時の宝珠

切粉立方体

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4 雪

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その後、狩った獲物の数に比例して、胸の周りを覆っただけの毛皮も、袖、ズボン等が増えて行き、靴が出来上がった頃には腕前も上達していた。
 狼に注意しながら行動範囲も徐々に広げ、新しい住家も探して行く。瀑布の音を探って行くと、西方に水の豊かな沢と人の踏み跡がある広い河原を見付けた。水の確保に苦労していたので、河原近くの木の洞を捜して住家を移す。 
雪の中での生活は無理との考え、雪が降った後は人里に身を寄せようと考えていたが人里を捜す方法は雲を掴むような状態であった。が、今は踏み跡が二人を人里に導いてくれる。問題が一つ解決され、二人の相談は人里での生活に移って行く。

 沢の近くに移ってからの良い点としては身体を洗えることである。今日も、二人交代で水浴びを行っていた。流れが緩くなる場所に立ち、薬草を髪や身体に塗り、洗い流す。 
直ぐに冷える身体は、脇に起した焚火で温める。冷えた身体と髪を乾かす至福のひと時は、多少の危険があっても魅力的であった。
 今もサラが沢で髪を洗っている。服はすべて木の洞の中で、木から沢までは裸で歩いて行く。最初は明るい中を裸で歩くことに抵抗し、沢で服を脱ぐと言い張ったが、カムに“狼に服を持って行かれたら後は裸で過ごすのか”と脅され諦めた。今は慣れて、嬉々として裸で走って行く。
髪を絞り終わった時に見張っていたカムから声が飛んだ。
「来た。近い」
これは二人で決めた合図で、木まで駈け帰る余裕がないことを知らせ、大きな岩の隙間に隠れ、やり過ごさせるものである。合図どおりサラは岩の下の隙間に身を潜める。狼が岩の近くまで寄れば、カムが鏃の無い矢で狼を威嚇する。 
狼は矢を射かけられることを嫌い、無理に近寄らずに消える。立ち去ったことを確認してからサラに知らせる。
「行ったぞ」
岩の下から這い出て、右手に何かを握ってサラが駈け帰ってくる。
「これがあった」
カムに握っていたものを渡し、震えながら木の洞に飛び込んで行く。カムが渡された物は鏃であった。一般的な三角のものであるが、細かい刻印が刻まれている。印の内容は地味で実践的なものであり、軍が戦場で使用するものに近い。
サラも気になったらしく、着替えて直ぐに戻るとカムの手元を覗き込む。
「どうだった」
「軍の装備に似ている。確かめて来るから見ていてくれ」
「うん、いいよ」
 人里に下りた時を想定して、年寄言葉は禁止中。
サラの潜り込んだ岩の下に火の付いた枝を差し入れながら身体を潜らせる。
明かりをたよりに身体を進めると岩の間に人が1人位寝られ広さの空間があり、大きく縦に長い頭蓋骨と人の5倍はありそうな手の骨が転がっている。頭蓋骨には、大きな顎の骨と長い牙があり、手には長い指の骨と爪がある。周囲を捜すと岩に挟まれるように槍の穂先が2本、鏃が12個見つかった。爪1本と牙1本を骨から捥ぎ取り、再び岩の下潜り込む。岩の隙間から枝を振るとサラの声が聞こえる。
「大丈夫」
木に戻り、サラに槍の穂先を見せる。
「炎の刻印ね。魔力を込めると熱くなるの。今の私じゃ温まるだけだけど。使う人が使えば魔獣の甲羅も焼切れるわ。ほら」
サラが魔法を込めると穂先がやや熱くなる。
「様子からすると死因は落石だな。狩られて傷ついてから動きの鈍った後に落石に在って逃げ切れないで巻き込まれたかな。この穂先は高いのか」
「高いわ、金貨50枚位かしら、材質を少し抑えているけど」
職人の稼ぎが月金貨2枚なので、職人の2年分の稼ぎである。
「でも売るとなると金貨2枚位か、僕らならば二月は暮らせる。鏃は銀貨2枚位かな」
中銀貨10枚が金貨1枚、銀貨10枚が中銀貨1枚、ちなみに銅貨100枚で銀貨1枚である。
「貂の毛皮が73枚、栗鼠の毛皮が20枚、貂が銀貨2枚、栗鼠は2枚で銀貨1枚だとすると全部で中銀貨15枚と銀貨6枚、これに金貨4枚と中銀貨1枚、銀貨4枚。金貨5枚と中銀貨7枚か。多少贅沢が出来るかな」
 人里で暮らすための資金として、毛皮を集めていた。
「服も欲しいし、靴も欲しいしね。ナイフと鍋も。この槍の穂先の値段次第ね」
「でもこれで暮らせる目途が立ったな」
 二人の悩みは人里に下りた時の資金であった。小さな村での子供の働き口は想像出来ない。一日銀貨2枚で過ごすと、月に中銀貨6枚。毛皮の資金で暮らせるのは3月弱だがここの冬の長さが解らない。最も寒さが厳しくなる時期を見極めて里に降り、寒さが緩んだ時期に再び山に戻る。計画としてシンプルであるが、降雪期の狩や冬の狼との対峙、寒さや飢えとの戦い、里へ下りるタイミングなど不安要素が山積みであった。この不安が拾い物で一気に解決された。里へ降りる時期を雪の降り始めと決め、二人は久々に心配のない安らかな眠りについた。
 一夜に必要な薪の量を学習し、夜は二人で身を寄せ合って眠っている。その夜は特に冷え込みが厳しく、互いの温もりが嬉しかった。
 翌朝は一面の銀世界となった。

人里に向けて出発した二人は、沢沿いを黙々と下って行った。
下るに連れて雪が少なくなり、踏み跡は次第に確かなものとなった。所々に野営跡も見つかる。本格的な野営跡で、整地した幕営跡やきちんと石を組上げた竃など、狩人や樵のものとは大きく異なっている。竃の雪を払い、火を入れる。獣避けの焚火跡にも火を入れて交代で眠る。木の上での仮眠を覚悟していた二人にはありがたかった。
出発してから4日目、雪も殆ど無くなり始めた頃、河原に百人規模の野営地跡と石造りの簡素な保管庫が見付つかる。保管庫に物は無かったが、交代で眠っていた二人は、数日ぶりに二人で熟睡する。軍の野営地に酷似しており、依然、狩人や樵の気配が見当たらなかった。サラが紛争地の可能性を指摘したがカムは否定した。理由は獣避けの結界が有っても、人用の結界が無い事で、従軍魔道士の経験から人用の結界より獣避けを優先することは有りえないと知っていた。ただ、獣避けを優先する軍事行動の意味は計りかねていた。
意味は解らなくとも腹は減る。食糧も底をつき始めていたので野営跡地で一日過ごし、狩で食糧を確保する。
 狼に神経を使いながらの行程は心身共に疲労しており、一日の休憩と熟睡で思っていた以上に回復した。狭いながらも、屋根の下での睡眠も安心をもたらし、人里に帰る心構えも出来る。
野営地跡から踏み跡は沢を外れ、大笹の藪の中を東に進んで行った。視界の効かない小さな尾根を越え、再び野営地跡を見付ける。野営地跡で一夜を過ごし、方向を南の尾根道へと変えた踏み跡を辿る。大笹の中の急な坂を下り、藪を抜けると、突然開けた視界の先に、尾根を遮るような、背の高い頑丈な木柵が続いていた。

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