「君はありのままでいい」と言われたのでうきうき嫁いだ先の辺境伯様がありのまま過ぎて困る

有沢楓花

文字の大きさ
6 / 11

第6話 妻が知らない旦那様

しおりを挟む
「シュネー、そのことは暫く考えなくていい」

 シュネーは耳を疑って、つい無遠慮に問い直した。

「……え? 子供について考えてはいけませんの?」
「若いのだから、子供を焦ることはない」
「男性はよくそう仰いますけれど、複数人望むのであれば、悠長に構えていられませんわ」
「それはうちとあちらの義両親ごりょうしんの考えだろう。君自身はどう考えている?」

 真っすぐな視線も声音もいつも通り硬質で真摯だ。ただそこに、何か普段とは違う、揺らぎのない意志のようなものが感じられた。
 シュネーは少々戸惑ったが、貴族の子女としては――しかも、役に立たなければ離婚しろと実家からちらつかせられている以上――言わなければならない。

「旦那様、ご承知のようにこれは政略結婚ですわ。旦那様のご両親も、私の両親も納得いたしません」
「……そうか、君の立場と言葉は承知した。
 だがまだ君はここに来て日が浅い。本来はこの日数で判断できる状況ではないと思う。
 もし身重になれば不便も出てくるはずだ。何かあっても責任を取らなければならないのは親ではなく君自身だ」

 正論で、ただ先延ばしが確定した回答にシュネーが不満げな顔になっていたからだろうか、ヴェルクは宥めるように微笑した。

「わたしは妻に思うようにさせられない、情けない男ではないつもりだ。遠慮深いのは世間では美徳とされているようだが、希望くらい叶えさせて欲しい」
「特段遠慮深いつもりはありませんし、希望はだいたい叶っていますけれど」

 どちらかと言えば、実家でも我儘だと思われてきたし、実際そういう振る舞いもしてきた。ヴェルクにも、圧は感じるものの義母にも基本的には良くしてもらっている。

「気に入られようとか、義務で産みたいなどと言わなくていい。
 もしわたしの機嫌をとりたいなら、まずは城や領地について知ってもらいたい。領主夫人としてこの土地を知り、それからでも遅くない」
「……はい」
「そろそろ定期の魔物討伐に出るから、少し城を留守にしなければならない。 
 その頃には城の生活にも多少慣れているだろうし、そこで改めて話し合うのはどうだろうか」
「……分かりましたわ」

 内心渋々ではあるが、シュネーは頷いた。
 顎を上げ、いくら眺めても見飽きない美貌から何か真意が汲み取れないかとじっと見つめれば、首を傾げられた。

「ん? 顔に何かついているか」
「いいえ、何も分からないのが問題なのですわ、きっと」

 親からの手紙のことを知られてはいないかと、何となく後ろめたいのは何故だろうか。
 シュネー自身に親になる覚悟なんて本当はまだないことを、それなのに“貴族らしく”唯々諾々と流されていることを、軽挙だと見透かされているのだろうか。
 それに、政略結婚という一点では協力し合えると思ったのに、どうやらこの人は任務を遂行する気持ちが薄いらしい――と、シュネーは思った。

 ないがしろにされているとは思わない。むしろとても大事にされていると思う。
 それなのに本心は語られず、大事にする方法に既視感がある、気がする。

「そうか。……それではそろそろ雪を片付けて部屋に戻ろう。風邪を引いては困る」

 シュネーは頷き魔法で雪を水に変えてしまおうとしたが、ヴェルクはそれを制し、

「君を見習ってうまく調整できるようになりたい。見ていてくれるだろうか」
「ええ、勿論ですわ」

 ヴェルクは城では殆ど炎の魔術を使わない。感情も魔法もかなり抑制が効いている人のように思えたが、特に避けている風だった。
 眉間に僅かに皺を寄せ、手から生み出された小さな火と熱が躍るように雪の上を撫でて静かに溶かしていく。
 こうした作業を苦手とするようには見えないのに、必要以上に慎重に絞られた魔力の流れが分かる。

「燃やすことばかり上手くなってしまったからな。君のように繊細な彫刻を作ることなどできないのだ」
「ヴェルク様は、ご自身の火がお嫌いですの?」

 それはほんのちょっとした疑問だった――本気で知りたかったわけでもない。
 それなのに火がふっと消えて、横顔にまるで置いて行かれた子供のような表情が浮かんだものだから、シュネーは見間違いかと目を瞬いた。
 目を開いたときにはもう影も形もなかったけれど、それは確かにあった。

 黙り込む彼の名をためらいがちに呼ぼうとした時、

「団長!」

 赤茶の髪のショートカットの女性が、練習場から手を振りながら駆けてきた。ひらり舞う春らしいグリーンのスカートの軽やかさに、ふくよかな胸。
 年齢はシュネーと同じか少し下くらいだろうか、緑の目がにこっと、遠慮なく伯爵に向けて笑いかける。散ったそばかすが快活さを際立たせるようだった。

「今日は来客が多いな」
「お探ししたんですよ! ……っと、失礼いたしました!」

 女性は器用にぴょこりとシュネーにお辞儀すると、1メートルほど手前で立ち止まり、ぴしっと騎士のように屹立した。

「城で騎士見習いをしておりますハンマーシュミットです! 所属は斥候部隊です!」
「先日従騎士になったばかりなんだ」
「初めまして。騎士の方々には一度改めてご挨拶をと思っておりましたの」
「……団長、ここでもまた半裸なんですか。奥様もびっくりしたでしょう」

 満面の、邪気のない笑顔のハンマーシュミットに笑顔を返しながら、何故かシュネーはひっかかりを覚える。

「随分親しそうですわね?」
「騎士の家系でこそないが、幼い頃から訓練をよく見に来ていたのだ。そんな子供は大勢いるが、飽きずに見続けて実際に志願してくる者はそう多くない」
「団長は昔からとっても格好良かったんですよ! 巨大猪の巣の殲滅に、七ツ沼のスキュラ退治……!」

 朗らかな顔で語られる憧れは真っすぐすぎて、眩しいほどだ。

「恥ずかしいからもういい。……シュネー、斥候には個人的な依頼をすることもある。定期的に、城下の見回りに行ってもらっているんだ」
「団長、今日も平和そのものでしたが、収穫もありましたよ。畑の被害のこととか……」
「それは後で聞こう。討伐日程の調整の参考にしたい」

 目の前で行われる、自分の知らない話題に、シュネーは先ほどヴェルクが許可を出したように、少しだけ思うように振舞ってみることに――口を挟んでみる。

「……先ほども仰っていた討伐とは、ヴェストではどのように行いますの?」
「毎年季節ごとに、居住地周辺から魔物を追い払うための討伐隊を編成して決まったルートを巡回する。
 魔物が増えた時だけでなく、他国と諍いがあった時に騎士だけではとても足りないから、傭兵を雇うだろう」
「そうですわね」
「元々多くは農民だから、彼らの練度や装備品の供給ルートの維持を兼ねている」
「どれくらい留守になさいますの?」
「10日ほどで帰る。もう何度となく行っているから、安心して欲しい」

 10日も。
 シュネーの実家では時折、しかも1、2日で済んでしまう傭兵の演習の長さに温暖ながらここは辺境だったのだ、と思い出す。

「大丈夫ですよ奥様。最近はあんまり強い魔物も出ないんです。それに交代で行くんですから、守りが手薄になることもありません」
「お前は今回が初めての演習だろう?」
「そうですけど」

 シュネーはヴェルクの、部下を見るにしては優しい眼差しに、気遣いばかりでない親しみを読み取ってしまう。
 恋愛ではないと思うけれど、ずっと同じ時間を同じ場所で過ごしてきた仲間に向けるものだ。

「……シュネー?」

 ヴェルクがシュネーに、妻に向ける顔は違う。
 仲間でも育んだ親愛や信頼でもなく、教師と生徒のような。
 そう、庇護の対象――さっき子供たちを心配するものと重なった。

(生まれてからずっとこの城で過ごされていたのに、突然来た私なんかには追い越せないのだわ)

「……寒くなってきましたわ。申し訳ありませんが、もう部屋に戻りますわね」

 手足の末端に冷えを感じ、シュネーは指先をこすり合わせた。

「では送ろう」
「お仕事でしょう、お構いなく。一人で戻れますわ。ハンマーシュミットさんも頑張ってくださいね」
「はい! 新婚さんの団長にはみんな無理させないって張り切ってます。大船に乗ったつもりで任せてください。――奥様もご安心くださいね!」
「……ええ」

 シュネーは淡く微笑むと、ヴェルクの視線と伸びる手を振り切るように城内へ続く扉の中へ駆け込む。
 大した距離など走っていないのに鼓動が早くてうるさくて、そのくせ指先は息を吹きかけても温まらない。

 ぎゅっとショールを掴んで指先を握り込み、あり得ないはずの感情に戸惑う。

(こんなこと、はじめから分かり切っていたことではありませんの?)

 嫁入り先で孤独になろうが、平気だと思っていた。ヴェルクは人並み以上に親切だと思ったからだ。
 それでも疎外感を強く感じてしまうなら自分自身に理由がある。

(ヴェルク様への憧れを、うまく飼いならすつもりでしたのに。私って思ったより惚れっぽいのね)

 自室へ戻ったシュネーは、早速熾火の暖炉の前にしゃがみ込む。
 泣きたいような気持ちだったのに、何故だか自然と、不敵な笑みがこぼれた。手をかざすついでとばかり炎に向かって宣言する。

「――こんな幸運、滅多にありはしませんもの。頑張りますわ。何より私のために」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】男装の側近 〜双子の妹は腹黒王子の溺愛からは逃げられない〜

恋せよ恋
恋愛
「お前、なんだか......女っぽいよな?」 病弱な兄の身代わりで、男装し学園に入学したレオーネ。 完璧で美麗な騎士「レオン」として、 冷徹な第二王子・マクシミリアンの側近となったが…… 実は殿下には、初日から正体がバレていた!? 「俺を守って死ぬと言ったな。ならば一生、俺の隣で飼い殺されろ」 戦場では背中を預け合い、寝室では甘く追い詰められる。 正体がバレたら即破滅の「替え玉側近ライフ」は、 王子の執着全開な溺愛ルートへと強制突入する――! 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします

たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。 荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。 「この猫に構うな。人間嫌いだから」 冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。 猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。

冷酷侯爵と政略結婚したら、実家がざまぁされました

鍛高譚
恋愛
「この結婚は、家のため。ただの政略結婚よ」 そう言い聞かせ、愛のない結婚を受け入れた公爵令嬢リゼット。 しかし、挙式後すぐに父が「婚約破棄しろ」と命じてきた!? だが、夫であるアレクシス・フォン・シュヴァルツ侯爵は冷たく言い放つ。 「彼女を渡すつもりはない」 冷酷無慈悲と噂される侯爵が、なぜかリゼットを溺愛し始める!? 毎日甘やかされ、守られ、気づけば逃げ場なし! さらに、父の不正が明るみに出て、公爵家は失墜―― リゼットを道具として利用しようとした者たちに、ざまぁの鉄槌が下される! 政略結婚から始まる、甘々溺愛ラブストーリー! 「愛なんてないはずなのに……どうしてこんなに大切にされるの?」

【完結】その令嬢は可憐で清楚な深窓令嬢ではない

まりぃべる
恋愛
王都から少し離れた伯爵領地に住む、アウロラ=フランソンは領地の特産物である馬を領民と共に育てている。 一つ上の兄スティーグは学友から、妹を紹介しろと言われるが毎回断っていた。そしてその事を、寮から帰ってくる度に確認される。 貴族で伯爵家の娘であるアウロラは、そのうちいつかはどこかの家柄の男性と結婚をしなければならないのだと漠然と思っている。ワガママが許されるのなら、自分の好きな乗馬は止めたくなかったし結婚はしたくなかったけれども。 両親は好きにすればいいと思っていたが、父親の知り合いから結婚の打診が来て、まずは会うだけならと受けてしまった。 アウロラは、『仕方ない…いい人だといいなぁ』と思いながら会い、中身を知ろうとまずは友人から始めようと出掛ける事になるのだが、なかなか話も噛み合わないし価値観も違うため会話も出来ない。 そんな姿を見てか相手からは清楚だなんだと言われていたが、相手がある女性を助けた事で「僕達別れよう」と一方的に言われることになった。 あまりの事に驚くが、アウロラもまたある男性と出会い、そして幸せになるお話。 ☆★ ・まりぃべるの世界観です。現実とは常識も考え方も似ているところもあれば、全く違う場合もあります。単語や言葉も、現実世界とは意味や表現が若干違うものもあります。 ・人名、地名など現実世界と似たもしくは同じようではありますが全く関係ありません。 ・王道とは違う、まりぃべるの世界観です。それを分かった上で、暇つぶしにでも楽しんでもらえるととても嬉しいです。 ・書き終えています。順次投稿します。

婚約破棄?結構ですわ。公爵令嬢は今日も優雅に生きております

鍛高譚
恋愛
婚約破棄された直後、階段から転げ落ちて前世の記憶が蘇った公爵令嬢レイラ・フォン・アーデルハイド。 彼女の前世は、ブラック企業で心身をすり減らして働いていたOLだった。――けれど、今は違う! 「復讐? 見返す? そんな面倒くさいこと、やってられませんわ」 「婚約破棄? そんなの大したことじゃありません。むしろ、自由になって最高ですわ!」 貴族の婚姻は家同士の結びつき――つまりビジネス。恋愛感情など二の次なのだから、破談になったところで何のダメージもなし。 それよりも、レイラにはやりたいことがたくさんある。ぶどう園の品種改良、ワインの販路拡大、新商品の開発、そして優雅なティータイム! そう、彼女はただ「貴族令嬢としての特権をフル活用して、人生を楽しむ」ことを決めたのだ。 ところが、彼女の自由気ままな行動が、なぜか周囲をざわつかせていく。 婚約破棄した王太子はなぜか複雑な顔をし、貴族たちは彼女の事業に注目し始める。 そして、彼女が手がけた最高級ワインはプレミア化し、ついには王室から直々に取引の申し出が……!? 「はぁ……復讐しないのに、勝手に“ざまぁ”になってしまいましたわ」 復讐も愛憎劇も不要! ただひたすらに自分の幸せを追求するだけの公爵令嬢が、気づけば最強の貴族になっていた!? 優雅で自由気ままな貴族ライフ、ここに開幕!

ぽっちゃり侯爵と大食い令嬢の甘い婚約生活

piyo
恋愛
女性秘書官として働きながら、“大食い令嬢”の異名を持つダニエラ。そんな彼女に、上司のガリウスがひとつの縁談を持ってくる。 相手は名門オウネル侯爵家の当主、キーレン・オウネル。 大変ふくよかな体形の彼は、自分と同じように食を楽しんでくれる相手を探していた。 一方のダニエラも、自分と同じくらいの食欲のある伴侶を求めていたため、お茶会を通じて二人は晴れて婚約者となる。 ゆっくりと距離を縮め、穏やかに愛を育んでいく二人だが、 結婚式の半年前、キーレンが交易交渉のため国外へ赴くことになり―― ※なろうにも掲載しています

【完結】顔が良ければそれでいいと思っていたけれど、気づけば彼に本気で恋していました。

朝日みらい
恋愛
魔物を討伐し国を救った若き魔術師アリア・フェルディナンド。 国王から「望むものを何でも与える」と言われた彼女が選んだ褒美は―― 「国一番の美男子を、夫にください」 という前代未聞のひと言だった。 急遽開かれた婿候補サロンで、アリアが一目で心を奪われたのは、 “夜の街の帝王”と呼ばれる美貌の青年ルシアン・クロード。 女たらし、金遣いが荒い、家の恥―― そんな悪評だらけの彼を、アリアは迷わず指名する。 「顔が好きだからです」 直球すぎる理由に戸惑うルシアン。 だが彼には、誰にも言えない孤独と過去があった。 これは、 顔だけで選んだはずの英雄と、 誰にも本気で愛されたことのない美貌の青年が、 “契約婚”から始める恋の物語。

本物聖女の力は無力でした ――見世物レベルの聖女のおかげで婚約破棄されました――**

鷹 綾
恋愛
魔法が存在しないと信じられていた世界に、 突如として現れた「本物の聖女」。 空中浮遊、瞬間移動、念動力―― 奇跡を披露した平民の少女は、たちまち市民の熱狂を集め、 王太子はその力に目を奪われる。 その結果、 王太子の婚約者だった公爵令嬢アストリアは、 一方的に婚約を破棄されてしまった。 だが、聖女の力は―― ・空中浮遊は、地上三十センチ ・瞬間移動は、秒速一メートル ・念動力は、手で持てる重さまで 派手ではあるが、実用性は乏しい。 聖女の力は、見世物レベル。 少なくとも、誰もがそう判断していた。 それでも人々は喝采し、 権威は少女を縛り、 「聖女」という立場だけが一人歩きしていく。 そんな中、婚約破棄された公爵令嬢アストリアは、 ある違和感に気づき始める。 ――奇跡よりも、奪われているものがあることに。 派手な復讐はない。 怒鳴り返しもしない。 けれど静かに、確実に、 “正しさ”は明らかになっていく。 見世物にされた奇跡と、 尊厳を取り戻す少女たちの物語。 ---

処理中です...