猫と一緒に

切粉立方体

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 宿に戻ったら、部屋のドアの直ぐ後ろから点々と彩良の服が脱ぎ捨てられている。
 服はベットまで続いており、ベットの上で、彩良が敷物の様にペッタンコになって、腹這いで大の字になって脱力している。

「如何した、彩良」
「ニャー」

 彩良が右前足だけを動かして、枕元に置いて有る紙をぺしぺしと叩く。
 拾い上げてみると、引っ掻き傷の様な記号が紙に一杯並んでいた。

「宿題か」
「ニャー」
「覚えろって言われたのか」
「ニャー」
「読めるのか」
「ミャーミャーミャー、ミャー!」
 
 ベットを叩いて駄々っ子の様に暴れている。
 読み書きの習慣が無かった彩良は、宿題を渡されてお手上げ状態らしい。
 僕にだって訳の判らない記号にしか・・・・・ん!
 良く見ると、複雑に見えた引っ掻き傷記号は、縦五本、横五本、斜め二本の線の組み合わせにしか過ぎない。
 ならば文字の種類は七十五文字、うん、これは表音文字だ。
 ヒントが揃えば、読めるかもしれない。

「彩良、これ呪文か」
「ニャー」
「使える呪文はあるのか」
「ニャニャン、”ニニマル カタス テレサ”」

 びっくりするくらい明確に彩良が呪文を発音し、彩良が差し出した前足の間に、明るい光の玉が出現した。
 オー凄い。

「凄いじゃないか、彩良」
「ニャニャン」

 さっきまでベットの上でへこたれていたのが嘘の様に、彩良は胸を張って偉そうにしている。
 
「それって何処に書いてあるんだ」
「ニャニャ」

 彩良が前足で、宿題の紙の前の方の線がひいてある行を示した。
 呪文は十語、記号も十文字、うん、表音文字で間違い無いだろう。
 ノートに書き写して、振り仮名を振ってみる。

「他に覚えた呪文は何かあるか」
「ニャニャン、”アマリウサ トンク ファルス”」

 彩良が僕の左腕の上に右前脚を差出し、呪文を唱える。
 今日森で作った引っ掻き傷がみるみる治って行く。
 彩良は呪文を聞き取って覚えるのは得意な様なのだが、文字が間に入るとギブアップになるらしい。
 この呪文が書かれている行は、残念ながら彩良は覚えていなかった。
 だが、十一語の七つの呪文の中から、最初の呪文に含まれていた”マ”の字が二文字目で”サ”の字が五文字目、”ル”の字が後ろから二文字目、そして”ス”の字が一番最後に書かれている呪文を捜したら、一つの呪文に絞られた。
 呪文を書き写して振り仮名を振る、そして、新たに七文字の読み方が解読できた。

 彩良は今日、十五の呪文を覚えて来た。
 同じ方法で彩良から呪文を聞き取り、該当する呪文を絞り込んで行く。
 そして全ての文字の読み方が解読できた。

 彩良が持ち帰って来た宿題は、前半が今日の復習で、後半が明日の予習のようで、彩良から聞き取った呪文は、全て前半に記述されていた。
 同じ呪文を僕が唱えても魔法は発動しない。
 魔法は職業のスキルと深く関わっているのかもしれない。
 
 彩良は完全復活して夕食の魚料理を元気一杯食っている。
 今日は舌平目を油で炒めた料理や、白身の魚の酢浸け、海老の天麩羅などが出され、昼間の疲れも吹っ飛ぶような気分だった。

 部屋に戻って彩良と一緒に風呂に入った。
 僕も彩良も講習所で魔道具の使い方を教わって来たので、宿の女将さんに頼む必要も無くなった。

 寝る前、彩良に文字を教えてみることにした。
 彩良を膝の上に乗せ、テーブルの上に紙を広げる。

「彩良、この字が”ア”だ」
「ニャー、”ア”」
「この字が”イ”だ」
「ニャー、”イ”」

ーーーーー
彩良

「この字が”ニャ”だ」
「ニャー、”ニャ”」

 教官に読んで来いと言われて宿題を渡された時は、目の前が真っ暗になった。
 紙に爪痕が並んでいたが、これが何なのかすら解らなかった。

「これが光の魔法よ」

 教官が紙に線を引いてくれたが、ヒントにすらならなかった。

 でもさすがは健司、賢い。
 訳の判らなかった爪痕の読み方を教えてくれている。
 健司に一杯スリスリしたかったが、今は集中しなければ。

 爪痕は声の出し方を指図するものだった。
 縦五本の爪痕に横三本の爪痕が刻まれていれば”ニャ”、縦三本の爪痕に横四本爪痕が刻まれていれば”ニャ”だ。

 貰った宿題の最初の列を声に出してみると、”今日教えた呪文です。もう一回唱えて下さい”という意味だった。
 次の列からは、今日習った呪文が並んでいた。

 今日習った呪文の次、”明日教える呪文です。声に出して練習して下さい”真ん中の列を声に出したらこんな意味だった。
 指示通り、呪文を声に出してみる。
 最後の呪文を声に出した時、健司が寝込んで椅子から転げ落ちてしまった。
 急いで水の魔道具を風呂場から持って来て、健司の頭に水かける。

”ザバ”

「うわっ!あれ?寝ちゃったのか」
「ニャー」
「今日は疲れたもんな、それじゃ彩良寝ようか」
「ミャー」

 健司の胸に耳を当てると、穏やかな心音が聞こえて来る。
 これが私の物心が付いた時からの子守歌だ。
 意識が闇に沈んで行き、心が健司の夢の中へ沈んで行く。

 健司は草原を楽しそうに走っていた。
 一緒に走る相手を健司の気持ちが無意識に形造ろうとしている。
 人の雌を望んでいるようで、放っておくと、あの生意気な人族の雌が造られてしまう。
 私はその健司の気持ちが造っている形を乗っ取ることにした。

「あれ?彩良か、なんで人間になっているんだ」
「私が健司の連れ合いニャ、浮気は良くないニャ」
「えっ?」
 
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