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8 身分証明
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宿は、温泉区の入り口、官区に近い場所にあった。
軍関係者が利用する装飾の少ない簡素な作りであるが、宿としては高級な部類。
二人が宿の玄関に立つと宿の職員が一斉に叫び出しそうになる。
背後のサルムの姿に辛うじて叫び声を抑え、サルムの口添えでキーロの紹介状を帳場で示すと、やっと安心したように営業用の笑みを浮かべる。
「宿賃はおいくらでしょうか」
カムの口からローマン語が奏でられると、帳場の職員が一瞬で固まる。
その脇では、サラが宿帳へ名前を書き込む姿に別の職員が固まっている。
アライグマのフードを被っており、脇から見るとアライグマが宿帳を書いている様に見える。
「あ、この子らはクルべの子です。心配いりません」
サムルの説明に、宿の職員から脱力する様に緊張を解く。
「請求は駐屯軍へとのご指示ですのでご安心下さい」
二人同時に子供らしい満面の笑みを浮かべる。
「ありがとうございます」
今は銅貨1枚でも倹約したかった。
サルムが帰った後、食堂で遅い夕食を貰う。
軍の利用者が多いので食事時間は融通が利く。
貪る様に食べる様子に不安を覚えたが、食後のお茶を優雅に飲む様子に宿の職員は安堵する。
久々の人らしい食事に二人は大満足である。
帳場にお金を預け、部屋に案内され寛ぐ。
厠と風呂の付いた二間続きの広い部屋である。
軍の負担なので空いている料金の高い部屋を用意したらしい。
二人は大きな寝台が一つである点は気にしないことにした。
久々にダニ取りをしてから二人で風呂に入る。
湯に浸かるのは初めての経験なので緊張したが、寒い室外での湯が心地よく、すっかり気に入ってしまう。
普通の布で身体を拭き、用意された普通の布服を着て寝台に入る。
早寝が習慣となっている二人は、倒れる様に寝入る。
広い寝台の中央で互いの身体の温もりを求める様に身体を寄せ合う。
これも二人の習慣となっていた。
翌朝、食堂で遅い朝食を食べながら今日の予定を話し合う。
まずは服の購入、毛皮姿を見た住民の反応は昨日に学習済である。
次に働き口の有無を確認する。
官区にギルドがあることは昨日確認している。
その次は住み場所の調査、今の宿は鵺の確認が終われば追い出される。
理想は貸部屋、次善が安宿。
ただ、温泉町での安宿は期待できない。
ギルドでの情報集めが重要になる。
まず、宿の袋のような綿入れを着込み、服屋を探す。
道を尋ねるも今日は湯治客の子と勘違いされ捗らない。
四件目に路地裏の普通の古着屋に辿り着く。
やけに多いのが、子供用の修服。
魔道学院等の魔道士の卵が着る修業服と呼ばれる制服の子供版である。
若干装飾が多いものの、基本的な形は同じで着慣れている服でもある。
丈を直して貰い、黒を2着、白を一着。
複数枚注文した時には怪訝そうな顔をされたが、昔の習慣どおりの組み合わせで注文する。
普段着る作業用が2着、年数回しか着ない儀式用が1着。
下着類は表通りの湯治客用の小間物屋で見付ける。
値段が少々高かったが、今日は宿の布ズボンの下に下着を履いて居らず、少々不安なので贅沢は言わない。
途中パン屋に寄って、柔らか目の甘いパンを数種類買い、昼飯は宿の部屋でパンを食べる。
パンの美味しさを震えながら味わい、二人は満足する。
午後は下着を履いて修服に着替える。
久々のまともな下着に二人共暫く感じ入っていた。
部屋を出ると、二人を見る宿の従業員や通行人の口元に笑みが登る様になる。
ギルドを出る二人の足は重かった。
子供でも可能な仕事は有ったが、ギルドからの斡旋を受けるにはギルドへの登録が必要で、ギルドの登録には身元を証明する書類が必要との説明を受けたのである。
つまり、入り口で躓いてしまったのである。
通常ギルドで職を探すのは他所からの流れ者である。
町に長く住む人間は弟子入りや奉公、身近な人間の紹介や口利きなどの方法で働き口を探す。
流れ者が身分を証明する方法は無く、普通のギルドでの登録は自己申告が常識である。
ただ、保養地であるホグの町では素行の悪い者の流入を防ぐために、流れ者の篩分けを行っていた。
貸部屋もギルドで斡旋していたが、同じ理由で同じルールが適応されている。
つまり、身分を証明する知恵を持たない者は町を追い出されるのである。
一旦宿に戻り、帳場の職員に身元の証明の入手方法を聞いてみる。
軍関係の宿なので手続きに詳しく、詳細な説明が聞けた。
身元の証明は大きく分けて二通り。
一つ目は住居の記録から役所が証明するもので、町役場が発行する住民記録、町外者の場合は前の町からの転居記録、貴族の領主が証明する土地耕作記録、国が発行する居住証明などである。
もう一つは、こちらが寧ろ一般的な方法であるが、信仰する神による証明を教会から発行して貰う方法である。
教会に奉仕し実績を重ねた者に発行される信者証、神前で結婚式を執り行い、神に誓いを立てた者に発行される婚姻証、教会主催の行事に参加し入信許可を貰う入信証などである。
最も利用されるのが入信証で、子供を対象とした行事も多く、幼い頃より教会への帰属意識と信仰心を養う目的で子供にも交付されている。
入信証の交付により人々のモラルが向上したため、この町特有のこの制度が他の町へも広がり始めていた。
教会の行事は祭りの習慣と合わせたものが多く、概ね二月に一回。
子供向けの行事はさらに少なく年三回。
春の訪れを祝う春祭と夏空の大星に祈る星祭、そして初雪の後に行われる雪祭。
幸い雪祭が明日から行われる。
教会行事として子供達に結婚式の真似事をさせ、婚姻証に似せた入信証を発行する。
大人の真似事をさせ冬の間の健康を祈念するものである。
年1回の子供用の行事であり、男子、女子共に八歳から十歳の子供が対象になる。
完全復活した二人は、勇んで教会を捜しに町へ出る。
軍関係者が利用する装飾の少ない簡素な作りであるが、宿としては高級な部類。
二人が宿の玄関に立つと宿の職員が一斉に叫び出しそうになる。
背後のサルムの姿に辛うじて叫び声を抑え、サルムの口添えでキーロの紹介状を帳場で示すと、やっと安心したように営業用の笑みを浮かべる。
「宿賃はおいくらでしょうか」
カムの口からローマン語が奏でられると、帳場の職員が一瞬で固まる。
その脇では、サラが宿帳へ名前を書き込む姿に別の職員が固まっている。
アライグマのフードを被っており、脇から見るとアライグマが宿帳を書いている様に見える。
「あ、この子らはクルべの子です。心配いりません」
サムルの説明に、宿の職員から脱力する様に緊張を解く。
「請求は駐屯軍へとのご指示ですのでご安心下さい」
二人同時に子供らしい満面の笑みを浮かべる。
「ありがとうございます」
今は銅貨1枚でも倹約したかった。
サルムが帰った後、食堂で遅い夕食を貰う。
軍の利用者が多いので食事時間は融通が利く。
貪る様に食べる様子に不安を覚えたが、食後のお茶を優雅に飲む様子に宿の職員は安堵する。
久々の人らしい食事に二人は大満足である。
帳場にお金を預け、部屋に案内され寛ぐ。
厠と風呂の付いた二間続きの広い部屋である。
軍の負担なので空いている料金の高い部屋を用意したらしい。
二人は大きな寝台が一つである点は気にしないことにした。
久々にダニ取りをしてから二人で風呂に入る。
湯に浸かるのは初めての経験なので緊張したが、寒い室外での湯が心地よく、すっかり気に入ってしまう。
普通の布で身体を拭き、用意された普通の布服を着て寝台に入る。
早寝が習慣となっている二人は、倒れる様に寝入る。
広い寝台の中央で互いの身体の温もりを求める様に身体を寄せ合う。
これも二人の習慣となっていた。
翌朝、食堂で遅い朝食を食べながら今日の予定を話し合う。
まずは服の購入、毛皮姿を見た住民の反応は昨日に学習済である。
次に働き口の有無を確認する。
官区にギルドがあることは昨日確認している。
その次は住み場所の調査、今の宿は鵺の確認が終われば追い出される。
理想は貸部屋、次善が安宿。
ただ、温泉町での安宿は期待できない。
ギルドでの情報集めが重要になる。
まず、宿の袋のような綿入れを着込み、服屋を探す。
道を尋ねるも今日は湯治客の子と勘違いされ捗らない。
四件目に路地裏の普通の古着屋に辿り着く。
やけに多いのが、子供用の修服。
魔道学院等の魔道士の卵が着る修業服と呼ばれる制服の子供版である。
若干装飾が多いものの、基本的な形は同じで着慣れている服でもある。
丈を直して貰い、黒を2着、白を一着。
複数枚注文した時には怪訝そうな顔をされたが、昔の習慣どおりの組み合わせで注文する。
普段着る作業用が2着、年数回しか着ない儀式用が1着。
下着類は表通りの湯治客用の小間物屋で見付ける。
値段が少々高かったが、今日は宿の布ズボンの下に下着を履いて居らず、少々不安なので贅沢は言わない。
途中パン屋に寄って、柔らか目の甘いパンを数種類買い、昼飯は宿の部屋でパンを食べる。
パンの美味しさを震えながら味わい、二人は満足する。
午後は下着を履いて修服に着替える。
久々のまともな下着に二人共暫く感じ入っていた。
部屋を出ると、二人を見る宿の従業員や通行人の口元に笑みが登る様になる。
ギルドを出る二人の足は重かった。
子供でも可能な仕事は有ったが、ギルドからの斡旋を受けるにはギルドへの登録が必要で、ギルドの登録には身元を証明する書類が必要との説明を受けたのである。
つまり、入り口で躓いてしまったのである。
通常ギルドで職を探すのは他所からの流れ者である。
町に長く住む人間は弟子入りや奉公、身近な人間の紹介や口利きなどの方法で働き口を探す。
流れ者が身分を証明する方法は無く、普通のギルドでの登録は自己申告が常識である。
ただ、保養地であるホグの町では素行の悪い者の流入を防ぐために、流れ者の篩分けを行っていた。
貸部屋もギルドで斡旋していたが、同じ理由で同じルールが適応されている。
つまり、身分を証明する知恵を持たない者は町を追い出されるのである。
一旦宿に戻り、帳場の職員に身元の証明の入手方法を聞いてみる。
軍関係の宿なので手続きに詳しく、詳細な説明が聞けた。
身元の証明は大きく分けて二通り。
一つ目は住居の記録から役所が証明するもので、町役場が発行する住民記録、町外者の場合は前の町からの転居記録、貴族の領主が証明する土地耕作記録、国が発行する居住証明などである。
もう一つは、こちらが寧ろ一般的な方法であるが、信仰する神による証明を教会から発行して貰う方法である。
教会に奉仕し実績を重ねた者に発行される信者証、神前で結婚式を執り行い、神に誓いを立てた者に発行される婚姻証、教会主催の行事に参加し入信許可を貰う入信証などである。
最も利用されるのが入信証で、子供を対象とした行事も多く、幼い頃より教会への帰属意識と信仰心を養う目的で子供にも交付されている。
入信証の交付により人々のモラルが向上したため、この町特有のこの制度が他の町へも広がり始めていた。
教会の行事は祭りの習慣と合わせたものが多く、概ね二月に一回。
子供向けの行事はさらに少なく年三回。
春の訪れを祝う春祭と夏空の大星に祈る星祭、そして初雪の後に行われる雪祭。
幸い雪祭が明日から行われる。
教会行事として子供達に結婚式の真似事をさせ、婚姻証に似せた入信証を発行する。
大人の真似事をさせ冬の間の健康を祈念するものである。
年1回の子供用の行事であり、男子、女子共に八歳から十歳の子供が対象になる。
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