「君はありのままでいい」と言われたのでうきうき嫁いだ先の辺境伯様がありのまま過ぎて困る

有沢楓花

文字の大きさ
7 / 11

第7話 最初は服を着せたかっただけなのに

しおりを挟む
「……それはどうしたんだ」

 図書室の扉をくぐり、呼び出した妻――シュネーの姿を認めるなり、ヴェルクは戸惑った声を上げた。

 雪遊びの日の夜から、シュネーは奇妙な行動を取り始めていた。
 毎日朝晩の気温を測り、夜ごと寝室にも温度計を持ち込み、ヴェルクが心地よく感じるようあらゆる位置と距離から氷の魔法を当てて奇妙なノートに――『ヴェルク様の記録』と題されたそれに書き込むようになっていた。

 ヴェルクに案内してもらい、一通りの城内の場所と人々の持ち回りや仕事を確認した後からは、せっせと図書館と魔術師の詰め所を往復している。

「お待ちしておりましたわ」

 振り向いたシュネーは、手に持っていた1メートルほどの薄い布を、ぴっと張るようにして見せつける。一見リネンのようだが妙に光沢があって、光の加減で艶めいて見えた。
 ヴェルクも魔術師であれば当然、そこにまとわりついている魔力も一緒に見えただろう。

「これがヴェルク様専用の布ですわ! 私とお城の魔術師、機織り職人の方たちの努力の結晶ですわ。
 この布をどのように加工するか、実験――こほん、ご意見を伺いたくてお呼びしましたのよ」

 さあ早速触ってください、とシュネーは歩み寄ってきた手に布を押し付けた。
 金属を使用しているにも関わらず、さらりとした引っかかりのない手触りはかなりこだわった部分だ。

「そうか。しかしこのような暖炉のない場所でなくとも」
「お優しいですわね。でも、ご安心くださいませ」

 シュネーが空いた手で、もこもこの飾りが縁どる毛皮のコートを見せつけるように開けば――彼には一瞬怯まれたように思えた――裏地に付けられた幾つもの内ポケットがほんの少し膨らんでいる。

「個人的なお財布の中身をぶっぱなしましたの」
「ぶっぱなし……うん。……今、何と言ったかな?」
「魔導具の大量購入ですわ。寒いから動けない、となればますます活動時間は減り、筋力量と代謝が落ちますわ。ならば温めるまで、ですわ!
 あ、取り換え用は充魔力中ですの。欠点はヴェルク様にくっつけないことですわね」
「そうか、暖かいなら良かった。言ってくれれば用意したのだが、気付かず済まなかった」

 しごく真面目に頷いているヴェルクだが、後半聞き流されたので、シュネーはもう一度言う。

「欠点は、ヴェルク様にくっつけないことですわ」
「……そ、そうか」
「それから、謝られることはありませんわ。熱くするなんて発想で暑くなってしまいますでしょう?」

 コートの前を閉じると、シュネーは手で積み上げられた本を示した。そこに更に一列、10冊ほどがイルゼによって運ばれてきて、どんと追加される。

「シュネー様、お運びしました」
「ありがとう、イルゼ。……それでヴェルク様。私、最初はこの服の逆を考えましたの。冷たいものを携帯するような。
 ですけれど、魔力の補充は遠征中は難しいでしょう? ならば布自体を涼しい素材で、風が通りやすいかたちで作ればよいと思いましたの」
「それで魔法銀に氷の魔力を付与エンチャントしたのか」
「ええ、それを細い糸にして放湿性の高いリネンと一緒に織りましたの。正直、発想よりも専用の織機の開発の方に手間取りましたわ。
 さすが辺境伯領ですわね、対魔物用の魔法銀の加工技術が高くて助かりましたわ」

 イルゼが運んできた本は、南方の国の服飾カタログだった。

「最近何やらやっていたのは、このためだったのか」
「ええ、布を首や腕に当ててみてください。体温の変化も記録させてくださいね。試作品を作って、出立前には間に合わせますわ」

 にこりと笑ったシュネーだが、元々白い肌が不健康に青白く、目の下にクマができている。

「もしや夜に会った後、一人で本でも読んでいるのだろうか」
「……そうですわね」
「根を詰め過ぎて疲れているのではないか。しばらく夜はゆっくり休んだ方がいい」

 それはできませんわ、と言おうとしたシュネーだったが、口から欠伸が出かけてしまったので、大人しく頷くことにした。

「残念ですけれど……今日のところはそうさせていただきますわね」
「それに焦ることはない。上半身裸なことには慣れている。暑さも必要なら魔法で冷ますし、汚れも傷も綺麗にできる」
「さすが稀代の魔術師ですわ」

 感心して頷くが、でき過ぎるのも弊害があるということだろう。でなければ服を着て生活していたはずだから。

「遠征でも、気にしなければならないのは人目くらいだ」
「でも、旦那様がいかに才能のある方でも、やはり少しでも傷付かない方法があればそちらの方が嬉しいですわ」
「心配をかけていることは済まないと思う。……ところでそれは?」

 シュネーがしおりを挟んだデザイン書をヴェルクのために広げていると、彼はよけられた薄い冊子に目を留める。

「ああこれは、騎士団ファンの方が描いたスケッチ集ですわ、お気になさらず」
「……スケッチ? 領民が好きで描いたものだろうか。騎士団として許可した覚えは――何だろう、これは?」

 表紙の凛々しい騎乗姿のそれを手に取って開くと、訓練中の騎士たちの姿が一枚一枚繊細なタッチで描かれていた。街に出たイルゼが買ってきてくれたのだ。
 剣の稽古、騎乗の突撃訓練、陣地の構築、食事の風景……くつろいだ姿まで。時々差し込まれている「ここが推し」コメントに、妙な愛が溢れているのをそういうことに疎いヴェルクも感じた。

「騎士団のことをもっと知りたかったなら、案内するが……その、半裸の男が多くないだろうか」
「上半身裸の男性を見慣れるためですわ」

 淑女らしくない台詞を言い切ったシュネーを、ヴェルクは珍しく何とも言い難い表情で、まじまじと見つめる。しかし冗談で口にしたのではない。

「今の状態でヴェルク様と親しくなるには、服を着ていただくか私が慣れるしかありません。どちらかならば、後者の方が即効性があるでしょう?」
「それは……いや、確かに?」
「少し慣れてきましたの。今後は実物を間近で見た方が良さそうですわね」
「それならば、わたしでも良いのではないだろうか?」
「……それはともかく、こちらの候補からいくつか良さそうな型を選んでくださいませ」

 シュネーは本を広げると、裁縫師が言っていたことを口にした。

「そういえば旦那様のサイズ、最後にお計りしたのが一年ほど前だとか。それまでは城でも服を着ていらしたそうですし、育児日記にも服を脱いで困るとの記述があったのは、本当に小さい頃だけでしたわ」
「……そ……そうだったか」

 言い淀むヴェルクが動揺しているのは明らかだった。
 心の機微に疎いシュネーでも分かるほど。

 シュネーはじっとその顔を、わざと真顔で見つめる。領主としてはともかく、個人的に隠しごとをするような、そして隠しおおせるような性格ではないだろうと思ったからだ。

「そうでしたわ」
「そうだったろうか」
「三度は読み直しましたので間違いありませんわ」
「そうか、きっと気が緩んで忘れていたのだろう」
「……緩んで……そう、そうですの」

 裁縫師に教えてもらうまで、シュネーは彼が長い間、城では半裸で過ごしているものと思っていたし、そう態度にも出ていたと思う。その勘違いをヴェルクはわざと止めなかった。たぶん。

 一年ほど前と言えばちょうど婚約が決まったころだが――ストレスだったのだろうか、今のシュネーのように環境の変化などが。
 今まで婚約もしてこなかったのだから、それはあり得る。
 彼のことだから、隠すとしても悪い動機ではないだろう。気遣ってのことかもしれない。それでも、真相を知りたかった。

(緩んだのでなく緊張ではないかしら……?)

 心の中で呟くにとどめて、シュネーは追加調査の決意を悟られないよう、服のカタログをずいとヴェルクに押しやった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】男装の側近 〜双子の妹は腹黒王子の溺愛からは逃げられない〜

恋せよ恋
恋愛
「お前、なんだか......女っぽいよな?」 病弱な兄の身代わりで、男装し学園に入学したレオーネ。 完璧で美麗な騎士「レオン」として、 冷徹な第二王子・マクシミリアンの側近となったが…… 実は殿下には、初日から正体がバレていた!? 「俺を守って死ぬと言ったな。ならば一生、俺の隣で飼い殺されろ」 戦場では背中を預け合い、寝室では甘く追い詰められる。 正体がバレたら即破滅の「替え玉側近ライフ」は、 王子の執着全開な溺愛ルートへと強制突入する――! 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします

たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。 荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。 「この猫に構うな。人間嫌いだから」 冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。 猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。

冷酷侯爵と政略結婚したら、実家がざまぁされました

鍛高譚
恋愛
「この結婚は、家のため。ただの政略結婚よ」 そう言い聞かせ、愛のない結婚を受け入れた公爵令嬢リゼット。 しかし、挙式後すぐに父が「婚約破棄しろ」と命じてきた!? だが、夫であるアレクシス・フォン・シュヴァルツ侯爵は冷たく言い放つ。 「彼女を渡すつもりはない」 冷酷無慈悲と噂される侯爵が、なぜかリゼットを溺愛し始める!? 毎日甘やかされ、守られ、気づけば逃げ場なし! さらに、父の不正が明るみに出て、公爵家は失墜―― リゼットを道具として利用しようとした者たちに、ざまぁの鉄槌が下される! 政略結婚から始まる、甘々溺愛ラブストーリー! 「愛なんてないはずなのに……どうしてこんなに大切にされるの?」

【完結】その令嬢は可憐で清楚な深窓令嬢ではない

まりぃべる
恋愛
王都から少し離れた伯爵領地に住む、アウロラ=フランソンは領地の特産物である馬を領民と共に育てている。 一つ上の兄スティーグは学友から、妹を紹介しろと言われるが毎回断っていた。そしてその事を、寮から帰ってくる度に確認される。 貴族で伯爵家の娘であるアウロラは、そのうちいつかはどこかの家柄の男性と結婚をしなければならないのだと漠然と思っている。ワガママが許されるのなら、自分の好きな乗馬は止めたくなかったし結婚はしたくなかったけれども。 両親は好きにすればいいと思っていたが、父親の知り合いから結婚の打診が来て、まずは会うだけならと受けてしまった。 アウロラは、『仕方ない…いい人だといいなぁ』と思いながら会い、中身を知ろうとまずは友人から始めようと出掛ける事になるのだが、なかなか話も噛み合わないし価値観も違うため会話も出来ない。 そんな姿を見てか相手からは清楚だなんだと言われていたが、相手がある女性を助けた事で「僕達別れよう」と一方的に言われることになった。 あまりの事に驚くが、アウロラもまたある男性と出会い、そして幸せになるお話。 ☆★ ・まりぃべるの世界観です。現実とは常識も考え方も似ているところもあれば、全く違う場合もあります。単語や言葉も、現実世界とは意味や表現が若干違うものもあります。 ・人名、地名など現実世界と似たもしくは同じようではありますが全く関係ありません。 ・王道とは違う、まりぃべるの世界観です。それを分かった上で、暇つぶしにでも楽しんでもらえるととても嬉しいです。 ・書き終えています。順次投稿します。

婚約破棄?結構ですわ。公爵令嬢は今日も優雅に生きております

鍛高譚
恋愛
婚約破棄された直後、階段から転げ落ちて前世の記憶が蘇った公爵令嬢レイラ・フォン・アーデルハイド。 彼女の前世は、ブラック企業で心身をすり減らして働いていたOLだった。――けれど、今は違う! 「復讐? 見返す? そんな面倒くさいこと、やってられませんわ」 「婚約破棄? そんなの大したことじゃありません。むしろ、自由になって最高ですわ!」 貴族の婚姻は家同士の結びつき――つまりビジネス。恋愛感情など二の次なのだから、破談になったところで何のダメージもなし。 それよりも、レイラにはやりたいことがたくさんある。ぶどう園の品種改良、ワインの販路拡大、新商品の開発、そして優雅なティータイム! そう、彼女はただ「貴族令嬢としての特権をフル活用して、人生を楽しむ」ことを決めたのだ。 ところが、彼女の自由気ままな行動が、なぜか周囲をざわつかせていく。 婚約破棄した王太子はなぜか複雑な顔をし、貴族たちは彼女の事業に注目し始める。 そして、彼女が手がけた最高級ワインはプレミア化し、ついには王室から直々に取引の申し出が……!? 「はぁ……復讐しないのに、勝手に“ざまぁ”になってしまいましたわ」 復讐も愛憎劇も不要! ただひたすらに自分の幸せを追求するだけの公爵令嬢が、気づけば最強の貴族になっていた!? 優雅で自由気ままな貴族ライフ、ここに開幕!

ぽっちゃり侯爵と大食い令嬢の甘い婚約生活

piyo
恋愛
女性秘書官として働きながら、“大食い令嬢”の異名を持つダニエラ。そんな彼女に、上司のガリウスがひとつの縁談を持ってくる。 相手は名門オウネル侯爵家の当主、キーレン・オウネル。 大変ふくよかな体形の彼は、自分と同じように食を楽しんでくれる相手を探していた。 一方のダニエラも、自分と同じくらいの食欲のある伴侶を求めていたため、お茶会を通じて二人は晴れて婚約者となる。 ゆっくりと距離を縮め、穏やかに愛を育んでいく二人だが、 結婚式の半年前、キーレンが交易交渉のため国外へ赴くことになり―― ※なろうにも掲載しています

【完結】顔が良ければそれでいいと思っていたけれど、気づけば彼に本気で恋していました。

朝日みらい
恋愛
魔物を討伐し国を救った若き魔術師アリア・フェルディナンド。 国王から「望むものを何でも与える」と言われた彼女が選んだ褒美は―― 「国一番の美男子を、夫にください」 という前代未聞のひと言だった。 急遽開かれた婿候補サロンで、アリアが一目で心を奪われたのは、 “夜の街の帝王”と呼ばれる美貌の青年ルシアン・クロード。 女たらし、金遣いが荒い、家の恥―― そんな悪評だらけの彼を、アリアは迷わず指名する。 「顔が好きだからです」 直球すぎる理由に戸惑うルシアン。 だが彼には、誰にも言えない孤独と過去があった。 これは、 顔だけで選んだはずの英雄と、 誰にも本気で愛されたことのない美貌の青年が、 “契約婚”から始める恋の物語。

本物聖女の力は無力でした ――見世物レベルの聖女のおかげで婚約破棄されました――**

鷹 綾
恋愛
魔法が存在しないと信じられていた世界に、 突如として現れた「本物の聖女」。 空中浮遊、瞬間移動、念動力―― 奇跡を披露した平民の少女は、たちまち市民の熱狂を集め、 王太子はその力に目を奪われる。 その結果、 王太子の婚約者だった公爵令嬢アストリアは、 一方的に婚約を破棄されてしまった。 だが、聖女の力は―― ・空中浮遊は、地上三十センチ ・瞬間移動は、秒速一メートル ・念動力は、手で持てる重さまで 派手ではあるが、実用性は乏しい。 聖女の力は、見世物レベル。 少なくとも、誰もがそう判断していた。 それでも人々は喝采し、 権威は少女を縛り、 「聖女」という立場だけが一人歩きしていく。 そんな中、婚約破棄された公爵令嬢アストリアは、 ある違和感に気づき始める。 ――奇跡よりも、奪われているものがあることに。 派手な復讐はない。 怒鳴り返しもしない。 けれど静かに、確実に、 “正しさ”は明らかになっていく。 見世物にされた奇跡と、 尊厳を取り戻す少女たちの物語。 ---

処理中です...