12 / 49
12 南大陸の客
しおりを挟む
「それですべてが納得できた。サラ君はクルべのキャラバンだったのか」
処長が満足げに何度も頷いている。
室内の書記全員が同様に頷いている。
なにやらクルべの民の虚像が作られているようである。
帰ったらカムと相談しようと決心する。
もちろん、サラの知るクルベの民は文書事務に詳しい訳がない。
文書仕事をするくらいなら、自分の必要ようとする研究を始める。
賞賛に変わった視線に居心地の悪さを感じつつ、ひたすら作業に没頭するサラであった。
一方、カム、昨日と同様に黙々と作業をこなしていた。
昨日の男はカムを見ると股間を抑えて逃げていった。
“恐喝でもするか”と考え空気玉を作りかけたが、折角の仕事を棒に振るリスクもあるので自重する。
午前の仕事を終え、事務室脇の食堂で賄を貰うため秋草棟の通路を戻っていると、宿の布綿入を着た老婆が疲れた様子で石の手摺に腰を掛けて茫然としている。
ここは少々判りにくい場所である、迷子と思い声を掛ける。
「どうされましたか」
「あなたにニース語が解ればね」
溜息混じりで老婆が答える、ニース語である。
南大陸の東部で話される言語である。
綺麗なニース語なので裕福な商人の保養客と見当を付ける。
「どうされましたか」
改めてニース語で聞く。
「まあ、あなたニース語話せるの」
「はい、解ります。何かお困りでしょうか。ぼくはここの従業員ですからご安心下さい」
「まあ、上手ね。おばあちゃんは夏草棟に泊まっているのだけど、道に迷ってしまってね。案内盤見てもニース語無くてね。坊ちゃん案内してくれるかい」
夏草棟は直ぐ脇である。
「ご案内します。一緒に付いて来て下さい」
案内すると客室前に宿の帳場の職員と息子夫婦が心配そうに立っていた。
帳場総出で老婆を捜していたらしい。
「僕、ありがとう」
訛りの強いローマン語で息子が礼を言う。
「いえ、ご心配だったでしょう。どういたしまして」
流暢なニース語でカムが返すと、嬉しそうに息子が手を振っていた。
カムが事務室脇の食堂で賄を食べていると隣の事務室が騒がしい。
暫くして、ぶっちょう面のニーサと帳場の主任が食堂に入って来る。
「カム君、午後から帳場に回って下さい。女将からの命令です」
急いで賄を掻き込むと帳場の主任の後に付いて行く。
途中主任から説明を受ける。
鵺騒動で客が減った町は、打開策として国外に客を求めた。
港から航路の有る東大陸は従前から客が来ていたので、この東大陸の業者を通して、東大陸と通商のある南大陸に狙いを定めて案内送っていた。
その成果でホグを訪れる南大陸からの客が予想以上に増加したが、南大陸の言語は港町のごく限られた商人が解るだけで、どこの宿でも南大陸の言語が話せる者がいなかった。
東大陸の言語でコミュニケーションを辛うじてとっていたが、すべての南大陸客が東大陸の言語が解る訳ではない。
どこの宿でも混乱が生じており、壊滅的に南大陸の言語が解る職員が不足していたのである。
そこにカムである。
厠の紙不足は問題であるが、浴室の薬液より南大陸の言葉が解る帳場職員が優先する。
勿論、給金も上がる。
早速主任に伴われて帳場に入る。
対応する職員が子供なので、すべての客が最初戸惑うが、流暢で丁寧な言葉使いに安心する。
帳場の主任は、ニース語の通訳としてカムを連れてきたが、南大陸の主な言語、3言語を流暢に話すことを客から告げられて知る。
さらに東大陸の客とも流暢に話す様子に驚く。
客の冗談に洒落た失礼のない冗談を返している。
字も上手で早く、南大陸の言語を瞬時にローマン語で書き取っている、しかも南大陸の言葉を話しながら。
主任は急いで女将にカムの給金の増額を進言に行く。
他の宿に噂が広がれば争奪戦になるので、先手を打たねばならない。
今日はカムが少々遅くなる。
南大陸客の名簿の整理も手伝っていた。
カムが帳場に回った話をすると、サラが難しい顔をして昼の話をする。
暫く考え込んでからカムが答える。
「返って都合が良いかも知れないな。万能な言い訳になる。俺もそうだけど、子供の振りを続ければ、サラも必ずボロを出すと思うぞ、そもそも本物の子供じゃ無いしな。この身体だ、子供の皮を着た大人を一言で言い訳出来れば話が速い。クルべとしての悪目立ちは気になるが、知識が有るのを説明できる。クルベとして目立った方が安全と思うし給金も稼げるし、大人みたいな子供で良いんじゃないか、無理しないで。そもそも生き延びる為だけに自分らしさを押し殺すのは意味ないしな。ばれたら先に逃げて良いよ」
「だーめ、そん時は心中よ。無理矢理地獄へ引き摺り落としてあげるわ、ふふふ。そうよね、お互いバカだもんね。お金も稼げるし・・・。生活資金は重要よね、この身体だし。解った、そうする、無理しない。今度の休みは何時」
「今週は6の日、サラは」
「同じ。役所だからね。何時も6の日が休養日」
「俺の所は宿だからな、今週以外は解らないな」
「ねえ、貸家探そう。そろそろ骨も見つかる頃だし」
「解った。良い所が有ると良いんだけどな」
北大陸の暦は1年が12カ月、1月が30日で年360日、一週6日で5週で一月。
月始めが1週の1日目で11日、月末が5週の6日目で56日。
曜日の概念は無いが一般的に6の日が休養日。
二人の結婚式は冬の始まる6月の初日で6月11日、今日は6月13日。
6月から12月までの7か月間が冬、春が訪れて新年。
ちなみに新年は大陸により異なる。
二人の休日は3日後、今日も夕食を一緒に食べ、昨日同様に風呂に入る。
寝る段になって、泊まっている宿の帳場から連絡が入り、二人の休養日の予定がキャンセルされる。
帳場からの連絡は2つ、一つは鵺の骨の発見、もう一つは6の日に骨が町に到着することと、討伐完了の式典の実施。
式典への出席の命令書が手渡された。
処長が満足げに何度も頷いている。
室内の書記全員が同様に頷いている。
なにやらクルべの民の虚像が作られているようである。
帰ったらカムと相談しようと決心する。
もちろん、サラの知るクルベの民は文書事務に詳しい訳がない。
文書仕事をするくらいなら、自分の必要ようとする研究を始める。
賞賛に変わった視線に居心地の悪さを感じつつ、ひたすら作業に没頭するサラであった。
一方、カム、昨日と同様に黙々と作業をこなしていた。
昨日の男はカムを見ると股間を抑えて逃げていった。
“恐喝でもするか”と考え空気玉を作りかけたが、折角の仕事を棒に振るリスクもあるので自重する。
午前の仕事を終え、事務室脇の食堂で賄を貰うため秋草棟の通路を戻っていると、宿の布綿入を着た老婆が疲れた様子で石の手摺に腰を掛けて茫然としている。
ここは少々判りにくい場所である、迷子と思い声を掛ける。
「どうされましたか」
「あなたにニース語が解ればね」
溜息混じりで老婆が答える、ニース語である。
南大陸の東部で話される言語である。
綺麗なニース語なので裕福な商人の保養客と見当を付ける。
「どうされましたか」
改めてニース語で聞く。
「まあ、あなたニース語話せるの」
「はい、解ります。何かお困りでしょうか。ぼくはここの従業員ですからご安心下さい」
「まあ、上手ね。おばあちゃんは夏草棟に泊まっているのだけど、道に迷ってしまってね。案内盤見てもニース語無くてね。坊ちゃん案内してくれるかい」
夏草棟は直ぐ脇である。
「ご案内します。一緒に付いて来て下さい」
案内すると客室前に宿の帳場の職員と息子夫婦が心配そうに立っていた。
帳場総出で老婆を捜していたらしい。
「僕、ありがとう」
訛りの強いローマン語で息子が礼を言う。
「いえ、ご心配だったでしょう。どういたしまして」
流暢なニース語でカムが返すと、嬉しそうに息子が手を振っていた。
カムが事務室脇の食堂で賄を食べていると隣の事務室が騒がしい。
暫くして、ぶっちょう面のニーサと帳場の主任が食堂に入って来る。
「カム君、午後から帳場に回って下さい。女将からの命令です」
急いで賄を掻き込むと帳場の主任の後に付いて行く。
途中主任から説明を受ける。
鵺騒動で客が減った町は、打開策として国外に客を求めた。
港から航路の有る東大陸は従前から客が来ていたので、この東大陸の業者を通して、東大陸と通商のある南大陸に狙いを定めて案内送っていた。
その成果でホグを訪れる南大陸からの客が予想以上に増加したが、南大陸の言語は港町のごく限られた商人が解るだけで、どこの宿でも南大陸の言語が話せる者がいなかった。
東大陸の言語でコミュニケーションを辛うじてとっていたが、すべての南大陸客が東大陸の言語が解る訳ではない。
どこの宿でも混乱が生じており、壊滅的に南大陸の言語が解る職員が不足していたのである。
そこにカムである。
厠の紙不足は問題であるが、浴室の薬液より南大陸の言葉が解る帳場職員が優先する。
勿論、給金も上がる。
早速主任に伴われて帳場に入る。
対応する職員が子供なので、すべての客が最初戸惑うが、流暢で丁寧な言葉使いに安心する。
帳場の主任は、ニース語の通訳としてカムを連れてきたが、南大陸の主な言語、3言語を流暢に話すことを客から告げられて知る。
さらに東大陸の客とも流暢に話す様子に驚く。
客の冗談に洒落た失礼のない冗談を返している。
字も上手で早く、南大陸の言語を瞬時にローマン語で書き取っている、しかも南大陸の言葉を話しながら。
主任は急いで女将にカムの給金の増額を進言に行く。
他の宿に噂が広がれば争奪戦になるので、先手を打たねばならない。
今日はカムが少々遅くなる。
南大陸客の名簿の整理も手伝っていた。
カムが帳場に回った話をすると、サラが難しい顔をして昼の話をする。
暫く考え込んでからカムが答える。
「返って都合が良いかも知れないな。万能な言い訳になる。俺もそうだけど、子供の振りを続ければ、サラも必ずボロを出すと思うぞ、そもそも本物の子供じゃ無いしな。この身体だ、子供の皮を着た大人を一言で言い訳出来れば話が速い。クルべとしての悪目立ちは気になるが、知識が有るのを説明できる。クルベとして目立った方が安全と思うし給金も稼げるし、大人みたいな子供で良いんじゃないか、無理しないで。そもそも生き延びる為だけに自分らしさを押し殺すのは意味ないしな。ばれたら先に逃げて良いよ」
「だーめ、そん時は心中よ。無理矢理地獄へ引き摺り落としてあげるわ、ふふふ。そうよね、お互いバカだもんね。お金も稼げるし・・・。生活資金は重要よね、この身体だし。解った、そうする、無理しない。今度の休みは何時」
「今週は6の日、サラは」
「同じ。役所だからね。何時も6の日が休養日」
「俺の所は宿だからな、今週以外は解らないな」
「ねえ、貸家探そう。そろそろ骨も見つかる頃だし」
「解った。良い所が有ると良いんだけどな」
北大陸の暦は1年が12カ月、1月が30日で年360日、一週6日で5週で一月。
月始めが1週の1日目で11日、月末が5週の6日目で56日。
曜日の概念は無いが一般的に6の日が休養日。
二人の結婚式は冬の始まる6月の初日で6月11日、今日は6月13日。
6月から12月までの7か月間が冬、春が訪れて新年。
ちなみに新年は大陸により異なる。
二人の休日は3日後、今日も夕食を一緒に食べ、昨日同様に風呂に入る。
寝る段になって、泊まっている宿の帳場から連絡が入り、二人の休養日の予定がキャンセルされる。
帳場からの連絡は2つ、一つは鵺の骨の発見、もう一つは6の日に骨が町に到着することと、討伐完了の式典の実施。
式典への出席の命令書が手渡された。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
59
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる