負け犬REVOLUTION 【S】

葦空 翼

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第一章 希望と欲望の街、シャングリラ 前編

第15話06 トレーニング

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「おっけー。
 だってさ、サイモン君。
 僕がみっっっちり演技指導してあげるから、
 楽しみにしててねぇ♥」

 甘い声。
 中身サイモンによる、渾身の優しい笑顔。
 しかし中身ジルベールにとっては、
 死刑宣告のごとき恐ろしさだった。
 思わず口元が引きつる。

「あ、ああ……わかった……」

「じゃあ解散!
 準備が終わったらギルドの鳩を飛ばします、
 とりあえず屋外にいて下さいね」

「わかったー」

 その会話を最後に、
 魔法使い二人はサイモンたちと別れて
 歩き出した。
 また防御が障壁がと魔法の話を始めたが、
 喧嘩しないだろうな……。

 それを見送りつつ、
 中身ジルベールとビッグケットを見る。
 ビッグケットはまるで話がわからないままなので、
 勝手に歩き出した二人を
 ぽかんと見つめていた。

『ホラサイモン君、
 ビッグケットチャンニ説明シテ』

『……ジルベールが
 片言のケットシー語話してるの、
 ウケるな』

『ちょっとー、
 勘弁してよ発音酷いよぉ』

『オ前ハ俺ノフリヲモット頑張レ』

『はい……』

 しおしおする中身ジルベール。
 しかし彼自身の命がかかったミッション、
 嘆いてばかりもいられない。
 すっと視線を上げると、
 隣のビッグケットの肩をパンと叩いた。

『とりあえず、
 二人は今日の準備に必要なマジックアイテムと
 原料を買いに行った。
 俺たちは演技練習兼ねて
 一緒に行動してろって。

 あっちの買い物が終わったら
 ギルドの鳩で連絡するから、
 外にいろって言ってたぞ』

 おお……。

 思わずビッグケット、
 中身サイモン共に感嘆の声を上げる。
 その気になれば出来るじゃんか。
 しかし……

『……これこっ恥ずかしくなぁい?!
 やだなーっ僕のキャラじゃない!!!』

 言い終わった途端、
 両手で顔を覆って身悶え始めた。
 これは……慣れがいるな……。
 とにかく話して話して話しまくるしかない。

 何を相談したわけでもないけど。
 ビッグケットが中身ジルベールの左手を。
 中身サイモンがその右腕を。
 がっしり掴んで歩き出す。

『ヨーシ、
 ジャアチョット外歩イテコヨーカ』

『話し続けるためには何か話題がいるな、
 昔の恥ずかしい話とかどうだ?
 これは絶対誰にも言えない!!って奴を
 ここで披露しようじゃないか』

『えーーっ、
 そればあちゃんとしか暮らしてないビッグケット
 有利すぎないか?!
 こっちがどれだけ生きてると思って……っ』

 あーだこーだ。
 3人でじゃれ合いながら歩いていくのは……
 まぁ、悪い感覚ではなかった。
 ビッグケットがご機嫌で長い尾を揺らし、
 中身サイモンが屈託ない笑顔を浮かべ、
 中身ジルベールは柔らかな表情かおで過去を振り返る。

 結局街をふらつきながら、
 どれくらい話していただろう。

 最終的にビッグケットは
 森で拾い食いして大層下痢した話、
 中身ジルベールは貴族のパーティーで
 男を女と見間違えて惚れかけた話、
 中身サイモンは12歳で大規模な寝小便をしてしまい、
 それを隠そうと奮闘した話を披露し、
 げらげら笑いあった。

 その頃にはそれぞれを演じるのが
 だいぶ板についた気がする。
 ふと見上げると、
 二人からの連絡鳩がこちらに向かってきていた。
 買い物が終わったようだ……

 よし、合流しよう。 












「ほい、領収書」

「そういや金渡さなかったけど、
 どうすんのかと思ったら……
 きっちりしてんなぁ~」

 鳩に導かれ、移動した先。
 サイモン達三人は
 また冒険者ギルドの前まで戻ってきた。
 魔法使い二人が
 戦利品をどっさり抱えて立っている。

 お互い歩み寄ったところで
 エリックが購入品一覧と
 金額が書かれた紙を出してくるので、
 咄嗟に中身ジルベールが応対すると、
 二人は見事に「?!」という顔をした。

「あれ、ジュリアナ、魔法解けてる?」
「いえ、多分……
 中身ジルベールさんのままのはずなんですが……」

 見るからに動揺する二人の様子に、
 ずっと話していたビッグケットと中身サイモンは
 肩を震わせて笑うのを堪えた。
 驚いてる驚いてる。

 しばしの間。
 やがて中身ジルベールはにっこり笑って
 両手を上げた。

「大丈夫、ぼっくでーす!」

「うわーーっ、脅かさないでくれよ!
 なんだ、演技上手くなったじゃん!」

「わぁ、すっかり騙されて焦っちゃいました。
 これなら大丈夫そうですね!」

 エリック、ジュリアナが
 各々笑顔でコメントを返してくる。
 二人共ネタばらしに満足してくれたようだ。

 さて、ここまできたらもう一息。
 細かい準備に入る。
 ジュリアナは全員の顔を見た後、
 中に入りましょう。と
 すぐそばの建物を見た。

「じゃあ、ギルドの二階に上がりましょう。
 二階は旅支度を整えるために
 スペースを借りることが出来るんです。
 サイモンさん、
 また銅貨を1枚払ってもらえますか?」

 先頭を歩く小さな少女が、
 扉を潜りつつ
 ナチュラルに中身ジルベールを振り返る。
 さぁ、中身がわかってこれということは、
 改めて演技の評価をしたいということだ。
 きちんと受け答え出来るか?

 魔法使い二人と中身ジルベールを追って歩きながら、
 中身サイモンとビッグケットが固唾をのんで
 見守る前で。

「ああ、わかった。
 金はどこに払えばいいんだ?
 一階の受付か?」

「はい、受付嬢に一言
 『二階のスペース使います』って言って
 お金を渡すだけです」

「わかった、じゃあ払ってくる」

 中身ジルベールは
 実にナチュラルな様子で歩いていった。
 鞄から袋を出し、受付嬢に話しかけ、
 銅貨を1枚差し出す。
 そして戻ってくる。

 そこでじいっと見つめる他のメンバーの様子に気づき、
 少しぎくりとした顔をするものの……
 照れたような、苦いような表情で上を指さした。

「ほら、急ぐんだろ。
 みんなぼーっと見てないで上へ上がれ」

『ビッグケット、上行くぞ。
 準備のために二階のスペース借りたから』

 ……合格!
 やり取りを見ていた全員が
 明るい笑顔を浮かべる。
 中でもビッグケットはとりわけ妙に嬉しそうだった。
 跳ねるようにダッシュし、
 中身ジルベールの隣に並んだ。
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