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14 聖都魔法学院
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大地の神殿ケレス神官執務室
ケレスは頭を抱えていた。
上官であるミューレは、厄介事の臭いを感じとると、判断を放棄して部下であるケレスにすべてを丸投げする。
危機回避能力と言えば聞こえは良いが、単なる職務放棄、職務怠慢、責任回避だとケレスは抗議したかった。
だが、伯爵家出身の上級神官であるミューレに、男爵家出身の平神官であるケレスが逆らえる筈も無かった。
困った事に、ミューレの勘は良く当る。
前回も関係省庁から抗議が殺到し、ケレスは血を吐く思いで事案の火消しに奔走した。
五年前から体調不良を理由に異動希望を神殿本部に提出しているが、ケレスの希望が採用される気配は皆無だった。
今回も厄介事の臭いがプンプンして胃が痛くなる。
むしろ、底無し沼の中に足を踏み入れてしまった感触がある。
魔力に応じて光を発する筈の宝珠が、逆に光を吸い込むなんて聞いたことがない。
これを事前に把握していれば、躊躇なく上申して神殿本部の教義室の判断を仰ぐ案件だ。
既に神殿長の決裁を受け、神殿長の聖印を押した通知を魔法省に出してしまっているので完全な手遅れだ。
今更この餓鬼を懺悔室で処分して、無かったことにはできない。
そんなことをすれば、神殿本部から真理審査神官を送られてしまう。
すでにミューレとケレスは、結果的に神殿本部で判断すべき重大案件を、相談も無しに処理する重要事項報告義務違反という重罪を犯している。
石頭が雁首を並べている教義室に対し、事後報告なんて絶対に許されない。
ケレスは、神殿本部で飼われている訓練用悪霊の素材にはなりたくないと思った。
速やかに魔法学院へ放り込み、事後に判明した案件として魔法学院へ擦り付けるしかないとケレスは決心した。
ミューレと違い、自分は働きに見合う報酬は貰っていないとケレスは思っている。
目の前に座っている、ちんぴら顔した餓鬼に振り回されている自分が悲しくなる。
-----
大地の神殿の情報調査部は、特殊な力を持った聖都の平民を早期に発見し、隔離(実際は処分)する役目を担っていた。
百八十年程前、聖都に強い魔力を持った平民の少女が現れ、騒動になったことがある。
魔力は子爵並みで大した事は無かったのだが、貧しい人々に治療符配り始めたので、聖女として拝み奉られてしまったのだ。
有料で貴族や大商人の治療を優先的に行っていた神殿に不審の目が向けられ、少女を教祖にした自発的な新興宗教が徐々に広がり始めた。
最初神殿は、無学な平民の浅はかな行為と思って静観していたが、少女が成長するに従って、聖都の民の三分の一が入信する大教団が出来上がり、座視できなくなった。
結局神殿は、少女に神官の地位を与え、神殿内に拉致して幽閉する強行手段に訴えた。
結果的に幽閉の判断は正解だったが、その騒動の残り火は、百年程延々と燻ぶり続けた。
懲りた神官達は三神殿合同対策会議を開催して予防策を検討した。
施策の一つは、聖都内全ての平民の子を神殿に集めて教育し、神殿に対する信仰心を植え付けること。
もう一つは、騒動の火種を早期に発見し、燃え上がる前に摘み取って消火することだった。
そして三神殿内に学舎が建設され、大地の神殿に情報調査部が設けられた。
-----
「聖都魔法学院は王の離宮の中にある、それは知っているな」
「はい」
「魔法省の下部組織の位置付けになっており、身分は魔法省の臨時雇い職員扱いになる。学費は無料で月金貨十枚の報酬も貰えるが、従者の給料と授業に必要な教材費は自己負担だ。大商人の子弟は数人おるが、大多数は貴族だ。優れた魔力を持つ者が学ぶ魔法科とやや力が劣る者が学ぶ魔技科とに分かれており、魔法科は魔法そのものを学ぶ科で、魔技科は魔道具を作る技術を学ぶ科と考えればよい。魔法科は公爵や伯爵の子弟が多く、魔技科は子爵や男爵や騎士爵の子弟が多い。要するに上位の貴族程、女神様の加護を受けて魔力が強いのだ」
ケレスは目の前の少年を睨み付ける。
多少整った目鼻立ちだが、黒い髪も含め、歓楽街をうろついている典型的なちんぴら顔だ。
先程の水晶の反応が、まだ信じられなかった。
「就学期間は十三歳の初夏月から十八歳の花春月までの六年間で、昼前は二刻(朝八時)から四刻(昼の十二時)までの二刻、昼後は四刻半(午後一時)から六刻(午後四時)までの一刻半が授業時間だ。聖の日と魔の日は毎週休み、陽の日は隔週で休みだ。六か月遅れでの初学年への編入になるが、遅れは根性でなんとかしろ」
「・・・・・離宮へ行くには、家からだと時間が掛ります」
「寮に入れ、寮費も食費も無料だ。直ぐに紹介状を書いてやろう。昼は学院内の食堂で食事ができる、これも無料だ」
「ありがとうございます」
「取り敢えず魔技科に入れ。下級貴族が多いが貴族は貴族だ。殺されたくなかったら目立つ行動は絶対に慎め。己の力は隠せ、余計な事はするな、余計な事は言うな、余計な事は聞くな、余計な物を見るな。息もするな。糞もするな。地べたに這い蹲って、影のように気配を消して、六年間息を殺していろ」
「・・・はい、学院にはいつから行けばよろしいでしょうか」
「早い方が良い」
「それじゃこれから行きます」
「・・・準備は良いのか」
「大丈夫です」
「よかろう、早い方が良い。必要な書類は直ぐに書いてやる」
-----
ラッキーなことに、取敢えず今日の逃げ場所が確保できた。
恐ろしい母さんとサーラが待ち構えている家には帰らなくて済む。
ミロはまだ十二歳だ、ミロとの駆け落ちは、まだ先延ばしにしてもよいだろう。
それにここで僕が神殿に逆らって遁走したら、父さんと母さんの首が飛んでしまう。
離宮の中ならば、母さんもサーラも追ってこれないだろう。
どうせ魔法学院で勉強なんて僕には無理と決まっているから、直ぐに追い出されるだろう。
ほとぼりが冷めれば家に帰るし、危ないようだったらミロと駆け落ちすれば良い。
当面は学院のただ飯を楽しもう。
ケレスさんは親切な人で、大急ぎで書類を作ってくれた。
紹介状には美人の神官さんのサインが必要だったので、美人の神官さんの豪華な執務室に紹介状を持って行ってお願いしたら、物凄く嫌そうな顔をしてサインしてくれた。
礼拝堂でフェリス様の賽銭箱に銀貨一枚を投げ入れて、感謝のお祈りを捧げておいた。
そして胸を張って堂々と、神殿の表口から外へ出た。
離宮へ行くには、表参道からの方が早い。
勾配の緩い、馬車が走れる様に造られた広い石畳の参道を下ると、やがて参道は平らになり、何本もの水路を横切る様になる。
聖都の南側は水の都だ。
川港ナンノから水を引いて、何本もの水路が張り巡らされている。
参道脇の水路へ降りる階段を下ると、参道の橋下が参拝客用の観光船着き場になっている。
船賃銅貨五枚で聖都の観光名所へ行ける定期便が何本も出ているので、結構人気がある。
僕が乗るのは、離宮を囲む堀を一周する内堀コース便だ。
丁度出発するところだったので、慌てて乗り込む。
ほぼ満席という感じだった。
高級宿屋の庭園の庭先を通り、別邸の並ぶ屋敷街を囲む外堀を横断する。
初めて乗ったが、橋のトンネルを抜けて行くような感じで楽しかった。
離宮を囲む内堀に入る。
ほとんどの人が大きな橋が架かった城の正門前で降りるが、僕はもう半周、ちょうど裏側の船着場まで乗った。
船着場から階段を昇ると、大きな門と検閲所があった。
身分証を示して通り過ぎる人と、検閲所に並んで兵士の検閲を受けている人がいる。
検閲所に並んでいる人は荷物を抱えているので、納品に来た商人、身分証を示した人は城で働く使用人なのだろう。
僕は商人達の列に並ぶ、大きな荷物を背負っているので違和感はない。
「納品先は何処だ、発注書を見せろ」
「いいえ、学院への編入です。これが推薦状です」
推薦状を示して、目的地が魔法学院と告げると、物凄く不審そうな目で見られた。
奥から偉そうな人まで出て来て、ワイワイガヤガヤやっている。
僕の後ろに並んでいる商人さん達が、迷惑そうな顔をしている。
しばらく待たされたが、推薦状が本物と判ると、案内図を渡してくれて、学院の事務室の場所も丁寧に教えてくれた。
半々刻(三十分)程歩くと、大きなお城の様な白亜の建物が見えて来た。
驚いたことに、そこが魔法学院だった。
手入れの行き届いた庭には美しい花が咲き乱れ、彫刻が施された白亜の美しい建物の窓には、大きく透明な硝子が嵌め込まれている。
咎められるんじゃないかと心配しながら、絨毯を敷き詰めた立派な玄関から入り、正面にあった学院の事務所の窓口で、書いて貰った書類と推薦状を提出する。
窓口の胸の大きな女性職員さんが眉間に皺を寄せながら、書類を確認してくれた。
「魔法省からの内示書は来てるわよユーリ君。えーと、紹介状はあるし、今日から入寮希望よね」
「はい、今日の夕飯も食いたいです」
「ええ良いわよ。上級貴族と一緒の寮じゃない方が良いわよね」
「はい勿論」
「なら少し遠いけど、月光寮にするわね」
「はい」
「魔技科コースね。神殿で何か聞いた」
「死にたくなかったら、目立つな、余計な事は言うなと言われました」
「・・・うん判った。よーく判った。魔力が少ないのね、なら最下位クラスに配属しとくね。教科書は無料だけど、教材は購買部で買ってね。はい、これが教材一覧表と今月のお手当よ。無駄使いしちゃだめよ」
今月の御手当は金貨十枚、結構重い。
「この教材って購買部で買わないと駄目なんですか」
「いいえ、そんな決まりは無いわ」
値段を見て驚いた、商区で買えばもっと安く買える。
「制服はそこの仕立屋さんで作ってね。一週間後くらいには仕上がると思うわ。手間賃は金貨一枚よ」
「・・・高いですね」
「ここじゃ普通よ。制服が出来るまでは平服でも構わないわ。でも今着てる服じゃ粗末すぎて貴族達の心証を害するわね。もう少し上等な服の方が良いわ」
「はい、着替えます」
「教科書は書籍部で受け取ってね。それとこれが教室の場所と教室の座席表と時間割よ。あなたは平民だから一番前の真ん中よ。階段教室だから、身分が高いほど後ろの配置なの。はい、これが身分証、大事な物だから無くさないでね。御飯は寮の厨房の叔母さんに言えば作って貰えるわよ」
「はい」
「他に聞きたいことは」
「内職は駄目なんですか」
「・・・・禁止はされていないわ」
「外出はできますか」
「・・・離宮内で過ごすのが原則だから、年末年始の休み以外は皆ここで過ごしているわ。授業以外で聖都から出る時は学院長の許可が必要なんだけど・・・、離宮から出ちゃ駄目ってルールは無いわね」
「ありがとうございます」
「判らない事があったら、また聞きに来て頂戴」
「はい」
採寸して貰うために仕立屋に入ったら、不審者と思われ、何故か御針子さん達が怯えていた。
鋏を突き出して身構えられてしまったが、早速貰ったばかりの身分証が役にたち、無事採寸して貰えた。
教科書は無事に受け取れた。
分厚い教科書が多く、背負った荷物の上に括り付けると、結構な高さになった。
何度か不審者通報されて警備兵が走って来たが、身分証が大活躍してくれた。
警備兵達の手厚い指示のおかげで、無事裏口から学院を抜け出せた。
庭園の中の赤煉瓦敷きの遊歩道を、地図を頼りに寮へ向かう。
寮は林の中の丸太造りの三階建てだった。
寮の管理人に挨拶したら、僕を荷物の配達人と思い込んでいた。
中央に二階建ての管理人室や食堂、ロビーを含む供用棟があり、西側に三階建ての女子寮、東側に同じく三階建ての男子寮が配置されていた。
男女寮共に六室ずつで、女子寮は全て埋まっている。
男子寮は僕だけで、三階の東南にある陽当りの良い部屋に入れてくれた。
部屋は広く、使用人用の部屋が一室、食堂と小さな厨房、居間と応接間、書斎と作業用の小さな工房と大きな寝室、トイレと洗面所と大きな風呂まで付いていた。
南の広いベランダには、木のテーブルと椅子が置かれている。
家具は備え付けてあり、僕の家より広いかもしれない。
寝室に置かれている天蓋付きベットは、三人くらい余裕で眠れそうだった。
厨房の叔母ちゃんに挨拶したら、昼飯を食わせて貰った。
食堂は二室あり、奥の豪華なテーブルと椅子の有る部屋は学生用、手前の普通のテーブルと椅子が有る部屋は使用人用だった。
厨房の叔母ちゃんも、僕を使用人と思い込んでおり、手前の部屋で飯を食わせてくれた。
食事は十分豪華で美味しかった。
部屋に荷物を置いてから教材を買いに行く。
不当に高い買い物をするのは、心情的に面白く無いので、教材一覧表を持って商区へと向かった。
消耗品の中で値が張るのは、刻陣練習用の魔金属板。
金属に魔石の粉を配合して作った板で、銅魔板十枚が金貨一枚、鉄魔板五枚で金貨一枚、銀魔板二枚で金貨一枚と、一覧表には書いてある。
魔金属板は魔蟲避けの建設資材として遺跡の町で使われており、商区の建築資材屋で買えば、銅魔板は千枚で金貨二枚、鉄魔板は千枚で金貨四枚、銀魔板は百枚で金貨二枚の値段で買える。
購買部で売っている魔金属板との違いは、縁に飾り模様が刻んであるかどうかで、実用上全然問題が無い。
刻陣用の鏨とハンマーセットもそうだ。
彫金師用の鏨やハンマーを個別に買い求めた方が、値段も安いし品物も良い。
ハンマーの柄に飾り模様が描かれていても、何の役にも立たない。
訓練用の銅剣も中古で十分だ。
サーラの剣術の練習に付き合わされていたので、自分に合った剣は選ぶことができる。
訓練用のレザーアーマーも中古で十分だ。
魔筆も魔法紙も懇意にしている店で安く買える。
取敢えず教材一覧表に載っていた品物は、商区を走り回って全て揃えた。
最後に伝言屋で父さんとミロへの事情を書いた手紙を託した。
夕飯の前には届く筈なので、余計な心配を掛けずに済むだろう。
―――――
大地の神殿上級神官執務室
「ミューレ様、神殿長様への報告はどうなされますか」
「・・・ケレスに任せる。慎重に説明して来い」
「・・・これは重大案件ですよ、ミューレ様自らが説明されませんと」
「嫌よ!あの糞爺、私の事いやらしい目で見るから」
「・・・それでもこの神殿の責任者ですから、御報告を」
「私忙しいから嫌」
「ミューレ様の今日のご予定は何も在りません」
「ケレスはそんなに私が助平爺に苛められているところを見たいの、酷い男ね。女が苛められるのを見て喜ぶなんて、男として最低よ、恥かしくないの、見損なったわ。そもそもあの色餓鬼の情報を最初に集めて来たのはあなたでしょ、ケレス。全部あなたが悪いのよ、責任を取って説明して来て頂戴、命令よ」
「・・・・・・はい」
ケレスは頭を抱えていた。
上官であるミューレは、厄介事の臭いを感じとると、判断を放棄して部下であるケレスにすべてを丸投げする。
危機回避能力と言えば聞こえは良いが、単なる職務放棄、職務怠慢、責任回避だとケレスは抗議したかった。
だが、伯爵家出身の上級神官であるミューレに、男爵家出身の平神官であるケレスが逆らえる筈も無かった。
困った事に、ミューレの勘は良く当る。
前回も関係省庁から抗議が殺到し、ケレスは血を吐く思いで事案の火消しに奔走した。
五年前から体調不良を理由に異動希望を神殿本部に提出しているが、ケレスの希望が採用される気配は皆無だった。
今回も厄介事の臭いがプンプンして胃が痛くなる。
むしろ、底無し沼の中に足を踏み入れてしまった感触がある。
魔力に応じて光を発する筈の宝珠が、逆に光を吸い込むなんて聞いたことがない。
これを事前に把握していれば、躊躇なく上申して神殿本部の教義室の判断を仰ぐ案件だ。
既に神殿長の決裁を受け、神殿長の聖印を押した通知を魔法省に出してしまっているので完全な手遅れだ。
今更この餓鬼を懺悔室で処分して、無かったことにはできない。
そんなことをすれば、神殿本部から真理審査神官を送られてしまう。
すでにミューレとケレスは、結果的に神殿本部で判断すべき重大案件を、相談も無しに処理する重要事項報告義務違反という重罪を犯している。
石頭が雁首を並べている教義室に対し、事後報告なんて絶対に許されない。
ケレスは、神殿本部で飼われている訓練用悪霊の素材にはなりたくないと思った。
速やかに魔法学院へ放り込み、事後に判明した案件として魔法学院へ擦り付けるしかないとケレスは決心した。
ミューレと違い、自分は働きに見合う報酬は貰っていないとケレスは思っている。
目の前に座っている、ちんぴら顔した餓鬼に振り回されている自分が悲しくなる。
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大地の神殿の情報調査部は、特殊な力を持った聖都の平民を早期に発見し、隔離(実際は処分)する役目を担っていた。
百八十年程前、聖都に強い魔力を持った平民の少女が現れ、騒動になったことがある。
魔力は子爵並みで大した事は無かったのだが、貧しい人々に治療符配り始めたので、聖女として拝み奉られてしまったのだ。
有料で貴族や大商人の治療を優先的に行っていた神殿に不審の目が向けられ、少女を教祖にした自発的な新興宗教が徐々に広がり始めた。
最初神殿は、無学な平民の浅はかな行為と思って静観していたが、少女が成長するに従って、聖都の民の三分の一が入信する大教団が出来上がり、座視できなくなった。
結局神殿は、少女に神官の地位を与え、神殿内に拉致して幽閉する強行手段に訴えた。
結果的に幽閉の判断は正解だったが、その騒動の残り火は、百年程延々と燻ぶり続けた。
懲りた神官達は三神殿合同対策会議を開催して予防策を検討した。
施策の一つは、聖都内全ての平民の子を神殿に集めて教育し、神殿に対する信仰心を植え付けること。
もう一つは、騒動の火種を早期に発見し、燃え上がる前に摘み取って消火することだった。
そして三神殿内に学舎が建設され、大地の神殿に情報調査部が設けられた。
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「聖都魔法学院は王の離宮の中にある、それは知っているな」
「はい」
「魔法省の下部組織の位置付けになっており、身分は魔法省の臨時雇い職員扱いになる。学費は無料で月金貨十枚の報酬も貰えるが、従者の給料と授業に必要な教材費は自己負担だ。大商人の子弟は数人おるが、大多数は貴族だ。優れた魔力を持つ者が学ぶ魔法科とやや力が劣る者が学ぶ魔技科とに分かれており、魔法科は魔法そのものを学ぶ科で、魔技科は魔道具を作る技術を学ぶ科と考えればよい。魔法科は公爵や伯爵の子弟が多く、魔技科は子爵や男爵や騎士爵の子弟が多い。要するに上位の貴族程、女神様の加護を受けて魔力が強いのだ」
ケレスは目の前の少年を睨み付ける。
多少整った目鼻立ちだが、黒い髪も含め、歓楽街をうろついている典型的なちんぴら顔だ。
先程の水晶の反応が、まだ信じられなかった。
「就学期間は十三歳の初夏月から十八歳の花春月までの六年間で、昼前は二刻(朝八時)から四刻(昼の十二時)までの二刻、昼後は四刻半(午後一時)から六刻(午後四時)までの一刻半が授業時間だ。聖の日と魔の日は毎週休み、陽の日は隔週で休みだ。六か月遅れでの初学年への編入になるが、遅れは根性でなんとかしろ」
「・・・・・離宮へ行くには、家からだと時間が掛ります」
「寮に入れ、寮費も食費も無料だ。直ぐに紹介状を書いてやろう。昼は学院内の食堂で食事ができる、これも無料だ」
「ありがとうございます」
「取り敢えず魔技科に入れ。下級貴族が多いが貴族は貴族だ。殺されたくなかったら目立つ行動は絶対に慎め。己の力は隠せ、余計な事はするな、余計な事は言うな、余計な事は聞くな、余計な物を見るな。息もするな。糞もするな。地べたに這い蹲って、影のように気配を消して、六年間息を殺していろ」
「・・・はい、学院にはいつから行けばよろしいでしょうか」
「早い方が良い」
「それじゃこれから行きます」
「・・・準備は良いのか」
「大丈夫です」
「よかろう、早い方が良い。必要な書類は直ぐに書いてやる」
-----
ラッキーなことに、取敢えず今日の逃げ場所が確保できた。
恐ろしい母さんとサーラが待ち構えている家には帰らなくて済む。
ミロはまだ十二歳だ、ミロとの駆け落ちは、まだ先延ばしにしてもよいだろう。
それにここで僕が神殿に逆らって遁走したら、父さんと母さんの首が飛んでしまう。
離宮の中ならば、母さんもサーラも追ってこれないだろう。
どうせ魔法学院で勉強なんて僕には無理と決まっているから、直ぐに追い出されるだろう。
ほとぼりが冷めれば家に帰るし、危ないようだったらミロと駆け落ちすれば良い。
当面は学院のただ飯を楽しもう。
ケレスさんは親切な人で、大急ぎで書類を作ってくれた。
紹介状には美人の神官さんのサインが必要だったので、美人の神官さんの豪華な執務室に紹介状を持って行ってお願いしたら、物凄く嫌そうな顔をしてサインしてくれた。
礼拝堂でフェリス様の賽銭箱に銀貨一枚を投げ入れて、感謝のお祈りを捧げておいた。
そして胸を張って堂々と、神殿の表口から外へ出た。
離宮へ行くには、表参道からの方が早い。
勾配の緩い、馬車が走れる様に造られた広い石畳の参道を下ると、やがて参道は平らになり、何本もの水路を横切る様になる。
聖都の南側は水の都だ。
川港ナンノから水を引いて、何本もの水路が張り巡らされている。
参道脇の水路へ降りる階段を下ると、参道の橋下が参拝客用の観光船着き場になっている。
船賃銅貨五枚で聖都の観光名所へ行ける定期便が何本も出ているので、結構人気がある。
僕が乗るのは、離宮を囲む堀を一周する内堀コース便だ。
丁度出発するところだったので、慌てて乗り込む。
ほぼ満席という感じだった。
高級宿屋の庭園の庭先を通り、別邸の並ぶ屋敷街を囲む外堀を横断する。
初めて乗ったが、橋のトンネルを抜けて行くような感じで楽しかった。
離宮を囲む内堀に入る。
ほとんどの人が大きな橋が架かった城の正門前で降りるが、僕はもう半周、ちょうど裏側の船着場まで乗った。
船着場から階段を昇ると、大きな門と検閲所があった。
身分証を示して通り過ぎる人と、検閲所に並んで兵士の検閲を受けている人がいる。
検閲所に並んでいる人は荷物を抱えているので、納品に来た商人、身分証を示した人は城で働く使用人なのだろう。
僕は商人達の列に並ぶ、大きな荷物を背負っているので違和感はない。
「納品先は何処だ、発注書を見せろ」
「いいえ、学院への編入です。これが推薦状です」
推薦状を示して、目的地が魔法学院と告げると、物凄く不審そうな目で見られた。
奥から偉そうな人まで出て来て、ワイワイガヤガヤやっている。
僕の後ろに並んでいる商人さん達が、迷惑そうな顔をしている。
しばらく待たされたが、推薦状が本物と判ると、案内図を渡してくれて、学院の事務室の場所も丁寧に教えてくれた。
半々刻(三十分)程歩くと、大きなお城の様な白亜の建物が見えて来た。
驚いたことに、そこが魔法学院だった。
手入れの行き届いた庭には美しい花が咲き乱れ、彫刻が施された白亜の美しい建物の窓には、大きく透明な硝子が嵌め込まれている。
咎められるんじゃないかと心配しながら、絨毯を敷き詰めた立派な玄関から入り、正面にあった学院の事務所の窓口で、書いて貰った書類と推薦状を提出する。
窓口の胸の大きな女性職員さんが眉間に皺を寄せながら、書類を確認してくれた。
「魔法省からの内示書は来てるわよユーリ君。えーと、紹介状はあるし、今日から入寮希望よね」
「はい、今日の夕飯も食いたいです」
「ええ良いわよ。上級貴族と一緒の寮じゃない方が良いわよね」
「はい勿論」
「なら少し遠いけど、月光寮にするわね」
「はい」
「魔技科コースね。神殿で何か聞いた」
「死にたくなかったら、目立つな、余計な事は言うなと言われました」
「・・・うん判った。よーく判った。魔力が少ないのね、なら最下位クラスに配属しとくね。教科書は無料だけど、教材は購買部で買ってね。はい、これが教材一覧表と今月のお手当よ。無駄使いしちゃだめよ」
今月の御手当は金貨十枚、結構重い。
「この教材って購買部で買わないと駄目なんですか」
「いいえ、そんな決まりは無いわ」
値段を見て驚いた、商区で買えばもっと安く買える。
「制服はそこの仕立屋さんで作ってね。一週間後くらいには仕上がると思うわ。手間賃は金貨一枚よ」
「・・・高いですね」
「ここじゃ普通よ。制服が出来るまでは平服でも構わないわ。でも今着てる服じゃ粗末すぎて貴族達の心証を害するわね。もう少し上等な服の方が良いわ」
「はい、着替えます」
「教科書は書籍部で受け取ってね。それとこれが教室の場所と教室の座席表と時間割よ。あなたは平民だから一番前の真ん中よ。階段教室だから、身分が高いほど後ろの配置なの。はい、これが身分証、大事な物だから無くさないでね。御飯は寮の厨房の叔母さんに言えば作って貰えるわよ」
「はい」
「他に聞きたいことは」
「内職は駄目なんですか」
「・・・・禁止はされていないわ」
「外出はできますか」
「・・・離宮内で過ごすのが原則だから、年末年始の休み以外は皆ここで過ごしているわ。授業以外で聖都から出る時は学院長の許可が必要なんだけど・・・、離宮から出ちゃ駄目ってルールは無いわね」
「ありがとうございます」
「判らない事があったら、また聞きに来て頂戴」
「はい」
採寸して貰うために仕立屋に入ったら、不審者と思われ、何故か御針子さん達が怯えていた。
鋏を突き出して身構えられてしまったが、早速貰ったばかりの身分証が役にたち、無事採寸して貰えた。
教科書は無事に受け取れた。
分厚い教科書が多く、背負った荷物の上に括り付けると、結構な高さになった。
何度か不審者通報されて警備兵が走って来たが、身分証が大活躍してくれた。
警備兵達の手厚い指示のおかげで、無事裏口から学院を抜け出せた。
庭園の中の赤煉瓦敷きの遊歩道を、地図を頼りに寮へ向かう。
寮は林の中の丸太造りの三階建てだった。
寮の管理人に挨拶したら、僕を荷物の配達人と思い込んでいた。
中央に二階建ての管理人室や食堂、ロビーを含む供用棟があり、西側に三階建ての女子寮、東側に同じく三階建ての男子寮が配置されていた。
男女寮共に六室ずつで、女子寮は全て埋まっている。
男子寮は僕だけで、三階の東南にある陽当りの良い部屋に入れてくれた。
部屋は広く、使用人用の部屋が一室、食堂と小さな厨房、居間と応接間、書斎と作業用の小さな工房と大きな寝室、トイレと洗面所と大きな風呂まで付いていた。
南の広いベランダには、木のテーブルと椅子が置かれている。
家具は備え付けてあり、僕の家より広いかもしれない。
寝室に置かれている天蓋付きベットは、三人くらい余裕で眠れそうだった。
厨房の叔母ちゃんに挨拶したら、昼飯を食わせて貰った。
食堂は二室あり、奥の豪華なテーブルと椅子の有る部屋は学生用、手前の普通のテーブルと椅子が有る部屋は使用人用だった。
厨房の叔母ちゃんも、僕を使用人と思い込んでおり、手前の部屋で飯を食わせてくれた。
食事は十分豪華で美味しかった。
部屋に荷物を置いてから教材を買いに行く。
不当に高い買い物をするのは、心情的に面白く無いので、教材一覧表を持って商区へと向かった。
消耗品の中で値が張るのは、刻陣練習用の魔金属板。
金属に魔石の粉を配合して作った板で、銅魔板十枚が金貨一枚、鉄魔板五枚で金貨一枚、銀魔板二枚で金貨一枚と、一覧表には書いてある。
魔金属板は魔蟲避けの建設資材として遺跡の町で使われており、商区の建築資材屋で買えば、銅魔板は千枚で金貨二枚、鉄魔板は千枚で金貨四枚、銀魔板は百枚で金貨二枚の値段で買える。
購買部で売っている魔金属板との違いは、縁に飾り模様が刻んであるかどうかで、実用上全然問題が無い。
刻陣用の鏨とハンマーセットもそうだ。
彫金師用の鏨やハンマーを個別に買い求めた方が、値段も安いし品物も良い。
ハンマーの柄に飾り模様が描かれていても、何の役にも立たない。
訓練用の銅剣も中古で十分だ。
サーラの剣術の練習に付き合わされていたので、自分に合った剣は選ぶことができる。
訓練用のレザーアーマーも中古で十分だ。
魔筆も魔法紙も懇意にしている店で安く買える。
取敢えず教材一覧表に載っていた品物は、商区を走り回って全て揃えた。
最後に伝言屋で父さんとミロへの事情を書いた手紙を託した。
夕飯の前には届く筈なので、余計な心配を掛けずに済むだろう。
―――――
大地の神殿上級神官執務室
「ミューレ様、神殿長様への報告はどうなされますか」
「・・・ケレスに任せる。慎重に説明して来い」
「・・・これは重大案件ですよ、ミューレ様自らが説明されませんと」
「嫌よ!あの糞爺、私の事いやらしい目で見るから」
「・・・それでもこの神殿の責任者ですから、御報告を」
「私忙しいから嫌」
「ミューレ様の今日のご予定は何も在りません」
「ケレスはそんなに私が助平爺に苛められているところを見たいの、酷い男ね。女が苛められるのを見て喜ぶなんて、男として最低よ、恥かしくないの、見損なったわ。そもそもあの色餓鬼の情報を最初に集めて来たのはあなたでしょ、ケレス。全部あなたが悪いのよ、責任を取って説明して来て頂戴、命令よ」
「・・・・・・はい」
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