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5 町
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柵とも言っても、高さが人の背の五倍、太さがサラの胴回り位の丸太で、虫の入る隙間も無いほどにびっしりと打ち込まれている。
先端を尖らせ、しかもご大層な事に、一本一本に術式が刻印されている。
「落雷の術式か、一体何本有るんだ」
呆れたように延々と左右に続く木柵を眺める。
「魔獣除けかな」
サラが小首を傾げる。
年寄り臭い言葉使いや所作の改善訓練中である。
万が一正体が知れれば、中央大陸を騒がせた輩として縛り首確定である。
子供として不自然に見えない動作を工夫している。
「まあ、なんだ。入り口を捜すか」
互いに真剣なので、喉元まで上がるつっこみは控えている。
「そうだね、突立っていても始まらないしね」
吹き出すといけないので、朗らかに微笑むサラを見ないようにしてカムが歩き始める。
まだ朝の早い時間、柵沿いの細い踏み後を西方に黙々と下って行く。
木柵は想像を越えて延々と続き、南へと方向を変え、なだらかな下り坂になる。
陽が傾き始め、根性が尽きかけ野宿を覚悟した時に南側に面した門に着いた。
最初に見た柵は南側に向かって聳えていたので、丁度柵の裏側まで歩いたことになる。
二人は暫し立ち尽す。
木柵の中は、別の場所から切り取ったような大きな街並みであった。
馬車がすれ違える広い石畳の坂道、行き交う荷車と人、派手な彫刻と彩色を施した大きな門柱の前に槍を立てた門番が二人立っている。
門の内側には立派な受付と番小屋が設けられ、煌々と灯された篝火の中で係員が荷を改めている。
町から南に伸びる坂道のはるか先には夕日に輝く海が広がり、小さく見える帆船の帆が夕日に染まっている。
歩く人に紛れ込み、門を潜ろうとすると、門番の槍で遮られる。
剥き身の槍にサラが怯えた表情を作って見せ、アライグマのフードを下して顔を晒す。
黒い髪に日に焼けた顔、ズタ袋のような毛皮服、背負った大きな籠に弓が結いつけてある。
どこをどう見ても狩猟民の子供である。
「ここ通るだめ。帰れ」
門番が狩猟民の言葉、ニール語で咎める。
最前から物珍しげに周りを見回す子供に警戒していた。
見るからに山出しの子供である。
「毛皮持ってきた。売るを望む」
逃げると思った少年から反駁される。
「だめ、帰れ」
門番は槍の穂先を意図的に振って見せる。
「帰るだめ、毛皮一杯、売るを望む」
ひるむこと無く、再度反駁される。
しばらく同じ問答を繰り返していると、番小屋から声が掛かる。
「どうしました。私は二ール語が解らないのですが」
身形の良い、立派な装備を着けた若い青年が出てくる。
「旦那、心配ないですよ。狩猟民の餓鬼が毛皮売りに来たんですが、また店前で糞でも捻られたら文句言われるので追い返します」
「ああ、先週の件ですか。副会頭のところでしたね。たしか高級料理屋を営まれているとか」
「ええ、店前の階段で糞を捻られて怒り心頭ですよ、狩猟民は入れるなって」
ローマン語である。
門番のローマン語には強い訛りがあるが、狩猟民の言葉、二ール語よりも解る。
この場所が北大陸であることが解り二人は顔を見合わせる。
気候と星に少し矛盾が生じていたので迷っていたのである。
拒まれた理由も解かったので、サラが門番を無視して青年へと向き直る。
「兵士殿、我々は狩猟民の餓鬼ではない。明文化されていれば諦めるが、私達のモラルを疑っての処置であれば心外である。公衆の場での排便など言語道断、疑いあればあなたの神に誓いを立てよう」
サラが指先を額、鼻先、唇に順次当て、右手を脇に上げて頭を下げる。
後は子供らしい幼気な顔を作って兵士を見つめる。
「門番どの、私は入れても良いと思うが如何だろう」
サラの口を眺めたまま固まっていた門番が正気付く。
狩猟民の餓鬼の口から綺麗なローマン語が奏でられた時点で驚愕に固まっていた。
「だ、だ、旦那が良いとおっしゃるなら勿論」
青年は兵役に付いて三カ月、貴族の義務で軍に志願し、王都から赴いていた。
訛りの無い綺麗なローマン語を耳にするのは三カ月ぶり、懐かしく思うものの、貴族のぼんぼん故に異常さに気付いてはいない。
嬉しさに悪戯心で子供相手に礼を取る。
「失礼しました御嬢様、お通り下さい」
「ありがとうございます騎士殿、良き夜を過ごされんことを」
簡略の礼ながら、作法に則った礼が返される。
青年は幼い頃の作法の練習を思い出し、微笑んで見送る。
脇で門番が、顔を引き攣らせて仰け反っている。
門を過ぎても幅広い石畳が続き、左右に煌々と明かりを灯した間口の広い大きな店が並ぶ。
ただ、店先に並んでいる品物は、木彫りの人形や彩色された壺、字の記された皿、絵などの土産物で、普通の店が見当ら無い。
結局、足早に歩いていた太った気の良さそうなおかみさんを呼び止め尋ねて見る。
一瞬、ぎょっとするが、流暢なローマン語に頬を緩める。
「偉いね、ローマン語使えるなんて。皮売りたいの、お使いなの。そうね、そこを右に曲がった先にすぐ左に入る路地が有るの。金物屋の脇よ。入って三番目の店が良いわ。右側よ、刃物屋だけど買い取りもするの。そこがお勧め。この時間ならまだ間に合うと思うわ」
説明された道順を辿り、言われた店を捜す。
剣と盾が交差する看板の脇に”買取可”と書かれた板と”刻印扱います”と彫られた板がぶら下っている。
刃物屋と言うより、武器屋との認識が正解と思われる。
飾り文字の彫られたドアを開け室内に入ると、店じまいを初めていた40歳過ぎの主人が振り向く。
「毛皮かい」
二人の身形を見たのか、ニール語で話しかけられた。
「はい、毛皮を売りたいのですが。よろしいでしょうか」
カムに流暢なローマン語を返され、店主が暫し固まる。
「・・・・・ローマン語がうまいね。じゃ、見せて貰おうか」
先端を尖らせ、しかもご大層な事に、一本一本に術式が刻印されている。
「落雷の術式か、一体何本有るんだ」
呆れたように延々と左右に続く木柵を眺める。
「魔獣除けかな」
サラが小首を傾げる。
年寄り臭い言葉使いや所作の改善訓練中である。
万が一正体が知れれば、中央大陸を騒がせた輩として縛り首確定である。
子供として不自然に見えない動作を工夫している。
「まあ、なんだ。入り口を捜すか」
互いに真剣なので、喉元まで上がるつっこみは控えている。
「そうだね、突立っていても始まらないしね」
吹き出すといけないので、朗らかに微笑むサラを見ないようにしてカムが歩き始める。
まだ朝の早い時間、柵沿いの細い踏み後を西方に黙々と下って行く。
木柵は想像を越えて延々と続き、南へと方向を変え、なだらかな下り坂になる。
陽が傾き始め、根性が尽きかけ野宿を覚悟した時に南側に面した門に着いた。
最初に見た柵は南側に向かって聳えていたので、丁度柵の裏側まで歩いたことになる。
二人は暫し立ち尽す。
木柵の中は、別の場所から切り取ったような大きな街並みであった。
馬車がすれ違える広い石畳の坂道、行き交う荷車と人、派手な彫刻と彩色を施した大きな門柱の前に槍を立てた門番が二人立っている。
門の内側には立派な受付と番小屋が設けられ、煌々と灯された篝火の中で係員が荷を改めている。
町から南に伸びる坂道のはるか先には夕日に輝く海が広がり、小さく見える帆船の帆が夕日に染まっている。
歩く人に紛れ込み、門を潜ろうとすると、門番の槍で遮られる。
剥き身の槍にサラが怯えた表情を作って見せ、アライグマのフードを下して顔を晒す。
黒い髪に日に焼けた顔、ズタ袋のような毛皮服、背負った大きな籠に弓が結いつけてある。
どこをどう見ても狩猟民の子供である。
「ここ通るだめ。帰れ」
門番が狩猟民の言葉、ニール語で咎める。
最前から物珍しげに周りを見回す子供に警戒していた。
見るからに山出しの子供である。
「毛皮持ってきた。売るを望む」
逃げると思った少年から反駁される。
「だめ、帰れ」
門番は槍の穂先を意図的に振って見せる。
「帰るだめ、毛皮一杯、売るを望む」
ひるむこと無く、再度反駁される。
しばらく同じ問答を繰り返していると、番小屋から声が掛かる。
「どうしました。私は二ール語が解らないのですが」
身形の良い、立派な装備を着けた若い青年が出てくる。
「旦那、心配ないですよ。狩猟民の餓鬼が毛皮売りに来たんですが、また店前で糞でも捻られたら文句言われるので追い返します」
「ああ、先週の件ですか。副会頭のところでしたね。たしか高級料理屋を営まれているとか」
「ええ、店前の階段で糞を捻られて怒り心頭ですよ、狩猟民は入れるなって」
ローマン語である。
門番のローマン語には強い訛りがあるが、狩猟民の言葉、二ール語よりも解る。
この場所が北大陸であることが解り二人は顔を見合わせる。
気候と星に少し矛盾が生じていたので迷っていたのである。
拒まれた理由も解かったので、サラが門番を無視して青年へと向き直る。
「兵士殿、我々は狩猟民の餓鬼ではない。明文化されていれば諦めるが、私達のモラルを疑っての処置であれば心外である。公衆の場での排便など言語道断、疑いあればあなたの神に誓いを立てよう」
サラが指先を額、鼻先、唇に順次当て、右手を脇に上げて頭を下げる。
後は子供らしい幼気な顔を作って兵士を見つめる。
「門番どの、私は入れても良いと思うが如何だろう」
サラの口を眺めたまま固まっていた門番が正気付く。
狩猟民の餓鬼の口から綺麗なローマン語が奏でられた時点で驚愕に固まっていた。
「だ、だ、旦那が良いとおっしゃるなら勿論」
青年は兵役に付いて三カ月、貴族の義務で軍に志願し、王都から赴いていた。
訛りの無い綺麗なローマン語を耳にするのは三カ月ぶり、懐かしく思うものの、貴族のぼんぼん故に異常さに気付いてはいない。
嬉しさに悪戯心で子供相手に礼を取る。
「失礼しました御嬢様、お通り下さい」
「ありがとうございます騎士殿、良き夜を過ごされんことを」
簡略の礼ながら、作法に則った礼が返される。
青年は幼い頃の作法の練習を思い出し、微笑んで見送る。
脇で門番が、顔を引き攣らせて仰け反っている。
門を過ぎても幅広い石畳が続き、左右に煌々と明かりを灯した間口の広い大きな店が並ぶ。
ただ、店先に並んでいる品物は、木彫りの人形や彩色された壺、字の記された皿、絵などの土産物で、普通の店が見当ら無い。
結局、足早に歩いていた太った気の良さそうなおかみさんを呼び止め尋ねて見る。
一瞬、ぎょっとするが、流暢なローマン語に頬を緩める。
「偉いね、ローマン語使えるなんて。皮売りたいの、お使いなの。そうね、そこを右に曲がった先にすぐ左に入る路地が有るの。金物屋の脇よ。入って三番目の店が良いわ。右側よ、刃物屋だけど買い取りもするの。そこがお勧め。この時間ならまだ間に合うと思うわ」
説明された道順を辿り、言われた店を捜す。
剣と盾が交差する看板の脇に”買取可”と書かれた板と”刻印扱います”と彫られた板がぶら下っている。
刃物屋と言うより、武器屋との認識が正解と思われる。
飾り文字の彫られたドアを開け室内に入ると、店じまいを初めていた40歳過ぎの主人が振り向く。
「毛皮かい」
二人の身形を見たのか、ニール語で話しかけられた。
「はい、毛皮を売りたいのですが。よろしいでしょうか」
カムに流暢なローマン語を返され、店主が暫し固まる。
「・・・・・ローマン語がうまいね。じゃ、見せて貰おうか」
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