時の宝珠

切粉立方体

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35 降船

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 混乱は有ったものの無事降船が始まる。
 紹介役は港湾事務所顧問のサラである。

「タナス国国王フルミラ六世様御到着」

 楽隊がファンファーレを響かせる。
 今年はこれにホグ名物となった歌い手達のホグナの音が加わる。
 残念ながら名物の歌は無い。
 国王が橋板を渡り岸壁に降り立つと町長が出迎える。
 町長の後ろにカムが通詞として張り付いている。

「大后様御到着」

 次々と王の船の同乗者の紹介が行われ、ミルヤも一山銅貨1枚のその他大勢で紹介される。

「王家客人メル国アリサ伯爵様及びご家族御一行御到着」

 メリナ語で伯爵が紹介されると大后だけが振り返る。
 訛りの無い綺麗なメリナ語の声の主を見つめる。
 大后はメル国アリサ伯爵家からタナス国王に嫁いで来た身である。
 当時アリサ家の財政状況が悪化しており、支度金目当ての都落ちと揶揄されたが、長年亡き夫と現国王を支えて今はタナス国を支える国母として尊敬を集めている。
 そのため、国王は今だに母親に頭が上がらない。
 大后の注意は直ぐ逸れる。
 次船の降船が始まる。

「カムラ国副将軍キヌサ閣下ご到着」

 綺麗なカシム語で紹介される。
 カシム語では無く、大后は紹介された人物に驚く。
 中央大陸の大国から小国の国王の静養付添で送られる人物ではない。
 岸壁に降り立った副将軍にホグ町長が挨拶する。
 大物の登場に町長は緊張した様子を見せていたが、副将軍の関心は脇で流暢なカシム語を操る少年に向いていた。
 大后は振り返り国王の背中を見る。
 驚いた様子は無いので事前に連絡を受け知っていた様子。
 40歳を目前にした息子の自己主張に溜息を吐きながら、そっと見えない様に息子の踵を蹴る。

 牡蠣事件で捕えた魔道士はホグの町に抑留している。
 キーグから相談されたカムは早期にカムラ国へ引き渡すことを提案した。
 今日の様な事件が起こる可能性はすでにキーグに説明してあった。
 7人隊の魔道士が捕縛されることは皆無に近い。
 カムラ国にとっても自国で起こった事件の解明に7人隊の魔道士の尋問は長年の願望であり、タナス国にとっても魔法国に対する強力な牽制になる。

 今日は出来すぎであった。
 カムやサラのいる場所での襲撃であれば被害は最小限に食い止められる可能性も有るが、王都で起こった場合は無防備に近い事も言い聞かせてある。
 今日も事前に結界の対処法をキーグに説明してあった為対応できたが、王都で同じことが起これば結界前で兵士が一方的に虐殺されていた可能性が高い。
 魔法国による力の横暴を食い止めるためには、あまりにもタナス国の力が不足している。
 キーグにはカムから、宰相にはサラから、タナス国の生き残りを考えたならば、北大陸の各国との協力と中央大陸の大国の支援が必要であることは伝えてある。
 キーグから情報を得た将軍と宰相が奔走した結果、今年の静養の随行者は各国共に2ランク上の人間が送り込まれている。
 
 最後に魔法国使者は都合により辞退したことを読み上げ、サラとカムは最後尾の馬車に揺られて王宮の離宮へと向かった。
 二人は馬車の中でものんびり出来ない。
 互いに手伝って用意された王宮衣装に着替える。
 王宮の離宮では馬車を使用人通用口に回し、到着と同時に走って王の謁見の間に向かう。
 サラが書記官、カムが通詞として王の玉座の真近で待機する。
 王と王妃、大后が入室して着座すると合図で正面の大扉が開かれる。

 各国の代表が続々と王に接見する。
 港と同じ様にサラが紹介する、違うのは机の前に着座し代表の挨拶を物凄い勢いで書き取って行く作業が多くなったこと。
 カムは挨拶をローマン語に訳し、国王の返答を各国語に通訳する。
 サラよりも十分楽な作業なので、サラの様子を確認しながら速さを調節する。
 各国代表者で子供の書記と通詞に驚く者は居ない。
 皆、港での様子を遠写で視ており、興味を持って眺めている。

 大后の椅子からサラの手元が良く見える。
 筆を持つ姿勢が王宮職員の手本にしたいほどしっかりしている。
 紹介する各国の言葉も綺麗で正確である。
 さらに王宮女官のまとめ役となっている大后は、王宮薬師のカイラがこの少女にライバル心を抱いていることも承知している。
 今回の静養にカイラが希望して随行してきているのでこの後の祝宴でのやり取りを楽しみにしている。
 王宮魔女のミーヤも少年に恋する少女のように入れ込んでいる。
 中央大陸出身の大后はクルべの民に対し肥大化した評価は持ってい無い。
 そのため情報を得る度にこの万能な子供の夫婦を興味深く眺めていた。
 少なくとも国王を締め上げて得た最新情報ではタナス国にとって非常に重要で貴重な存在であることは確実である。

 謁見の終わりに近づくとタナス国と縁の少ない中央大陸の小国が続けて紹介されるが、この二人の子供の進行に揺らぎは無い。
 領事官が気を使ってローマン語で挨拶するが、王の返答はすべて流暢な母国語に訳されて返される。
 大后の生国の隣国の紹介で少女が微妙に1カ所発音を間違えた箇所があった。
 大后は気が付いたのは自分1人と思っていたが、少年が王の返答を訳す際に正確に言い直している。
 少年がからかう様な視線を少女に向け、少女がそっぽを向く仕草をしている。
 王前でも緊張を全く見せない余裕に大后は呆れ返っていた。

 式も無事終わり王達が退席する。
 サラとカムも急いで退出して厨房に向かった。
 二人は騒動のせいで昼飯を食べる時間が無かった。
 温泉区の幹事として応援の料理人達を温泉区から手配したカムは、王宮料理長と既に面識があったので、賄を二人分都合して貰った。
 厨房の端に座り込んで遅い昼飯を食べる。
 孫の様な二人を王宮料理長が微笑んで見つめている。
 サラもカムも厨房に座っていると安心する。
 サラは屋敷で教師からの、カムは修業場で兄弟子からの逃げ場所として厨房の隅に隠れていた。
 薪の爆ぜる音や包丁がまな板を叩く音を聞いて居ると心が暖かくなる。
 二人で茶を飲んで呆けていると、料理の運搬が始まる。
 名残惜しかったが料理人達に礼を言って料理と一緒に移動する。
 祝宴が行われる大広間に着くと既に大勢の人が集まっていた。
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