着ぶくれ令嬢は××好きな仕立て屋に貪られる

かべうち右近

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5.素直な気持ち

 続けて触ろうとしたクレイの手を、耐えかねたミュリエルが手で制止をかける。

「ミュリエル……?」

 突然大きな声で、手を阻まれて、クレイはぱちくりと瞬きをした。

「く、クレイは……お、おっぱ……胸が、好きで触りたいのかもしれないけど……! わ、私だって胸だけが目当てで触られるのはいや……!」

 クレイの手をつかんでいるのにぎゅうっと力がこもる。

(言っちゃった……)

 ずっと思っていたことだった。クレイはいつも胸を褒めてくれる。太っているだけだと思っているミュリエルにとって、照れくさくともそれは嬉しいことであるのと同時に、ずっと、気がかりだった。

(クレイは、私のことなんか好きじゃないのに)

 婚約をしてくれたのは、きっと貴族学校で仲良くしていたよしみで、一番の理由はきっと胸なのだ。そう思えるほどには、クレイはいつだって胸のことばかり言ってくる。

「…………えっ?」

 今まで我慢していた本音を吐きだして黙り込んだミュリエルに対し、たっぷり沈黙していたクレイがようやく発したのはまぬけな声だった。

「ちょっと待って」

 混乱したふうに断ると、クレイはミュリエルの手を解いて彼女の身体を横向きに座らせなおす。そうして顔を覗きこんできたクレイは、見たこともないような困惑した表情だ。じんわりと涙をためたミュリエルを見て、ぎょっとしながらも、彼は考え考え、言葉を紡ぐ。

「確認させて欲しいんだけど……僕が、おっぱい大好きだから、おっぱいの大きいミュリエルと婚約したと思ってるの?」

「だって、そうでしょう? クレイは、胸のことばっかりじゃない……」

 ミュリエルが胸を隠しながら答えれば、クレイはぽかんとしたあとに大きなため息を吐いた。

「ごめん……そうか。うん、ごめん……僕、肝心なことを言ってなかったんだね」

 心底情けない、という口調で呟いてまたもや大きなため息を吐いたあとに、クレイは再びミュリエルと視線を合わせる。緑の瞳が、まっすぐにミュリエルの目をとらえる。

「僕はずっと、ミュリエルが好きだったんだよ。だから、婚約者がいないってわかってすぐに申し込んだんだ」
「……胸のことが好き、の間違いじゃなくて?」

 疑い深く尋ねれば、クレイは苦笑する。

「うーん、確かに僕はおっぱい好きだけどさ。それもミュリエルのおっぱいだからだよ?」

 そうだな、と呟いて、クレイは何かを思い出すような顔になる。

「最初にいい子だな、って思ったのは、初めて会った日」
「そんなに早く……?」

 一目惚れならば、やはり胸に惚れたのでは、と疑いの目を向けたところで、クレイは「ちがうよ」と笑う。

「ミュリエルは僕に話しかけてくれたでしょう?」
「ええ、先生に学校の案内をお願いされたから」
「あれね、ミュリエルで三人目だったんだよ。係に任命されたの」
「そうなの……?」

 当然のことをしたと思っていたが、そうではないのだ。

「留学生はこちらの国では敬遠されるらしいね。他の二人には案内なんかしたくないって言われたよ。僕が身分を隠してたのもよくなかったんだろうけど。でも、ミュリエルは違った」

(あのときは先生にお願いされたから、やっただけなのに……)

 そう思ったのを見透かされたのだろう。

「いやなら断ればいいのに、真面目な子なんだな、って思ったよ」
「任されたことは、やるべきだわ……」

 なんだか照れくさくて、自然とミュリエルの声がしぼむ。そんな彼女の様子に目元を緩ませて、クレイは話を続ける。

「ふふ、そうだね? それから留学したばかりの時は、まだこんなに流暢にこっちの言葉を話せなかったでしょう?」
「え? ええ、そうね。今はとっても上手になったわ」
「うん。それは、ミュリエルが僕に話しかけ続けてくれたからでしょう? しかも時々、僕のほうの言葉まで使ってくれて。他の人はずっと疎遠だったのに」

 それもきっかけは先生に世話を任されたからであって、ミュリエルは特別なことをしていない。

(クレイと一緒にいるのは楽しかったし……)

「真面目で親切なところが気になって、話してるうちにもっと一緒にいたくなった。ミュリエルの笑ってる顔が見たくて、ミュリエルを初めてカフェデートに誘ったときは緊張したな」
「あれ、デートだったの!?」

 学校で楽しく喋って過ごすものの延長だと勝手に思っていたミュリエルは驚く。もちろん、ミュリエルだって、デートかもと思うとあの時の服装には気合を入れたものだったが、クレイがそんなつもりだとは毛頭思わなかったのだ。

「そうだよ。男が好きな女の子と出かけるのはデートでしょう?」
「す、すきなおんなのこ……」
「さっきからそう言ってるよ? ね、ミュリエル」

 ミュリエルの手をそっとつかんで、クレイは自分の胸に押し当てる。掌には、彼の心臓がどくんどくんと早鐘を打っているのが伝わってくる。

「僕、ミュリエルが好きだからこんなになってるんだよ。おっぱい触りたいのだって、ミュリエルのだからだし」
「……やっぱり、おっぱいは好きなんだ」

 思わず口にして、その単語を発したのに赤面する。

「そりゃそうだよ。好きな子には触れたくなるものでしょう?」
「でも」
「まだ僕の気持ち疑ってる? ごめんね、僕がおっぱいばっかり言ってたせいだ」
「え、そうじゃ」
「ミュリエルがいつも、僕の話を聞くときにちゃんと目を見てくれるのが好きだよ。僕が突飛な話をしても否定しないで、まずは最後まで話を聞いてくれるところとか、恥ずかしくっても僕の勧めたドレスを着てくれたりするのも好き」

 ミュリエルが否定の言葉を言い切る前に、クレイの怒涛の口説き文句が始まっている。

「僕にしてくれることだけじゃなくてさ、任されたことに責任をもって取り組むところも好きだし、身体のこと気にして実は運動を頑張ってるのも可愛いな。でも昼食を減らすのはよくないと思う。それから……」
「もう、もうわかったわ……! わかったから……そこまでにして」

 黙って聞いていたら、このままいつでも好きなところを挙げられてしまいそうで、ミュリエルは慌てて遮る。昼食の量まで見られていたなんて恥ずかしい。うぅ、と呻いて俯いたミュリエルを、目を細めたクレイが見つめてくる。なんとなくそれ以上の言葉を言えなくて、ミュリエルはクレイの鼓動を感じながら黙りこんでしまった。

 だがそんな彼女の様子に、クレイは何故だか眉尻を下げた。

「……ミュリエルは?」

 小さい声で問われて、ミュリエルはふと顔をあげた。

「ミュリエルは、本当は……サリス伯爵令息が好きなんじゃなかったの? 僕と、婚約してよかったの……?」

(私が、ブライアンを、好き……?)

 唐突な質問、しかも思ってもみなかった内容にミュリエルは固まる。その沈黙をどう思ったのだろう。クレイはますます眉尻を下げた。緊張のためだろうか、掌に伝わる鼓動は速くなっている。

「やっぱり、僕との婚約は、いやだった?」
「待って! どうしてそうなるの」

 悲しげに問われて、ようやくミュリエルははっとする。

「だって、本当はサリス伯爵令息と卒業パーティーに行きたかったんでしょう? なのに、あんなふうに断られて……ミュリエル、泣きそうな顔してたし」
「それは太ってることを気にしてたからで、ブライアンのことを好きだからじゃないわ」
「じゃあ、どうして彼に卒業パーティーのパートナーをお願いしたの?」
「あのときは婚約者だと思ってたから、それが当たり前だと思ってたの。そうじゃなかったらブライアンになんかお願いしなかったわ」

 そう答えたところで、クレイがぽかんとする。

「……待って。サリス伯爵令息のこと、本当に好きじゃなかったの?」

 念を押されて、ミュリエルはむっとした。一瞬にして、幼いころから今までに、ブライアンにされてきた様々な無礼な仕打ちが脳裏をよぎり、げんなりとした。

「おじい様の言いつけでなければ、ブライアンとなんか口もききたくなかったわ」
「じゃあ本当に、『婚約者だと思ってたから』ってだけで、彼にパートナーを……?」
「そうよ」

 むぅっと口を尖らせると、クレイははあと息を吐いた。

「……ミュリエルが、すっごい真面目な子だって、忘れてたよ……」

 ついさっき、ミュリエルの好きなところとして挙げていたのに、である。肩の力を抜いたクレイはソファの背もたれにどっと身体を預けた。緊張が抜けたらしい。

「……私だって、本当なら……クレイにエスコートして欲しかったもの」
「んん?」

 預けたばかりの背を起こし、クレイが素っ頓狂な声をあげた。こんな彼は珍しい。

(さっきはあんなに流暢に私への気持ちを話してたのに)

 いざ自分が告白される場面となると、クレイが慌てているのが納得いかない。いつも悠々とした姿を見せているクレイなのに。だが、この余裕のない顔をミュリエルがさせているのだと思うと、それも悪くはない。

 ミュリエルは胸を隠していた腕を離して、そっとクレイの身体に触れて身を寄せる。むっちりとした胸を押しつける形になって恥ずかしいが、先ほどいやというほど揉まれているので今さらだ。

「私も……クレイがずっと前から好きなの。じゃなきゃ、婚約しないわ」

 おずおずと目を合わせて言えば、クレイの緑の瞳と視線が絡む。垂れ目がちの目尻が、ますます緩んで垂れた彼は、そっと腕をミュリエルの背中に回してきた。

「どうしよう。ミュリエル……嬉しすぎて、困る」
「ふふ、どうして困るの」
「だってこんなの、キスしたくなっちゃうよ」

 唇が触れそうな距離でそんなことを言われて、ミュリエルは思わず笑ってしまう。あんなに胸を揉みしだいておいて、キスは遠慮をするのか。

 くすくすと笑いながら、ミュリエルは自分の大胆さにどきどきしながら腕を彼の首に回して、さらに顔を近づける。

「……いいよ?」

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