負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第07話09 コボルトを救え!

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「女が昨日のチャンピオンって…マジかよ!!??」

一斉に上がる野太い声。その一方で。

「マイリマシタ!ま、マイリマシタ…!!」

{お、いえるようになったな}

 コボルト女性が降参のための鍵を言えるようになった。
 これだけ発音出来れば充分通じるだろう。
 あとは音量。

{じゃ、あとはこれをおおごえでいえるようにしといて}
{はい!}

 そして仲間への報連相。

『ビッグケット、今コノ人ニ死ナナイタメノ方法教エタ。
 コノ人守ッテ他ノ全員殺シタラ、コノ人ガ殴リカカッテクル。
 オ前ハソノ腕ヲ掴ンデクレ。
 ソシタラ「参りました」ッテコノ人ガ命乞イスル。
 オ前ハソレガ運営ニ認メラレルマデ待ッテテクレ』

『なるほど、わかった』

 くるくると器用に言語を切り替え、獣人二人と会話するサイモン。
 そして、女ながら昨日勝ち抜けたビッグケット。
 その場の一同は、化け物を見るような目で二人を見つめた。
 しかし。

「…ふん、他の奴がどう命乞いしようがどうでもいい。
 仕方ないな、そこの犬女は助けてやろう。
 だが猫女はうちのトロルが殺す。絶対だ」

 まだ明確に闘志を燃やしている男がいる。
 貴族男はなお不敵な笑みを崩さない。
 トロル程度でどれだけ自信があるのか。

「勝てるかね、うちの猫に」

 サイモンが呆れたようなため息をつくと、

「ふん、ツテを辿って優秀な人物に頼んだ。
 腕力防御力共に3倍、スピードに至っては5倍まで引き上げた!
 いかにあの猫が早くトロルが遅くとも、
 いい勝負になるだろう!」

(…3倍と5倍か…)

 威張り散らして笑う貴族男の言葉。
 具体的な数字を出されると、さすがのサイモンも
 ちょっと心配になった。
 そこで。

「すいませーーん検査官さん、
 この人たち魔法のエンチャントでバフ盛りしてますよ~」

 ソッコーチクッておいた。
 隅からこちらを窺っている検査官に向かって声をかける。
 すると貴族男が慌てて飛んできた。
 サイモンの口を塞ぐ。

「馬鹿、そこは素直に伝えるな!お前もチクるぞ!?」
「いや、うちは小細工なしだし…」

「何を言う!ここにいる脳筋共を見ろ、
 まともに魔法がかかってるかチェック出来る体勢など
 整っていない!
 つまりこのままだと疑わしきは罰せよ、
 私もお前も双方出場停止だ!!」

「ぐっ…」

 そうきたか。
 そもそも最初の要項に魔法の有り無しは書いていなかった。
 その時点でここに来る人間と魔法は疎遠だろうと
 タカをくくられているし、
 今までそんな奴らがいなかったから禁止事項にもなっていない。

 魔法とは基本貴族王族金持ちの物だ。
 強い=権力を握れるからな。
 で、闇闘技場も元は金持ちが始めた娯楽とはいえ、
 ここの根本は勝ち負けや強さを決めたい、
 勝負したいという物ではない。

 誰がどう強いかなんて関係ない、
 身分の低い汚い奴らが泥臭く殺し合ってくれという
 ニュアンスなのだ。

 つまり、ここでこいつのやり口を告発しても無駄。
 こっちが巻き添え食って退場させられるだけだ。

「チッ…しゃーないな…」
「わかった?じゃあ大人しく検査してきて、ホラ。
 早く準備してくれたまえ」
「………ッ」

 自分の安全が確保され、ほっとした様子の貴族男。
 またしても横柄な態度に戻り、しっしっと手を振った。
 …フィジカル3倍、スピード5倍トロルか…。
 さすがに強敵かな…。

『ビッグケット、ソコノとろる。
 魔法ヲカケラレテ、元の3倍強イチカラト防御力ニナッテルッテ。
 シカモ速サ5倍。ソイツニハ気ヲツケロ』

『ふーん、そりゃ楽しみだな』

 ビッグケットにこの話を伝えると、相棒は余裕の表情だ。
 …トロル3倍でも怖くないもんかね?
 こいつの感覚はわからない。

『デ、改メテ検査。大人シク受ケテコイ』
『…仕方ないな…』

 そして、中断されていた検査を改めて慣行する。
 コボルト女性にも声をかけて…。

{なぁ、わるいんだけど。
 ふせいがないようしんたいけんさをするらしい。
 あの、こかんのあなもしらべられるんだ、ごめんな。
 がまんしてうけてくれ}

{…わかりました…}

 女性二人が連れ立ち、検査官の元へ向かう。
 先を行くビッグケットは、
 余計な事をしたらその場でコロス。
 と言いたげな鋭い目をしている。
 あれなら下手なことはされないだろう。

『一応オレモツイテイクナ』
『さんきゅ』

 ようやく奥の部屋で行われた身体検査。
 さすがに今日の検査官は何くれと丁寧に扱ってくれた。
 またしても指を突っ込まれた際は
 ビッグケットが散々文句を言っていたが。
 検査官が青い顔でぺこぺこするもんだから、
 それなりに溜飲は下がったらしい。

 続いてコボルト女性も検査を行う。
 …正直こんなん要るとは思えないけど。
 一応、一応だから。と言われてなんとか終わらせた。

{おつかれさま、だいじょうぶ?}
{はい、なんとか…。お気遣いありがとうございます…}

 サイモンがコボルト女性に声をかけると、
 やはりショックだったんだろう。
 頑なに俯き、羽織ったストールの胸元をぎゅぅっと握りしめている。
 …早くこんな茶番終わらせなくては。
 さっさと始まってとっとと終われ。
 サイモンは苦い顔でコボルト女性の背中をさすった。
 すると。

「全員揃ったな。検査も全て終了した。
 そろそろ出番だ。
 登録者は登録料を出してくれ。
 あと賭ける奴は誰に何エルス賭けるか申告と払込みを」

 昨日も会った黒服の案内人だ。お、と目が合う。

「ああそうだ、オルコットさん。
 2回目以降の出場は登録料不要だ。掛け金だけ出してくれ」

 そう言って金を回収する板を差し出される。
 へぇ、そうだったのか。
 金貨5枚は最初だけなんだな。
 まぁ登録料だし確かに。

 しかしうーん、じゃああとは掛け金…。掛け金…………。

「じゃ、俺は金貨一枚。ビッグケットに賭けるよ」

 手近な袋から金貨を一枚出す。
 おお、とざわめくその場の一同。
 貴族男はむ。と髭を捻った。

「小癪な。まだその猫女が勝つと思ってるのか」
「だってまだまだ本気じゃなかったみたいだし。
 負けるってことはないんじゃない」

「こちとら3倍だぞ?」
『ビッグケット、3倍とろる勝テソウ?』

 そこで話をビッグケット本人に振る。
 すると、笑顔と余裕のピースサインが返ってきた。

『負けることはないな、トロルごとき』
「トロルなんか負けないって本人が言ってるぞ」
「ぐぬぬ…!!!!」

 冷淡な笑みを浮かべるサイモン、歯ぎしりする貴族男。
 弾ける熱い火花。
 今日の対決はここが見どころになりそうだ。

「よし、じゃあ他の登録者たちも。
 初参加なら登録料を。
 そして賭けに参加するなら全員賭ける対象、金額を教えてくれ」

 案内人が残りのメンツを見回す。
 興奮気味な様子の登録者たち。
 震えるコボルト女性、
 腕を組んで仁王立ちするビッグケット、
 我関せずで座り込むエンチャントトロル、
 不安とやる気の入り混じった他の参加者。


 さぁ、決戦の時。

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