76 / 84
【イベントフラグがまだあった】
フラグを折らないと
しおりを挟む
その次の休みの日、ドレスの注文のため、デザイナーが我が家に来ていた。デザインを一緒に選ぶと言っていたアウレウスも一緒だ。
私はまだ、アウレウスに補佐を降りて欲しいと言えていない。そもそも、補佐ってなんなんだろう。ずっと一緒にいて送り迎えはしてくれているけど。御目付け役ってことなのかな。
特にアウレウスに非はないのに、補佐役を降ろすのってどうなんだろう。アウレウスが出世できなくなるよね……。他の攻略対象は、フラグを折れば、元の婚約者と幸せになるだけだけど、アウレウスの場合はフラグを折るとアウレウスが不幸になってしまうのかな。
そんなことを考えているうちに、デザイナーによる採寸が終わった。ほぼ裸の状態での採寸だったので、アウレウスには私の部屋から出て行ってもらっていて、今、応接室で待ってもらっている。
男爵家程度の家格でデザイナーを家に呼びつけることは、多分あまりない。だけど、今日来てくれているドレスデザイナーは、うちが運営するドレスショップのお抱えデザイナーなので、わざわざうちに来て採寸してくれたのだ。
「後はデザインですね」
デザイナーが机にデザインブックを広げ始める。私に着せ終えたリーンは、私に目配せして一礼する。
「では、お待ち頂いているアウレウス様を呼んでまいります」
そう言ってアウレウスを呼びに行ってしまった。
仕方がないから、私はドレスのデザインを見るためにソファに腰かける。丁度、テーブルを挟んでデザイナーと向かい合って座る形だ。
正直な所、ドレスのデザインをアウレウスに知られるのは、抵抗がある。夜会はアウレウスと一緒に行くことになっているけれど、デザインを合わせて夜会に登場すれば、婚約していなかったのだとしても、恋仲なのだと世間に知らしめるようなものだ。
冷静に考えてみれば、アウレウスはあえて周りに見せつけるようにスキンシップをとっていたのかもしれない。私が頷かなくとも、外堀を埋めてしまえば、この貴族社会では婚約に持ち込むことはさほど難しくないのだから。
アビゲイルは私がいくら否定しても、私とアウレウスが恋仲なのだと信じ切っている。テレンシアは、私の主張を頷いて聞いてはくれているものの、その後にアウレウスに生ぬるい目線を向けて、「頑張ってくださいね」とアウレウスを応援している始末だ。
学園の知り合いでは、誰も、アウレウスとの仲を反対する人がいない。既に学園内では外堀を埋められてる状態。
でも。
「採寸は意外に時間がかからないんですね」
部屋に入ってきたアウレウスが涼やかに言いながら、当然のように私の隣に座った。私がぎょっとしてアウレウスを見ていると、気付いた彼がこちらをちらりと見て微笑む。
「隣の方がデザインを見やすいでしょう?」
口に出しても居ないことを先走って弁解しないで欲しい。
「そうだね」
生返事をして、私はドレスのデザインブックに目を落とした。
「お嬢様はどんなデザインがよろしいんですか?」
「普通のでいいよ……ううん、できるだけ地味な奴でいいかな」
「夜会デビューですもの、平凡なドレスではいけませんわ。それに、お嬢様はまだ正式に就任していないとは言え、聖女なのですよ。しっかり着飾りませんと」
私の意見は、一蹴されてしまった。
「そうですね、クレア様が地味な装いをするのは良くないでしょう。ですが、派手な装いよりも、清楚なデザインの方が良いのではありませんか?」
「おっしゃる通りですわ、補佐様。お嬢様のエスコートは補佐様がされると伺ってますが、補佐様の装いはいかがなされるご予定ですか?」
私はそっちのけで、デザイナーとアウレウスが熱心に話し合いはじめてしまった。
「私の服はクレア様のドレスデザインに合わせたものを、そちらで一緒にオーダーできればと思っています」
「素晴らしいですわ。ではカラーリングを一緒にして共布で仕立てましょう。お二人とも見た目がよろしいので、飾り立て甲斐がありますわ」
デザイナーが張り切りだしたのを、私ははは、と笑って流しておく。
夜会のドレスは、ゲームの中ではどんな物だったのか思い出せない。ゲームの中のデザインがどんなのだったか思い出せればそれを伝えて終わりにできるのだけど。それよりも問題は……。
「ねえ、そのアウレウスと私の服のデザインって、合わせなきゃだめなの?」
銀糸がどうだ、レースがこうだと話し合っている二人に割って入った私の台詞に、会話が止まった。
「……エスコートして頂くのに、デザインを合わせないおつもりですか? カラーも?」
信じられないものを見る目で私を見つめるデザイナーに居心地が悪くなる。アウレウスの方はと言えば、わずかに口の端を上げて微笑んでいる。
「だって、まるで婚約者みたいに見えるでしょう……?」
「それはそうでしょうね」
あっさりとデザイナーは認める。
「ですが、婚約者のいらっしゃらない令嬢は、家族にエスコートを依頼するのが一般的です。だと言うのに補佐様……アウレウス様にエスコート役を依頼するというのは、そういうことなのではありませんか?」
何を今更、と呆れた口調で言われるのが辛い。もはや、デザイナーにまでそう思われているのか……。
「……エスコート役で頼んだわけじゃなくて、補佐として一緒に行ってもらうってだけなのに……」
「それはエスコートなのでは?」
「学園の夜会だから、エスコート役はお兄様に頼めないのよ。だから……」
「パートナーを選ばないで参加する生徒も多い筈ですよ。なのにエスコート役を選んだんですか?」
デザイナーに詰められて返事に窮する。エスコート役のつもりじゃなかったから、アウレウスに一緒に行こうと言ったのに……。
今からでも、エスコート役をただの付き添いに、できないのかな。
「お嬢様、一緒に入場するのにエスコートじゃないなんておかし話ありませんよ。お言葉ですが、バートン家の顔に泥を塗りたくはありませんでしょう? 大人しくデザインを揃えてくださいな」
そう言われてしまっては、私は白旗を上げるしかない。私だってお父様やお兄様に恥をかかせたいわけじゃ無い。
「判った……。でも私デザインは判らないから、決めてくれると嬉しい」
「かしこまりました」
私が観念すると、デザイナーは良い笑顔で返事をした。
そうして、主にアウレウスとデザイナーが、ドレスのことについて話し合う中、私は「いいと思う」と時々返事をする形で、ドレスのデザインは決まって行った。
「良いドレスになりそうですわ」
そう言って、嬉しそうにデザインブックを抱えて、デザイナーは私の部屋を出て行った。デザインを検討していたのは、アウレウスとデザイナーなのに、ドッと疲れが襲ってきて、ソファに背中を預けた。
「……夜会は気がすすみませんか?」
「うん? うん……まあ……」
曖昧に返事をして、私は言葉に詰まる。
夜会そのものよりも、アウレウスと一緒に『夜会イベント』を迎えることが、気が重い。ずるずると話が進んでしまっているけれど、本当にゲームのエンドを回避したいのなら、アウレウスと夜会に参加する前にフラグを折らないといけない。嬉しそうだったデザイナーには悪いけど、この後すぐに、デザイン変更を依頼しよう。
「……リーン、少し、席を外してもらえるかな」
「クレアお嬢様」
ずっと側に控えていたリーンに声をかける。勿論密室に男女二人で籠るのはよくないけれど、大事な話なので、二人で話したかった。
「ドアは開けておいていいから……話だけ聞かないでくれるかな」
「かしこまりました」
頷いて、リーンは部屋を出ていってくれた。
私はまだ、アウレウスに補佐を降りて欲しいと言えていない。そもそも、補佐ってなんなんだろう。ずっと一緒にいて送り迎えはしてくれているけど。御目付け役ってことなのかな。
特にアウレウスに非はないのに、補佐役を降ろすのってどうなんだろう。アウレウスが出世できなくなるよね……。他の攻略対象は、フラグを折れば、元の婚約者と幸せになるだけだけど、アウレウスの場合はフラグを折るとアウレウスが不幸になってしまうのかな。
そんなことを考えているうちに、デザイナーによる採寸が終わった。ほぼ裸の状態での採寸だったので、アウレウスには私の部屋から出て行ってもらっていて、今、応接室で待ってもらっている。
男爵家程度の家格でデザイナーを家に呼びつけることは、多分あまりない。だけど、今日来てくれているドレスデザイナーは、うちが運営するドレスショップのお抱えデザイナーなので、わざわざうちに来て採寸してくれたのだ。
「後はデザインですね」
デザイナーが机にデザインブックを広げ始める。私に着せ終えたリーンは、私に目配せして一礼する。
「では、お待ち頂いているアウレウス様を呼んでまいります」
そう言ってアウレウスを呼びに行ってしまった。
仕方がないから、私はドレスのデザインを見るためにソファに腰かける。丁度、テーブルを挟んでデザイナーと向かい合って座る形だ。
正直な所、ドレスのデザインをアウレウスに知られるのは、抵抗がある。夜会はアウレウスと一緒に行くことになっているけれど、デザインを合わせて夜会に登場すれば、婚約していなかったのだとしても、恋仲なのだと世間に知らしめるようなものだ。
冷静に考えてみれば、アウレウスはあえて周りに見せつけるようにスキンシップをとっていたのかもしれない。私が頷かなくとも、外堀を埋めてしまえば、この貴族社会では婚約に持ち込むことはさほど難しくないのだから。
アビゲイルは私がいくら否定しても、私とアウレウスが恋仲なのだと信じ切っている。テレンシアは、私の主張を頷いて聞いてはくれているものの、その後にアウレウスに生ぬるい目線を向けて、「頑張ってくださいね」とアウレウスを応援している始末だ。
学園の知り合いでは、誰も、アウレウスとの仲を反対する人がいない。既に学園内では外堀を埋められてる状態。
でも。
「採寸は意外に時間がかからないんですね」
部屋に入ってきたアウレウスが涼やかに言いながら、当然のように私の隣に座った。私がぎょっとしてアウレウスを見ていると、気付いた彼がこちらをちらりと見て微笑む。
「隣の方がデザインを見やすいでしょう?」
口に出しても居ないことを先走って弁解しないで欲しい。
「そうだね」
生返事をして、私はドレスのデザインブックに目を落とした。
「お嬢様はどんなデザインがよろしいんですか?」
「普通のでいいよ……ううん、できるだけ地味な奴でいいかな」
「夜会デビューですもの、平凡なドレスではいけませんわ。それに、お嬢様はまだ正式に就任していないとは言え、聖女なのですよ。しっかり着飾りませんと」
私の意見は、一蹴されてしまった。
「そうですね、クレア様が地味な装いをするのは良くないでしょう。ですが、派手な装いよりも、清楚なデザインの方が良いのではありませんか?」
「おっしゃる通りですわ、補佐様。お嬢様のエスコートは補佐様がされると伺ってますが、補佐様の装いはいかがなされるご予定ですか?」
私はそっちのけで、デザイナーとアウレウスが熱心に話し合いはじめてしまった。
「私の服はクレア様のドレスデザインに合わせたものを、そちらで一緒にオーダーできればと思っています」
「素晴らしいですわ。ではカラーリングを一緒にして共布で仕立てましょう。お二人とも見た目がよろしいので、飾り立て甲斐がありますわ」
デザイナーが張り切りだしたのを、私ははは、と笑って流しておく。
夜会のドレスは、ゲームの中ではどんな物だったのか思い出せない。ゲームの中のデザインがどんなのだったか思い出せればそれを伝えて終わりにできるのだけど。それよりも問題は……。
「ねえ、そのアウレウスと私の服のデザインって、合わせなきゃだめなの?」
銀糸がどうだ、レースがこうだと話し合っている二人に割って入った私の台詞に、会話が止まった。
「……エスコートして頂くのに、デザインを合わせないおつもりですか? カラーも?」
信じられないものを見る目で私を見つめるデザイナーに居心地が悪くなる。アウレウスの方はと言えば、わずかに口の端を上げて微笑んでいる。
「だって、まるで婚約者みたいに見えるでしょう……?」
「それはそうでしょうね」
あっさりとデザイナーは認める。
「ですが、婚約者のいらっしゃらない令嬢は、家族にエスコートを依頼するのが一般的です。だと言うのに補佐様……アウレウス様にエスコート役を依頼するというのは、そういうことなのではありませんか?」
何を今更、と呆れた口調で言われるのが辛い。もはや、デザイナーにまでそう思われているのか……。
「……エスコート役で頼んだわけじゃなくて、補佐として一緒に行ってもらうってだけなのに……」
「それはエスコートなのでは?」
「学園の夜会だから、エスコート役はお兄様に頼めないのよ。だから……」
「パートナーを選ばないで参加する生徒も多い筈ですよ。なのにエスコート役を選んだんですか?」
デザイナーに詰められて返事に窮する。エスコート役のつもりじゃなかったから、アウレウスに一緒に行こうと言ったのに……。
今からでも、エスコート役をただの付き添いに、できないのかな。
「お嬢様、一緒に入場するのにエスコートじゃないなんておかし話ありませんよ。お言葉ですが、バートン家の顔に泥を塗りたくはありませんでしょう? 大人しくデザインを揃えてくださいな」
そう言われてしまっては、私は白旗を上げるしかない。私だってお父様やお兄様に恥をかかせたいわけじゃ無い。
「判った……。でも私デザインは判らないから、決めてくれると嬉しい」
「かしこまりました」
私が観念すると、デザイナーは良い笑顔で返事をした。
そうして、主にアウレウスとデザイナーが、ドレスのことについて話し合う中、私は「いいと思う」と時々返事をする形で、ドレスのデザインは決まって行った。
「良いドレスになりそうですわ」
そう言って、嬉しそうにデザインブックを抱えて、デザイナーは私の部屋を出て行った。デザインを検討していたのは、アウレウスとデザイナーなのに、ドッと疲れが襲ってきて、ソファに背中を預けた。
「……夜会は気がすすみませんか?」
「うん? うん……まあ……」
曖昧に返事をして、私は言葉に詰まる。
夜会そのものよりも、アウレウスと一緒に『夜会イベント』を迎えることが、気が重い。ずるずると話が進んでしまっているけれど、本当にゲームのエンドを回避したいのなら、アウレウスと夜会に参加する前にフラグを折らないといけない。嬉しそうだったデザイナーには悪いけど、この後すぐに、デザイン変更を依頼しよう。
「……リーン、少し、席を外してもらえるかな」
「クレアお嬢様」
ずっと側に控えていたリーンに声をかける。勿論密室に男女二人で籠るのはよくないけれど、大事な話なので、二人で話したかった。
「ドアは開けておいていいから……話だけ聞かないでくれるかな」
「かしこまりました」
頷いて、リーンは部屋を出ていってくれた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
265
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる