迷宮の町にて

切粉立方体

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8 空白地帯

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「奴らも白昼堂々と我等を路上で襲うような真似はせんじゃろ。迷宮神殿の管轄区域で機嫌を損ねる真似をすれば魔石が止められてしまうからの。国の産業が全て止まって国が破綻じゃ」

俺達は今、西入りの広場で買い物をしている。
宿を引き払って来たので俺は大荷物を背負っている。
野宿も想定して食料を多めに買い集めているので、背負子がずっしりと重い。

「相変わらず見張られている、油断は禁物だ」

奴らは俺達を取り囲む様に見張っている、統制が取れているので逃げ出しても簡単に捕まるだろう。
気付かない振りをして迷宮に逃げ込む積もりでいる。
アムは迷宮検索帳を持って張り切っている、地図役をやって見たかったらしい。
方位石も買い求めてアムが腰にぶらさげてある。

広場の露店を見て回る振りをして転送石に徐々に近づいて行く、周囲から見通しの悪い場所に入った、頃合いだ。

「良し、走れ」

ーーーーー

油断していた、監視に気付かれていた様だ。
露店の天幕で一瞬見失った後、発見したときは転送石に飛び込む直前だった。
無茶をする、迷宮にたった二人で飛び込むとは。
部隊を半分に分け、西出と東出の出口の転送石の監視に向かう。
二人が迷宮に食われれば、それはそれで解決だろう。
後は遺留品を探して本国に報告するだけだ。

ーーーーー

頭の上から吹き下ろす風を感じたら、その風に溶けて一緒に押し流されるのは何時もと同じ。
足裏に石の床の感触、そして足先から頭上に向かって瞬時に体が積み重なって行く。
曖昧だった視界がはっきりしてくる。
急いでアムの手を離して背後に庇い、山刀を構える。

そこは二十メートル四方の広い部屋だった。
犬もネズミも見当たらない、ほっと息を吐いて山刀を鞘に戻す。

部屋の中央に下り階段、周囲の壁は岩盤を削って作った様な壁で天井が薄い光を放っている。
岩肌の様な四方の壁の右端には木の扉が一枚ずつ設けてある。
階段の降り口には結界の様な透明で通れない壁があり、下へは降りられなかった。

迷宮探索帳を片手に、床へ迷路図を広げて二人で調べてみた。
右半分は俺、左半分はアムに分担で舐めるように調べてみたが、地図にこんな場所は無かった。

だが入ってしまった以上出口を探さなければならない。
地図を裏返してこの場所の形をマッピングした。
取り敢えず、階段降り口正面の壁の扉を開けることにした。
二メートル四方の木の大きな一枚扉、典型的な迷宮の扉だ。

右端に彫られた溝に指をかけ慎重に開いて行く。
二十センチ程開いた時だ。

「ぎゃ!」

突然その隙間から黒い影が抜け出して俺の右足に噛み付いたのだ。
痛い、必死でその黒い影を蹴り上げて壁に叩きつけた。
ネズミだった、犬並の大きさの黒い大ネズミだった。
全身の毛穴から汗がどっと噴き出した。

ネズミは素早く起き上がり再び襲って来た。
後に飛び退きながら山刀を振り下ろす。
厚い毛の上を山刀が滑ってしまう。
足を引いて叩く、今度は手応えが有ったがまるで刃が通らない。
こんなに強いネズミは初めてだ。

アムがネズミの背後に回って剣で突く。
アムの剣もネズミの毛の上を滑ってダメージを与えていない。

「ギャ」

ネズミが吠えた、アムが毛の薄いところ、尻を剣で突いた様だ。
ネズミは目を赤くして怒っている、振り向いてアムの喉笛目がけて飛び上がった。

丁度攻撃し易い高さだった。
無意識に山刀を振ってネズミを叩き落としていた。
少し毛を削った感触と重い手応えを残してネズミが背中から石畳に落ちて転んだ。
チャンス到来、ネズミが起き直る前に追撃する。

”この野郎、この野郎、この野郎”

何度も山刀を叩きつける、鍬で地面を耕している感じだ、必死だった。
アムも必死で剣を叩きつけている。
ネズミは痙攣すると動かなくなった。

息がふいごの様だ。
山刀を構えたまま、呼吸を整えて大きく息を吐いた。
ネズミが煙に変化して石畳に吸い込まれ、後には小さな虹色の玉が一つ転がっていた。

手強かった。
こんなに手強いネズミは初めてだ。
毛も厚く上からの攻撃が利かないのだ。
相手が群だったら危ないところだった。

扉を潜る、中は正方形の部屋になっていた。
灰色の石壁、最初の部屋に比べれば少し低い天井。
天井の石材が光っているのは一緒だった。

正面と右面に木の扉が有る、部屋の大きさは十メートル四方くらいだろう。
説明で聞いた典型的な迷宮の部屋の大きさだ、地図に書き加える。

左の壁沿いに進み、反対側の扉の前に立つ。

「何をしておる、何故真っ直ぐ進まぬのだ」

アムは俺の行動を怪訝に思った様で理由を聞いてきた。
迷宮内で迷わない方法であることを説明したら、目の前に見えてる扉なのにわざわざ遠回りした俺を大笑いされてしまった。
煩いわい、気持ちの問題だ。

扉の背後を探りながら慎重に開く。
突然足下を黒い影が動く、反射的に跳び退いて山刀を振り下ろした。
またネズミだった、手応えは有ったがまだ前歯を剥いて襲いかかって来た。

再び跳び退いて山刀を振り下ろす、身体が先に反応した感じだった。
二匹目の慣れで手応えは有る、それでも再びネズミは迫って来る。
再び跳び退いて叩く。

アムがネズミの背後に回り、ネズミの股を切り上げる。

「ギャッ」

ネズミが吠えた、何かとても痛そうだ。
ネズミが体を強ばらせる。
俺は動きを止めたネズミの腹を狙って山刀を下から振り上げる。
上手く跳ね上げて腹を上にして転ばせる。

”この野郎、この野郎”

再び二人でネズミが立ち上がる前に山刀と剣を何度も叩きつける。
やがて痙攣して煙に変わって行く。

扉を開けて中に入る、今度は通路だった。
幅五メートル、長さ二十メートルの典型的な迷路の通路だった。
地図に書き加えて再び左手を壁に付けて進み、次の扉の前に立つ。

全ての部屋と通路には扉が有った。
そのおかげで、ネズミは扉に遮られて群を作れない。
なので、扉を開けて現れるネズミは必ず一匹だった。
アムとの連携も取れ始め、ネズミを転がして腹を上手く攻撃できる様になって来る。

こつも覚えた、扉は一気に開け、こちらから先にネズミに襲い掛かる。
アムの方が若くて柔らかそうだと思うのだが、ネズミは必ず俺に襲い掛かって来る。
質より量を優先するタイプなのだろうか。

なので俺に襲いかかるネズミをアムが脇から切り上げる。
ネズミの注意がアムに向いた瞬間に俺がネズミの首を切り上げる。
タイミングが良ければ一閃で絶命させられるし、多少外れても深手を負わせるので動きが鈍る。
動きが鈍れば、上手く転ばせて腹を一気に刻みまくるだけだ。

最初は倒すまで三十分掛かっていたが、慣れると十分で倒せる様になる。
書き加える地図が徐々に広がっていく、珍しく心が高揚する。

最初は順調と思っていた、だが直ぐに認識を改めた、ゴールが解らないのだ。
出口の場所が解らないのも勿論だが、出口が存在するのかどうかも解らないのだ。

外の光りに連動して、迷宮内が薄暗くなる、ひとまず早急な脱出は無理と考え、迷宮内で野営することにした。
幸いな事に荷物一式を背負って転送石を潜ったので、寝袋も含めて野営道具は揃っている。

飯の準備をする。
メインの食材は周囲で豊富に生えている迷宮キノコだ。
町で食べた迷宮キノコは小指大だったが、此処には拳大の大きさの物が豊富に生えている、これは嬉しい誤算だ。
外見は山茸に似ており、蛍光を発するので少々気持ちは悪いのだが、微かな甘みが有って食感は揚げ物に近く腹に溜まる。
干し肉と干し野菜と一緒に煮てスープにしたり、直接火で炙って食べても美味しい。

水は水の魔道具で作れるし、火も火の魔道具で作れる。
魔力源である魔石は無尽蔵に手に入る、二月くらいはここで過ごせるかもしれない。

寝袋を敷いてアムを眠らせ、俺はネズミのリポップに備えたのだが、不思議なことに此処ではリポップが起きない様だった。

地図に変化が現れたのは六日目だった。
マッピングがある一定線を境に先へ進まなくなったのだ。
壁に当たった感じだ、そしてその壁に沿って真っ直ぐ下に進んだ。

そして突然、扉の中に飛び込んだら人が大勢いた。
周囲の人間は皆驚いて盾を構えていた。
当然だ、いきなり山刀と剣を振り被った人間が目の前に現れたのだから。

急いで山刀を鞘に仕舞い、周囲に謝る。
背後を振り向くとそこはただの壁だった、一方通行の扉だったのだろう。
この部屋の壁には扉が見当たらないので、西か東のどちらかの出口だろう。

転送壁へと向かう。
地図に変化が現れた時に変装は済ませてある。
変装と言っても、俺が白髪に染めて白の目立つマントを羽織り、アムが逆に黒髪に染めて地図役用の地味な茶のエプロンに着替えただけなのだが。

六日ぶりの地上だ、頭上には赤く染まった夕焼けの空が有った。
大きく深呼吸してから伸びをした。

神殿で魔石を買い取って貰った。
全部で三百二個、銀貨五百枚分だった。
相場より少し高い気がしたが、了解して受け取る。

最初に泊まった宿の近く、監視者達を監視できる場所に宿を探した。
アムと相談し、闇雲に逃げ出すよりも監視者の動きを監視する方が安全と判断したのだ。
六日分の汗を風呂で流してから、久々のまともな夕飯に有り付いた。

部屋に入って寝る前に地図を広げて、彷徨っていた場所を検討した。
達した結論は、俺達は六日間中央の空白地帯の中を彷徨っていた可能性が高いと言うことだった。

最初の階段が有った部屋は迷路のど真ん中、そこから地図を繋ぐと西出の出口とぴたりと合うのだ。
何が原因かは解らないが、通常の人間が飛ばされない場所に飛ばされたらしいのだ。

アムは勇者様と出合う為の迷宮神のお導きだと言って目を輝かせている。
確かにネズミは多少手強かったが、あの場所は群と出合うリスクがゼロのもの凄く安全な場所なのだ。
依怙贔屓的な特別待遇と言っても良いくらいだ。
通常の冒険者に比べて、得られる魔石も経験値も圧倒的に多い筈だ。
このお姫様は何か特別な宿命を持っているのかも知れない。
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