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25 何か体操している

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翌日、鍵を管理していた商人ギルドから鍵を受け取った。
通りに面した広い階段を登る、正面の大扉には世界樹を守護していると言われている大鳩クーの羽ばたく姿が浮彫りにされている。
扉を開けると中は二百人収容の大きな礼拝堂になっており、礼拝堂の正面には大きな世界樹の精霊の肖像画が祭られている。

銀髪の少女の絵なのだが、着ている服が遺跡の隠し部屋で拾ってきた神官服と一緒なのだ。
礼拝堂の右側は教会の業務区域で、書庫、倉庫、応接室、事務室、神官長室などが並んでいる。
礼拝堂の左側は居住区、職員用の個室が十二部屋、神官長の住居として五部屋、厨房、食堂、浴場などが配置されている。

台所も食堂も風呂場も集団生活を意識して作られたものなので二人では持て余すくらい広かった。
食堂には二十人掛けのテーブルが設置されており、風呂桶も十人くらいは同時に入れそうだった。

中の状況の確認が終わったら、まず最初に雪下ろし。
ギルドの職員さんから強く頼まれたのだ。
前の通りを歩く人も怖々見上げるくらい屋根の雪が山盛りで放置されていたのだ。
ギルドでも検討したのだが、降ろした雪が道を塞いでしまうので躊躇していたそうなのだ。

そんな物をこれ幸いと押し付けられても迷惑と思ったのだが、良く考えれば俺には何の造作も無いことだった。
熱魔法を使って、一瞬で溶かして一瞬で全て蒸発させた。
周りで見ていた近所の人達が大騒ぎしていた、雪が瞬間移動して消えたように見えたらしいのだ。

引かれてしまったので、単なる熱魔法であることを一生懸命説明した。
うん、瞬間移動の魔法なんて魔導書の生還率がコンマ数パーセントの世界じゃなかろうか。

「あのすまんが、大変じゃ無かったらだが、俺達の店の雪も消して貰えんじゃろうか。勿論手間賃は払う」

雪降ろしは重労働だ、しかも三階建て、四階建てのログハウスでの作業は命懸けだ、毎年数人の犠牲者が出ている。
ご近所への挨拶代わりに引き受けることにした、無料で。

「はい、良いですよ。簡単ですから無料で良いですよ。1、2、3、はい」

”オー”、パチパチパチ。

簡単と思って貰えるように手品風に魔法を使ってみた、一瞬で通り沿いの建物の屋根の雪が消える。
実際、空中を走る事に比べたら、物凄く簡単な作業だ、頼まれれば、町中の屋根の雪だって一瞬で消せるかも知れない。

中の掃除を開始、埃も一瞬で消せたら楽なのだが、これは地道に雑巾を掛けるしかない。
広いのは嬉しいのだが、掃除が大変だ、狭い我が家が懐かしい。
天井も宙に浮いて雑巾を掛けた、彩色された花模様の浮彫りを丹念に拭う。

三日掛けて中の掃除も終わり、荷物を運び込んだ。
クロトとアリアも手伝ってくれて、すんなりと終わった。
頼んであった家具が運び込まれてからようやく、人の住処らしい雰囲気に成ってきた。

家が落ち着くと俺も冒険者ギルドに顔を出した。
冒険者ランクを計ったらBランクに上がっていた。
鵺の討伐のポイントが高かったらしい。

護衛隊の隊長を任される様になった。
周囲は心配顔だったが、赤竜騎士団で指揮らしきことを成り行きで任されていたので、俺は何の違和感も無く手配の指示が出来るようになっていた。

百足むかでの穴で過ごした日々のおかげで気配の感覚が物凄く鋭くなっていた。
集中すれば十数キロ先の人の気配も察知できるようになっていた。
不思議な物で内通者の気配も察することが出来るようになっていた。

順調に依頼をこなし、俺の隊長としての評価も上がった。
ついに今日は比較的大きな商隊を担当する。
俺も気合いが入っている、ミーナのトラウマも徐々に癒されており、この護衛の旅から帰ったら、いよいよ念願のムフフフの予定なのだ。

だが町を離れて直ぐに俺は違和感を感じ始めた。
商人達の気配、緊張感から俺達には秘匿しているが貴重品を運んでる感じなのだ。
しばらく知らない振りをしていたのだが、商人の一人に内通者の気配が現れ始めたので商隊の責任者を問いつめた。
俺にも護衛隊の命を守る義務がある。

内通者の存在を明かすと、観念したように責任者は金貨十万枚が荷に入っている事を打ち明けた。
これから向かう町で商人ギルドの資金がショートしており、それの繋ぎ資金だった。

もしこれが知られれば、これから向かう町はパニックだろう、なので秘匿していたらしい。
責任者にきちんと報酬のアップを約束させる、俺達の商売はリスクに見合う報酬が大原則なのだ。

金貨十万枚、日本円で百億か、十キロ程先で千人規模の盗賊団が待ち伏せているのも納得できる。

副隊長を呼んで事情を説明する。
Dランクのベテラン冒険者だ、場数をこなしているので落ち着いて話しを聞いてくれている。

「ミノス隊長さんよ、相手の情報が少な過ぎるぜ、その内通者に歌ってもらうか」
「はい、でも尋問は俺に任せてください」
「いーけど、簡単には吐かないと思うぜ」
「はい」

内通者を呼び出す。
憮然とした表情で口をつぐんでいる。
構わず俺は話し掛ける。
そして次第に内通者の目が虚ろになって喋り始める。
そして必要な事を聞き終わった後、男は倒れた。

これから向かう町の商人ギルドは熟達した詐欺師に血を吸われていた。
巧妙に仕掛けているのでギルド内部で気が付いているものはいない。
多くのギルド員達は資金がショートしているのにも気が付かない。

そしてその男は仕上げとして俺の町に資金援助の要請を出した。
そしてその援助資金を自分の配下の盗賊に襲わせ、資金の届かなかった事を破綻理由に付け替え、俺の町のギルドを負債の連鎖に巻き込んでから人知れず退場する、そんな図式だった。

「ミノス、おめーは精神魔法も使えるのか」
「いえ、脳を冷やして気持ちよく喋れるようにしただけです」

その夜俺は空を走って盗賊達の背後に回る。
そして全員を殴り倒した後、味方を呼んで縛り上げるのを手伝って貰った。

翌日、目的の町に入る、商人ギルドで資金の受け渡しを行う、ギルド長は嬉しそうに感謝の意を述べた。
その夜慰労会が催された、開会の挨拶に立ったギルド長が食事に毒が入っていることを滔々とうとうと自慢し始めた、その場の全員が凍り付く。
俺達の質問に答え、ギルド員達の間抜け振りをあざ笑いながら全てを白状してその場に倒れた。
そう、詐欺師は十年掛けてギルド長まで上り詰めていたのだ。
消えた資金は幸いまだギルド長の館に保管されていた。

俺達は金貨十万枚を再びクッスラまで運送して無事依頼を完了した。
特別ボーナスを商人ギルドから受け取り意気揚々と教会に帰る。
さー、今夜はついに、ミーナと。
やって、やって、やりまくるぞ。

「ただいまー」

ミーナは正面の肖像画の前に立っていた、遺跡で拾ってきた神官服を着ている。
右肩を回し、左肩を回す、屈伸して伸びをして・・・、何か体操している。

そしていきなり宙に浮いて大扉から表に飛んで行った。
俺も慌ててその後を追った、空を走って。
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