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112、街道にて

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宮殿の中で、レオナール王子がファーゼンフェルドと密談をしている頃、そうとも知らずに私はアドニス率いる一個師団と一緒に王都から東方へ向かっての移動を始めていた。

お父様の勧めで、私は栗毛色の綺麗な馬に騎乗してアドニスと伯爵様の傍にいる。
お父様って、根っからの商売人だからきっと私がアドニスの傍にいることをアピールさせたいんだよね。
こういうところは、やっぱり抜け目がない。

私は少し恥ずかしかったけれど、教会に避難している人たちが王宮の外で私やアドニスを見送ってくれるだろうって聞いて、そうすることにした。
アドニスも、お父様の提案に苦笑はしていたけど構わないと言ってくれたから。

まだ婚約前だからそんなことをしてもいいのか迷ったけれど、式典で王妃様が私を傍に置いて下さったことで、実質私とアドニスの関係は認められたのだとお父様は言っていた。

確かに王妃様は怒らせたら怖いもの。
進んでその意向に逆らう人なんて少ないよね。

とても頼もしくて、綺麗で素敵な方なんだけど、義母様になったら色々比べられて落ち込みそう。
私と違って、まさに貴婦人って感じだもん。

あれからも乗馬の練習は続けておいて良かった。
私の傍ではアレンさんたちが、しっかりと護衛をしてくれている。
実際に全軍の指揮をとるのはアドニスと伯爵様。
二人の姿はとても凛々しい。

街道に見物に出てきている人々(特に女の人たち)からは溜め息にも似た歓声が上がっている。
その声があまりにも凄いから、私は少しジト目になってアドニスを見つめた。

(やっぱりアドニスって王太子様なんだよね)

こういう時の姿って、一層素敵に見える。
輝くような銀色の髪、そして端正な横顔。

私の少し前を白馬に騎乗して進むアドニスの背中を見て私は少し頬を染めた。
唇にはまだアドニスの感触が残っている。
あの時、しっかりと合わせた両手の指先にも。
王宮出て聖ファリアンネ教会への街道を進むと、教会に避難をしている人たちがこちらに向かって手を振っている。

「アドニス殿下、万歳!」

「おい、シャルロッテ様もいらっしゃるぞ!」

「ああ、良くお似合いじゃないか。いずれお二人はこの国の国王陛下と王妃陛下になられるんだ」

「嬉しいねえ。私達の為に頭を下げて下さった殿下と、あの奇跡の聖女様が結ばれるなんて」

あの後も何度か教会には訪れていたから、私も顔見知りになった人たちが多い。
私は手綱を右手でしっかりと握りしめながら左手を、小さく振る。
あんまり大げさにしたら、アドニスにまた怒られそうだもの。

いきなりは無理だけど、少しはアドニスに相応しい女性にならないと。
私が手を振るのを見て、一斉に声が上がる。

「シャルロッテ様! どうかお気をつけて!」

「何言ってるんだい! アドニス殿下が傍でお守りになられるんだ、何の心配もありゃしないよ。それよりも、あたしゃあ早くお二人のお子が見たいねえ」

「そりゃあ、気が早いよ。まだ婚約式も終わってないんだから」

「「「はは、そりゃそうだな」」」

(こ! 子供なんて……気が早いよ)

陽気な笑い声が見送りの一団に響いていく。
伯爵様が少し私に馬を寄せて微笑んだ。

「都の民の間では、シャルロッテ様の噂がすっかり広がっていますからね。何でもシャルロッテ様が題材になった歌劇が、町の酒場で人気だとか」

「そうなんですか?」

私は伯爵様に尋ねる。
美しい青い瞳の貴公子は優しく笑う。

「ええ、一度私も観に行きたいものです。民はシャルロッテ様が王太子妃になることを望んでいます。お二人の間に生まれた子はきっと皆に祝福されるでしょう」

「は、伯爵様まで!」

私はもう一度、アドニスの背中を見た。

(どうなっちゃうのかな……だって唇が触れただけであんな風になるんだもん)

伯爵様が不思議そうに私の顔を覗き込む。

「どうされたんですかシャルロッテ様、そんなに真っ赤になって」

「な! 何でもありません伯爵様」

その様子に気が付いたのか、アドニスが少し馬の歩みを遅らせて私の傍にやってくる。
そして、口を開いた。

「民が見ている。だらしのない顔をするなシャルロッテ」

「そんな顔してません! アドニスの意地悪……」

私は少し頬を膨らませてアドニスを見る。
でも、その横顔を見ていたら幸せな気持ちになった。
もしこの人との間に子供が出来たら、どんなに嬉しいだろう。
自分に子供が出来る何て、今日まで考えたこともなかった。

まだずっと先の事だろうけど……もし、そんな幸せな日々が待ってるとしたら。
私はアドニスを見る。
秘密を打ち明けた後も、アドニスは変わらずに私を愛してくれるって言ってくれた。

(アドニス……)

もちろん、私の話が突拍子が無さ過ぎて、どこまで伝わってるのかは分からないけど。
でも何も言わずに、私の全てを受け入れてくれるように抱きしめてくれたアドニスの態度が嬉しかった。
ずっと一人で抱え込んでいた不安が、溶けるようになくなっていくのを感じたから。

アドニスが馬を寄せて、そっと私の手の上にアドニスの手を重ねる。

「心配するな、お前のことは俺が守る。いつでも、誰からであってもな」

「は、はい……」

私は自分の顔が真っ赤になるのを感じた。
それを見て、人々から歓声が上がる。

「見たかい? こりゃあ、あたしたちの心配何て必要ないさ。あれだけ仲がよろしいんだもの」

「早く見たいねぇ。王太子殿下と王太子妃になられたシャルロッテ様のお姿を」

「アドニス殿下行ってらっしゃいませ! 未来の王太子妃様、万歳!」

その声は街道に並ぶ人々の間に、さざ波のように広がっていく。
私はその声が嬉しくて、愛する人の指先の感触を自分の手に感じながらアドニスを見つめていた。
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