負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第15話04 ランチ/交換

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『イヤ、チャレンジメニュートシテ
 無料タダデ食ベルノガ
 駄目ナンダト思ウケド』
『じゃあお金払ったらいける……?』

『アア。同ジノ頼ム?』
『うん、あれがいい!』

『ワカッタ』

 ビッグケットはまた
 山盛りのピラフと肉を食べるようだ。
 俺はどうしようかな……
 サイモンがメニューを眺める。
 その横でゲスト3人もわいわい話し合っている。

「なー、注文いいか?
 オレローストビーフとライスの定食で!
 水つけて」

「私はトーストセットにします。
 飲み物はオレンジジュース、
 ドレッシングアリで」

「じゃー僕は鹿の煮込み。
 パンとシードルをつけて」

 店員がやってきたので、
 それぞれ注文を始めてしまった。
 仕方ない、サイモンも慌ててメニューを見る。

「あー、ビッグケットの分は金払うから
 チャレンジメニューと同じのを出してくれ。
 そんで俺は……
 じゃあ、鴨と野菜のドリアでエールをつけて」

「はーい!
 えーと、ローストビーフとライスの定食、水、
 トーストセット、オレンジジュースドレッシングアリ、
 鹿の煮込みとパンとシードル、
 チャレンジメニュー有料、
 鴨と野菜のドリア、エール……」

『アッ、ビッグケット、何飲ム?』
『じゃあシードル』

「ニコラス、シードルもう一個頼む」
「はーい!」

 さらさらとメモが取られる。
 ニコラスは長いメニューの復唱が終わると
 顔を上げた。

「ご注文以上でよろしかったでしょうか!」
「大丈夫」

 それぞれが返事を返すのを聞き、頭を下げる。

「ではごゆっくり~」

 そして去っていった。
 気がつけば、周りの客達が
 遠巻きにサイモン一行を見ている。

 が、エルフも人間ノーマンもいるので、
 前ほどビッグケット一人に対する
 侮蔑の言葉を口にしていなかった。
 集団相手なら言わないってか、陰湿だなぁ。

(…ま、人間ノーマンなんて
 みんなそんなもんだけどな)

 偏見。差別。無知からくる拒絶。
 もっと知ったら
 怖がるようなもんじゃないってわかるのに。

 ……そうさ、獣人だって亜人だって。
 これまで知り合った
 たくさんの人の顔を思い浮かべる。
 みんなクセはあっても良い人たちだったのに。

「じゃあサイモンさん、
 さっきの続きやりますよ。
 作戦をもう一度確認させて下さい。
 基本は魔法使いの急襲、
 そして上手く行かなかったら脱出ですよね」

「あっ、ああ……」

 注文が一段落したところで、
 ジュリアナが話しかけてくる。
 サイモンが返事をすると、
 ジュリアナは荷物から
 メモ帳とインク、ペンを出した。

「だったら脱出の方も強化しましょう。
 せっかくエリックさんがいるので、
 何かあれば一気に外に出られるような細工をして……
 安全対策を万全に」

「えっ、そんなこと出来るのか?!
 すごい!」

 驚くサイモンに、得意げなエリックがにんまり笑う。

「このオレを誰だと思ってるんだ?
 オレさえついてれば大丈夫、
 全員一瞬ですぽーんと外に出してやるよ!」

「「神…………!」」

 思わずサイモンとジルベールの言葉がハモった。
 とにかく最悪の場合の脱出が心配の種だったが、
 そういうことなら安心だ。

「ていうかそもそも。
 私達も行きます、闇闘技場」

「えっ!?」

 ジュリアナが口にした言葉。
 エリックもうんうん頷いている。

「これ、後から発動する仕掛けを施して
 あとはバイバイ!でもいいんだけど、
 一番はその目で見て現地で魔法かけることだから。
 会場に入った方が早い。
 オレも行くよ」

「えっでも、エリックは未成年だよな?」

「そこは私の魔法でなんとでも。
 老夫婦にでも扮して二人で入ります。
 ねっエリックさん」

「あっんー、
 まぁ安全に入れるならなんでもいっか。
 ジュリアナに任せるわ」

「……では、そういうことで……」

 ジュリアナが高速で紙にメモをとっていく。
 プランA急襲、プランB脱出、
 その内容……。
 それを眺めながら、
 サイモンが軽く手を挙げる。

「あっあの、多分内部に生贄というか……
 ビッグケットが逃げた時
 代わりになる対戦相手が
 二人はいるはずなんだけど。
 会場に一人、控室にもう一人。
 この人らを一緒に逃がすにはどうしたらいい?」

「じゃあ、会場の方はオレが探して抑えとくよ。
 オレの場合、目視さえ出来れば
 目印タグつけて魔法かけられるから」

「すごい!じゃあ控室の方は……」

「物理的な目印タグをつけよう。
 魔力込めたアイテムを、
 えーとエルフの方に持たせるから、
 控室のその人に渡してあげてくれ」

「了解。
 ……だってよジルベール、頑張れよな」

「ひぃん……やることたくさんある
 ……怖いよぉ」

「今からそんなビビリでどうすんだよ、
 どんなに外見完璧でも
 挙動が怪しかったらアウトだぞ?」

 それぞれが言葉を、意見を交わしあう。
 ジルベールは都度都度
 ビッグケットに通訳していたようだが(ありがたい)……

 とにもかくにも、
 少しでも危険な事を怖がる。
 ったく、こいつ立派に
 替え玉やりきれるんだろうか?

「……よし、じゃあ今から練習しましょう!」
「えっ?」

 そこでジュリアナがぽんと手をうつ。
 小さな手をサイモンとジルベールに差出し、
 静かに笑顔を浮かべた。

「お二人、今から入れ代わりましょう」
「「えっ!?」」

「それで、それぞれの役を演じる練習をしましょう。
 ボロが出そうなら演技指導します。
 それで夕方に備えましょう」
「「…………!!」」

『わー、面白そう!』

 時間差でビッグケットが反応を返してくる。
 先程絶句した後。
 ジルベールはちゃんと黒猫に
 会話の内容を通訳した。
 ビッグケットが猫耳を震わせてにやにやしている。

『私はどっちとも知り合いだからな、
 ちゃんとそれっぽいか判定してやろう』

「そうですね、それは心強いです。
 私はジルベールさんの分を判定しましょう」

 ジルベールの通訳越しに二人が会話する。
 女性二人、うんうんと頷いて。
 ジュリアナは両手を上げた。
 眉間にしわを寄せ、小さく呪文を唱え始める。

「えっ、もう?!もう変えちゃうの!?」

「まぁ練習はした方がいいよ、特にお前心配だし」

「そんな……!」

 ジルベールとサイモンが囁きあうその横で。
 ジュリアナの手が光を帯びている。
 なんらかの魔法反応が起きている!

「……この者らの魂を交換せよ、魂開放エスプリリベラシオン!」

「「!!」」

 …………。……………?

 痛みはない。
 しかし、えっ。

「うわ、位置が変わってる……
 俺がそこにいる…!」

「うわーーっ僕が俺って言ってるー!!
 野蛮ー!!!」

 二人は見事に入れ替わった。
 サイモンの視点だと、
 さっきまでビッグケットの隣に座っていたのに、
 気づけばふっと一瞬で場所が変わり、
 ジュリアナの隣になっている。

 視界に入る腕もサイモンのものではない。
 エルフの普段着ってこんな着心地なのか。
 ふわふわと少し柔らかくて、
 元貴族のジルベールのこだわりが感じられた。 

 一方ジルベール(見た目サイモン)は、
 おろおろしてビッグケットに肩を叩かれている。
 そうだ、二人はケットシー語を通して会話が出来る。
 やっぱり全く知らない人やら、
 ましてやケットシー語を話せない人に
 頼まなくて良かった。

 当然の話だが、
 替え玉は精神的に負担があるのだ。

「え、これ、サイモン君の腕だよ?
 僕本当に入れ替わっちゃったの?
 えーと、サイモン君っぽくってどうすれば……
 えーと……」

『ジルベール、落ち着け。
 サイモンの見た目で情けない顔をするな』

『ううっ、だって……』
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