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プリズム
しおりを挟む瞼の裏に焼きついた君の顔が今も俺の胸を焦がす。
とっくの昔に諦めたはずなのに、君と会う度にどうしようもなく胸が高鳴ってしまう。
カランカランっと入店を知らせる鈴の音が、店内に響き渡った。俺は手元の文庫本から、入り口の方へと視線を動かす。ちょうど待ち合わせ時刻から5分過ぎた頃だった。待ち合わせの相手はいつものように息を乱しながら『ごめん』と言って、入り口近くのこの窓際のボックス席に、早足で駆けてくることだろう。頭の中で、そのシーンを再現しながら声をかけられるのを待っていた。
「…… ごめん、遅れた」
「いつも必ず5分遅れるの、ある意味器用だよなぁ」
「ごめんって…… 遅れるつもりはないんだけど、どうしても気が緩んじゃって」
「別にいいよ。今日も奢ってくれるんだろ?」
幼馴染みで所謂、親友ってポジションでもある岩倉夏深とは、大学を卒業してからもこうやって喫茶店で待ち合わせて近況報告をしたりしている。俺は出不精で外に遊びに出たり、飲みに行ったりすることも殆どないから多分心配しているんだろう。大学の頃行きつけだったこの喫茶店で、『たまには会おう』と提案してきたのは夏深からだった。
「いつものチョコレートパフェだろ?いいよ。好きなの頼めよ」
「やった。それを見越してコーヒーしか頼んでなかったんだ」
「人の行動を予測すんなよ」
「夏深が分かりやすく毎回遅刻するからだろ?」
「たまたまだって!」
「たまたまねぇ?」
毎度お馴染みの軽口の応酬が心地良い。まだ笑えてる。まだ気付かれていない。まだ大丈夫だ。ルーティンとも言える確認作業を、胸の裡で反芻していた。この想いを自覚したのはいつだったのか?覚えてないくらいの昔から、俺と夏深はつかず離れずの距離を保ってきた。
(もうとっくの昔に諦めてる、なんて言い聞かせたところで無くなるわけじゃないから往生際が悪いよな)
「冬雪は最近、仕事のほうはどうなんだ…… 順調か?」
「大きな変化はないよ。1人で食っていける程度にはこざこざと仕事してる。そっちは?」
「ぼちぼちかな。忙しくて目まぐるしくはあるけどそれなりだよ」
「営業マンは大変だな」
「小説家のが大変じゃね?」
「小説家ってよりは雑文書きの何でも屋みたいなもんだよ」
「食えるだけ稼げてんだから立派じゃん」
「そうかぁ?」
学生の頃に戻ったみたいな時間のリズムで、会話を楽しむ。それだけで満足だった。『お前だけがいればいい』なんて、小説の台詞みたいなことを思う。小説みたいな絵空事をずっと捨てきれずに、大事に温めている。我ながら陳腐だと思う。でも長いこと抱えていて、人生の一部みたいになっているこの想いをやっぱり捨てることは出来ない。膝の上に置いた文庫本を撫ぜる。頬杖をついて窓から見上げた空はすっかり夏の空だった。明るくて眩しくて鮮やかなブルー。特別な青。瞼の裏に焼きついたあの日の空が、どこか遠かった。
「…… 今ふと思い出したよ」
「何を?」
「お前に初めての彼女が出来た日のこと」
「いつの話だよ」
「こんな暑い日だったなぁって懐かしくなった」
「結局すぐに別れただろ」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
とぼけて見せたけど、本当はよく覚えてる。自分のどうしようもない想いを自覚して、それを諦めた日なんだから。チョコレートパフェをつつきながら笑みを作る。口に広がる甘さが、この胸の惨めさをかき消してくれればいいのに、と密かに願った。
「お前はどうなんだよ?付き合ってる人とかいるのか?」
「…… 別にいいかな。そういうの面倒だし。仕事だけで手一杯だよ。俺は恋愛向かないし」
「お前って割とモテるくせに昔からドライだよな」
「そういう訳じゃないけど…… てかこの話、もうよくない?」
「俺の話はよく知ってるくせに、秘密主義だよな」
「お前が自分からペラペラ喋るからだろ?この手の話題あまり好きじゃないの知ってるくせに」
今日はやけに深掘りして絡んでくるな、と思った。いつもなら俺が言葉を濁せば話題をシフトするくせに……
イライラして、いつもなら最後に食べるさくらんぼに齧り付く。
「イライラしてる?」
「別に」
「してるじゃん」
「してない」
「じゃあさ…… なんか俺に言うことない?」
その言葉に反応して、咄嗟に顔を上げる。さっきまで笑っていたはずの顔から表情が消えていた。真っ黒な眼が俺のことを飲み込んでいく。知らぬ間に息が詰まる。いつから?いつから気付いていた?気付いていたくせに何で知らないふりしてたの?疑問が嵐のように脳内を埋め尽くす。
知りたくなんてなかったのに。
「…… 何を?今さら何を言うの?」
「…… お前が知らないふりするから、俺もずっと知らないふりしてた」
「…… 知らないよ」
「あの日、屋上で泣いてただろ?」
嗚呼、失いたくなくて『親友』って言葉に縋っていたのに、それさえも無くなってしまうのか。多分俺は今、泣きそうな顔をしている。俺の気持ちなんて、もうすっかりばれているんだろう。怖くて顔を上げらなかった。こんな日常の、特別なことなんて何もない日にすべてが崩れるなんて思わなかった。
「…… お前だけがいればいいってずっと思ってた」
「ずっと親友でいたかった?」
「そうだよ」
「なぁ、本当は?」
この期に及んで俺の口から言わせるなんて酷いやつ。
「…… お前のこと好きだから、お前の特別になりたい」
言いたくなかった台詞が涙と一緒に溢れてきた。もうこれで本当に終わりなんだ。
(あっけないなぁ)
「俺もだよ。お前のこと好きだから、お前の特別になりたい」
瞬間。呼吸がぴたりと止まった。絵空事みたいな言葉が耳に飛び込んできたからだ。
「冗談ならたちが悪すぎる」
「こんなに長い時間かけて冗談を言うほど馬鹿じゃない」
「なんで…… 」
「お前があの日屋上で泣いてるの見て、いつか俺の前からから消えそうだなって思ったから」
「ずっと逃げたかったよ」
「だから…… 逃げられないくらい俺でいっぱいにしたかった。成功だった?」
「何それ、ひどすぎない?」
「知ってるだろ?俺は俺だけを愛してくれる人が欲しかったから」
「…… お前ってそういうやつだよな」
俺がお前のすべてを受け入れると見越して、愛を囁くのか。
これ以上ないくらいの無神経な理解を酷いと思うのに、夏深のことを許せないはずなのに、それを嬉しいと思う自分がいる。
俺が夏深に隠れて流してきた涙は、夏深の思惑の産物だった。
それを思い知った。
死にたいくらいに惨めで、消えてしまいたかったあの想いは一体なんだったというんだ!蜃気楼?逃げ水?
信じられない。
夏深の節の目立つ手が、俺の頬を覆う。俺を見つめる真っ黒な眼に、夏の日差しが反射する。キラキラと輝く光に俺は眩暈を覚えた。
嗚呼…… もう逃げられない。逃げなくていいんだ。
捕まえていいんだ。
その安堵感に、ふぅっと息を吐く。
「好きだよ」
「…… 俺も好き。もうどうしようもないみたい」
エピローグ
『なぁ、俺がいつも待ち合わせに遅刻してたのなんでだと思う?』
『へっ?理由なんてあるの…… ?』
『お前がチョコレートパフェ食べるとこ見たかったから』
『…… 何それ』
『甘いもの好きなくせにいつも我慢してただろ?口実があれば頼みやすいかなって思って』
『…… き、気付いてたの?』
『顔、真っ赤』
『…… そういうとこキライ』
『俺はお前のそういうとこ、かわいいと思ってるよ』
昔からね、とたちの悪い男は囁いた。
(了)
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