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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編
第05話10 変身
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南部エルフの店員が薄く微笑んでいる。
「あの、髪を切りにいらっしゃったんですよね?
いかがいたします?」
「あーそうだ!
…うわっ、世間話してる場合じゃなかった!
悪いけど急いでくれ、えーとえーと…テキトーに!
とりあえず整えて短くしてくれ!」
店員のエルフが中央の椅子を指し示す。
サイモンはそれに座り、店員が手際よく準備するのを眺めた。
タオルを首にかけ、大きな布をサイモンの肩からかけて…
ハサミを取り出すその様を。
「では、長さを変えつつトレンドも取り入れましょう。
今王都では髪を3つに分けて編むのが流行りだそうですよ。
慣れると簡単ですので、ぜひやってみてください」
言いながら、どんどんサイモンの髪を切り落としていく。
実は長さだけならビッグケットより長かったかもしれない。
不揃いな金髪が店員エルフの操る硬質なハサミの音に合わせて落ちていく。
シャキシャキ、シャキ。
みるみる辺りが毛束だらけになり、
気がつくとサイモンはすっかりショートヘアになっていた。
だが武人のような無骨な短髪ではない。
前髪も横髪も残された、
どこか女性的な雰囲気のある柔らかな仕上がりだった。
「そして、ここを三編みにします」
片側の髪、耳の横の部分がすくい上げられ、器用に編まれていく。
最後は小さな髪飾りでくくられて、さらに後頭部の髪を掴まれた。
「お客様は滑らかな金の髪が美しいので、少し飾り付けておきますね」
横の三編みごと頭の上半分の髪が取られ、梳かれ、
後ろで一つにまとめられた。
「おしまい。どうですか。
ヘアアレンジは私の独断ですが…似合っていますよ」
なんだか夢の中にいるみたいだ。
鏡の中には、すっかり別人のようになったサイモンがいた。
長すぎて横に流していた前髪をきちんと作ってもらった。
ざんばらで首にまとわりついていた後ろの髪もスッキリした。
頭が軽い。うん、生まれ変わったみたいだ。
かっこいい。
「あ、あと少し…。お急ぎの中すみません。
こちらに頭を少し倒してください」
すっかり終わったのにまだ何かあるのか?
サイモンが疑問に思いつつ指示通り頭を後ろに倒すと、
南部エルフの店員は皿と何かのクリームを持ってきた。
あれは…?
「せっかくだから髭も剃りましょう。
伸ばしているわけじゃないのでしょう?
お客様は若いのですから、ない方が若々しく見えて素敵だと思いますよ」
「じゃあ、よろしくお願いします」
どういう口の軽さなのか、店員から次々褒められて気恥ずかしかった。
エルフだからサイモンよりずっと歳上なのかもしれない。
こちらを子供だと思ってるのかもしれない。
それにしても。
(…わ、くすぐったい)
顔の下半分にクリームを塗られ、素早く丁寧に髭が剃られて行く。
鼻の下、顎周り。色素が薄いので目立たない部分ではあったが、
確かに何かがあった場所。
「これでよし」
やがて熱いタオルが用意され、ぐいぐいクリームが拭われる。
これで終わりだ。恐らく。
もう一度鏡を見ると、
恐ろしいほど肌がツヤツヤしたサイモンがそこに映っていた。
うわーーっ、本当に子供みたい!
いや俺成人してるんだけど!
でもまだ18だから、他の年代に比べれば確かに子供寄りなんだけど!
うーんすごい!
「お時間取らせてすみません、これで終わりです。
えーとお代は、」
「すみません、急いでるのでこれでお願いします!
お釣りはいりません!!」
店員の言葉を聞いて、弾かれたように立ち上がる。
時間は…2時50分!もうどう頑張っても遅刻だ!
それでも急がなきゃ!!
サイモンは慌てて金貨を一枚出し、エルフの店員に握らせる。
「人間は偏見ばかりで話すの嫌になる時もあるだろうけど!
えーと、頑張って!
世の中もっと色んなことあるから!じゃ!!」
南部エルフの男が呆然とする中、脱兎のごとく駆け出していくサイモン。
残されたエルフの店員は目を何度か瞬かせ…そして小さく微笑んだ。
「…ありがとうございました」
「急げ!」
風に遊ぶ柔らかな薄い金髪のショートヘア。
片側だけ編まれ、結い上げられた三編みが
午後の日差しを浴びて明るく煌めく。
髪色と対象的に、暗い紺に染められた上質な長衣がはためく。
白いシャツとズボン。
黒に濃茶の切り返しがついたブーツ。
石畳を軽快に走っていくサイモンに、
これまでのみすぼらしさは微塵もなかった。
(…ちっ、しゃーないもっかいドラゴンに乗るか)
シャングリラにおけるドラゴン屋の本店は東部だが、
人間の往来が激しいここ中央南部にも支店がある。
微かな記憶を頼りに初めて行く店にダッシュする。
…あった!
やや小さい店舗だが、火を吹くドラゴンの看板が見える!
「…すみません、ドラゴン一人乗り一頭…!」
バタン!と扉を開け放って店舗に飛び込む。
中では退屈そうな人間の男がキセルをふかしていたが、
客の来訪に慌てて立ち上がる。
「は、えっ、どちらまで!」
「東部!の、メインストリートを抜けた先にあるジルベール骨董品店まで…!」
疲れた。思わずがっくり膝をつく。
ぜえぜえ息をしていると、店員の男はきりりと表情を変えて奥に引っ込んだ。
「はい、只今準備いたします!少々お待ち下さい!!」
約束の時間まであと少し。
必要な事はなんとか全部終わった…。
ビッグケットは、ちゃんと頼んだ物を買えたのかな…?
「はぁ心配…」
だが、今はとにかく彼女に会うのが楽しみだ。
全身取り替えた俺を見て、あいつなんて言うんだろ。
見違えた、惚れたよ。
なんて言うわけないけどさ。夢くらい見たっていいよな。
「あの、髪を切りにいらっしゃったんですよね?
いかがいたします?」
「あーそうだ!
…うわっ、世間話してる場合じゃなかった!
悪いけど急いでくれ、えーとえーと…テキトーに!
とりあえず整えて短くしてくれ!」
店員のエルフが中央の椅子を指し示す。
サイモンはそれに座り、店員が手際よく準備するのを眺めた。
タオルを首にかけ、大きな布をサイモンの肩からかけて…
ハサミを取り出すその様を。
「では、長さを変えつつトレンドも取り入れましょう。
今王都では髪を3つに分けて編むのが流行りだそうですよ。
慣れると簡単ですので、ぜひやってみてください」
言いながら、どんどんサイモンの髪を切り落としていく。
実は長さだけならビッグケットより長かったかもしれない。
不揃いな金髪が店員エルフの操る硬質なハサミの音に合わせて落ちていく。
シャキシャキ、シャキ。
みるみる辺りが毛束だらけになり、
気がつくとサイモンはすっかりショートヘアになっていた。
だが武人のような無骨な短髪ではない。
前髪も横髪も残された、
どこか女性的な雰囲気のある柔らかな仕上がりだった。
「そして、ここを三編みにします」
片側の髪、耳の横の部分がすくい上げられ、器用に編まれていく。
最後は小さな髪飾りでくくられて、さらに後頭部の髪を掴まれた。
「お客様は滑らかな金の髪が美しいので、少し飾り付けておきますね」
横の三編みごと頭の上半分の髪が取られ、梳かれ、
後ろで一つにまとめられた。
「おしまい。どうですか。
ヘアアレンジは私の独断ですが…似合っていますよ」
なんだか夢の中にいるみたいだ。
鏡の中には、すっかり別人のようになったサイモンがいた。
長すぎて横に流していた前髪をきちんと作ってもらった。
ざんばらで首にまとわりついていた後ろの髪もスッキリした。
頭が軽い。うん、生まれ変わったみたいだ。
かっこいい。
「あ、あと少し…。お急ぎの中すみません。
こちらに頭を少し倒してください」
すっかり終わったのにまだ何かあるのか?
サイモンが疑問に思いつつ指示通り頭を後ろに倒すと、
南部エルフの店員は皿と何かのクリームを持ってきた。
あれは…?
「せっかくだから髭も剃りましょう。
伸ばしているわけじゃないのでしょう?
お客様は若いのですから、ない方が若々しく見えて素敵だと思いますよ」
「じゃあ、よろしくお願いします」
どういう口の軽さなのか、店員から次々褒められて気恥ずかしかった。
エルフだからサイモンよりずっと歳上なのかもしれない。
こちらを子供だと思ってるのかもしれない。
それにしても。
(…わ、くすぐったい)
顔の下半分にクリームを塗られ、素早く丁寧に髭が剃られて行く。
鼻の下、顎周り。色素が薄いので目立たない部分ではあったが、
確かに何かがあった場所。
「これでよし」
やがて熱いタオルが用意され、ぐいぐいクリームが拭われる。
これで終わりだ。恐らく。
もう一度鏡を見ると、
恐ろしいほど肌がツヤツヤしたサイモンがそこに映っていた。
うわーーっ、本当に子供みたい!
いや俺成人してるんだけど!
でもまだ18だから、他の年代に比べれば確かに子供寄りなんだけど!
うーんすごい!
「お時間取らせてすみません、これで終わりです。
えーとお代は、」
「すみません、急いでるのでこれでお願いします!
お釣りはいりません!!」
店員の言葉を聞いて、弾かれたように立ち上がる。
時間は…2時50分!もうどう頑張っても遅刻だ!
それでも急がなきゃ!!
サイモンは慌てて金貨を一枚出し、エルフの店員に握らせる。
「人間は偏見ばかりで話すの嫌になる時もあるだろうけど!
えーと、頑張って!
世の中もっと色んなことあるから!じゃ!!」
南部エルフの男が呆然とする中、脱兎のごとく駆け出していくサイモン。
残されたエルフの店員は目を何度か瞬かせ…そして小さく微笑んだ。
「…ありがとうございました」
「急げ!」
風に遊ぶ柔らかな薄い金髪のショートヘア。
片側だけ編まれ、結い上げられた三編みが
午後の日差しを浴びて明るく煌めく。
髪色と対象的に、暗い紺に染められた上質な長衣がはためく。
白いシャツとズボン。
黒に濃茶の切り返しがついたブーツ。
石畳を軽快に走っていくサイモンに、
これまでのみすぼらしさは微塵もなかった。
(…ちっ、しゃーないもっかいドラゴンに乗るか)
シャングリラにおけるドラゴン屋の本店は東部だが、
人間の往来が激しいここ中央南部にも支店がある。
微かな記憶を頼りに初めて行く店にダッシュする。
…あった!
やや小さい店舗だが、火を吹くドラゴンの看板が見える!
「…すみません、ドラゴン一人乗り一頭…!」
バタン!と扉を開け放って店舗に飛び込む。
中では退屈そうな人間の男がキセルをふかしていたが、
客の来訪に慌てて立ち上がる。
「は、えっ、どちらまで!」
「東部!の、メインストリートを抜けた先にあるジルベール骨董品店まで…!」
疲れた。思わずがっくり膝をつく。
ぜえぜえ息をしていると、店員の男はきりりと表情を変えて奥に引っ込んだ。
「はい、只今準備いたします!少々お待ち下さい!!」
約束の時間まであと少し。
必要な事はなんとか全部終わった…。
ビッグケットは、ちゃんと頼んだ物を買えたのかな…?
「はぁ心配…」
だが、今はとにかく彼女に会うのが楽しみだ。
全身取り替えた俺を見て、あいつなんて言うんだろ。
見違えた、惚れたよ。
なんて言うわけないけどさ。夢くらい見たっていいよな。
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