職業? 悪役令嬢です♪

美袋和仁

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 キャスバルの場合 ~後編~

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「失礼とは思ったが調べさせてもらったから。君の事業や生活に干渉するつもりはないし、形だけでもかまわない。一考してみて欲しい」

「大丈夫ですわ。知られて困ることを表沙汰にはしておりませんし」

 .....情報統制? 怖いね、ホントに君。
 
 キャスバルは胡乱げな眼差しで空を仰いだ。

 彼女の逸話は数知れず。他の土地にも同系列の店を作り、そちらも繁盛しているらしい。
 これが、学院入学前に行われていたというのだから、開いた口が塞がらない。
 国王夫妻が王太子の伴侶にと、目をつけるわけだった。

 一部の貴族らに煙たがられているが、多くの民衆から支持を受ける不思議な御令嬢。
 スカーレット自身の金子でやっているため、侯爵家も口を出せないらしい。いや、夫人は口喧しく色々御説教するのだが、暖簾に腕押し、糠に釘。むしろ真っ向からの正論で言い負かされる始末なのだとか。

 .....噂か。

 ふっとキャスバルの口元が綻んだ。

 彼もスカーレットの噂を聞きつけ、依頼した一人だった。人の不幸につけこみ、愉しんでいる御令嬢がいると。
 何て悪辣なと思いつつ、自分もそれに便乗し、愛する女性の不幸につけこもうとした。

 そして悪役令嬢と呼ばれていた彼女の本質を知る。

 非常に合理的で冷静沈着。物事を何でも金子に換算する商魂逞しいだけの御令嬢だと。
 いや、これもどうかとは思うが。仮にも四大侯爵家の娘の枕詞にすべき単語ではない。
 だが、そういった複数の側面を持つスカーレットは、毛嫌いされるか敬愛されるかの両極端な人々に囲まれていた。
 跡継ぎの伴侶として申し分ないと打診される縁談は星の数。身分の高い者ほどスカーレットの真価を理解している。国王陛下しかり。
 スカーレット自身も侯爵令嬢だ。下手な相手では侯爵から鼻にもかけてもらえない。

 そんな彼女の人生の御値段は幾らだろうか。

 思慮深げな視線を流し、スカーレットは蠱惑的な笑みをはいた。

「わたくしの値段は天にも届くほどの金貨ですわね。到底、伯爵家では賄えませんことよ?」

「そうだろうな.....」

 断られる事も想定内。国王陛下の申し出を辞退するにはスカーレットを婚約者にするしかなかったのだが。
 彼女は身分的にも、その経営手腕にも遜色がなく、さらには先の王太子との婚約解消で、王家に貸しを持っているという強みがある。
 国王陛下のゴリ押しを唯一退けられる人物だった。彼女であれば父も納得せざるをえまいに。

 憔悴気味な彼の姿を静かに眺め、スカーレットは、何かを含むようにほくそ笑んだ。

「.....残念だ」

「ただし、レンタルなら無料で宜しくてよ?」

 弾かれるように上がったキャスバルの顔。その瞳に映るのは、満面の笑みを浮かべる大輪の薔薇。

「このまま見捨てては寝覚めが悪いですし。五年レンタルで契約いたしましょう?」

「五年.....?」

「そうですわ。わたくし、ぶっちゃけますと結婚願望がございませんの」

 ふぅ.....と小さな嘆息を零し、スカーレットは誰にも話した事のない過去を語る。

 その話にキャスバルは瞠目した。

 聞けばスカーレットが侯爵家に引き取られたのは三歳の時。彼女は侯爵が片手間に手をつけたメイドの子供だった。
 侯爵夫人の悋気に触れて追い出されたスカーレットの母親は、爪に火を灯すような暮らしの中でスカーレットを産み、大切に育ててくれたらしい。
 だが彼女が侯爵の血を色濃くひいていた事が裏目に出て、金髪碧眼なスカーレットを訝る人々から噂が立ち上った。

 金髪碧眼は王家の色だ。この小さな子供は王家の落とし胤ではないのか? と。

 結果、王家の調査が入り、父親が侯爵なのだと判明して、侯爵家は王命によりスカーレットを引き取らされたのである。
 夫の不義の証を押し付けられ、当然夫人は怒り狂った。だが王命だ。逆らう事も出来ない。夫人はスカーレットを虐待する事で、その怒りを発散するしかなかったのである。
 侯爵もそれを黙認し、彼女は広大な屋敷の中で浮浪児のように暮らさねばならなかった。

「御飯ももらえず、着た切り雀。お腹が空いたというと、意地汚い平民がっ、とか怒鳴られるので、常に息を潜めてゴミ箱を漁って育ちましたわ。まあ侯爵夫人の気持ちも分かりますし、恨んではおりません。ひもじかっただけで」

 それが好転したのは七歳の洗礼の時。

 さすがに多くの貴族が集う王宮へ着た切り雀なボロで連れていく訳にもいかず、侯爵夫人はそこそこな古着を着せて洗礼に赴いたらしい。
 夫人は見慣れていたので気づかなかったが、スカーレットの姿を見た他の貴族達が、あからさまに顔を歪めたのだそうだ。

 ガリガリな子供の哀れな姿に。

 髪は櫛を入れてもボサボサ、飛び出すような眼球に、ひび割れた唇。
 思わず悲鳴をあげた子供らの様子を見て、ようやく侯爵夫人もスカーレットの状態が異常な事に気がついた。
 健常な子供と見比べて、初めて自分の行ってきた虐待を自覚したのだ。

 そこから侯爵夫人とスカーレットは離された。妻の精神状態が限界な事を知った侯爵は、スカーレットを別邸に移し使用人に世話を任せる。

 ただ、ここでもスカーレットは運がなかった。

「侍従とメイドの質が悪くて。わたくしに当てられた生活費を着服して豪遊しておりましたの。侯爵夫人と暮らしていたころと変わらない生活でしたわね。違いと言えば暴力を振るわれない事ぐらいだったかしら」

 キャスバルは言葉を失う。

 しかしそれも一年程で発覚した。

 侯爵夫人の容態が落ち着いたため、侯爵が別邸を訪れるようになったからだ。
 だがやってきてみれば娘はガリガリボロボロなまま。見かけや服はそれなりだが、良いモノとは言えない。
 不審を抱いた侯爵が調べさせ、ここで侍従らの横領が発覚した。

「彼等は、あたくしが我が儘で食事をひっくり返して食べないのだとか、癇癪を起こしてドレスを次々に破いてしまうのだとか触れ回っていて。しばらくキチガイ令嬢とも呼ばれてましたわね」

 クスクス笑うスカーレット。

 .....笑い事じゃないだろう。

 愕然とするキャスバルから憐憫を感じ取り、スカーレットは、すっと背筋を伸ばした。
 凛々しく美しい侯爵令嬢。彼女の半生を聞いた今では、この姿になるまで血の滲むような努力があったのだろうとキャスバルは察してしまう。

「端から見れば不幸だったのでしょうね。でも、わたくしには母がいましたから」

 無理やり子供を奪われたスカーレットの母親は、侯爵家の目を盗み何度もスカーレットに逢いに来てくれた。
 痩せ細りアザだらけなスカーレットを抱き締めて食べ物を渡す母親。
 こんなめに遇わせるために産んだんじゃない。逃げようと泣きじゃくる母親と逃げ出したスカーレットだが、すぐに侯爵家の追っ手に捕まり、母親が鞭打ちの処罰を受けた。

 スカーレットが逃げたために、大切な母親が罰せられる。

 これ以来、何度母親がやってこようともスカーレットは逢わなくなった。頑なに拒絶する娘に逢うことを諦めたのか、母親も危ない橋を渡らずやってこなくなり、幼心にも安堵するスカーレット。

 逢わなくても母がスカーレットを愛してくれているのは知っている。だから大丈夫。
 たった一人でも自分を想ってくれている人がいる。それだけでスカーレットは生きてゆけるのだ。
 母に恥じないよう、立派に生きて見せよう。



「そうしてまともな暮らしを手に入れて学園に入学しましたの。侯爵夫人も落ち着かれ、今は出来の悪い侍女を叱る感じの関係になりましたわ。こんな暮らしで結婚に夢は抱けません。ビジネスなら宜しくてよ」

 .....然もありなん。

 微笑むスカーレットが痛々しく見えて、キャスバルはただ頷くしかない。

「では契約で。期間は五年。その間にキャスバル様が好いたお方を見つけられれば何時でも解消いたしますわ。世間体を保つ程度の社交も約束いたします。それ以外は御互いに不干渉である事。期間終了時には、すぱっと別れましょうね。わたくしが原因を作りますので、派手に婚約破棄を御願いいたします」

 スラスラと宣うスカーレットに、慌ててキャスバルが口を挟む。

「いやっ、円満解消で良いだろう? 何故、破棄なんて.....」

「申し上げましたわよね? わたくし、結婚願望がないのです。派手な婚約破棄が二回も続けば、未だに縁談の打診を寄越す方々も諦めてくださいましょう。それが、わたくしへの見返りですわ」

 ニヤリと口角を上げてほくそ笑むスカーレット。こんな悪巧み顔も美麗とか。質が悪すぎる。

 二度も婚約破棄され、悪名名高い御令嬢が嫁げる訳はない。侯爵も彼女を見捨てるだろう。貴族にとって手駒にもならない子供など、ただの厄介者だ。
 そうして侯爵家と縁を切り、市井に住む母親と暮らすのがスカーレットの夢なのだという。

 そこまで聞いて、キャスバルの脳裏に嫌な予感が駆け抜けた。

「これって、君の機密事項だよね? 生い立ちから、この先の野望まで。それって周囲や侯爵に知られたら不味いんじゃないのかい?」

 長い睫毛を携えた眼が、ゆうるりと弧を描く。キャスバルは己の嫌な予感が的中したと額に手を当てた。
 彼の逃げ道を塞ぐため、スカーレットは聞けば後には退けぬ話を、あえて語ったのである。

 やられた.....

 だが状況は悪くない。自分にも彼女の協力が必要だし、こういっては何だが、スカーレットの演技力は完璧だ。国王が絶望するような仲睦まじい婚約者を演じてくれるだろう。

 仄昏い光がキャスバルの瞳に一閃する。それにほくそ笑み、スカーレットは魅惑的な唇に弧を描いた。

「そうですわ。御互いに一蓮托生、計画が成就するまで、宜しく御願いいたしますね、婚約者様♪」

 両者、意に沿わぬ婚姻を避けるため共謀する。毒を食らわば皿までだ、とキャスバルも腹を括った。

 知る人ぞ知る、悪役令嬢スカーレット。

 こうして頼りになる共犯者を得た彼女は、今日も謀の渦中で踊り狂う♪

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感想 3

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みんなの感想(3件)

ぽぽまも
2025.10.08 ぽぽまも

キャスバルの場合〜後編〜の感想です。

壮絶な生い立ち。こうならざるを得なかった彼女。これを惚れさせる男なんか居るんだろうか?居らんと思うけれど、見てみたいなあとも思いました。でも彼女は例え身を焦がす様な恋をしたとしても彼女として何ら変わらない。格好良い悪役令嬢で居続けるでしょう。
いや〜、面白いなあー。この先読むのが愉しみです(((o(*゚▽゚*)o)))

解除
ぽぽまも
2025.10.08 ぽぽまも

キャスバルの場合〜前編〜の感想です。

スカーレットが王様になったら良いんじゃないかと思います!
自分に入ってくるお金の為と言ってるけど、庶民の味方だもん。民が頭が良くなって良く働き稼いでくれれば国は富むを実践してるので、この人本当に王様やって欲しい。

解除
ぽぽまも
2025.10.08 ぽぽまも

『(人様の)恋愛(を)成就(させる)の悪役令嬢』!良いねぇ✨好き!

解除

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