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87、一枚の似顔絵
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小皿の中で燃え上がる炎。
私は、その炎が映っているクリストファーさんの瞳を見つめていた。
誓いが書かれた紙は燃えてしまったけれど、そのことがかえって彼に誓いを守らせる制約になるだろう。
この人は他人を欺けても自分自身の心を裏切ることが出来ない人。
天才といわれる芸術の才能やその美貌だけじゃない、その矜持が女性の心を掴むのかも知れない。
そんな魅力が目の前の男性にはある。
「これで俺は貴方以外の女に興味を持つことを禁じられた訳だ。公爵令嬢」
「お嫌でしたら、誓いを破棄すればいいだけです。クリストファー・シュバイツ様」
私のその言葉に天才芸術家は愉快そうに笑った。
「断る。貴方の中に何があるのかを知るまでは、傍を離れるつもりはない」
「でしたら、誓いをお守りください」
クリストファーさんは頷くと、今度は自ら紙を用意してペンを走らせる。
ほんの数分だろうか、鮮やかな指先の動きが作り出したものを私に差し出した。
「これは……」
そこには一人の女性の絵が描かれている。
美しく神秘的な雰囲気の女性だ。
「それがリーディアだ。あの曲のことが知りたいのだろう? なら必要になると思ってな。商人ギルドの商隊に尋ねれば行方が知れるかもしれん、ドルルエ公爵なら可能だろう?」
確かに。
この国中で商売をしている商人達なら、何か情報が分かるかもしれない。
私はクリストファーさんを見つめる。
「……どうして、これを?」
「公爵令嬢、俺は貴方が気に入った。それにあの曲の話を聞いた時の貴方の顔を見れば、男なら誰でも守ってやりたくなる。但しリーディアに迷惑が掛からぬようにしてくれ、あくまでも居場所を探る程度ならその似顔絵を使ってくれて構わない」
私の肩に手を置いて優しくそう言う赤い髪の美女を見ていると、何だか倒錯した気持ちになってくる。
吸い込まれそうなその瞳、そして赤い唇。
女を誘惑して堕落させる魔力を持った美しい堕天使のよう。
私は目をそらして頷いた。
「ありがとうございます。決してリーディアさんには迷惑はかけませんわ」
そして私は少し躊躇いながらも口にした。
「実は殿下がもう暫くしたら東方に行かれるのです。復興事業の為にアシュロード城のレオンハート様にお会いになるとか、私はそれに同行したいと思っています。リーディアさんも東方の部族の出だと伺いましたから、その時にでもリーディアさんの村を訪ねようかと」
私の言葉に一瞬、クリストファーさんとローシェさんの雰囲気が変わった。
その後二人は顔を見合わせる。
「どうかしたのですか?」
「いいや、何でもない。レオンハート・アシュロード、紅の軍神か。……いいだろう、俺も画家として随行させてもらおう」
ローシェさんがクリストファーさんを諫める。
「クリストファー様、いくらなんでも都を離れるのは。それに僭越ですがシャルロッテ様、昨日のダバス司教の件伺いました。殿下がシャルロッテ様をそのような旅に連れていかれるとは思えません」
私はローシェさんの言葉に項垂れた。
そうかもしれない。
伯爵様は考えて下さると言っていたけれど、許して下さらないかもしれない。
「私はどうしても一緒に行きたいんです。リーディアさんのことがあるからではなくて、今はアドニス殿下の傍を離れたくなくて……」
ローシェさんが私の手を握った。
「殿下のお傍にいたいのですね。殿下はシャルロッテ様のことを身を挺して庇われたと聞きます、女であればそこまでして下さったお方の傍を離れたくないのは当然でしょう」
それだけではないけれど、どうしてもアドニスとアシュロード辺境伯のことが気がかりでしょうがない。
私の考えすぎだとは思うのだけれど……。
ローシェさんが言うように怯えているのだろうか?
私がアドニスの傍を離れたくないのかも。
ダバス司教に剣を振り上げられた時、その凍り付くような恐怖を思い出す。
そんな私の前に自分の身を顧みず飛び込んできてくれたアドニス。
あの時の光景は忘れることが出来ない。
頬に触れたアドニスの唇。
体が熱く燃え上がって、溶けていくような感覚。
(只の私の我儘なのかしら……アドニスに迷惑をかけているの?)
クリストファーさんは笑みを浮かべると言った。
「面白い、東方には独自の文化がある。リーディアから聞いて一度行ってみたいと思ってはいた、俺が協力をしてやろう。殿下やエルヴィンが屋敷に来ていると聞いたが?」
私は頷いた。
「ええ、今お父様と復興事業について話をしています。でも何をなさるつもりですか?」
私は、その炎が映っているクリストファーさんの瞳を見つめていた。
誓いが書かれた紙は燃えてしまったけれど、そのことがかえって彼に誓いを守らせる制約になるだろう。
この人は他人を欺けても自分自身の心を裏切ることが出来ない人。
天才といわれる芸術の才能やその美貌だけじゃない、その矜持が女性の心を掴むのかも知れない。
そんな魅力が目の前の男性にはある。
「これで俺は貴方以外の女に興味を持つことを禁じられた訳だ。公爵令嬢」
「お嫌でしたら、誓いを破棄すればいいだけです。クリストファー・シュバイツ様」
私のその言葉に天才芸術家は愉快そうに笑った。
「断る。貴方の中に何があるのかを知るまでは、傍を離れるつもりはない」
「でしたら、誓いをお守りください」
クリストファーさんは頷くと、今度は自ら紙を用意してペンを走らせる。
ほんの数分だろうか、鮮やかな指先の動きが作り出したものを私に差し出した。
「これは……」
そこには一人の女性の絵が描かれている。
美しく神秘的な雰囲気の女性だ。
「それがリーディアだ。あの曲のことが知りたいのだろう? なら必要になると思ってな。商人ギルドの商隊に尋ねれば行方が知れるかもしれん、ドルルエ公爵なら可能だろう?」
確かに。
この国中で商売をしている商人達なら、何か情報が分かるかもしれない。
私はクリストファーさんを見つめる。
「……どうして、これを?」
「公爵令嬢、俺は貴方が気に入った。それにあの曲の話を聞いた時の貴方の顔を見れば、男なら誰でも守ってやりたくなる。但しリーディアに迷惑が掛からぬようにしてくれ、あくまでも居場所を探る程度ならその似顔絵を使ってくれて構わない」
私の肩に手を置いて優しくそう言う赤い髪の美女を見ていると、何だか倒錯した気持ちになってくる。
吸い込まれそうなその瞳、そして赤い唇。
女を誘惑して堕落させる魔力を持った美しい堕天使のよう。
私は目をそらして頷いた。
「ありがとうございます。決してリーディアさんには迷惑はかけませんわ」
そして私は少し躊躇いながらも口にした。
「実は殿下がもう暫くしたら東方に行かれるのです。復興事業の為にアシュロード城のレオンハート様にお会いになるとか、私はそれに同行したいと思っています。リーディアさんも東方の部族の出だと伺いましたから、その時にでもリーディアさんの村を訪ねようかと」
私の言葉に一瞬、クリストファーさんとローシェさんの雰囲気が変わった。
その後二人は顔を見合わせる。
「どうかしたのですか?」
「いいや、何でもない。レオンハート・アシュロード、紅の軍神か。……いいだろう、俺も画家として随行させてもらおう」
ローシェさんがクリストファーさんを諫める。
「クリストファー様、いくらなんでも都を離れるのは。それに僭越ですがシャルロッテ様、昨日のダバス司教の件伺いました。殿下がシャルロッテ様をそのような旅に連れていかれるとは思えません」
私はローシェさんの言葉に項垂れた。
そうかもしれない。
伯爵様は考えて下さると言っていたけれど、許して下さらないかもしれない。
「私はどうしても一緒に行きたいんです。リーディアさんのことがあるからではなくて、今はアドニス殿下の傍を離れたくなくて……」
ローシェさんが私の手を握った。
「殿下のお傍にいたいのですね。殿下はシャルロッテ様のことを身を挺して庇われたと聞きます、女であればそこまでして下さったお方の傍を離れたくないのは当然でしょう」
それだけではないけれど、どうしてもアドニスとアシュロード辺境伯のことが気がかりでしょうがない。
私の考えすぎだとは思うのだけれど……。
ローシェさんが言うように怯えているのだろうか?
私がアドニスの傍を離れたくないのかも。
ダバス司教に剣を振り上げられた時、その凍り付くような恐怖を思い出す。
そんな私の前に自分の身を顧みず飛び込んできてくれたアドニス。
あの時の光景は忘れることが出来ない。
頬に触れたアドニスの唇。
体が熱く燃え上がって、溶けていくような感覚。
(只の私の我儘なのかしら……アドニスに迷惑をかけているの?)
クリストファーさんは笑みを浮かべると言った。
「面白い、東方には独自の文化がある。リーディアから聞いて一度行ってみたいと思ってはいた、俺が協力をしてやろう。殿下やエルヴィンが屋敷に来ていると聞いたが?」
私は頷いた。
「ええ、今お父様と復興事業について話をしています。でも何をなさるつもりですか?」
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