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【グランツには目を覚まして欲しい】

家族会議にするつもりはなかった

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 帰りの馬車でアウレウスはあの後、口説きの真似事みたいなのはそれ以上しないでいてくれた。けど、何か結婚結婚しつこいよなあ。

「……どうかしたのかい?」

 そう心配そうな声をあげたのは、ヒラルドお兄様だった。今日は家族全員で夕食を食べる日だった。いつの間にか食べる手が止まってたらしい。

「何でもありませんわ」

 にこっと笑ってそう答えると、ヒラルドお兄様は眉間に皺を寄せた。

「お前がそんな風に、とってつけたような敬語を私に使うのは、嘘をついている時だと知っているんだよ、クレア」
 食事の手を止めると、ヒラルドお兄様はふう、と息を吐いて私を見つめた。……まずい、この流れは。

「もしかして何か問題でもあったのかい? 学園に通うようになってから少し経って疲れが出てきたんじゃないか? お兄様に何でも話してごらん、お前が悲しむのはお兄様には看過できないよ。そもそも聖女として目覚めたからと言って、クレアが私の大事な妹であることは変わらないんだ。教会のアウレウス・ローズという男が送迎をしているけれど、やっぱり学園へは私が送っていったほうがいいんじゃないのかい?」

「お兄様落ち着いて!」

 怒涛の勢いでヒートアップしていくヒラルドお兄様に、私は何とかストップをかける。

「……クレア、これが落ち着いていられるかい? お前がそんなに暗い顔をしているんだ、お兄様は気が気じゃないよ、悩みがあるなら素直に打ち明けて欲しい」

 胸に手を当ててヒラルドは熱弁する。

 どうしよう、シスコンスイッチ入っちゃってる……。選択肢としては、適当に誤魔化すか、素直に打ち明けるか……だけど、本当のこと話すまでしつこく聞いてきそうだしなあ……。

 ちらりとお母様の方を見ると「仲良しね」とでも思ってそうな顔でにこにことこちらを見守っている。だめだ、助け船になってくれそうにない。お父様はこちらを心配そうに見てるし、ヒラルドお兄様側か。……ここは仕方がないから、ぼかして相談してみようかな。

「うーんとね……私の婚約者とかって決めてあるのかなって思って」

「気になる人でもできてしまったのかい!?」

 私が言うなり、ガタン、と立ち上がってヒラルドお兄様が顔色を変えた。シスコンはちょっと落ち着いて!

「そうじゃなくて!」

「ヒラルド、少し落ち着きなさい」

 お父様がやっと助け船を出してくれた。ヒラルドお兄様は、おずおずと席につく。

「知っての通り、クレアには婚約者も居ないし、これからもクレアが望んだ相手が現れない限りは婚約者はたてないつもりだよ。どうして急に気になったのか教えてくれるかな?」

 お父様は落ち着いた調子で話しているが、目が座っている。怖い。考え事をしていただけで、家族会議の様相になるのやめて欲しい。

「聖女は重根可能だからって、最近交際の申し込みとか婚約の申し込みが増えてるんだよ」

 その中に、いつも送迎しているアウレウスも混ざっているとは言えない。言ったらきっとヒラルドお兄様が爆発する。

「あらぁクレアちゃんはモテるのねえ」

 聖女効果だよ、お母様。

「なんだって!?」

 またガタンと立ち上がるお兄様に、お父様が手を振って制する。しかし、落ち着いているように見えてお父様の目は相変わらず笑っていない。

「……やはりか」

「え?」

「家にもね、届いているんだ、縁談の申し込みが」

「皆さま、会ったこともない方々だし、クレアちゃんは好きな人と結婚して欲しいから内々にお断りしているのよお」

 腕を組んで言うお父様の言葉を、お母様がおっとりと続ける。

「そんなことが……私って、政略結婚的なことしなくていいの? 聖女になってしまったんだし……」

 正確に言えば、私はまだ聖女の資格を発現しただけで、聖女としてのお披露目をしていない。正式な聖女就任は魔法学園を卒業した後になるらしい。正式に聖女として活動し始めるまでは、一応『子爵令嬢』として生活をするみたい。だからこそ、私の住まいも教会とかに移さずに、実家から学園に通ってるんだけど。

 とはいえ、聖属性は聖女にしか発現しないし、私が聖女であることは間違いないから、クレア・バートンが聖女であることはもう貴族の間では常識になってるらしい。洗礼受けてから一カ月も経ってないのにみんな情報通だね……。

「過去の事例を調べたけれど、聖女は国政には直接関わらないから、好きな方と結婚していいそうだよ」

 お父様はわざわざ調べてくれてたのか。

「教会は王室とは分離しているから、恋愛結婚しても問題ないみたい。……結婚しないで一生家族としか親しくしなかった方もいらっしゃるそうだから、クレアもそうしても構わないんだよ?」

 お兄様は笑顔で言う。ヒラルドお兄様のシスコンは本当に度を越していると思います。

「面倒なことからはお父様とお母様が守ってあげるから、クレアちゃんは心配しなくて大丈夫よ」

「ありがとうお父様、お母様」

 思わずうるっとくる。学園で、闇落ちフラグやら逆ハーレムフラグを折るの疲れるから、家族に労わられると胸にくるなあ。

 しかし、知らないところで既に政略結婚の争奪戦が始まっていたらしい。家を通したものは、お父様とお母様に任せておけば、今のところは大丈夫かな? しかし、15歳になったばかりでこの間まで縁談のえの字もなかった会ったこともない女によく婚約申し込むなあ。さすが聖女の肩書。勘弁して欲しい。

 ついつい溜め息が出ちゃうのくらい許して、ヒラルドお兄様。

「クレアちゃんは好きな人いるの?」

「えっ好きな人?」

「いるのかい?!」

「はは、いないよー」

 焦った声をあげるヒラルドお兄様にパタパタと手を振って笑っておく。私が好きな人は居ないけどしつこい人はいるかな……。

「その顔は、何かあるんだね? やっぱり、不届き者はお兄様が始末して」

「物騒! やめて!」

 私が叫ぶと、不満そうにヒラルドお兄様は一度口を閉じた。しかし、まだお小言を言う気配である。まずい、と思ったけれど、そのままヒラルドお兄様の暴走は続き、メイドのリーンがデザートを持ってきて強制的に会話を終了させてくれるまで続いたのだった。
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