負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第15話05 大根役者

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 10代の女の子に縋り付く
 年齢3桁のエルフ……
 しっかりしろ。

 ていうか人の身体で
 ビッグケットにベタベタしないでくれ、
 心臓に悪い。

「……これ、事前にテストして良かったね。
 寸前だったらサイモン君が混乱して
 失敗するとこだった」

「そうですね、
 最初にあちらに潜入するのは
 サイモンさんですから、
 それがシャキッとしないことには……」

 中身サイモンが隣のジュリアナと会話する。
 せっかくなのでジルベールを演じた状態で、だ。
 それを聞いた中身ジルベールは、
 べそをかくのをやめて上体を起こした。
 気持ち居丈高な様子で。

「はァン?馬鹿にしてもらっちゃ困るな、
 お、俺にかかれば闇闘技場なんて?
 ちょちょいのちょいだっつの。
 見てろよ、絶対成功させてみせるゼ」

「…………」

 無言の空間が少し生まれた後。

「噛むな」

「男っぽさの表現がオーバーな気がします……
 サイモンさんは今日さっき出会ったばかりですが、
 さすがにそれは挙動不審です」

「いや、マジでさっき会ったばっかのオレでも
 それはないわ」

 サイモン、ジュリアナ、エリック
 それぞれから酷評された。
 中身ジルベールがギュッと胸を掴み、
 眉間をキュッと寄せる。

「難しいよ~!
 僕元々普通にお坊ちゃんなんだよ、
 そんなガラの悪い話し方したことないよ!」

「……いや、俺も元上寄りの中流なんですけど。
 むしろ、ガラ悪くなったのここ数年の話なんだけど。
 ……初めてマトモに『俺』って言うようになったの
 いつだっけなぁ、
 けっこう遅かったんだけどなぁ」

「へぇ、サイモンさんて僕っ子だったんです?」

「僕っ子ってなんだよ、
 子って年じゃないだろ。

 うーん、
 ……12歳くらいまでけっこう普通に
 『僕』だったなぁ、
 なんかみんなが続々オレに変わってくのが
 逆にダサい気がしてさー」

「あー、逆に?
 突っぱねちゃうと変えるタイミング失うよな、
 わかる」

「それで……あっ」

 話が逸れ過ぎた。
 ビッグケットが耳を捻って
 イライラしたようにこちらを見ている。
 こっちでぺらぺら盛り上がってるのに
 ついていけないから御立腹だ。

『……ナ、共通語ワカンナイト大変ダロ。
 早ク覚エヨウナ』

『そんなことより、飯は?
 いつ来るんだ』

 あっ、そっちか。そういや遅いな。
 こないだはあっという間に来たのに。
 なんとなしに厨房を見ると、
 丁度ニコラスが慌ててワゴンに料理を乗せ、
 運んでくるところだった。

「悪い!!
 昼時で厨房がてんやわんやになっちゃって。
 ここのことすっかり後回しになっちまった。
 はい、頼まれてたメニュー!
 冷めてるわけじゃないから食べてくれ!」

 続々料理が置かれていく。
 ビッグケットはそれを見て
 心底嬉しそうな笑顔を浮かべたのち、
 ハッと何か気づいた顔をした。

 隣の中身ジルベールの肩を叩く。
 驚く中身ジルベールの目の前で
 こっそりニコラスを指差す。
 口の前で指を開いたり閉じたり……

 そうか、俺の……サイモンのふりをして
 何か言ってみろとジェスチャーしてるんだ。
 中身ジルベールはそれに気づいて
 一瞬焦った素振りをしたが……
 やがてこほんと咳払いし、ニコラスを見た。

「全く。
 困るぜ、みんなお腹ぺこぺこなんだからさぁ。
 今度から気をつけてくれよなぁ」

「え?あっ、ああ……悪いな……」

 それを聞いたニコラスは
 あれ?という反応。
 訝しげな表情を返した。
 ……失敗。

 中身サイモン他、
 魔法使い二人と黒猫は各々無言で
 あちゃー……というリアクションをした。

 まさか、ジルベールがこんなに大根だったとは。
 いや……演じるっていうのはある意味特殊な動作だ。
 本気で「誰かになりきる」という気概がないと、
 必ずどこかでボロが出る。
 独特の羞恥心があるからだ。
 さてこれをどうやって克服させるか……。

「さ、とりあえずご飯食べよ。
 詳しい話はまたあとで。
 はいみんな食事タイムーっ」

 一方、中身サイモンによる
 ジルベールのフリはそこそこ安定している。
 ジルベールとの付き合いもそれなりの深さだし、
 何よりサイモンには「人を騙す心得」が備わっている。

 それすなわち動揺しないこと。
 堂々としていること。
 ハッタリに欠かせないのは度胸だ。

(……演技指導……
 本当なら時間かけて慣れてもらうのが
 一番なんだろうけど。
 ザクッと完成させるためには
 どうしたらいいんだろ)

 全員でわいわい食事を取りながら。
 中身サイモンはひたすらあれこれ考えていた。
 タイムリミットは今日の夕刻。
 それまでに詳しい作戦を詰めてアイテムを揃えて、
 演技指導も終わらせなければならない。

(……あーーーっめんどくせえええ!!!)










『ご馳走さま!!』

「……すごいな……アレを食べきるなんて……」

 食後。
 例によってチャレンジメニューと
 同量の食事を完食したビッグケットに、
 エリックがドン引きしていた。
 黒猫は言葉が通じないにせよ、
 その表情すら意に介さない。
 満腹まんぷく!と嬉しそうに腹を叩いていた。

「じゃ、お会計サイモン君よろしくね」

 金は中身ジルベールが持っている。
 なので中身サイモンが支払いを促すと、
 ぎこちない笑みを浮かべた中身ジルベールが鞄を漁り、
 なんとか金貨袋を取り出した。

 チャリンチャリン。
 今日は人数もいたおかげで銀貨の支払いだ。
 それを見届け、三つ葉食堂をあとにする。

「まいどあり!また来いよ!」
「ああっ、またな……!」

 ニコラスが手を振っている。
 中身ジルベールはまた鈍い反応を返した。
 店を出てしばらくして……
 ジュリアナと中身サイモンがじとりと彼を睨む。

「なーんかしっくり来ないですね、受け答えが」

「お前はまず“サイモン”って呼ばれるのに
 馴れないとだな」

「うう……頑張ります……
 これ、僕の命にも関わるもんね……
 やるよぉ、やりますよぉ……」

 中身ジルベールは相変わらず
 腑抜けたリアクションだ。
 しかしこれにばかりかまっていられない。
 これから今日の作戦に必要な
 アイテムを集めなくては。

「えーとジュリアナちゃん、
 結局何が必要なんだっけ?
 手分け出来そう?」

「そうですね……
 細かいところは私とエリックさんで話して
 マジックアイテム屋に行きます。
 具体的にはナイフ、仕込み武器、
 肉体移動に必要な術式原料いくつか、あとは……?」

 中身サイモンが
 ジルベールのフリをしつつ尋ねると、
 ジュリアナが答え、隣のエリックを見る。

「あとは全脱出用、
 そして魔法防御を固めるための術式原料、
 オレたちの変装道具だな。
 その辺は素人に説明しても
 わからないだろうからいいよ。

 とりあえず、まず二人の肉体を交換します。
 しました、
 そんでオレたちが集めたアイテム及び
 魔法で現地解除出来るようにします、
 あと万が一相手が強い魔法で反撃してきても
 サイモンさんが即死しないよう色々弄くります。

 最後に最悪ヤバヤバのヤバだったら、
 合図ひとつで全員+生贄枠とやらごと
 逃げ出せるようにします。
 以上!って感じ?

 これを叶えるためのアイテムを、買います。
 馬鹿みたいに高いのは買わないから安心して」

「はい、わかった。
 じゃあ僕達に出来ることはなさそう?」

 エリックの説明を聞いて、中身サイモンが
 ジュリアナに視線を送る。
 小さな魔法使いはふむ、と考える素振りをした後、
 静かに人差し指を上げた。

「とりあえず演技練習を兼ねて
 3人でしばらく一緒に行動してて下さい。
 アイテムが全部集まったら
 準備タイムに入るので」
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