9 / 9
8 甲機
しおりを挟む
訓練所はパニックになった。
視察に来ていたニナタスシア王女が、突然剣を抜いてメイドの少女を追掛け始めたのだから当然である。
テスラはカイが何か無礼を働いたのだと思ったが、遠目に見た限りでは判らなかった。
それは護衛の兵士達もまったく同様だった様で、廊下の角を曲がって王女の姿が見えなくなるまで動けなかった。
完全な失態である、護衛の兵士達は必死に走り始めた。
護衛の存在を忘れる程、王女は完全に我を忘れて激昂していたのである。
「所長、私達はどうしましょう」
「考えるのは後じゃ、私達もあの二人を追掛ける」
そして訓練所の教師達も走り出した。
ーーーーー
そのころアリサとシオンは訓練用甲機ピットのベンチで汗を拭っていた。
今日のピットには緊張感が漂っている。
王女の視察があるのもそうなのだが、王女の護衛の為に、正規の甲機士の乗った実戦用甲機がピット内に停まっているのだ。
正規の甲機士が見つめる中、訓練生達は何時もの倍気合が入っていた。
アリサとシオンは実戦用甲機を羨望の眼差しで見詰めていた。
甲機とは要するに機動性の良いゴーレムにしか過ぎない。
だから訓練用甲機は見るからに石のゴーレムなのだが、実戦用は完全に巨大な甲冑で迫力が違う。
銀色に輝き、緑色の刻印で鮮やかに彩られているのだ。
その巨大な甲冑の後ろにある回廊テラスをメイドが走って来る。
そのメイドは回廊の角を曲がって二人の前を走り抜けた。
カイである、二人に気付かないくらい何かから必死に逃げている。
「この餓鬼待て!」
回廊の入口から怒号がピット内に響き渡り、抜身の剣を下げた女性騎士が物凄い勢いで走り込んで来た。
回廊の奥は行き止まりである、カイが一番奥に停めてあった訓練用甲機に飛び込むと、カイが乗り移った様に訓練用甲機が走り出した。
アリサもシオンも何が起きているのか理解出来ず、頭が真っ白になって呆けていた。
「邪魔だ、退け!」
その怒号で我に返り振り向くと、実戦用甲機に乗っていた甲機士が女性騎士に蹴り落とされている。
甲機が奪われるという、前代未聞の事態が発生しているのだ、そしてその実戦用甲機もその女性騎士が乗り移った如く走り出した。
甲機の重い足音が遠ざかると、ピット内を静寂が支配した、誰も動けなかった。
「姫!」
今度は悲壮さの籠った叫び声がピット内に響き渡り、甲冑を纏った騎士や教師が走り込んで来た。
訓練生達は全員、蝋人形の様に動きを止めている。
一人だけ、物凄い勢いでアリサとシオンの前に走って来た。
「カイは如何した」
「あっ、甲機に乗って逃げました」
「何か変な人が追いかけてます」
「良し、追うぞ。お前達も付いて来い」
「えっ?」
アリサとシオンを無理矢理操縦席に押し込んで、テスラも後を追いかける。
「あっ!追え」
そして教師も騎士も慌ててテスラの後を追掛け始めた。
ーーーーー
テスラが追い付いた時には、カイは訓練用闘技場に追い込まれていた。
実戦用甲機が両手剣を装備して、無手の訓練用甲機に切り付けている。
「ひひひ、さあ、皮を剥いで血を搾り取ってやるから覚悟しろ」
実戦用甲機の音声拡張機能が作動している様で、声が漏れている。
「嫌です」
訓練用甲機の音声拡張機能も作動している。
鈍重な筈の石の訓練用甲機が、実戦用甲機に伍する動きで剣を避け続けている。
一瞬の隙を突いて訓練用甲機が間合いを詰め、実戦用甲機の振り被った剣の手元を押さえる。
動きが取れなくなり棒立ちとなった実戦用甲機の足元を、訓練用甲機の足払いが襲う。
脚部が空に舞い上がり、頭部が地面に叩き付けられる。
衝撃で意識が遠ざかって行くニーナの耳に、相手の少年の呟きが聞こえて来た。
「学習しないおばさんだな」
ーーーーー
「こら、カイ、勝手に甲機動かしちゃだめでしょ。帰ったら折檻よ」
「ひー、ごめんなさい御姉様」
「その甲機も一緒に直ぐに最初に有った場所に返しなさいよ」
「はーい」
カイの乗る訓練用甲機が、実戦用甲機を肩に担ぎ上げてとっととピットに向かって走って行く。
「あれだけ動いて、まだ走れるとは元気な奴じゃ」
「先生、頭を天井にぶつけるんで走らないで下さい」
「先生、もう大丈夫なんだから歩いて下さい」
「ふん、我慢せい。大変なのはこれからじゃぞ」
『えっ?』
「将軍が呼び出されておるじゃろうな」
『えっ?』
「当たり前じゃろ、初めて操縦したのに訓練機で実戦機を倒した使い手が現れたんじゃからな。男だと知れたらもっと大騒ぎじゃろうな」
『あっ!』
「お前達も立場が逆転じゃぞ、股でも洗っておいた方が良いんじゃないか」
「ひー、先生。どうしよう」
「知るか」
ピットに戻ったテスラを待ち受けていたのは、王室第一秘書官だった。
「本日正午から臨時御前会議を開催しますので、関係者一同出席する様にとの王の御命令です」
「先生、私達関係者じゃ無いですよね」
「私達みたいな小物は関係無いですよね」
「駄目じゃ、お前達も出席しろ」
「ひー、こら、カイ(”ポカ”)」
「ごめんなさい御姉様」
「駄目だよアリサ、カイ殴っちゃ」
「あっ!」
視察に来ていたニナタスシア王女が、突然剣を抜いてメイドの少女を追掛け始めたのだから当然である。
テスラはカイが何か無礼を働いたのだと思ったが、遠目に見た限りでは判らなかった。
それは護衛の兵士達もまったく同様だった様で、廊下の角を曲がって王女の姿が見えなくなるまで動けなかった。
完全な失態である、護衛の兵士達は必死に走り始めた。
護衛の存在を忘れる程、王女は完全に我を忘れて激昂していたのである。
「所長、私達はどうしましょう」
「考えるのは後じゃ、私達もあの二人を追掛ける」
そして訓練所の教師達も走り出した。
ーーーーー
そのころアリサとシオンは訓練用甲機ピットのベンチで汗を拭っていた。
今日のピットには緊張感が漂っている。
王女の視察があるのもそうなのだが、王女の護衛の為に、正規の甲機士の乗った実戦用甲機がピット内に停まっているのだ。
正規の甲機士が見つめる中、訓練生達は何時もの倍気合が入っていた。
アリサとシオンは実戦用甲機を羨望の眼差しで見詰めていた。
甲機とは要するに機動性の良いゴーレムにしか過ぎない。
だから訓練用甲機は見るからに石のゴーレムなのだが、実戦用は完全に巨大な甲冑で迫力が違う。
銀色に輝き、緑色の刻印で鮮やかに彩られているのだ。
その巨大な甲冑の後ろにある回廊テラスをメイドが走って来る。
そのメイドは回廊の角を曲がって二人の前を走り抜けた。
カイである、二人に気付かないくらい何かから必死に逃げている。
「この餓鬼待て!」
回廊の入口から怒号がピット内に響き渡り、抜身の剣を下げた女性騎士が物凄い勢いで走り込んで来た。
回廊の奥は行き止まりである、カイが一番奥に停めてあった訓練用甲機に飛び込むと、カイが乗り移った様に訓練用甲機が走り出した。
アリサもシオンも何が起きているのか理解出来ず、頭が真っ白になって呆けていた。
「邪魔だ、退け!」
その怒号で我に返り振り向くと、実戦用甲機に乗っていた甲機士が女性騎士に蹴り落とされている。
甲機が奪われるという、前代未聞の事態が発生しているのだ、そしてその実戦用甲機もその女性騎士が乗り移った如く走り出した。
甲機の重い足音が遠ざかると、ピット内を静寂が支配した、誰も動けなかった。
「姫!」
今度は悲壮さの籠った叫び声がピット内に響き渡り、甲冑を纏った騎士や教師が走り込んで来た。
訓練生達は全員、蝋人形の様に動きを止めている。
一人だけ、物凄い勢いでアリサとシオンの前に走って来た。
「カイは如何した」
「あっ、甲機に乗って逃げました」
「何か変な人が追いかけてます」
「良し、追うぞ。お前達も付いて来い」
「えっ?」
アリサとシオンを無理矢理操縦席に押し込んで、テスラも後を追いかける。
「あっ!追え」
そして教師も騎士も慌ててテスラの後を追掛け始めた。
ーーーーー
テスラが追い付いた時には、カイは訓練用闘技場に追い込まれていた。
実戦用甲機が両手剣を装備して、無手の訓練用甲機に切り付けている。
「ひひひ、さあ、皮を剥いで血を搾り取ってやるから覚悟しろ」
実戦用甲機の音声拡張機能が作動している様で、声が漏れている。
「嫌です」
訓練用甲機の音声拡張機能も作動している。
鈍重な筈の石の訓練用甲機が、実戦用甲機に伍する動きで剣を避け続けている。
一瞬の隙を突いて訓練用甲機が間合いを詰め、実戦用甲機の振り被った剣の手元を押さえる。
動きが取れなくなり棒立ちとなった実戦用甲機の足元を、訓練用甲機の足払いが襲う。
脚部が空に舞い上がり、頭部が地面に叩き付けられる。
衝撃で意識が遠ざかって行くニーナの耳に、相手の少年の呟きが聞こえて来た。
「学習しないおばさんだな」
ーーーーー
「こら、カイ、勝手に甲機動かしちゃだめでしょ。帰ったら折檻よ」
「ひー、ごめんなさい御姉様」
「その甲機も一緒に直ぐに最初に有った場所に返しなさいよ」
「はーい」
カイの乗る訓練用甲機が、実戦用甲機を肩に担ぎ上げてとっととピットに向かって走って行く。
「あれだけ動いて、まだ走れるとは元気な奴じゃ」
「先生、頭を天井にぶつけるんで走らないで下さい」
「先生、もう大丈夫なんだから歩いて下さい」
「ふん、我慢せい。大変なのはこれからじゃぞ」
『えっ?』
「将軍が呼び出されておるじゃろうな」
『えっ?』
「当たり前じゃろ、初めて操縦したのに訓練機で実戦機を倒した使い手が現れたんじゃからな。男だと知れたらもっと大騒ぎじゃろうな」
『あっ!』
「お前達も立場が逆転じゃぞ、股でも洗っておいた方が良いんじゃないか」
「ひー、先生。どうしよう」
「知るか」
ピットに戻ったテスラを待ち受けていたのは、王室第一秘書官だった。
「本日正午から臨時御前会議を開催しますので、関係者一同出席する様にとの王の御命令です」
「先生、私達関係者じゃ無いですよね」
「私達みたいな小物は関係無いですよね」
「駄目じゃ、お前達も出席しろ」
「ひー、こら、カイ(”ポカ”)」
「ごめんなさい御姉様」
「駄目だよアリサ、カイ殴っちゃ」
「あっ!」
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
強面夫の裏の顔は妻以外には見せられません!
ましろ
恋愛
「誰がこんなことをしろと言った?」
それは夫のいる騎士団へ差し入れを届けに行った私への彼からの冷たい言葉。
挙げ句の果てに、
「用が済んだなら早く帰れっ!」
と追い返されてしまいました。
そして夜、屋敷に戻って来た夫は───
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる