異界機甲士兵物語

切粉立方体

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8 甲機

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訓練所はパニックになった。
視察に来ていたニナタスシア王女が、突然剣を抜いてメイドの少女を追掛け始めたのだから当然である。
テスラはカイが何か無礼を働いたのだと思ったが、遠目に見た限りでは判らなかった。
それは護衛の兵士達もまったく同様だった様で、廊下の角を曲がって王女の姿が見えなくなるまで動けなかった。
完全な失態である、護衛の兵士達は必死に走り始めた。
護衛の存在を忘れる程、王女は完全に我を忘れて激昂していたのである。

「所長、私達はどうしましょう」
「考えるのは後じゃ、私達もあの二人を追掛ける」

そして訓練所の教師達も走り出した。

ーーーーー
そのころアリサとシオンは訓練用甲機ピットのベンチで汗を拭っていた。
今日のピットには緊張感が漂っている。
王女の視察があるのもそうなのだが、王女の護衛の為に、正規の甲機士の乗った実戦用甲機がピット内に停まっているのだ。
正規の甲機士が見つめる中、訓練生達は何時もの倍気合が入っていた。

アリサとシオンは実戦用甲機を羨望の眼差しで見詰めていた。
甲機とは要するに機動性の良いゴーレムにしか過ぎない。
だから訓練用甲機は見るからに石のゴーレムなのだが、実戦用は完全に巨大な甲冑で迫力が違う。
銀色に輝き、緑色の刻印で鮮やかに彩られているのだ。

その巨大な甲冑の後ろにある回廊テラスをメイドが走って来る。
そのメイドは回廊の角を曲がって二人の前を走り抜けた。
カイである、二人に気付かないくらい何かから必死に逃げている。

「この餓鬼待て!」

回廊の入口から怒号がピット内に響き渡り、抜身の剣を下げた女性騎士が物凄い勢いで走り込んで来た。
回廊の奥は行き止まりである、カイが一番奥に停めてあった訓練用甲機に飛び込むと、カイが乗り移った様に訓練用甲機が走り出した。
アリサもシオンも何が起きているのか理解出来ず、頭が真っ白になって呆けていた。

「邪魔だ、退け!」

その怒号で我に返り振り向くと、実戦用甲機に乗っていた甲機士が女性騎士に蹴り落とされている。
甲機が奪われるという、前代未聞の事態が発生しているのだ、そしてその実戦用甲機もその女性騎士が乗り移った如く走り出した。
甲機の重い足音が遠ざかると、ピット内を静寂が支配した、誰も動けなかった。

「姫!」

今度は悲壮さの籠った叫び声がピット内に響き渡り、甲冑を纏った騎士や教師が走り込んで来た。
訓練生達は全員、蝋人形の様に動きを止めている。

一人だけ、物凄い勢いでアリサとシオンの前に走って来た。

「カイは如何した」
「あっ、甲機に乗って逃げました」
「何か変な人が追いかけてます」
「良し、追うぞ。お前達も付いて来い」
「えっ?」

アリサとシオンを無理矢理操縦席に押し込んで、テスラも後を追いかける。

「あっ!追え」

そして教師も騎士も慌ててテスラの後を追掛け始めた。

ーーーーー
テスラが追い付いた時には、カイは訓練用闘技場に追い込まれていた。
実戦用甲機が両手剣を装備して、無手の訓練用甲機に切り付けている。

「ひひひ、さあ、皮を剥いで血を搾り取ってやるから覚悟しろ」

実戦用甲機の音声拡張機能が作動している様で、声が漏れている。

「嫌です」

訓練用甲機の音声拡張機能も作動している。
鈍重な筈の石の訓練用甲機が、実戦用甲機に伍する動きで剣を避け続けている。

一瞬の隙を突いて訓練用甲機が間合いを詰め、実戦用甲機の振り被った剣の手元を押さえる。
動きが取れなくなり棒立ちとなった実戦用甲機の足元を、訓練用甲機の足払いが襲う。
脚部が空に舞い上がり、頭部が地面に叩き付けられる。
衝撃で意識が遠ざかって行くニーナの耳に、相手の少年の呟きが聞こえて来た。

「学習しないおばさんだな」

ーーーーー
「こら、カイ、勝手に甲機動かしちゃだめでしょ。帰ったら折檻よ」
「ひー、ごめんなさい御姉様」
「その甲機も一緒に直ぐに最初に有った場所に返しなさいよ」
「はーい」

カイの乗る訓練用甲機が、実戦用甲機を肩に担ぎ上げてとっととピットに向かって走って行く。

「あれだけ動いて、まだ走れるとは元気な奴じゃ」
「先生、頭を天井にぶつけるんで走らないで下さい」
「先生、もう大丈夫なんだから歩いて下さい」
「ふん、我慢せい。大変なのはこれからじゃぞ」
『えっ?』
「将軍が呼び出されておるじゃろうな」
『えっ?』
「当たり前じゃろ、初めて操縦したのに訓練機で実戦機を倒した使い手が現れたんじゃからな。男だと知れたらもっと大騒ぎじゃろうな」
『あっ!』
「お前達も立場が逆転じゃぞ、股でも洗っておいた方が良いんじゃないか」
「ひー、先生。どうしよう」
「知るか」

ピットに戻ったテスラを待ち受けていたのは、王室第一秘書官だった。

「本日正午から臨時御前会議を開催しますので、関係者一同出席する様にとの王の御命令です」
「先生、私達関係者じゃ無いですよね」
「私達みたいな小物は関係無いですよね」
「駄目じゃ、お前達も出席しろ」
「ひー、こら、カイ(”ポカ”)」
「ごめんなさい御姉様」
「駄目だよアリサ、カイ殴っちゃ」
「あっ!」
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