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無自覚の初恋を拗らせた男

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 ヴィルヘルミーナとルドガーの出会いといえば、第一印象からして最悪だった。

 まだ物心つきたての頃、ヴィルヘルミーナとルドガーは親に連れられてあるお茶会へと参加していた。夫人たちがお茶と会話を楽しむ間、子どもたちはガーデンで思い思いに遊ぶのだが、幼いころから美貌が際立っていたヴィルヘルミーナは、その容姿ゆえに数人の男の子に囲まれて、いじられていた。幼い少年にありがちな、気になる女子をからかうやつである。しかし、数人で囲んでいるので、笑いごとではない。

 そこに通りがかったのがルドガーだ。

「おい、お前ら」

 物々しい雰囲気に、ルドガーが口出しをしようと思ったその瞬間、ヴィルヘルミーナが動いた。

 一番近くにいた少年をどんっと押したのだ。

「あなたたち、こんなことをして恥ずかしくないの? 女の子をいじめるなんて最低よ」

 年の割りにしっかりとした口調で、はっきりと非難したヴィルヘルミーナは、唖然として固まった少年たちを見ると、にこっと笑って見せる。その顔が凛として綺麗だった。

「ではごきげんよう」

 さっと囲まれていた輪を抜けた彼女が、助けようと近づいていたルドガーに気付く。

「なんだ、顔に似合わずすげえ強いなお前。やるじゃん」

 それは彼にとって純粋な賛辞だったのだろう。しかし、ヴィルヘルミーナの顔はみるみる真っ赤に染まって、キッとルドガーを睨みつけた。

「女の子に『強い』だなんて、失礼だわ」

 憤然と言い放ったヴィルヘルミーナは、そのままルドガーの横を通り過ぎて去っていく。

「なんだあいつ……」

 ぼやいたルドガーが彼女を目で追っていると、ヴィルヘルミーナは彼女の母親のところへまっすぐに行き、抱き着いて何ごとかを言っているようだった。

 よく見れば彼女の身体は震えていて、ヴィルヘルミーナは泣いているらしいことにルドガーはやっと気付く。本当は彼女は怖かったのだろう。

「……変なやつ。怖いなら最初からそう言えばいいのに……」

 確かに第一印象は最悪だったのだ。だというのに、凛とした彼女の顔も、弱さを隠そうとするのも、なんだかルドガーは忘れられなかった。

 その一度きりの邂逅で終わるはずだった二人は、なんとその後何度も顔を合わせることになった。お茶会で意気投合した互いの母親が、たびたび子どもたちを連れてお茶会に参加したからだ。

 助けようとした上、褒めたのに悪態をつかれてヴィルヘルミーナへの第一印象が最悪だったルドガーは、その後たびたび彼女と口論をするようになった。そうして腐れ縁のような形で幼なじみとして二人は育ったのである。

 ルドガーはヴィルヘルミーナに対してはつい喧嘩腰になりがちだったが、基本的に彼は人当りが良い。おまけに顔の造作は悪くないどころか、ワイルドな美形に分類されるだろう。つまり、女性に大変モテた。

 とは言っても、婚約者でもない相手と肉体関係を結ぶわけでもない。ご令嬢たちからきゃあきゃあ騒がれるのを如才なくあしらいつつも、時には歯の浮くような賛辞を口にし、勘違いする女性を量産し、幾人かは何度かデートをしただけだが付き合ったこともあり、常に女性の影が絶えない女泣かせだった。しかも、普通のご令嬢たちと一切の身体の関係がないからと言って、ルドガーが性に対してストイックなわけでもない。

 彼はこの世界の一般男性が大体そうするように、娼館に通っていた。得てして友人同士で連れ立って行くのが慣例で、ルドガーもまた、娼館に行くときには悪友と一緒だった。

「しかしお前もよくやるよな。俺は連れができて助かるけど」

 にやにやとしながらそう言ったのは、悪友のアロイスだ。その日は、いつも通り二人で連れ立って娼館へと行き、規定の時間を過ぎて帰るところだった。娼館にそのまま泊まる者もいるが、ルドガーたちは用が済んだ後はさっさと引きあげて少し酒を飲んで解散するのがいつもの流れだ。

 娼館から出たところでの悪友のセリフに、ルドガーは片眉をあげる。

「何のことだ?」

「片思い拗らせるのも大概にしとけよ。そのうち取り返しがつかなくなるぞ」

「だから何の話をしてるんだお前は」

「またまた。とぼけるのもやめろよ。いい加減、娼館で代わりの子を抱いてないで、本命に告白しろよってこと」

「俺に好きな女はいないぞ」

 眉間に皺を寄せて言い切ったルドガーに、ニヤニヤ笑いだったアロイスはぴたりとその笑みを納めた。

「マジか、お前」

 まじまじとルドガーの顔を見つめてから、どうやら彼が本気で言っているらしいことを察したアロイスは溜め息を吐く。

「あのな、お前。今日抱いた子。どんな子が覚えてるか?」

「金髪の子だったな」

 怪訝そうな顔をしながらもルドガーは律儀に応えていく。

「ああ、ちょっと暗めの色のな。じゃあその前の子は?」

「緑の瞳が綺麗だった」

「うんうん、そうだな? で? その前は?」

「覚えてないな」

「……栗色の髪の子じゃなかった?」

 アロイスが言えば、ピンと来たように頷いた。

「ああ、栗色だったような気がするな」

「で?」

「なんだ?」

「それ以外の特徴、お前覚えてるか? 目の色とか、こう、喋り方とか」

「……いや」

「だよな~!」

 訳知り顔でアロイスは首をうんうんと振って、またもニヤニヤ笑いに戻った。

「だからなんなんだ、さっきから」

「本当に気付いてねえのな。お前。暗い金色も栗色の髪も、緑の目も、誰かさんを思い出す色だろうが」

 ずい、と指をさしてアロイスが言えば、ルドガーは首を傾げかけて、はた、と止まった。

(まさか……いや、そんなはず)

「今まで選んで来た子、みーんな、髪の綺麗さとか目の可愛さで選んでたろ、お前。そんでもってみーんな、ヴィルヘ……」

「わかった、もういい!」

 叫んだルドガーの顔は真っ赤だ。

「は~やだやだ、今まで無意識だったのかよ。いや~拗らせてんね。好きな子に重ねて他の女抱くとかないわ~」

「言うな!」

 頭をがしっとつかんで締め上げてやったが、アロイスはまだ黙らない。

「つーかお前がそんな取り乱したの初めて見たかも。お前、マジでヴィルヘルミーナちゃんのこと好きなんだな」

「アロイス、お前」

「で? 初恋をやーっと自覚したルドガーさんよ。お前これからどうすんの?」

 余裕たっぷりの悪友の言葉に、ゆるゆるとルドガーの腕から力が抜ける。

(俺が? ヴィルヘルミーナを、好き? 冗談だろう!?)

 そうは思うものの、脳裏に浮かんだヴィルヘルミーナの笑顔で、心臓が跳ねる。普段、女性を相手にするときに頬を染めたことなどないのに、彼女を好きかもしれないと思っただけで、ジワジワと顔に熱が上がってきた。

(本当に……?)

 疑いの言葉を心に浮かべたところで、もう、彼女への想いを自覚してしまっている。

 ルドガーは行為の最中に娼婦の髪を撫でて口づけるのが好きだったが、それがヴィルヘルミーナを想っての事だとしたら。

 さっさと本人に想いを告げればよかったものを、無自覚に想い続けていたせいで、今だって他の女を抱いてきているだなんて、随分と最低な男ではないか。

「……どうすればいいんだ?」

 アロイスの頭を離したかと思えば、次は自分の頭を抱え込んでルドガーは呻く。

「さあ? 素直に告白でもすればいいんじゃね? 俺の見たとこ……」

「あいつは俺が娼館通いをしてることも知ってるんだぞ、なのに、告白!?」

「はあ~? お前そんなヘマしてんの? ばっかだな~。まあ、初恋は実らないって言うし? 玉砕覚悟で行ってみれば?」

「できるわけがないだろう!」

 叫んだルドガーに対して、アロイスはどこまでも笑っている。

 そうして無自覚の初恋を拗らせに拗らせた男はようやく自分の気持ちを自覚し、その頃何度かデートをしていた女性に対しても翌日にはきっぱりと別れを告げた。相手はルドガーの言葉を最初受け入れなかったものの、元々付き合っていたわけでもないから、デートをしなくなるだけだということで、相手は引き下がってくれた。

 そんな彼の元に婚約の話が舞い込んだのは、それから数日後のことだった。
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