時の宝珠

切粉立方体

文字の大きさ
8 / 49

8 身分証明

しおりを挟む
 宿は、温泉区の入り口、官区に近い場所にあった。
 軍関係者が利用する装飾の少ない簡素な作りであるが、宿としては高級な部類。
 二人が宿の玄関に立つと宿の職員が一斉に叫び出しそうになる。
 背後のサルムの姿に辛うじて叫び声を抑え、サルムの口添えでキーロの紹介状を帳場で示すと、やっと安心したように営業用の笑みを浮かべる。

「宿賃はおいくらでしょうか」

 カムの口からローマン語が奏でられると、帳場の職員が一瞬で固まる。
 その脇では、サラが宿帳へ名前を書き込む姿に別の職員が固まっている。
 アライグマのフードを被っており、脇から見るとアライグマが宿帳を書いている様に見える。

「あ、この子らはクルべの子です。心配いりません」

 サムルの説明に、宿の職員から脱力する様に緊張を解く。

「請求は駐屯軍へとのご指示ですのでご安心下さい」

 二人同時に子供らしい満面の笑みを浮かべる。

「ありがとうございます」

 今は銅貨1枚でも倹約したかった。
 サルムが帰った後、食堂で遅い夕食を貰う。
 軍の利用者が多いので食事時間は融通が利く。
 貪る様に食べる様子に不安を覚えたが、食後のお茶を優雅に飲む様子に宿の職員は安堵する。
 久々の人らしい食事に二人は大満足である。

 帳場にお金を預け、部屋に案内され寛ぐ。
 厠と風呂の付いた二間続きの広い部屋である。
 軍の負担なので空いている料金の高い部屋を用意したらしい。
 二人は大きな寝台が一つである点は気にしないことにした。
 久々にダニ取りをしてから二人で風呂に入る。
 湯に浸かるのは初めての経験なので緊張したが、寒い室外での湯が心地よく、すっかり気に入ってしまう。
 普通の布で身体を拭き、用意された普通の布服を着て寝台に入る。
 早寝が習慣となっている二人は、倒れる様に寝入る。
 広い寝台の中央で互いの身体の温もりを求める様に身体を寄せ合う。
 これも二人の習慣となっていた。

 翌朝、食堂で遅い朝食を食べながら今日の予定を話し合う。
 まずは服の購入、毛皮姿を見た住民の反応は昨日に学習済である。
 次に働き口の有無を確認する。
 官区にギルドがあることは昨日確認している。
 その次は住み場所の調査、今の宿は鵺の確認が終われば追い出される。
 理想は貸部屋、次善が安宿。 
 ただ、温泉町での安宿は期待できない。
 ギルドでの情報集めが重要になる。
 まず、宿の袋のような綿入れを着込み、服屋を探す。
 道を尋ねるも今日は湯治客の子と勘違いされ捗らない。
 四件目に路地裏の普通の古着屋に辿り着く。 
 やけに多いのが、子供用の修服。
 魔道学院等の魔道士の卵が着る修業服と呼ばれる制服の子供版である。
 若干装飾が多いものの、基本的な形は同じで着慣れている服でもある。
 丈を直して貰い、黒を2着、白を一着。
 複数枚注文した時には怪訝そうな顔をされたが、昔の習慣どおりの組み合わせで注文する。
 普段着る作業用が2着、年数回しか着ない儀式用が1着。
 下着類は表通りの湯治客用の小間物屋で見付ける。
 値段が少々高かったが、今日は宿の布ズボンの下に下着を履いて居らず、少々不安なので贅沢は言わない。
 途中パン屋に寄って、柔らか目の甘いパンを数種類買い、昼飯は宿の部屋でパンを食べる。
 パンの美味しさを震えながら味わい、二人は満足する。
 午後は下着を履いて修服に着替える。
 久々のまともな下着に二人共暫く感じ入っていた。
 部屋を出ると、二人を見る宿の従業員や通行人の口元に笑みが登る様になる。

 ギルドを出る二人の足は重かった。
 子供でも可能な仕事は有ったが、ギルドからの斡旋を受けるにはギルドへの登録が必要で、ギルドの登録には身元を証明する書類が必要との説明を受けたのである。
 つまり、入り口で躓いてしまったのである。
 通常ギルドで職を探すのは他所からの流れ者である。
 町に長く住む人間は弟子入りや奉公、身近な人間の紹介や口利きなどの方法で働き口を探す。
 流れ者が身分を証明する方法は無く、普通のギルドでの登録は自己申告が常識である。
 ただ、保養地であるホグの町では素行の悪い者の流入を防ぐために、流れ者の篩分けを行っていた。
 貸部屋もギルドで斡旋していたが、同じ理由で同じルールが適応されている。
 つまり、身分を証明する知恵を持たない者は町を追い出されるのである。

 一旦宿に戻り、帳場の職員に身元の証明の入手方法を聞いてみる。
 軍関係の宿なので手続きに詳しく、詳細な説明が聞けた。
 身元の証明は大きく分けて二通り。
 一つ目は住居の記録から役所が証明するもので、町役場が発行する住民記録、町外者の場合は前の町からの転居記録、貴族の領主が証明する土地耕作記録、国が発行する居住証明などである。
 もう一つは、こちらが寧ろ一般的な方法であるが、信仰する神による証明を教会から発行して貰う方法である。
 教会に奉仕し実績を重ねた者に発行される信者証、神前で結婚式を執り行い、神に誓いを立てた者に発行される婚姻証、教会主催の行事に参加し入信許可を貰う入信証などである。
 最も利用されるのが入信証で、子供を対象とした行事も多く、幼い頃より教会への帰属意識と信仰心を養う目的で子供にも交付されている。
 入信証の交付により人々のモラルが向上したため、この町特有のこの制度が他の町へも広がり始めていた。

 教会の行事は祭りの習慣と合わせたものが多く、概ね二月に一回。
 子供向けの行事はさらに少なく年三回。
 春の訪れを祝う春祭と夏空の大星に祈る星祭、そして初雪の後に行われる雪祭。
 幸い雪祭が明日から行われる。
 教会行事として子供達に結婚式の真似事をさせ、婚姻証に似せた入信証を発行する。
 大人の真似事をさせ冬の間の健康を祈念するものである。
 年1回の子供用の行事であり、男子、女子共に八歳から十歳の子供が対象になる。
 完全復活した二人は、勇んで教会を捜しに町へ出る。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

処理中です...