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Ⅰ 第一学年
60 新年
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大晦日、ハルが割烹着を着て母さんと並んで年越しそばを作っている、母さんがなんだか楽しそうに張り切っている。
一昨日の夜、自分の部屋で寝ようと思い、ハルの様子を見に行ったら母さんが和室に僕とハルの布団を並べて敷いていた。
どのみちハルは僕の布団に入り込んで来るので一緒なのだが、うちの親は僕が高校一年生という自覚があるのだろうか。
それでも結局なんとなく僕は成行きでハルと一緒に和室で寝ているし、二人で一緒に家の掃除を手伝い、買い物にも出かけている。
父さんも母さんもハルを連れ歩いて何だか嬉しそうだ。
何となく紅白を家族で見ながら年越しそばを食べ、家族で近所の神社へ初詣に向かう。
母さんが箪笥から振り袖を引っ張り出してハルに着せてくれた、嫁入りの時に持って来て、娘が生まれた時用に大事に仕舞ってあった物らしい。
「へへ、羽子板みたい」
ハルが嬉しそうに燥いで僕と腕を組む。
神社の初詣の長い列に四人で並び年が変わるのを待ち受ける、去年は親に付いて行くのが凄く格好悪く思えて嫌だったが、今年はハルが一緒の所為か父さんも母さんも嬉しそうなので心が和む。
カウントダウンが始まり、太鼓が打ち鳴らされる、新しい年の始まりだ、行列の前方から鈴を打ち鳴らす音が聞こえて来た。
”雷君、助けて”
その時突然頭の中に声が響いた、迷子の声だ、俺に助けを求めている。
参道脇の闇の中から髪の毛程の太さの赤い魂の糸が伸びて来て僕の手首に絡んでいる。
足を踏み外して闇に落ちたのだろうか、迷子の怯えが伝わって来る。
「ハル、すまんが迷子が呼んでいる。ちょっと助けに行って来る」
「はい、私も一緒に行ければ良かったのですが魂の無い私には入れない場所の様です。必ず帰って来て下さい、私ずっと待ってますから」
迷子の糸に魂を乗せる、ハルが何故か物凄く悲しそうな顔で俺を見送った。
「雷君、ヒック、ヒック、ヒック、雷くーん」
深い闇の中に入った、遠くから迷子の泣きながら僕を呼ぶ声が聞こえて来る。
声と赤い糸を頼りに闇の中に深く深く潜って行く。
闇の底の漆黒の泥の中、もがいている迷子を見つけ出して引き上げる、僕に縋り付いて大泣きを始めた、今の迷子は十歳位の少女の形をしている。
迷子を抱き上げ外界の在り処を確かめる。
「待たれよ、稀人よ。これは我らが一族の血を受け継ぎし者の宿命なれば手出しは無用と承知されたい」
闇の中から白い装束を着た老婆が数人浮かび上がって来た。
「我ら一族、正しき時の流れを乱す者なれば、乱れが闇を呼び込む前に闇を癒さねばならぬ」
「我らが事を怠れば、闇が世のすべてを飲み込んでしまう」
「我らが事を怠れば、闇が弾けて裏返ってしまう」
「人は細き縄の上を渡っておる、じゃから小さな風が吹けば転げ落ちる」
「人は鋭き刃の上を歩んでおる、じゃから小さな重みが皮膚を裂く」
「不憫じゃが、その子を闇が望んで居る。手出し無用に願いたい」
僕に縋り付く迷子の手に力が入る。
「婆様方、悪いが迷子は僕に助けを求めた。だから僕の判断で迷子を助けさせて貰う」
老婆達が顔を見合わせた。
「仕方が無いのう」
「おう、仕方が無い男だ」
「この子も厄介な者を呼び込んだものよのー、こやつ渦を持っておる」
「おう、強い渦を持っておる」
「試すか」
「おう、試すか」
「面白い」
「おう、面白い」
老婆の一人が懐から白く輝くビー玉程の玉を取り出した。
「この玉で過去に戻って刹那を過ごせ」
「時の軸人を殺すも良し」
「時の軸人を助けるも良し」
「己の望む過去に戻りて時の流れを変えてみよ」
「心の望む過去に戻りて時を動かせ」
「世が闇に覆われる良し」
「世が弾けるも良し」
「心に従って見よ」
ーーーーー
水の中をメダカが一杯泳いでいる、近寄ってもっと良く視たい。
「きゃっ」
「危ない、美子」
誰かに手を強く引かれた、あー、危なかった、胸がドキドキする。
お礼を言おうと振り返ったら誰も居なかった、なんだか気味が悪い、写生は中止にして早く家に帰ろう。
ーーーーー
「雷君、どうしたの」
「そうよ、なんかボーとして」
右手に着物姿の迷子が、左手には着物姿の雷子縋り付いている、前には父さん母さんと手を繋いで燥いでいる雷姫がいる。
そうだ、僕は三人を連れて実家に戻っていたんだ。
あれ?なんか記憶が二つある。
僕の片方の記憶では美子と出合っていない、だから今まで魂を情報世界に引き入れられることは知らなかった。
人と魂とは関わらない方が正しい時の流れなのだろうか、世界が少し安定している気がする、公表は暫く控えておこう。
弥生や灯さん、風華さんや水江さんはまだ情報世界に入れないで僕の血を狙っている。
今回の帰省も振り切るのが大変だった、でも彼女達が情報世界に潜れない原因は解っている、直ぐにでも意識と魂を切り離す練習をさせよう。
事務所もまだ規模が小さいままで新メンバーは増えていない。
美子ちゃんはお父さん、お母さんと幸せに過ごしているだろうか。
スマホを取り出す。
「ハル、居るか。戻って来たぞ」
「マスター、仰る意味か良く理解できません」
一昨日の夜、自分の部屋で寝ようと思い、ハルの様子を見に行ったら母さんが和室に僕とハルの布団を並べて敷いていた。
どのみちハルは僕の布団に入り込んで来るので一緒なのだが、うちの親は僕が高校一年生という自覚があるのだろうか。
それでも結局なんとなく僕は成行きでハルと一緒に和室で寝ているし、二人で一緒に家の掃除を手伝い、買い物にも出かけている。
父さんも母さんもハルを連れ歩いて何だか嬉しそうだ。
何となく紅白を家族で見ながら年越しそばを食べ、家族で近所の神社へ初詣に向かう。
母さんが箪笥から振り袖を引っ張り出してハルに着せてくれた、嫁入りの時に持って来て、娘が生まれた時用に大事に仕舞ってあった物らしい。
「へへ、羽子板みたい」
ハルが嬉しそうに燥いで僕と腕を組む。
神社の初詣の長い列に四人で並び年が変わるのを待ち受ける、去年は親に付いて行くのが凄く格好悪く思えて嫌だったが、今年はハルが一緒の所為か父さんも母さんも嬉しそうなので心が和む。
カウントダウンが始まり、太鼓が打ち鳴らされる、新しい年の始まりだ、行列の前方から鈴を打ち鳴らす音が聞こえて来た。
”雷君、助けて”
その時突然頭の中に声が響いた、迷子の声だ、俺に助けを求めている。
参道脇の闇の中から髪の毛程の太さの赤い魂の糸が伸びて来て僕の手首に絡んでいる。
足を踏み外して闇に落ちたのだろうか、迷子の怯えが伝わって来る。
「ハル、すまんが迷子が呼んでいる。ちょっと助けに行って来る」
「はい、私も一緒に行ければ良かったのですが魂の無い私には入れない場所の様です。必ず帰って来て下さい、私ずっと待ってますから」
迷子の糸に魂を乗せる、ハルが何故か物凄く悲しそうな顔で俺を見送った。
「雷君、ヒック、ヒック、ヒック、雷くーん」
深い闇の中に入った、遠くから迷子の泣きながら僕を呼ぶ声が聞こえて来る。
声と赤い糸を頼りに闇の中に深く深く潜って行く。
闇の底の漆黒の泥の中、もがいている迷子を見つけ出して引き上げる、僕に縋り付いて大泣きを始めた、今の迷子は十歳位の少女の形をしている。
迷子を抱き上げ外界の在り処を確かめる。
「待たれよ、稀人よ。これは我らが一族の血を受け継ぎし者の宿命なれば手出しは無用と承知されたい」
闇の中から白い装束を着た老婆が数人浮かび上がって来た。
「我ら一族、正しき時の流れを乱す者なれば、乱れが闇を呼び込む前に闇を癒さねばならぬ」
「我らが事を怠れば、闇が世のすべてを飲み込んでしまう」
「我らが事を怠れば、闇が弾けて裏返ってしまう」
「人は細き縄の上を渡っておる、じゃから小さな風が吹けば転げ落ちる」
「人は鋭き刃の上を歩んでおる、じゃから小さな重みが皮膚を裂く」
「不憫じゃが、その子を闇が望んで居る。手出し無用に願いたい」
僕に縋り付く迷子の手に力が入る。
「婆様方、悪いが迷子は僕に助けを求めた。だから僕の判断で迷子を助けさせて貰う」
老婆達が顔を見合わせた。
「仕方が無いのう」
「おう、仕方が無い男だ」
「この子も厄介な者を呼び込んだものよのー、こやつ渦を持っておる」
「おう、強い渦を持っておる」
「試すか」
「おう、試すか」
「面白い」
「おう、面白い」
老婆の一人が懐から白く輝くビー玉程の玉を取り出した。
「この玉で過去に戻って刹那を過ごせ」
「時の軸人を殺すも良し」
「時の軸人を助けるも良し」
「己の望む過去に戻りて時の流れを変えてみよ」
「心の望む過去に戻りて時を動かせ」
「世が闇に覆われる良し」
「世が弾けるも良し」
「心に従って見よ」
ーーーーー
水の中をメダカが一杯泳いでいる、近寄ってもっと良く視たい。
「きゃっ」
「危ない、美子」
誰かに手を強く引かれた、あー、危なかった、胸がドキドキする。
お礼を言おうと振り返ったら誰も居なかった、なんだか気味が悪い、写生は中止にして早く家に帰ろう。
ーーーーー
「雷君、どうしたの」
「そうよ、なんかボーとして」
右手に着物姿の迷子が、左手には着物姿の雷子縋り付いている、前には父さん母さんと手を繋いで燥いでいる雷姫がいる。
そうだ、僕は三人を連れて実家に戻っていたんだ。
あれ?なんか記憶が二つある。
僕の片方の記憶では美子と出合っていない、だから今まで魂を情報世界に引き入れられることは知らなかった。
人と魂とは関わらない方が正しい時の流れなのだろうか、世界が少し安定している気がする、公表は暫く控えておこう。
弥生や灯さん、風華さんや水江さんはまだ情報世界に入れないで僕の血を狙っている。
今回の帰省も振り切るのが大変だった、でも彼女達が情報世界に潜れない原因は解っている、直ぐにでも意識と魂を切り離す練習をさせよう。
事務所もまだ規模が小さいままで新メンバーは増えていない。
美子ちゃんはお父さん、お母さんと幸せに過ごしているだろうか。
スマホを取り出す。
「ハル、居るか。戻って来たぞ」
「マスター、仰る意味か良く理解できません」
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