っていたら野営地を見付けて踏み跡を辿ってここに付きました。春になったら町に帰って報告しようと思います」
クルべとは中央大陸東部にある薬草を商いとする町で、全大陸から薬師が集まりギルドを作っていた。
ギルドは製薬だけではなく、新しい薬草の探索にも積極的に取り組んでおり、その薬草の探索隊がケルべの草探しと呼ばれる。
探索は長期に及ぶものが多く、他大陸に渡る場合は、親子2代に渡ることも多い。
知識レベルが高く、旅の賢者とも呼ばれる。
旅先で生まれた子は、町に帰ってからギルドに自己申告で登録する習慣があり、二人が紛れ込むのに最も都合の良い場所と考えていた。
「クルべの町は5年前の“時の厄災”の煽りで滅んでいるよ。魔術師と誤解されて民衆に襲われたらしい」
二人が物凄く驚愕する。
その子供らしい表情は、キーロに安心感を抱かせた。
クルべのキャラバンは豊富な知識を誇り、数か国語を話す。
雑多な民族の寄せ集めであるため、狩猟民と容姿が同じでも不自然ではない。
すべて辻褄が合う。
もちろん子供であっても地図が読める。
二人は物凄く驚いていた。
クルベの町が滅んでいたからではない。
二人の純然たる驚愕は、勿論キーロには解り得ないが、五年もの時が流れていたことに対するものである。
光に飲み込まれてから森で起き上がるまでの記憶は連続している。
二人の常識が崩れ、足元が急に崩れた様な衝撃を受けていた。
あの不思議な世界に五年も捕らわれていたのだ。
星が合わないのは当然である、時間が違っていたのだ。
中隊長が息を切らして駈けつけると、キーロは聞き取った内容を話し、指示を与える。
すでに、情報の確度は高いと判断しているが、念のため、目の届く宿に紹介状を書き、遺骸が見付かるまでの子供達の監視は続ける。
「宿に紹介状を書こう。この鏃と穂先は預からせて貰う」
キーロが鏃と穂先、牙と爪を包み直すと、子供達が情けなさそうな顔をする。
「どうした」
「あの、これ貰っては不味いのでしょうか。僕らこれの代金を当てにしていたものですから」
キーロが合点する。
「ああ、これは悪いが証拠品として預からせて貰う。金の心配ならば鵺の生死の情報には金貨10枚が払われるから心配無い。それにこの穂先の持ち主から後で礼が有るから売るより良いと思うぞ」
二人が安堵の表情を見せると、キーロはさらに安心感を深めた。
「それに町のギルドからも、多分、礼が出ると思うぞ」
武器屋の主人サルムも付け加える。
秘書官から紹介状を受け取り、サルムと共に外にでる。
既に遅い時間にも関わらず、表通りの灯篭に火が灯り、厚手の袋を被った様な服を纏った人が歩いている。
物珍しげに左右を見回す二人にサルムが説明する。
「ここは有名な温泉地なんだよ、大陸中や別大陸から保養客が多く集まる場所なんだよ。寒い国なので特に冬場に人気が有るのに、2年前に鵺が出てね。国も討伐隊を派遣したんだが、討ち漏らした。なにせ、鵺の好物は人の脳味噌だから客が怖がって減って、減って。魔獣避けの木柵を作ったものの、みんな怖がって客足が戻ってないのさ。今冬も鵺が見付からなければ宿の半分が潰れると言われてたし、鵺が怖くて逃げ出す連中出始めてた。国も必死でここには軍の大隊が送り込まれているんだが、まだ見付からなくてね。ありがとう、お手柄だよ。これで枕を高くして眠れる」
サルムが詳しく鵺騒動の経緯を説明した。
2年前の夏、突然1匹の鵺が現れ町を襲った。
ここホグの町は有名な温泉地で、国の観光収入の大半を占める重要な町である。
慌てた国王は、鵺1匹に国軍の大隊を送り出した。
不安を残さないために追い払うのでは無く完全な討伐を目論んだのだ。
軍は町に現れた鵺を三重に取り囲み追い込む。
だが、手負いとなった鵺が北方の包囲を突き破る。
軍内に陰謀が有ったとも言われている。
山深く逃げた鵺を追い、山狩りを繰り返したが発見出来なかった。
討伐隊の総隊長は責任を取って引退。
優秀な叩き上げの軍人であった。
中央大陸の厄災後には、難民が流入して疑心暗鬼となった隣国同士が争ったが、混乱していた国々は直ぐに落ち着き、今は和議も整って居る。
平時になると政治力に秀でる貴族達が軍部を牛耳り始める。
後任のキーロも叩き上げの優秀な軍人だが、温泉地の掻き入れ時の今冬前に解決できなければ引退に追い込まれると噂されている。
「貴族が総隊長になるとな、実績を上げようと余計な事を仕出かすんだ。功名心の塊だからな。何も知らない貴族のボンボンが兵を上手く動かせる筈がないんだ。結果大失敗を遣らかして、逃げ出すんだ。言い訳だけは上手いから、掛った金は町に回される。税が上がって尻拭いさせられる俺達は溜まったもんじゃないんだよ」
国の誤算は予想以上の保養客の落ち込みで、最初の年の客が平年の十分の一、昨年は大枚を叩いて木柵を作って安全宣言を行ったが、半分も回復しなかった。
木柵に莫大な費用が使われ、国の財政自体も危うくなっている。
カム達の情報はキーロにとっても、国にとっても起死回生の情報であったのである。
サルムの店で毛皮の代金を受け取り、宿へ案内して貰う。
ホグの町は、正門近くが料理屋や商店、劇場など繁華街が集まる商業区で扇型に広がっている。
商業区の扇の頂点に川を挟んで楕円形に広がる役所や駐屯所がある官区が有り、その背後に谷を挟んで住民の住む居住区、官区の奥が温泉を引いた宿が集まる温泉区、そのさらに奥が貴族達の別荘が集まる山手区。
山手区の面積が最も広く、国内外の貴族達の冬の社交場となっている。
ちなみに鵺に襲われたのは山手区、以来貴族達が恐れて近寄らなくなってしまった。
貴族一人で雇用が千人と言われており、鵺一匹により蒙ったホグの町の損害は著しく大きかった。
貴族から王族に対する突き上げも大きく、このため、鵺一匹の討伐に軍千人が送り込まれたのである。
その時の為に、二人の出路の設定を準備して置いた。
「はい、ぼくらはクルべの草探しです。キャラバンが山の中で狼の群れに襲われて壊滅しました。残った食糧と狩で食いつないで、沢を下っていたら野営地を見付けて踏み跡を辿ってここに付きました。春になったら町に帰って報告しようと思います」
クルべとは中央大陸東部にある薬草を商いとする町で、全大陸から薬師が集まりギルドを作っていた。
ギルドは製薬だけではなく、新しい薬草の探索にも積極的に取り組んでおり、その薬草の探索隊がケルべの草探しと呼ばれる。
探索は長期に及ぶものが多く、他大陸に渡る場合は、親子2代に渡ることも多い。
知識レベルが高く、旅の賢者とも呼ばれる。
旅先で生まれた子は、町に帰ってからギルドに自己申告で登録する習慣があり、二人が紛れ込むのに最も都合の良い場所と考えていた。
「クルべの町は5年前の“時の厄災”の煽りで滅んでいるよ。魔術師と誤解されて民衆に襲われたらしい」
二人が物凄く驚愕する。
その子供らしい表情は、キーロに安心感を抱かせた。
クルべのキャラバンは豊富な知識を誇り、数か国語を話す。
雑多な民族の寄せ集めであるため、狩猟民と容姿が同じでも不自然ではない。
すべて辻褄が合う。
もちろん子供であっても地図が読める。
二人は物凄く驚いていた。
クルベの町が滅んでいたからではない。
二人の純然たる驚愕は、勿論キーロには解り得ないが、五年もの時が流れていたことに対するものである。
光に飲み込まれてから森で起き上がるまでの記憶は連続している。
二人の常識が崩れ、足元が急に崩れた様な衝撃を受けていた。
あの不思議な世界に五年も捕らわれていたのだ。
星が合わないのは当然である、時間が違っていたのだ。
中隊長が息を切らして駈けつけると、キーロは聞き取った内容を話し、指示を与える。
すでに、情報の確度は高いと判断しているが、念のため、目の届く宿に紹介状を書き、遺骸が見付かるまでの子供達の監視は続ける。
「宿に紹介状を書こう。この鏃と穂先は預からせて貰う」
キーロが鏃と穂先、牙と爪を包み直すと、子供達が情けなさそうな顔をする。
「どうした」
「あの、これ貰っては不味いのでしょうか。僕らこれの代金を当てにしていたものですから」
キーロが合点する。
「ああ、これは悪いが証拠品として預からせて貰う。金の心配ならば鵺の生死の情報には金貨10枚が払われるから心配無い。それにこの穂先の持ち主から後で礼が有るから売るより良いと思うぞ」
二人が安堵の表情を見せると、キーロはさらに安心感を深めた。
「それに町のギルドからも、多分、礼が出ると思うぞ」
武器屋の主人サルムも付け加える。
秘書官から紹介状を受け取り、サルムと共に外にでる。
既に遅い時間にも関わらず、表通りの灯篭に火が灯り、厚手の袋を被った様な服を纏った人が歩いている。
物珍しげに左右を見回す二人にサルムが説明する。
「ここは有名な温泉地なんだよ、大陸中や別大陸から保養客が多く集まる場所なんだよ。寒い国なので特に冬場に人気が有るのに、2年前に鵺が出てね。国も討伐隊を派遣したんだが、討ち漏らした。なにせ、鵺の好物は人の脳味噌だから客が怖がって減って、減って。魔獣避けの木柵を作ったものの、みんな怖がって客足が戻ってないのさ。今冬も鵺が見付からなければ宿の半分が潰れると言われてたし、鵺が怖くて逃げ出す連中出始めてた。国も必死でここには軍の大隊が送り込まれているんだが、まだ見付からなくてね。ありがとう、お手柄だよ。これで枕を高くして眠れる」
サルムが詳しく鵺騒動の経緯を説明した。
2年前の夏、突然1匹の鵺が現れ町を襲った。
ここホグの町は有名な温泉地で、国の観光収入の大半を占める重要な町である。
慌てた国王は、鵺1匹に国軍の大隊を送り出した。
不安を残さないために追い払うのでは無く完全な討伐を目論んだのだ。
軍は町に現れた鵺を三重に取り囲み追い込む。
だが、手負いとなった鵺が北方の包囲を突き破る。
軍内に陰謀が有ったとも言われている。
山深く逃げた鵺を追い、山狩りを繰り返したが発見出来なかった。
討伐隊の総隊長は責任を取って引退。
優秀な叩き上げの軍人であった。
中央大陸の厄災後には、難民が流入して疑心暗鬼となった隣国同士が争ったが、混乱していた国々は直ぐに落ち着き、今は和議も整って居る。
平時になると政治力に秀でる貴族達が軍部を牛耳り始める。
後任のキーロも叩き上げの優秀な軍人だが、温泉地の掻き入れ時の今冬前に解決できなければ引退に追い込まれると噂されている。
「貴族が総隊長になるとな、実績を上げようと余計な事を仕出かすんだ。功名心の塊だからな。何も知らない貴族のボンボンが兵を上手く動かせる筈がないんだ。結果大失敗を遣らかして、逃げ出すんだ。言い訳だけは上手いから、掛った金は町に回される。税が上がって尻拭いさせられる俺達は溜まったもんじゃないんだよ」
国の誤算は予想以上の保養客の落ち込みで、最初の年の客が平年の十分の一、昨年は大枚を叩いて木柵を作って安全宣言を行ったが、半分も回復しなかった。
木柵に莫大な費用が使われ、国の財政自体も危うくなっている。
カム達の情報はキーロにとっても、国にとっても起死回生の情報であったのである。
サルムの店で毛皮の代金を受け取り、宿へ案内して貰う。
ホグの町は、正門近くが料理屋や商店、劇場など繁華街が集まる商業区で扇型に広がっている。
商業区の扇の頂点に川を挟んで楕円形に広がる役所や駐屯所がある官区が有り、その背後に谷を挟んで住民の住む居住区、官区の奥が温泉を引いた宿が集まる温泉区、そのさらに奥が貴族達の別荘が集まる山手区。
山手区の面積が最も広く、国内外の貴族達の冬の社交場となっている。
ちなみに鵺に襲われたのは山手区、以来貴族達が恐れて近寄らなくなってしまった。
貴族一人で雇用が千人と言われており、鵺一匹により蒙ったホグの町の損害は著しく大きかった。
貴族から王族に対する突き上げも大きく、このため、鵺一匹の討伐に軍千人が送り込まれたのである。
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