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キャスバルの場合 ~前編~
しおりを挟む「君の人生は幾らで買える?」
何時ものガゼボで紅茶を嗜んでいたスカーレットの前には必死の形相な伯爵令息。
メイドに出された御茶にも手をつけず、彼は落ち着かさなげに、しきりと両手の指先を絡めていた。
「いったい、どうなさいましたの?」
おっとり首を傾げるスカーレットに、キャスバルは明らかな焦燥感を漂わせつつ淡々と説明する。
話は先月。王宮からローゼンタール伯爵家に縁談が申し込まれたらしい。
御相手は第二王女殿下。御年二十歳になられるお方で、少々性格に難があり他国に嫁がせるわけにはいかないとの評判な姫君である。
結果、国内で結婚相手を探そうとしたが、高飛車な癇癪持ちと評判の姫君の噂は国内でこそ有名だ。名乗りを上げる者はおろか、打診にすら難色を示され、王女殿下の婚姻は窮を極めた。
王族とて二番目三番目ともなれば、いくらか教育が疎かになる。ましてや蝶よ花よと育てられたお姫様だ。その増長も手伝い、手のつけられない暴れん坊との噂はスカーレットも耳にしていた。
というか、スカーレットは第二王女と面識がほぼ無い。年齢が五つも離れているし、彼女が失態を犯すのを恐れ、王宮側が社交にも出さないからだ。
なので正直、噂でしか知らない王女殿下を語る口をスカーレットは持ち合わせていないのである。
「父上が陞爵につられて婚約の打診を受け入れてしまったんだ..... 王女殿下が降嫁なさるなら、当然我が家の家格もあがる。そこで、国王陛下が侯爵を飛ばして公爵を授けると仰ったらしくて.....」
絶望的な顔で俯くキャスバル。
.....なるほど。それなら飛び付く貴族もあるわよね。
得心顔のスカーレット。
これはいよいよ王宮も焦っているのだなあと納得する。
王国貴族でも学園卒業前には婚約し、二十歳前後で結婚するものだ。
なので大抵の学生には婚約者がおり、いまさらキャスバルの割り込める隙はない。長くナーシャに片恋していた彼は誠実で、その間、女の影を微塵も感じさせなかった。
それが禍し、今回の事態にいたったのだろう。婚約者もなく、年回りも悪くない貴族男性。今期卒業のキャスバルに王宮が眼をつけたのも当然といえば当然だ。
これを成功させるため破格の陞爵を餌にして周りから取り込み、本人をがんじがらめにするつもりなのが見て取れる。
.....ある意味、正攻法ですわね。
憔悴気味なキャスバルを静かに見つめ、スカーレットは物憂げに呟いた。
「第二王女殿下には良い噂を聞きません。でも、耳に入るのは噂のみです。キャスバル様御自身は殿下に逢われた事がございまして?」
「.....いや。逢いたくもないが」
.....身も蓋もないわね。
嫌そうな顔を隠しもしないキャスバルに、スカーレットは軽く嘆息してから口元の扇をたたむ。
「ならば、一度御逢いしてみてはいかがでしょう? 王女殿下の人となりを理解してからでも遅くはないのではなくて?」
噂話ばかりが駆け巡り、王女殿下そのものを知らない者が多い。そんな曖昧なモノに踊らされているキャスバルが、スカーレットの眼には微笑ましく映った。
「殿方は、こういった事に疎くておられますものね。噂は真実とは限りませんのよ? 悪意が込められれば、正当な要求も我が儘三昧という表現にすりかわりますの」
少し遠い目で空を見上げるスカーレット。
憧憬の浮かぶその眼差しに、キャスバルは微かな胸のざわめきを感じた。
「君にも、そんな覚えが?」
「どうでしょう? 昔の事は忘れましたわ」
ふくりと眼に弧を描き、スカーレットはキャスバルを置いてガゼボをあとにする。
それを見送りつつ、キャスバルはスカーレットの提案を脳裏で反芻した。
言われてみればその通りである。噂話ばかりで、王女殿下の人となりを決めつけていた気がする。
実際に御目にかかってみようか。
気は乗らないが、彼女の言うように確かめてからでも遅くはない。
胡乱げな眼差しでガゼボをあとにしたキャスバルは、数日もたたぬうちに再びスカーレットの前に現れた。
「.....お疲れのようで」
「ああ、疲れたな。相談した手前、結果報告だ。.....噂の遥か上をゆく御仁だったよ」
はあっと溜め息をつき、キャスバルは恨めしげにスカーレットを見上げた。
.....あらぁ。まあ、そういうお方という事ですのね。
てふてふのように眼を泳がせ、スカーレットはメイドに甘い物を用意させる。
「疲れには糖分ですわ。わたくしの奢りです」
彼女が守銭奴で銭ゲバな事を知るキャスバルは、その言い回しに好感を持った。自腹を切る程度には良心の呵責を感じているのだなと。
「これは私の問題なのでな。.....だから、あらためて問おう。君の人生は幾らで買える?」
「.....御話は読めておりますが。元王太子様の婚約者でしてよ? 世間では傷物令嬢と呼ばれております。外聞が悪いのではなくて?」
「それを軽く凌駕する才覚で、未だに求婚者が引く手あまたとも聞く。それ相応な報酬は約束しよう。君以外では父を納得させられない」
.....確かに。
スカーレットは胡乱げな眼差しで宙を見る。
キャスバルの言うとおり、金策や投資に明け暮れるスカーレットを、世間様では稀代の才女と呼んでいた。
女だてらに金儲けなど恥知らずだと宣う者も少なくはないが、それに困窮している貴族らの間では垂涎の的ともなっている。
領地経営や投資などは当主の仕事だ。それも下に人を置いてやらせるもので、直接関わるのは下品とされる上流階級。
如何に才能ある者を見つけ出して配下とするか。その技量が貴族の本領であり、その家を盛りたてる唯一の方法。
あくせく走り回って働くなどあってはならない。貴人は優美におっとりと指示を出すだけ。
それを正しく確実に行うのは下々がやるべきで、出来なければ、その下々の者が悪い。
そういった前時代的な風習の抜けていない、この世界。
それでも時代は動く。人様の揉め事に絡み、何かにつけ問題の渦中にいるスカーレットは、口さがない者から悪役令嬢と呼ばれていた。上手いことを言うと、スカーレット自身も思う。
だが、それらで稼いだ金子を使って手広く行う彼女の事業。
傾きかけた店を買い取り復活させ、浮浪者や孤児などの貧民を雇い入れ、スカーレット本人が経営する店舗は王都でも有名だった。
最低辺の従業員に良い顔をしない者もいるが、スカーレットはしれっと嘯く。
『人件費の節約ですわ。この者達なら払う御給金が、とても少なく済みますのよ?』
この答えに、なるほどと納得する周りの人々。
だが裏を見れば、従業員の衣食住はスカーレット持ちだし、病気の者は医者にかからせ、読み書き計算の出来ない者を学ばせるための教師すら雇っていた。
しかもその授業は青空教室。
店舗裏の空き地を解放して作り付けのテーブルや黒板で勉強する従業員らの授業を、誰もが周りで見学出来る形になっている。
教師が教えることを、側でじっと見つめる見学者達。何も仕事がない貧民らが、毎日のようにやってきていた。
習うより慣れろ。連日目にする文字や計算を、見学していた貧民らも知らず知らず身に付けていく。
さらには従業員に振る舞われる食事をスカーレットは見学者らにも振る舞った。
カトラリーもなく、器に注がれただけのスープを。
『ついでですわ。残してももったいないし、残飯処理をしていただいておりますの』
一見具材もなく、ただのドロリとした粗末そうなスープを見て、ははっと蔑んだ眼で嗤う貴族達。
手厳しい御令嬢だなと嗤う彼らには分かるまい。それが、どれだけ貧民らにとって有難いことか。
タダで学べてタダで食べられる。しかも渡されたスープは、よく煮込まれて具材が煮溶け、カトラリーの必要がない物だった。このまま啜れば良いだけだ。
病人や幼い子供でも食せる優しいスープ。
.....これが残飯? 悪い冗談だ。
ほたほた涙しつつ、青空教室で読み書きや計算を覚えた貧民らは、気づけばスカーレットによって仕事を与えられていた。
農場、牧場、工場や色々。
『わたくし、やりたい事業が沢山ありますの。人手はいくらでも欲しいのですわ』
にっこり微笑む悪役令嬢が彼らに支払う給金は平民の半分。だが、そこに付随する福祉関係を足したら、むしろ足が出ているに違いない。
彼女に興味を抱いたキャスバルは、それらの報告を見て目を丸くする。
生産から製造、加工、販売。その全てを自身で賄うスカーレットの事業は、中間業者のマージンが入らない分、驚異的な売り上げを上げていた。
他が真似をしようとしたこともあったらしいが、基本理念の違う普通の貴族ではやれなかった。
それはそうだろう。彼女は貧民達の育成や教育に手を抜いていない。そこをすっ飛ばして、ただ安い賃金で貧民を働かせようとしても実現は不可能だ。
それを城下町の人々も知っている。スカーレットの暗躍に、街の皆も協力していたから。
貧民区域は治安も悪く、ならず者が縄張りにしやすい。それを案じた人々は、スカーレットの事業を積極的に支援した。
結果、城下町から貧民窟は消え、貧民と呼ばれる者達も激減する。
そこに残ったのは、全てをちゃっかり懐に入れて、にんまり笑う御令嬢。
彼女の調査結果を読んで、唖然と固まった己を思い出し、喉の奥だけで笑うキャスバルだった。
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