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第3話 叶わぬ恋
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国内の貴族の子女の殆どは、在学中にその立場を認められるため、高等部の三年次までには王城で社交界に加わることになっている。
その頃には大方婚約者かその候補が決められているため、パートナーと参加するのが通例だ。
……そんな慣習がなければ、ハリエットはルークの腕に一度も捕まることはできなかっただろう。だってそれどころか、イーディスの隣にいても視界に殆ど入っていないことを、毎日、思い知らされていたから。
「最近、イーディス様と仲がいいとは思っていたけど」
「紹介してくれとは言わないのですね」
「さすがにそれは、俺のモラルに反するな」
屈託のない言いようは、ハリエットが彼には絶対に好意を見せないように気を付けていたからだ。
初めて腕を掴んで、そのたくましさにドキドキしていることも絶対に悟らせない。
始まる前から失恋しているのに、自分からダメージを負いに行く趣味はなかった。
少なくとも秘めてさえいれば、まだしばらくこの関係は続く……正直なところ、彼がこの不毛な恋をどうして続けていて、どうするつもりなのか、知りたかった。
「結果的にそうなりそうですけど。……婚約者でない人を、追いかけるのは……?」
なけなしの勇気を振り絞って尋ねれば――この辺り、絶対にルークには敵わないのだ――、歯を見せて笑う。
「言うようになったな。……ハリエット嬢も」
そんな姿を、親しいと取られたのか周囲の大人に微笑まれる。
事実は全く恋愛対象の外だからで、彼がまた悪人では――迷惑ではあったけれど――ないからだった。
政略結婚が大半のこの国では、実際のところ結婚後に他のパートナーを持つことも珍しくない。
二人は腕を組んだまま、夜会の会場に入る。既に社交界デビュー済みだったので、入り口で白々しい“婚約者”の肩書きが読み上げられた。
王城の広いホールでは、釣り下がるシャンデリアの更に上で描かれた天使たちに見守られながら、多くの男女が会話を交わしている。
ある者は食事を楽しみ、ある者は酒を持ち隅でひそひそ話を。ある者は顔を輝かせて、楽団が奏でる曲に乗って、中央でダンスを踊る。
「……実のところ、俺自身の恋愛がどうとかは、二番目なんだ」
「二番目というと?」
「一番目は、好きな人が幸せになることに決まってるだろ」
「誰も横恋慕しなければ、幸せになるのが決まっているのに? ……それじゃまるで」
不幸になることを知っているみたいな口ぶりだ、と言いかけて口を噤む。
「ハリエット嬢にだから言うけど、……“彼女”に保健室に連れてってもらった話、しただろ」
「ええ」
そんな信頼などいらないのに。第一、避けられていると思っていないのか――そんなことにも、気付いていないのか。婚約自体は絶対だと思っているのか。
どちらにせよハリエットはもう、会場を眺めてばかりのルークに視界に入れてもらおうとするのは、諦めていた。
「あの時彼女は一人だったんだ。……目は真っ赤で、頬に涙の痕があった」
「優しくされたから、好きになったのでは……?」
「そういう時に見知らぬ他人にまで優しくできる彼女は、すごく優しい人だろ」
甘い声は嫌だったが、内容には頷く。イーディスのことなら、恋敵であるはずのハリエットですら好きになったのだから。
「その時殿下はどこにいらしたと思う?」
「お忙しいのだから、用事では……」
「そう、外国の視察団のお相手だよ。その日に何かあったらしい。そのせいで色々動いて……」
「……かなり曖昧な話ですね」
「たぶん今日、分かる。ハリエットもイーディス様のことが好きなら、覚悟しておいた方がいいかもしれない――ああ、彼女だ」
突然声が明るくなって、視線の先には光り輝くうイーディスがいる。贈り物らしきダイヤのネックレス。ベージュからピンク色に裾まで染まっていくドレスは清楚な美しさを引き立てており、ハリエットも見惚れてしまう。
そして、その隣には何故か殿下に代わってエスコートしている、対照的な黒が印象的な、弟のセドリックが。
二人を多数の生徒たちが憧れの目で眺めながら遠巻きにしている中、無神経にもルークは自分からすたすたと歩み寄っていった。いや、本当に、たとえ不自然で不躾でも、ハリエットに紹介させる気がないのだろう。
「こんばんは、ハリエットさん。こちらが……?」
とはいえさすがにイーディスは、声を掛ける順番を誤ったりしなかった。
「はい、婚約者のルーク・ジョーンズです、イーディス様」
「……正式には、初めて、お目にかかります。覚えていらっしゃいますか?」
――ハリエットの台詞は、結局一行で終わった。
ルークがここぞとばかりに普段にはない長台詞を話し出したからだ。一歩引いた位置で待っていると、セドリックがこちらに横から二歩、三歩と、詰めてくる。
お互いの距離がまるで同性の親しい友人のように縮まった時、表面上穏やかな笑顔に、氷片を浮かべたような色が見えた。
「よく彼を連れて来たよね……君を見てるとイライラする」
「……ですが、勝手に下がれません」
「姉上のため? それとも婚約者のため?」
確かに誰にも聞こえない小声は、苛立ちを隠していない。そして目線はちらちらとイーディスとルークを見ている。
「私、失礼なことをしたでしょうか。初めてお会いしてから何度かしか会話をしていませんが……このような石ころが、とお思いでしたら謝罪いたします。それとも、」
そうして、彼が義姉に向けるアメジストの目に、ルークと同じ熱を見て取ってしまったのは、同類だから、だろうか。
「……ルーク様と同じでいらっしゃいますか」
「……」
ち、と、信じられないことに彼は小さく舌打ちをした。
ハリエットが目を丸くすると、弁解するように目が泳いでから、眉根が寄せられた。
「君と同じだから、イライラするんだと思う」
叶わぬ恋を。
「……ほら、見るといいよ、君の婚約者が何をずっと危惧していたのか」
皺が緩んでから、彼はハリエットにしか聞こえないように囁くと、普段通り貴族然とした仕草で、首をホールの中央に向ける。
同時に、わっと周囲で声が上がった。ホール中央で第三王子のポールがエスコートしているのは、長く美しい黒髪を靡かせた異国の女性だ。
見たこともない細密な刺繍に彩られたドレス。深いスリットから伸びる長い脚は、エスコートされながらもまるで振り回すような活力に満ちていた。
「二つ隣の国の王女殿下だ。外交は少し遠い国と縁を結んでおいた方がいいんだっていうのは地政学上の常識だけど」
一曲終わっても、そのダンスは続いた。二曲終わっても、三曲終わっても……。
ぼんやりもののハリエットでも意味は分かる。
「お披露目に近いですね……ただの接待では、ないということでしょうか」
「……義姉さんは、生まれた時から殿下に相応しくあろうとしてきたんだけど。それこそ見えないところで、血のにじむような努力を」
セドリックの視線を追って振り向けば、背後でイーディスは俯いて涙を目尻にためていた。それを優しく何か諭しながらルークが、隅に、テラスに続く窓の方へ寄ろうとしている。
セドリックがそちらにすぐ向かおうとするのを、しかし、ハリエットは留めるように、震える足を、踏み出した。
「……僕の邪魔をするの?」
「申し訳ありませんが、私が行きます。婚約者ですから」
「アリバイの立証でもするって? ……お人好しを通り越して馬鹿だね。僕の不興を本当に買ってでも、婚約者の恋路を助けるって?」
吐き捨てるように言われて、ハリエットは頷く。
「私もそう思いますけど、……恋ってままならないものですから」
ルークだってきっと諦めようとしてきたのだろうと、今日の会話で分かってしまった。
「……イーディス様、テラスへ参りましょう」
細身のイーディスを余計な視線から庇うように、ハリエットは彼女より肉付きの良い体とドレスで隠しながらテラスへ二人を出してから、告げる。
「ルーク様。私が立ち会うとなれば、変な噂も立たないでしょう」
「……ごめん」
「落ち着くまで、こちらにいましょう」
そう言えば、イーディスは目を潤ませ、それから涙をこぼし始めた。初めて見る顔で、初めて聞く声で、年相応の少女の顔で。
「……っ、ハリ……エット……わ、わたし、ずっと、あの方だけを……」
「私も失恋したことがあります」
必死に抑えようとする嗚咽混じりその冷えた背をさすりながら、目だけで驚いているルークに、今、しっかりと話すように同じように目で告げた。
……そんなことだけはできるようになっていた。
やがてイーディスの肩の震えが落ち着いたとき、ハンカチを差し出しながらそっと告げる。
「だから、大丈夫です」
「……ハリエットさんも、失恋したことがあるの?」
「ごく最近です。……私とルークはだから、何でもないんですよ」
「……ああ、あなたのことを何も知らずに……無神経なことを言ってごめんなさい」
イーディスは優しくて、清らかで、大事な友人だ。だから――大丈夫。
何と言っても自他ともに認めるぼんやりものなので。
落ち着いたイーディスに何事かを――出会った時のことからを囁きかけるルークから背を向けて、テラスと会場の際に立てば、セドリックが近づいてくる。
一瞬構えたものの、突き付けられたのは言葉の刃ではなく、果実水の入ったグラスだった。
「……シンクレア様もお人好しですね」
受け取りながら微笑すれば、嫌そうな顔をされた。
「窓じゃなかったらグラスでも見たらいい」
「え?」
「……化粧、落ちてる」
グラスに映る顔に、頬に手をやれば、何故だかハリエットの目から水が伝っていたのだった。
「申し訳ありません……みっともないところを、汚いものをお見せして」
「……それ飲んだら代わってやる。義弟でも問題ないだろう。……その辺のか弱そうな令嬢に見えるのに、思ったより頑固なんだな」
「彼のおかげです」
量産型令嬢はみんな同じようなものだろう、とルークに告げられるまでのハリエットは考えてきた。
彼によって、以外にも「ふつう」にバリエーションがあったことを思い知らされた。その枠を自分で飛び出したっていいことも。
報われない恋の報酬としては、十分だと思う。
「……救いがたいお人好しだな、君は」
「でしたら、ずっとイーディス様を見守ってきたセドリック様も、同じなんでしょう?」
美しい顔がしかめられるが、別にそれは、嫌がっているようなものではなかった。
その頃には大方婚約者かその候補が決められているため、パートナーと参加するのが通例だ。
……そんな慣習がなければ、ハリエットはルークの腕に一度も捕まることはできなかっただろう。だってそれどころか、イーディスの隣にいても視界に殆ど入っていないことを、毎日、思い知らされていたから。
「最近、イーディス様と仲がいいとは思っていたけど」
「紹介してくれとは言わないのですね」
「さすがにそれは、俺のモラルに反するな」
屈託のない言いようは、ハリエットが彼には絶対に好意を見せないように気を付けていたからだ。
初めて腕を掴んで、そのたくましさにドキドキしていることも絶対に悟らせない。
始まる前から失恋しているのに、自分からダメージを負いに行く趣味はなかった。
少なくとも秘めてさえいれば、まだしばらくこの関係は続く……正直なところ、彼がこの不毛な恋をどうして続けていて、どうするつもりなのか、知りたかった。
「結果的にそうなりそうですけど。……婚約者でない人を、追いかけるのは……?」
なけなしの勇気を振り絞って尋ねれば――この辺り、絶対にルークには敵わないのだ――、歯を見せて笑う。
「言うようになったな。……ハリエット嬢も」
そんな姿を、親しいと取られたのか周囲の大人に微笑まれる。
事実は全く恋愛対象の外だからで、彼がまた悪人では――迷惑ではあったけれど――ないからだった。
政略結婚が大半のこの国では、実際のところ結婚後に他のパートナーを持つことも珍しくない。
二人は腕を組んだまま、夜会の会場に入る。既に社交界デビュー済みだったので、入り口で白々しい“婚約者”の肩書きが読み上げられた。
王城の広いホールでは、釣り下がるシャンデリアの更に上で描かれた天使たちに見守られながら、多くの男女が会話を交わしている。
ある者は食事を楽しみ、ある者は酒を持ち隅でひそひそ話を。ある者は顔を輝かせて、楽団が奏でる曲に乗って、中央でダンスを踊る。
「……実のところ、俺自身の恋愛がどうとかは、二番目なんだ」
「二番目というと?」
「一番目は、好きな人が幸せになることに決まってるだろ」
「誰も横恋慕しなければ、幸せになるのが決まっているのに? ……それじゃまるで」
不幸になることを知っているみたいな口ぶりだ、と言いかけて口を噤む。
「ハリエット嬢にだから言うけど、……“彼女”に保健室に連れてってもらった話、しただろ」
「ええ」
そんな信頼などいらないのに。第一、避けられていると思っていないのか――そんなことにも、気付いていないのか。婚約自体は絶対だと思っているのか。
どちらにせよハリエットはもう、会場を眺めてばかりのルークに視界に入れてもらおうとするのは、諦めていた。
「あの時彼女は一人だったんだ。……目は真っ赤で、頬に涙の痕があった」
「優しくされたから、好きになったのでは……?」
「そういう時に見知らぬ他人にまで優しくできる彼女は、すごく優しい人だろ」
甘い声は嫌だったが、内容には頷く。イーディスのことなら、恋敵であるはずのハリエットですら好きになったのだから。
「その時殿下はどこにいらしたと思う?」
「お忙しいのだから、用事では……」
「そう、外国の視察団のお相手だよ。その日に何かあったらしい。そのせいで色々動いて……」
「……かなり曖昧な話ですね」
「たぶん今日、分かる。ハリエットもイーディス様のことが好きなら、覚悟しておいた方がいいかもしれない――ああ、彼女だ」
突然声が明るくなって、視線の先には光り輝くうイーディスがいる。贈り物らしきダイヤのネックレス。ベージュからピンク色に裾まで染まっていくドレスは清楚な美しさを引き立てており、ハリエットも見惚れてしまう。
そして、その隣には何故か殿下に代わってエスコートしている、対照的な黒が印象的な、弟のセドリックが。
二人を多数の生徒たちが憧れの目で眺めながら遠巻きにしている中、無神経にもルークは自分からすたすたと歩み寄っていった。いや、本当に、たとえ不自然で不躾でも、ハリエットに紹介させる気がないのだろう。
「こんばんは、ハリエットさん。こちらが……?」
とはいえさすがにイーディスは、声を掛ける順番を誤ったりしなかった。
「はい、婚約者のルーク・ジョーンズです、イーディス様」
「……正式には、初めて、お目にかかります。覚えていらっしゃいますか?」
――ハリエットの台詞は、結局一行で終わった。
ルークがここぞとばかりに普段にはない長台詞を話し出したからだ。一歩引いた位置で待っていると、セドリックがこちらに横から二歩、三歩と、詰めてくる。
お互いの距離がまるで同性の親しい友人のように縮まった時、表面上穏やかな笑顔に、氷片を浮かべたような色が見えた。
「よく彼を連れて来たよね……君を見てるとイライラする」
「……ですが、勝手に下がれません」
「姉上のため? それとも婚約者のため?」
確かに誰にも聞こえない小声は、苛立ちを隠していない。そして目線はちらちらとイーディスとルークを見ている。
「私、失礼なことをしたでしょうか。初めてお会いしてから何度かしか会話をしていませんが……このような石ころが、とお思いでしたら謝罪いたします。それとも、」
そうして、彼が義姉に向けるアメジストの目に、ルークと同じ熱を見て取ってしまったのは、同類だから、だろうか。
「……ルーク様と同じでいらっしゃいますか」
「……」
ち、と、信じられないことに彼は小さく舌打ちをした。
ハリエットが目を丸くすると、弁解するように目が泳いでから、眉根が寄せられた。
「君と同じだから、イライラするんだと思う」
叶わぬ恋を。
「……ほら、見るといいよ、君の婚約者が何をずっと危惧していたのか」
皺が緩んでから、彼はハリエットにしか聞こえないように囁くと、普段通り貴族然とした仕草で、首をホールの中央に向ける。
同時に、わっと周囲で声が上がった。ホール中央で第三王子のポールがエスコートしているのは、長く美しい黒髪を靡かせた異国の女性だ。
見たこともない細密な刺繍に彩られたドレス。深いスリットから伸びる長い脚は、エスコートされながらもまるで振り回すような活力に満ちていた。
「二つ隣の国の王女殿下だ。外交は少し遠い国と縁を結んでおいた方がいいんだっていうのは地政学上の常識だけど」
一曲終わっても、そのダンスは続いた。二曲終わっても、三曲終わっても……。
ぼんやりもののハリエットでも意味は分かる。
「お披露目に近いですね……ただの接待では、ないということでしょうか」
「……義姉さんは、生まれた時から殿下に相応しくあろうとしてきたんだけど。それこそ見えないところで、血のにじむような努力を」
セドリックの視線を追って振り向けば、背後でイーディスは俯いて涙を目尻にためていた。それを優しく何か諭しながらルークが、隅に、テラスに続く窓の方へ寄ろうとしている。
セドリックがそちらにすぐ向かおうとするのを、しかし、ハリエットは留めるように、震える足を、踏み出した。
「……僕の邪魔をするの?」
「申し訳ありませんが、私が行きます。婚約者ですから」
「アリバイの立証でもするって? ……お人好しを通り越して馬鹿だね。僕の不興を本当に買ってでも、婚約者の恋路を助けるって?」
吐き捨てるように言われて、ハリエットは頷く。
「私もそう思いますけど、……恋ってままならないものですから」
ルークだってきっと諦めようとしてきたのだろうと、今日の会話で分かってしまった。
「……イーディス様、テラスへ参りましょう」
細身のイーディスを余計な視線から庇うように、ハリエットは彼女より肉付きの良い体とドレスで隠しながらテラスへ二人を出してから、告げる。
「ルーク様。私が立ち会うとなれば、変な噂も立たないでしょう」
「……ごめん」
「落ち着くまで、こちらにいましょう」
そう言えば、イーディスは目を潤ませ、それから涙をこぼし始めた。初めて見る顔で、初めて聞く声で、年相応の少女の顔で。
「……っ、ハリ……エット……わ、わたし、ずっと、あの方だけを……」
「私も失恋したことがあります」
必死に抑えようとする嗚咽混じりその冷えた背をさすりながら、目だけで驚いているルークに、今、しっかりと話すように同じように目で告げた。
……そんなことだけはできるようになっていた。
やがてイーディスの肩の震えが落ち着いたとき、ハンカチを差し出しながらそっと告げる。
「だから、大丈夫です」
「……ハリエットさんも、失恋したことがあるの?」
「ごく最近です。……私とルークはだから、何でもないんですよ」
「……ああ、あなたのことを何も知らずに……無神経なことを言ってごめんなさい」
イーディスは優しくて、清らかで、大事な友人だ。だから――大丈夫。
何と言っても自他ともに認めるぼんやりものなので。
落ち着いたイーディスに何事かを――出会った時のことからを囁きかけるルークから背を向けて、テラスと会場の際に立てば、セドリックが近づいてくる。
一瞬構えたものの、突き付けられたのは言葉の刃ではなく、果実水の入ったグラスだった。
「……シンクレア様もお人好しですね」
受け取りながら微笑すれば、嫌そうな顔をされた。
「窓じゃなかったらグラスでも見たらいい」
「え?」
「……化粧、落ちてる」
グラスに映る顔に、頬に手をやれば、何故だかハリエットの目から水が伝っていたのだった。
「申し訳ありません……みっともないところを、汚いものをお見せして」
「……それ飲んだら代わってやる。義弟でも問題ないだろう。……その辺のか弱そうな令嬢に見えるのに、思ったより頑固なんだな」
「彼のおかげです」
量産型令嬢はみんな同じようなものだろう、とルークに告げられるまでのハリエットは考えてきた。
彼によって、以外にも「ふつう」にバリエーションがあったことを思い知らされた。その枠を自分で飛び出したっていいことも。
報われない恋の報酬としては、十分だと思う。
「……救いがたいお人好しだな、君は」
「でしたら、ずっとイーディス様を見守ってきたセドリック様も、同じなんでしょう?」
美しい顔がしかめられるが、別にそれは、嫌がっているようなものではなかった。
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