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第1章
#4-B 替え玉受験は失敗する
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#3-Bの改稿に伴い、内容を一部修正いたしました(2025/7/29)
□■□■□
湯気の上がるシャワールーム。
狩りから戻って来たと思われる汚れた男たちでごった返していたこの場所は、すでに人ははけて利用者はまばらだ。聞いていたとおりそのまま向かったものの、利用者が多すぎて中に入れず、臭う身体のまま待たされることになったフルイケントとイサクラタスクは、汚れた服を脱ぎ捨てると、シャワールームへと飛び込んだ。
「ああ、くそ。なんなんだよ! あれ! 思い出すだけで腹立つ!」
「ケント、もうそれ言わないでよ。まだ口の中にあれが残ってる感じがして、うっぷ」
「汚ねぇな! 飲み込んでろよ!」
「ひどっ!? うっぷ……」
備え付けのボディーソープで身体にまとわりつく匂いごと、何度も何度も擦っては流し、を繰り返す二人。ハンター試験の監督官が純白のドラゴンに丸呑みされたあと、その次の標的は自分たちに移った。為すすべもなくあっという間に体内に飲み込まれた三人は、このまま死を迎えるのだと覚悟したのもつかの間、あっという間に臭い体内をドロドロの汚物と一緒に流され、外に排出されていた。
試験官は恐怖からか言葉にならない言葉をうわごとのように繰り返し、身体を震わせるだけ。しかたなくケントとタスクの二人で彼を遺跡から連れ出し、街へと戻ってきたところで、試験官の男は我に返ったように正常な意識を取り戻すと、二人にはここまででいい、世話になったとのみ告げてフラフラと一人で夜の闇へ消えて行った。
おかげでハンター試験は有耶無耶となり、二人がハンターになるという目的は果たされることはなかった。ハンター試験後、受験者には明日の合格発表まで、ハンター管理局本部の食堂、シャワールームとハンター向けの仮眠室の利用が許されており、どうせ行く宛てもないのだからと、二人は与えられた権利を利用することにして、今に至る。
「あああ、どうしようどうしようどうしよう……」
ふと隣から声が聞こえてきて、衝立の向こう側をケントが覗くと、シャワーの湯を出しっぱなしにしてしゃがみ、頭を抱える茶髪の少年の姿が目に入った。
「お前、何してんだ?」
「え……? あ、すいませんすいませんすいません! うるさかったですかね? もう黙るんで……気にしないでください、うう……」
変な奴、と思いながらもそれ以上突っ込むことはせず、ケントはシャンプーを泡立てて頭を洗い始める。
「どうしたの? ケント?」
「いや、こっち側になんか変なやつがいて」
「うわぁああ! 違います違います違います! ボクは怪しいやつなんかじゃないです! 本当なんです!」
急に立ち上がり、ケント側の衝立から頭を出して二人に訴えてくる茶髪の少年に、タスクも不審そうな顔を向ける。
「ほら、な?」
頷いてよいものか悩むところではあるが、確かに様子がおかしい。タスクはケントを挟むようにして衝立から顔を覗かせると、その茶髪の少年に話しかけた。
「僕たち、今日のハンター試験を受けたんだ。僕はイサクラタスク。で、こっちのガラの悪そうなのがフルイケント。キミは?」
「おい、ガラが悪いってなんだよ」
「まぁまぁ」
ケントがすかさず抗議してくるが、笑って誤魔化し、タスクは茶髪の少年を見た。
「ボクはスグキ・エールって言います……。ハンター試験、本当ならボクも受けるはずだったんですけど……」
「スグキ……!?」
聞き覚えのあるその名前に、ケントが反応する。タスクは声こそ上げなかったが、その顔は不審そうなものに変わっていた。だが、この少年には何やら訳ありの様子だ。二人は黙ってスグキの言葉に耳を傾けることにした。
「試験前に急にお腹が痛くなっちゃって。だめなんですよね、ボク。緊張しちゃうとすぐにお腹にきちゃうタイプで。それで収まって外に出たらもう試験は始まってて、ボクの参加するはずだった班は出発したあとでした……。参加証の名札、トイレに入る時に落したの気づいてたんだけど、トイレから出たらもうなくなってて……」
少し視線を逸らしながら、彼はシャワーの温度つまみを無意味にいじり出す。
そこで何かに気づいたように、顔を見合わせるケントとタスク。トイレの前で名札を持って立っていた黒スーツの少年――スグキは彼だったはずだ。
ということは、自分たちが早とちりして別の少年を連れて行ったということになる。そんなことは間違っても言えない。ケントとタスクは頷き合い、流れる冷や汗をシャワーで誤魔化しつつ、ケントがスグキに尋ねる。
「なあ、ちょっといいか? お前、なんでハンター試験受験しようと思ったんだ? そんなんだったら、ハンターになれたとしても無理なんじゃねーの?」
「ちょっと、ケント」
「黙ってろよ、タスク。俺たち、今日、散々な目にあったんだ。ドラゴンの群れに遭遇して、挙句、ドラゴンに食われて腹の中でもみくちゃだ。幸運にもこうして生き残れたけど、お前、同じ状況にいたら、ぜってぇドラゴンの腹の中でドラゴンと自分の糞まみれになってただろうよ」
「……」
全員が沈黙する。ケントの言っていることはもっともだ。肝心な場面で腹痛を起こしてトイレに籠ってしまうような彼が、ハンターという職業が務まるのか、甚だ疑問だ。それは本人も理解しているのか、悔しそうに唇を噛んでいる。
シャワールームには、シャワーの流れる音だけが響き渡っていた。
「……悪いことは言わねぇよ。諦めて帰るこった。っていうか、俺たちももう諦めたけどな。あんなの相手にしてらんねぇ」
「でもでもでも! ボク、ハンターになれなかったらダメなんだ……」
「ダメってどうして?」
今度はタスクが尋ねる。
「ボク、両親の反対を押し切って家を飛び出して来たんだ。ハンターになるって。だからだからだから! ならなくちゃいけないんだ!」
「あー、よくある面倒くさい、家とのしがらみってやつか」
「なんでそうまでしてハンターになりたいんだい?」
「キミたち知らないの!? ハンターになれれば、ハンター管理協会が衣食住を提供してくれる! 月給制だからお金にも困らない! そんなそんなそんな、夢のような仕事が他にあると思う!?」
「いや、でも死ぬ可能性あるんだぜ?」
正論だ。実際、ケントとタスクは死にかけた。あれを意気揚々と狩りに出かける気概はない。正直、あれを狩って来いと言われれば、目の前にいる少年同様、逃げ出してしまうに違いない。
それに、彼の言っていることを聞く限り、何か邪な感情が働いているようにも思える。対価を得るには、それなりの働きは必要だからだ。彼は調子のいいことばかり言っているが、何一つ理解していないのではないだろうか。
「ハンターの仕事は魔物狩りだけじゃないんだ! だってだってだって、この世界の秩序は誰が守ってると思ってるんだ!? ハンターたちなんだよ!?」
「お、おう……」
勢いに押され、ケントがたじろぐ。するとそこへ、もう一人、見覚えのある顔が表れ、聞き覚えのある声で話に割り込んでくる。
「ハンターはキミが思ってるほど楽な仕事じゃないよ? ハンターの仕事は狩りだ。魔物を狩らないハンターは、街中で犯罪者を狩ってる。狩りのできないハンターは、いずれ、狩られる獲物になる。ま、僕はサボってるけどさ。あれ? 僕ってもしかして誰かに狩られたりする?」
「て、てめぇは!!」
シャワールームに企鵝のぬいぐるみを持ち込んだ黒髪の少年。彼は気持ちよさそうにシャワーを浴び始めると、泡立てたボディーソープで企鵝のぬいぐるみを洗い始める。ケントとタスクには、一瞬、企鵝の目がビックリマークに変わったような気がしたが、気のせいだったようだ。
「ん? 誰だっけ? 会ったことあったかな?」
「よくもやってくれたな! あのあと大変だったんだぞ!」
「ケント、ケント……」
衝立から身を乗り出し、今にも飛びかかりそうな勢いのケントを、タスクが宥める。何かを耳打ちすると、はっとした表情をして、怒りを自制したようだった。
「ああ、自己紹介が遅れたね。僕はイチノセリクト。ここのハンター管理局で職員をやってる」
「はぁ!? 嘘つくなよ! あんた、今日、ハンター試験に参加してたじゃねぇか!」
「あれ? 何で知ってるんだい? そうだね、色々と手違いはあったけど、僕は今日の試験に試験官として参加させてもらったよ」
ケントとタスクの顔が青褪める。試験官だと思っていた男は実は試験官ではなく、同じ受験者だと思っていた少年が試験官だったなど信じられるはずがない。それが冗談だったとしても、笑えない。
――でも。だからこそ、彼はドラゴンの群れを一瞬にして屠り、ドラゴンを従えることができたのか。ハンターだけではなく、ハンター管理局の職員でさえも、あれだけの実力がなければ務まらないということか。そう考えれば、あながち冗談だと断じることもできなくなる。
「ふざけんな! じゃあ、あいつは誰だったんだ!? あの試験官! あいつもイチノセリクトって言ってたじゃないか!」
今にも飛びかかりそうな勢いでケントが噛みついていく。タスクは自分たちがメイド服を着て女装していたことに、彼が気づいていないのだと理解し、ケントを抑えるのに必死だ。
「うーん、ゴミ漁りでもしてたんじゃないかな、きっと」
「はぁ!? 意味わかんねーよ!」
叫ぶケントを一瞥すると、本物のイチノセリクトは笑った。その笑みは、あのドラゴンの群れを瞬殺していたときの笑みに似ていた。ケントとタスクの二人の背筋が凍る。ついでに股間も縮みあがった。
「そういえばキミたち、僕のこと知ってるみたいだけど、なんで? さっき、入口で会ったのが初めて――え、もしかしてメイド服着てたのってキミたちだった!?」
リクトはそこで慌てて自身のシャワーブースから出て、タスク、ケントの順にブース内に入り、彼らの股間をチェックしていく。慌てて顔を赤らめ、両手で股間を覆い隠す二人。
「え、もしかして僕、男の子をお嫁さんにしようとしてた?」
「おい、言い方!!」
「ま、別に僕は相手が誰でも構わないよ?」
「最低だな、お前! 誰が嫁になるかってんだ!!」
うーん、残念、とばかりにリクトが自身のシャワーブースへと戻っていく。その際、彼の抱えていた企鵝のぬいぐるみの目が動揺でプルプルと震えていたことは、その場の誰も気づかなかった。
「ちょっとちょっとちょっと! 誰かは知らないけど、ボクのことを無視して話を進めないでくれるかな!?」
そこでスグキが割り込んで来る。彼を見たリクトは、何かを思い出したように指を鳴らした。
「そうだ。正式な合否発表は試験の翌日なんだけど、本人には試験終了後に合否を伝えて解散するんだよね。いろいろあって僕の担当するはずだったキミたちには何も伝えてなかったから、今ここで伝えるよ」
何を勝手なことを――。
「まず、キミとキミ、合格。一番向こうのキミは不合格」
そこまで出かかった言葉を、ケントは一瞬で飲み込んだ。唐突に告げられた合格の言葉。そして、不合格を伝えられたスグキは――。
「なんでなんでなんで!? なんでボクが不合格な――」
「うわっと、ととと。ちょっと、ペンデヴァー、急に動かないでよ」
――その瞬間、リクトのほうを向いていたケントとタスクは、スグキの叫びに反応して反対側を向くと、なぜか彼がもう、そこに立っていた。まるで幽霊のような瞬間移動に、ケントとタスクの背筋はまたもや凍り付いた。速い、などというレベルではない。まるで、もとからそちら側にいて、今まで話していた彼は幻覚だったのではないか。そんな錯覚すら覚えるような、移動速度だった。
そんな二人の驚きも知らず、リクトは、スグキの顔面に企鵝のぬいぐるみを押し付けて黙らせていた。違う。企鵝のぬいぐるみにリクトが引っ張られているようにも見えた。そんなことがあるのか? あれはぬいぐるみのはず。
やがてスグキがへなへなとその場に力なく崩れ落ちていくと、彼はケントとタスクに向かってニタリ、と笑って見せた。
「大丈夫かなぁ。うん、たぶん大丈夫だよね。ペンデヴァーがきっと新しいシャンプーの匂いを嗅がせたくなっちゃったんだろうね。洗いたてのモフモフを堪能できて、嬉しくて気を失っちゃったんだよ、きっと。キミたちも触ってみる?」
両手で抱えて企鵝のぬいぐるみを差し出してくるリクトに、ケントとタスクの二人は後退り、慌てて両手を前に出して首を左右にブンブンと振っていた。
「そっか、残念。キミたちもモフモフ堪能したくなったらいつでも貸してあげるよ。あ、それと、その子、とりあえず目が覚めたら受付に連れて行ってあげて。じゃ、ペンデヴァー、行こうか。今日は自然乾燥でいいよね? ドライヤーは時間かかるし」
その瞬間、企鵝のぬいぐるみの目が怒りマークに変化したのをケントとタスクは見てしまったような気がした。あれは人災のもと――もとい、天変地異そのものでは?
時間がなかったとはいえ、早とちりで彼を試験に引きずり込んでしまった自分たちの行動を、今さらながらに後悔し始めていた。
□■□■□
湯気の上がるシャワールーム。
狩りから戻って来たと思われる汚れた男たちでごった返していたこの場所は、すでに人ははけて利用者はまばらだ。聞いていたとおりそのまま向かったものの、利用者が多すぎて中に入れず、臭う身体のまま待たされることになったフルイケントとイサクラタスクは、汚れた服を脱ぎ捨てると、シャワールームへと飛び込んだ。
「ああ、くそ。なんなんだよ! あれ! 思い出すだけで腹立つ!」
「ケント、もうそれ言わないでよ。まだ口の中にあれが残ってる感じがして、うっぷ」
「汚ねぇな! 飲み込んでろよ!」
「ひどっ!? うっぷ……」
備え付けのボディーソープで身体にまとわりつく匂いごと、何度も何度も擦っては流し、を繰り返す二人。ハンター試験の監督官が純白のドラゴンに丸呑みされたあと、その次の標的は自分たちに移った。為すすべもなくあっという間に体内に飲み込まれた三人は、このまま死を迎えるのだと覚悟したのもつかの間、あっという間に臭い体内をドロドロの汚物と一緒に流され、外に排出されていた。
試験官は恐怖からか言葉にならない言葉をうわごとのように繰り返し、身体を震わせるだけ。しかたなくケントとタスクの二人で彼を遺跡から連れ出し、街へと戻ってきたところで、試験官の男は我に返ったように正常な意識を取り戻すと、二人にはここまででいい、世話になったとのみ告げてフラフラと一人で夜の闇へ消えて行った。
おかげでハンター試験は有耶無耶となり、二人がハンターになるという目的は果たされることはなかった。ハンター試験後、受験者には明日の合格発表まで、ハンター管理局本部の食堂、シャワールームとハンター向けの仮眠室の利用が許されており、どうせ行く宛てもないのだからと、二人は与えられた権利を利用することにして、今に至る。
「あああ、どうしようどうしようどうしよう……」
ふと隣から声が聞こえてきて、衝立の向こう側をケントが覗くと、シャワーの湯を出しっぱなしにしてしゃがみ、頭を抱える茶髪の少年の姿が目に入った。
「お前、何してんだ?」
「え……? あ、すいませんすいませんすいません! うるさかったですかね? もう黙るんで……気にしないでください、うう……」
変な奴、と思いながらもそれ以上突っ込むことはせず、ケントはシャンプーを泡立てて頭を洗い始める。
「どうしたの? ケント?」
「いや、こっち側になんか変なやつがいて」
「うわぁああ! 違います違います違います! ボクは怪しいやつなんかじゃないです! 本当なんです!」
急に立ち上がり、ケント側の衝立から頭を出して二人に訴えてくる茶髪の少年に、タスクも不審そうな顔を向ける。
「ほら、な?」
頷いてよいものか悩むところではあるが、確かに様子がおかしい。タスクはケントを挟むようにして衝立から顔を覗かせると、その茶髪の少年に話しかけた。
「僕たち、今日のハンター試験を受けたんだ。僕はイサクラタスク。で、こっちのガラの悪そうなのがフルイケント。キミは?」
「おい、ガラが悪いってなんだよ」
「まぁまぁ」
ケントがすかさず抗議してくるが、笑って誤魔化し、タスクは茶髪の少年を見た。
「ボクはスグキ・エールって言います……。ハンター試験、本当ならボクも受けるはずだったんですけど……」
「スグキ……!?」
聞き覚えのあるその名前に、ケントが反応する。タスクは声こそ上げなかったが、その顔は不審そうなものに変わっていた。だが、この少年には何やら訳ありの様子だ。二人は黙ってスグキの言葉に耳を傾けることにした。
「試験前に急にお腹が痛くなっちゃって。だめなんですよね、ボク。緊張しちゃうとすぐにお腹にきちゃうタイプで。それで収まって外に出たらもう試験は始まってて、ボクの参加するはずだった班は出発したあとでした……。参加証の名札、トイレに入る時に落したの気づいてたんだけど、トイレから出たらもうなくなってて……」
少し視線を逸らしながら、彼はシャワーの温度つまみを無意味にいじり出す。
そこで何かに気づいたように、顔を見合わせるケントとタスク。トイレの前で名札を持って立っていた黒スーツの少年――スグキは彼だったはずだ。
ということは、自分たちが早とちりして別の少年を連れて行ったということになる。そんなことは間違っても言えない。ケントとタスクは頷き合い、流れる冷や汗をシャワーで誤魔化しつつ、ケントがスグキに尋ねる。
「なあ、ちょっといいか? お前、なんでハンター試験受験しようと思ったんだ? そんなんだったら、ハンターになれたとしても無理なんじゃねーの?」
「ちょっと、ケント」
「黙ってろよ、タスク。俺たち、今日、散々な目にあったんだ。ドラゴンの群れに遭遇して、挙句、ドラゴンに食われて腹の中でもみくちゃだ。幸運にもこうして生き残れたけど、お前、同じ状況にいたら、ぜってぇドラゴンの腹の中でドラゴンと自分の糞まみれになってただろうよ」
「……」
全員が沈黙する。ケントの言っていることはもっともだ。肝心な場面で腹痛を起こしてトイレに籠ってしまうような彼が、ハンターという職業が務まるのか、甚だ疑問だ。それは本人も理解しているのか、悔しそうに唇を噛んでいる。
シャワールームには、シャワーの流れる音だけが響き渡っていた。
「……悪いことは言わねぇよ。諦めて帰るこった。っていうか、俺たちももう諦めたけどな。あんなの相手にしてらんねぇ」
「でもでもでも! ボク、ハンターになれなかったらダメなんだ……」
「ダメってどうして?」
今度はタスクが尋ねる。
「ボク、両親の反対を押し切って家を飛び出して来たんだ。ハンターになるって。だからだからだから! ならなくちゃいけないんだ!」
「あー、よくある面倒くさい、家とのしがらみってやつか」
「なんでそうまでしてハンターになりたいんだい?」
「キミたち知らないの!? ハンターになれれば、ハンター管理協会が衣食住を提供してくれる! 月給制だからお金にも困らない! そんなそんなそんな、夢のような仕事が他にあると思う!?」
「いや、でも死ぬ可能性あるんだぜ?」
正論だ。実際、ケントとタスクは死にかけた。あれを意気揚々と狩りに出かける気概はない。正直、あれを狩って来いと言われれば、目の前にいる少年同様、逃げ出してしまうに違いない。
それに、彼の言っていることを聞く限り、何か邪な感情が働いているようにも思える。対価を得るには、それなりの働きは必要だからだ。彼は調子のいいことばかり言っているが、何一つ理解していないのではないだろうか。
「ハンターの仕事は魔物狩りだけじゃないんだ! だってだってだって、この世界の秩序は誰が守ってると思ってるんだ!? ハンターたちなんだよ!?」
「お、おう……」
勢いに押され、ケントがたじろぐ。するとそこへ、もう一人、見覚えのある顔が表れ、聞き覚えのある声で話に割り込んでくる。
「ハンターはキミが思ってるほど楽な仕事じゃないよ? ハンターの仕事は狩りだ。魔物を狩らないハンターは、街中で犯罪者を狩ってる。狩りのできないハンターは、いずれ、狩られる獲物になる。ま、僕はサボってるけどさ。あれ? 僕ってもしかして誰かに狩られたりする?」
「て、てめぇは!!」
シャワールームに企鵝のぬいぐるみを持ち込んだ黒髪の少年。彼は気持ちよさそうにシャワーを浴び始めると、泡立てたボディーソープで企鵝のぬいぐるみを洗い始める。ケントとタスクには、一瞬、企鵝の目がビックリマークに変わったような気がしたが、気のせいだったようだ。
「ん? 誰だっけ? 会ったことあったかな?」
「よくもやってくれたな! あのあと大変だったんだぞ!」
「ケント、ケント……」
衝立から身を乗り出し、今にも飛びかかりそうな勢いのケントを、タスクが宥める。何かを耳打ちすると、はっとした表情をして、怒りを自制したようだった。
「ああ、自己紹介が遅れたね。僕はイチノセリクト。ここのハンター管理局で職員をやってる」
「はぁ!? 嘘つくなよ! あんた、今日、ハンター試験に参加してたじゃねぇか!」
「あれ? 何で知ってるんだい? そうだね、色々と手違いはあったけど、僕は今日の試験に試験官として参加させてもらったよ」
ケントとタスクの顔が青褪める。試験官だと思っていた男は実は試験官ではなく、同じ受験者だと思っていた少年が試験官だったなど信じられるはずがない。それが冗談だったとしても、笑えない。
――でも。だからこそ、彼はドラゴンの群れを一瞬にして屠り、ドラゴンを従えることができたのか。ハンターだけではなく、ハンター管理局の職員でさえも、あれだけの実力がなければ務まらないということか。そう考えれば、あながち冗談だと断じることもできなくなる。
「ふざけんな! じゃあ、あいつは誰だったんだ!? あの試験官! あいつもイチノセリクトって言ってたじゃないか!」
今にも飛びかかりそうな勢いでケントが噛みついていく。タスクは自分たちがメイド服を着て女装していたことに、彼が気づいていないのだと理解し、ケントを抑えるのに必死だ。
「うーん、ゴミ漁りでもしてたんじゃないかな、きっと」
「はぁ!? 意味わかんねーよ!」
叫ぶケントを一瞥すると、本物のイチノセリクトは笑った。その笑みは、あのドラゴンの群れを瞬殺していたときの笑みに似ていた。ケントとタスクの二人の背筋が凍る。ついでに股間も縮みあがった。
「そういえばキミたち、僕のこと知ってるみたいだけど、なんで? さっき、入口で会ったのが初めて――え、もしかしてメイド服着てたのってキミたちだった!?」
リクトはそこで慌てて自身のシャワーブースから出て、タスク、ケントの順にブース内に入り、彼らの股間をチェックしていく。慌てて顔を赤らめ、両手で股間を覆い隠す二人。
「え、もしかして僕、男の子をお嫁さんにしようとしてた?」
「おい、言い方!!」
「ま、別に僕は相手が誰でも構わないよ?」
「最低だな、お前! 誰が嫁になるかってんだ!!」
うーん、残念、とばかりにリクトが自身のシャワーブースへと戻っていく。その際、彼の抱えていた企鵝のぬいぐるみの目が動揺でプルプルと震えていたことは、その場の誰も気づかなかった。
「ちょっとちょっとちょっと! 誰かは知らないけど、ボクのことを無視して話を進めないでくれるかな!?」
そこでスグキが割り込んで来る。彼を見たリクトは、何かを思い出したように指を鳴らした。
「そうだ。正式な合否発表は試験の翌日なんだけど、本人には試験終了後に合否を伝えて解散するんだよね。いろいろあって僕の担当するはずだったキミたちには何も伝えてなかったから、今ここで伝えるよ」
何を勝手なことを――。
「まず、キミとキミ、合格。一番向こうのキミは不合格」
そこまで出かかった言葉を、ケントは一瞬で飲み込んだ。唐突に告げられた合格の言葉。そして、不合格を伝えられたスグキは――。
「なんでなんでなんで!? なんでボクが不合格な――」
「うわっと、ととと。ちょっと、ペンデヴァー、急に動かないでよ」
――その瞬間、リクトのほうを向いていたケントとタスクは、スグキの叫びに反応して反対側を向くと、なぜか彼がもう、そこに立っていた。まるで幽霊のような瞬間移動に、ケントとタスクの背筋はまたもや凍り付いた。速い、などというレベルではない。まるで、もとからそちら側にいて、今まで話していた彼は幻覚だったのではないか。そんな錯覚すら覚えるような、移動速度だった。
そんな二人の驚きも知らず、リクトは、スグキの顔面に企鵝のぬいぐるみを押し付けて黙らせていた。違う。企鵝のぬいぐるみにリクトが引っ張られているようにも見えた。そんなことがあるのか? あれはぬいぐるみのはず。
やがてスグキがへなへなとその場に力なく崩れ落ちていくと、彼はケントとタスクに向かってニタリ、と笑って見せた。
「大丈夫かなぁ。うん、たぶん大丈夫だよね。ペンデヴァーがきっと新しいシャンプーの匂いを嗅がせたくなっちゃったんだろうね。洗いたてのモフモフを堪能できて、嬉しくて気を失っちゃったんだよ、きっと。キミたちも触ってみる?」
両手で抱えて企鵝のぬいぐるみを差し出してくるリクトに、ケントとタスクの二人は後退り、慌てて両手を前に出して首を左右にブンブンと振っていた。
「そっか、残念。キミたちもモフモフ堪能したくなったらいつでも貸してあげるよ。あ、それと、その子、とりあえず目が覚めたら受付に連れて行ってあげて。じゃ、ペンデヴァー、行こうか。今日は自然乾燥でいいよね? ドライヤーは時間かかるし」
その瞬間、企鵝のぬいぐるみの目が怒りマークに変化したのをケントとタスクは見てしまったような気がした。あれは人災のもと――もとい、天変地異そのものでは?
時間がなかったとはいえ、早とちりで彼を試験に引きずり込んでしまった自分たちの行動を、今さらながらに後悔し始めていた。
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