職業? 悪役令嬢です♪

美袋和仁

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 スカーレットの場合 ~後編~

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「先月の新年舞踏会。わたくしをエスコートしておきながら、ファーストダンスを子爵令嬢と踊られて。陛下と父侯爵の顔は御覧になりまして? 王妃様も。あの時点で終わっておりましたのよ。本来は」

 .....何の話だ?

 言葉にせずとも分かる皇太子の心情。

 こう、腹芸の一つも出来ず、チャラくて八方美人。成績はそれなりなれど、情に流されやすく考えが浅い皇太子。

 その補佐としてスカーレットが婚約者になったのだが、本人は、その意味も理解しておるまい。
 下級貴族からは気さくで話術巧みな好男子に見えているようだが、上級貴族からは浅慮で能無しな皇太子と煙たがられていた。
 然もありなん。国を司り国王を支える重臣達からみれば頼りないことこの上ない。
 スカーレットが傍らに立つからこそ、今まで彼は皇太子でいられたのだ。それが無くば優秀な弟王子達がてぐすねひいて皇太子の座を狙うだろう。

「ファーストダンスの意味を御存じないとは言わせませんわ。子爵令嬢と踊られた以上、周囲はそう見るのです。ですが、どうしてもと国王夫妻が仰るので、決定打があるまではと、見送っていただけですのよ」

 ファーストダンスの意味は《最愛》つまり、皇太子は子爵令嬢を新たな恋人として貴族らに披露したことになるわけだ。

 これに激怒したのは父侯爵。ついで驚愕に言葉もないのは国王陛下。王妃様にいたっては失神寸前。
 どうしたものかと眼をすがめるスカーレットを楽しげに眺め、皇太子は御満悦にしていた。
 彼が暗黙の了解を知らぬ筈はない。ただ、それらを軽んじておられただけ。王子であり皇太子である自分なら許されるとでも思っていたのだろう。

 社交界はそんなに甘くはないのに。

 身分だけで何でも歪められるのなら法など必要はない。中には意味の無いものもあるが、しきたりにはそれなりの意味があるのだ。無遠慮に踏みつければ奈落の底へ真っ逆さまである。
 それを新年舞踏会という社交場で盛大にやらかした。貴族全体に泥を投げつけたも同然。

 上級貴族全てを敵に回したと言っても過言ではない。

 激怒する御父様に、国王夫妻は土下座する勢いで謝罪した。そして次のやらかしがあれば諦めると約束したのである。
 皇太子を静観する条件で、スカーレットはそれを了承した。

 .....まあ、やらかすだろうとは思っていたけど、存外早かったわね。

 皇太子は真っ青な顔で俯き、微動だにしない。

 それを訝しげに見つめながら、子爵令嬢はスカーレットを見た。本当にわけが分からないと言う顔で。

「パーキンソン子爵令嬢。貴女は二年になりました。つまり、それなりの礼儀と作法は身に付けているはず。無知な平民のように知らぬ存ぜぬは通用しないのです。もし、本当に理解しておらぬのならば..... 再び一年生からやり直していただかなくてはなりませんよ?」

 スカーレットの言葉に子爵令嬢の顔も真っ青に染まる。
 あれだけ教師らが四苦八苦しながら進級まで漕ぎ着けたのに、喉元過ぎればなのか。彼女は無知をひけらかし皇太子の同情をひいていたようだ。

「皇太子様も。子爵令嬢の言葉を鵜呑みにした時点で上に立つ者としては失格です。貴方の背負う皇太子の看板は御飾りではありません。一挙一動を未来の臣下たる生徒らが見ているのです。全ての言動行動に責任が付きまといます。その自覚すらなかったとは..... 嘆かわしい」

「そんな大袈裟な.... たかが学生同士のいざこざだろう?」

 へらっと笑う皇太子に、スカーレットは首を振った。

「ならば何故、貴方様はそんな顔をしておられるのですか? 自覚がおありなのでしょう?」

 皇太子の顔は蒼を通り越して真っ白である。

 .....どうしてこうなった? 自分はただ、スカーレットに関心を持って欲しかっただけなのに。

 美しく才女と名高い彼女は、皇太子の婚約者となっても全く変わらなかった。
 しっとりとした佇まいで、静かに微笑むだけ。
 媚も煽てもせず、傍らに添う彼女から関心を引き出したかった。贈り物もした。甘い言葉も囁いた。しかしスカーレットは鉄壁な淑女の仮面で軽くいなすだけだった。

 しかし、ある時気づいたのだ。

 皇太子が他の女生徒と親しくしている時だけ、スカーレットの仮面が傾ぐのを。

 .....嫉妬? 彼女が?

 それに気づいてからは有頂天になった皇太子。

 わざと婚約者として蔑ろにし、いずれスカーレットから叱責か泣き言が入るのを心待ちにした数ヶ月。
 新年舞踏会のファーストダンスを子爵令嬢と踊った時の彼女の顔はあからさまに歪み、堪らなく可愛かった。
 それを見たくて、何度もパーキンソン子爵令嬢と踊り、とうとう彼女が子爵令嬢を叱責している姿を目撃する。

 思わず破顔していた過去の自分を殴り飛ばしたい。

 あの頃にはもう、スカーレットに愛想をつかされていたのだろう。

 今になって、ようやく理解した。

 スカーレットは皇太子の事を何とも思っていなかったのだと。

 愛情もないのに嫉妬があるわけはない。公人として愚かな自分を、スカーレットが蔑んでいただけに過ぎなかったのだろう。

 完全に瓦解した足元を見据え、皇太子は力無くその場に崩折れた。その横には労るように子爵令嬢が寄り添っている。

 .....あら? 瓢箪から駒かしら?

 徹底的に王太子をやり込め、思いもよらぬ光景を目にしたスカーレットは、ほーんと眼を細めた。

 そして後日行われた婚約解消。

 意気消沈した皇太子は地位を辞し、一介の王子に戻る。そして何と、パーキンソン子爵へ婿入りを決めた。

 子爵令嬢は地位も身分も関係なく、皇太子を慕っていたらしい。今回の不始末から立場の無くなった彼を励まし、陰日向なく支え、絆された王子が決断をする。
 娶るのならば身分差が仇になるが、婿入りならその範囲ではない。
 さらに、二人を見守っていた国王夫妻からも祝福を受け、王子は伯爵位と領地を賜り、子爵家に婿入りした。
 パーキンソン子爵は引退してパーキンソン伯爵となった彼がサーシャ嬢と共に新たな領地で生活する事となる。

 この裏ではスカーレットが暗躍し、身分差に渋る国王夫妻や重鎮らを説得に回っていたことを当事者らは知らない。

「王子が幸せになれるかどうかの瀬戸際ですのよ。あのまま落ちぶれたら寝覚めが悪いじゃありませんか」

 被害者であるはずのスカーレットから言われては、無視も反論も出来ない。
 しばし傍観していた国王夫妻ではあるが、能力に見合わない地位が皇太子の不幸であった事を覚り、さらには穏やかな二人の付き合いが幸せそうなのを認め、王子が降家するに相応しい身分と領地を与えることを条件に二人の婚姻を許可した。



「終わり良ければ全てよしよね」

 いつもの東屋でお茶をしながら、スカーレットは小さな袋を持ち上げる。

 あの後、彼女はサーシャ嬢に声をかけた。



『貴女はひょっとして本当に皇太子様を慕っていらっしゃるの?』

『当たり前ですっ! 結婚は愛する人とするべきでしょう??』

 恨みがましく見上げられた瞳には、確固たる光が揺らめいている。両親が恋愛結婚という背景からか、サーシャには平民思考の強さが伺えた。
 しばし思案し、スカーレットは念のために確認する。

『皇太子ではなくなると思うし、身分差から婚姻も難しいとは思うけど..... 強いて言うなら、子爵家に婿入り出来る程度かしら。それでも宜しくて?』

『....雲の上の方です。期待なんかしてません。それでも優しくて、情の深いあの方が好きなんです。身分なんて関係ありません』

 ポツポツと呟くサーシャに、スカーレットの眼が艶やかな弧を描く。

 .....あらあら。可愛らしい事。物知らずではあるけど、自分知らずではないのね。

『ならば協力出来るかもしれないわ。些か金子が必要だけど』

 ほくそ笑むスカーレットの魅惑的な顔に、サーシャは微かに光る希望を見出だしていた。

 そしてスカーレットの暗躍により、二人の婚姻は許される。

 式はサーシャが卒業してからになるが、あらたな領地の経営や、新居の準備など大忙しらしい。
 王子は今期卒業なので、共に歩み出す二人の背中は微笑ましかった。

 .....そして、わたくしにも見返りはあったしね。

 スカーレットはサーシャから受け取った小袋を逆さにして中身を確認する。

 彼女は蕩けそうな笑顔で七枚の金貨を見つめた。そんな彼女の背後から、誰かが呆れたかのように声をかける。

「今回は幾らになった?」

「国王夫妻から慰謝料で金貨千五百枚。サーシャ嬢からは七枚よ」

「七枚くらいマケてやれよ」

「いやよ。わたくし、お金が大好きだもの」

 やや低いテノールな声。振り向かなくても誰だか分かるスカーレット。

 伯爵令息キャスバルは自分のお茶を片手に、スカーレットの前へ座った。
 前回の依頼で本性を知られている相手だ。スカーレットの猫も、ところどころ散歩に出ている。

「皇太子と婚約とか。らしくないと思っていたんだが、公費目当てか?」

「それもあるけど、むしろ就職かしら。妃となって皇太子を補佐する代わりに、国王夫妻が毎月ポケットマネーから金貨百枚の御給金くれる予定だったの」

 赤裸々な内部事情に、キャスバルは噴き出しかけたお茶を無理矢理飲み込んだ。
 しばし噎せながら彼は涙目でスカーレットを見つめる。

「月百枚の金貨で君を雇えるのかい?」

「妃の身分に公費つきよ?」

「ああ、なるほど。並大抵では出せない金額だな」

「また就職先探さなくちゃ」

「..........そうだな」

 優美な物腰で物憂げに佇むスカーレット。万人を誑かせる美貌の彼女だが、その絶品な憂い顔の中身が、金子で一杯な事は誰も知らない。目の前の御仁以外は。
 婚姻先を就職先と言って憚らない彼女の頭の中では、今日も金貨を積んで算盤が弾かれる。

 知る人ぞ知る、悪役令嬢スカーレット。

 彼女にとっては自分の婚約解消すら金貨のタネだった♪
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