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終わりは突然に ~後編~
しおりを挟む「夫人の部屋も、衣装、靴、アクセサリーとか小物も、全て自分の物だとおっしゃって。.....わたくしを身一つで、ここに押し込めたのは妾様です。わたくしは彼女の望むようにしただけ。貴方が何を仰っているのか、全く分かりません」
半ば自ら従った。あのヒステリックな女性を相手にするのがシェヘラザードは面倒だったのだ。
好きにしたら良いと投げ出したのだから、放棄したというのもあながち間違いではない。
そう話す彼女の言葉を唖然と聞き、ジルベールは初耳なことばかりで狼狽える。
そしてふと思い当たることを脳裏に過らせた。
しばらく前、子供が一歳となり、母屋に引き取って教育を始めるという話を彼は妾にする。だがそれに妾は、酷い反発を示した。
我が子を奪われてなるものかと。そうやって、この子を正妻の子にするつもりだろう。自分が産んだ子供を全部取り上げるつもりなんだ、と。
.....今思えば。あれが原因かもしれないな。
さすがにそこまで考えていなかったジルベールだが、後ろ楯となる育ての親が高位貴族であれば頼もしい。
男爵家育ちな妾より伯爵家育ちの妻の方が、子供を育てるのに適していた。
そう妾に伝え、シェヘラザードにも頼んでおこうと思った矢先に、執事からもたらされた一報。
シェヘラザードが離れに移って閉じ籠ってしまったと。妻同士で話し合った結果、彼女が全てを放棄して母屋から出ていってしまったと。
寝耳に水な妻達の暴挙。
それを咎めようと思ったジルベールを妾が止めた。
『良いではないですか。身の程を弁えられたのでしょう? 跡取りの生母たる私の方が、この邸の夫人に相応しいと』
ふふんっと鼻をならしてソファーに座る妾は、シェヘラザードのアクセサリーなどを身につけ御満悦だ。
『.....それらは彼女の物。さっさと外して仕舞いなさい』
『この邸の夫人の物ですわ。この部屋も、持ち物全て私の物です』
『君とシェヘラザードでは体型もサイズも違う。ブローチや髪飾りとかはともかく、指輪や靴なんて使えないだろう?』
妾は豊満で色気のある肉体美を持つ。逆にシェヘラザードは、揺れる柳のようにたおやかな体つきだ。
足や身体はもちろん、指や首すらサイズが違いすぎている。
そう言われた妾は、鬼もかくやな顔つきで眼を剥いた。そして扇で口許をおおいつつ、呪詛のごとき低い声で吐き捨てる。
『無責任に妻の座を放棄したのです。何一つくれてやる義理はありませんことよっ!』
『.....そうか』
女の悋気に勝てる男はいない。
こういう問題はデリケートだ。ジルベールがどちらを優遇したかで、また再燃する。難儀な話だった。
双方、今は感情的になっている。仲裁は、もう少し落ち着いてからの方が良いかとジルベールは静観の構えに入った。
だが彼は、すぐにそれを後悔するはめとなる。
男爵家の娘でしかない妾は、高位貴族の社交を知らず、まともに家を回せなかったのだ。
仕事の殆どを家令に押し付け、これまで触れてこられなかった華やかな社交にしか興味を示さない。
その社交も付け焼き刃なおざなりで、シェヘラザードの代行として行ったはいいが、招いてくれた家に迷惑をかけて終わる始末。
『妾であれば多くは望まなかった。我が子の母親であってくれれば良かったのに。そなたが妻でありたいと願うのなら、シェヘラザードに劣らぬ程度は学べ。それまで社交はまかりならん』
これは不味いと、ジルベールは妾に家庭教師をつけて一から礼儀作法を学ばせることにした。
妾はヒステリックに暴れているらしいが、家庭教師から合格をもらわずば、一切の社交にかかわらせないと彼が断言したため、泣く泣く真面目にやっているようだった。
ジルベールにとって、妻とは共に家を盛り立てるためのパートナーだ。シェヘラザードは、過不足なく妻として働いてくれた。
これが妾と交代したところで、彼の求めることは同じ。少なくともシェヘラザードと同水準はこなしてもらわねば困る。
.....夫人とは職業だ。役割を全う出来ない者に与える名ではない。妻をシェヘラザードに。母親を妾にやって欲しくて役割分担をしていたのに。.....どうして、こうなったんだか。
大仰に落胆するジルベール。
それもこれも、女同士の争いで職務を放棄したシェヘラザードのせいだと彼は憤慨する。
.....が、離れにやってきて久しぶりに彼女と話してみれば、妾から聞いていた説明と全く違った。なんてこった。
これまでが順調過ぎたため、いきなり起きたトラブルにジルベールは面食らう。どうしたら良いのか本気で分からない。
.....シェラに子供さえ出来ていたら。あんな妾を囲わなくて良かったのに。
自ら選んだ下級貴族の娘なことは棚に上げ奉りつつも、彼は一方的に妾がシェヘラザードを敵視していると理解する。
理解したからといって、どうなるわけでもないのだが。シェヘラザードが正妻の座にいる限り、妾の悋気は続くのだろう。
すでに嫡男を産んだ女だ。今さら別の女にすげ替えるわけにもゆかず、己の見る目の無さを心から呪うジルベール。
「.....すまなかった。そんな女とは思わずに。控えめで優しい娘だったんだよ。遠慮がちで、贅沢も知らなくて。あれなら良い母親になると。私の見込み違いだったな」
さも当たり前のように呟く旦那様を一瞥し、シェヘラザードは細い溜め息をつく。
この国は徹底した選民思想だ。それも、かなり男性優位な。
女性に法的権利はなく、結婚するまでは父親の。結婚したらしたで、夫の庇護を必要とする。
身分ある女性が働くなど言語道断。それくらいなら父親や夫に尽くすのが当然だという風潮。
子供の中でも女子の扱いは特に酷く、習い事や結婚も全て父親の思うがまま。
こうして夫人となったシェヘラザードも家で何も教わっていなかったため、ジルベールとの婚約が決まってから領主夫人の教育を受けたのだ。
婚約期間の五年間が、丸っと夫人教育だったといっても過言ではない。
.....それを、いきなりやれと言われて、やれるわけがないではありませんか。妾様も、お気の毒に。
悋気を起こして暴れたのは何だが、それでもシェヘラザードは妾を憎めなかった。
子供を奪われそうな恐怖や、その生母としての矜持。子供のためにも、この邸を掌握しておきたいという気持ちは、同じ女として痛いほど理解出来る。
ジルベールが言ったことも間違いではないのだろう。謙虚で控えめだった娘。それに贅沢を教え、権力を与えたのは彼だ。
そういった知識に疎く、親の言いなりに育った彼女が、次々与えられる恩恵でにわかな万能感に酔ったのも頷ける。
金や権力は人を変えるという分かりやすい例だ。貧しい下級貴族の娘には、とんでもない毒だったに違いない。
そんな今の妾につける薬を、シェヘラザードは思いつくことが出来なかった。
.....ここまで拗れてしまっては修復も不可能よね。
幸いというか、シェヘラザードとジルベールは政略結婚だ。お互いに愛だの恋だのという情はない。
良いパートナーではあったが、ただそれだけ。
婚約から今まで十年。短くもないが、そんなに長くもない関係を、彼女は終わらせるこにとする。
割りきれとシェヘラザードに宣ったジルベール。貴族としての教育で、そういった取捨選択に長けている彼女は、御互いの関係を精算しようと考えた。
想定外な方に振り切る決心を妻が固めていたとも知らず、ジルベールは未だに何かを呟いている。
後の祭りという言葉を、後に知る彼だった。
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